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16-2 穏やかな日々を(その2)

 第66話です。

 宜しくお願いします。


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。教会の聖女を始め、英雄たちに復讐するために冒険者としての栄達を望んでいる。

 フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。自分が考える「正義の味方」を追い求めている。可愛い少年を見ると鼻から情熱を撒き散らす悪癖がある。

 シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが最近成長が著しい。実家は食堂で、よくキーリ達もお世話になっている。

 ティスラ:魔の門を閉じた英雄が一人。ゲリーの子分として学校に潜入していたが、失脚と共に姿を消していた。

 レイス:フィアに付き従うメイドさん。時々毒を吐く。お嬢様ラヴ。

 ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。暇さえあれば男をひっかけているビッチ。

 アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。

 シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。(シン→ギースの一方通行)。

 フェル:キーリ達のクラスメイト。実家は地方貴族だが反対を押し切って冒険者を志している。




 訓練を終えてオットマーから講評と各人に指摘をもらい、一同は解散した。

 そして街に戻り着いた頃には時は既に夕暮れ。活気ある街並みが濃い茜色に染まり始めていた。


「さて、どうすっかな」


 訓練を終えたからか、キーリの腹は少々の空腹を訴えかけてきている。しかし夕飯にするにはまだ早い時間帯だ。


「学校に戻ってもう一汗流すか?」

「うーん、そうだなぁ。そうすっかな」


 フィアの提案にキーリは考える。特にしたいことがあるわけではないので、何時も通りの時間を過ごすのに異論は無い。

 同意の返事をすると、アリエスは呆れた様に肩を竦めた。


「またこれから訓練しますの? 相変わらず熱心と言えば良いのやら」

「日課みたいなものだからな。欠かすのも何か収まりが悪くてな」

「マジか。毎日学校終わった後も訓練してんのか、お前ら?」

「このジャンキー連中め」

「褒め言葉と受け取っておこう」


 やはり並外れた努力を重ねているんだな、と感心するフェルの隣でイーシュがここぞとばかりに口撃するもフィアにあっさりと受け流される。

 そうしていると、ギースがポケットに手を突っ込んだまま集まりから離れていく。


「ギース?」

「俺は抜けるぜ。テメェらと違って用があるんでな」

「そっか、んじゃな」


 そう言い残し、後ろ手をヒラヒラと振りながら北街の方へと去っていく。カレンはブンブンと振り返し、ギースが振り返ってそんなカレンの姿を見て呆れた様に口端で笑みを描いた。そしてもう一度手を小さく振って路地の中へ消えていく。


「アリエスはどうするんだ?」

「ワタクシはこれからカレンと一緒に買物ですわ」

「三番街の西側の通りに可愛いお店が出来てたんですよ。だからちょっと覗いてみたくってアリエス様を誘っちゃいました。フィアさんも一緒に行きましょうよ?」

「いや、私はそういった店は苦手でな。勘弁してくれ」


 カレンが好きな店ということは、きっとぬいぐるみや可愛いらしい小物が置いてある雑貨屋だろう。少女趣味なアクセサリー類にフィアも興味が無いわけでは無いが、どうにも自分がそういった雰囲気の店に馴染めるイメージが沸かない。

 丁重にフィアが断るとカレンは残念そうな表情を浮かべたが、嫌なものを無理強いするのも良くないと潔く引き下がり、二人は別れの挨拶をして西側へと歩き去っていった。


「んじゃ俺も今日は帰るとすっかな。偶には親父に稽古でもつけてもらうとするぜ」

「カーリオ」


 それじゃあな、と去ろうとしたイーシュの背に、フェルが声を掛けた。


「なんだ?」

「俺も……稽古をつけてもらう事は出来ないか? もちろん月謝は払う」

「それってウチの道場に入門するって事か?」

「そうだ。ダメか?」


 何処か思い詰めた様子で、それでいて不安そうな面持ちでフェルは後ろのキーリ達をチラリと見遣る。そしてイーシュの顔色を伺う。

 イーシュはそんなフェルの顔とフィア、キーリの姿を見ていたが、不意にピンと来るものがあった。だからニカッと歯を見せて笑った。


「いいぜ。金さえ払ってくれんなら大歓迎だぜ」

「恩に着る」

「大事な大事なお客様だからな。でも覚悟しとけよ? ウチの親父は厳しいからな。ま、そのおかげで門下生が少なくて毎日の生活にヒーヒー言ってんだけどさ」

「なら私達も――」

「お前()はダーメ」


 常々良い師に剣を教わりたいとフィアは考えていた。なのでフェルの提案に乗って入門を申し込もうとするが、それよりも先にイーシュに断られた。


「お前『ら』って、別に俺は何も言ってねぇだろ」

「どうせフィアが入門すりゃお前も漏れなくついてくるだろうが。

 フィアの剣の流派はウチとは相性が悪そうだからな。やめとけやめとけ」

「しかし」

「そっか、そりゃ仕方ねぇな」


 なおも食い下がろうとするフィアだったが、その肩をキーリが掴んで先に諦めを口にした。フィアはキーリの顔を見上げるが、キーリは小さく首を横に振った。


「そうか……道場の息子が言っているのだ。ならば素直に諦めるとしようか」

「そっそっ。んじゃ俺っちたちは道場に行くって事で。また明日な」


 イーシュはそう告げ、フェルの首に腕を絡ませて去っていった。フェルが嫌そうに腕から逃れるがイーシュがすぐに絡みつこうとして、そんなじゃれ合いをしながら二人の姿は小さくなっていった。


「で、レイスはどうすんだ?」

「私はいつでもお嬢様のお側に」

「たまにはレイスも私の事は忘れて好きにして良いんだぞ?」

「ご迷惑でしょうか?」

「そんな訳無いだろう。お前の気持ちは十分分かっている。

 が、偶には私では無く自分のやりたい事を一番に考えろと言っているだけさ」


 そう言われ、レイスは右手を顎に当てて少し考え込む。そして、「それでは」とフィアを見上げた。


「私も少々お暇を頂いて宜しいでしょうか?」

「ああ。というか一々断らずとも構わんさ。用事がある時は私の方から声を掛けるさ」

「ありがとうございます」


 恭しく頭を下げたレイス。伏せられたその顔は見えないが、キーリとフィアには声色に喜色が含まれているように思えた。


「……では失礼致します。キーリ様、お嬢様をお願い致します」

「ああ、任された」

「それと、無いとは思いますが万一お嬢様の魅力に負けて手を出した日には――」

「無い無い。無いから安心してさっさと行ってこい」


 相も変わらず過保護なレイスは二人から離れながらもチラチラと振り返り、その度にキーリが顔を不細工に歪ませて「シッシッ」と手で追い払うような仕草を見せる。

 やがてレイスの姿も人混みの中に消えていく。

 そして、二人だけが残された。


「さて、では我々も行くか。場所はいつもの訓練場か?」

「あー……そうだなぁ。やっぱ訓練の前に飯食いに行かねぇか? 先に腹に何か入れてぇ」

「今からか?」

「ちと早ぇけどな。まぁ、街をぶらつきながらシオンの店に向かえば腹も客入りもちょうどいい頃合いじゃねぇかと思うんだけど、どうよ?」


 腹を擦りながらのキーリの提案に、フィアはふむ、と少々思案して程なく「構わんよ」と同意した。


「偶にはそういう風に街を見て歩くのも悪くないだろう。いつも決まった場所にしか行かないからな。……実は恥ずかしながら、未だに何処に何の店があるか、さっぱり把握していないのだ」

「おいおい、マジかよ。もう一年以上経つんだぜ?」

「そういうキーリはどうなのだ?」

「学校と迷宮とシオンの店しか覚えてねぇ」

「私よりひどいでは無いか……」


 二人は今更ながらに思い至った事実に深々と溜息を吐いてみせ、そしてそれが何だかおかしくて笑えてくる。


「んじゃ、そういうことで」

「承知した」


 まったく、愚か者だな。二人は互いにそう言い合いながら、いつもとは違う道を、並んで歩き始めた。





 夕日に染まる街を二人は歩く。夕暮れの街は昼間と変わらぬ活気に溢れ、むしろ夕飯時のせいかより一層人が多いように見える。そういえば初めてこの街にやってきた時も、時間帯こそ違えどこんな感じだったな、と思い出す。

 あの時は隣にいたのはユキで、友人なんて作るつもりなかったのになぁと自嘲気味の笑みが思わずこみ上げる。馬鹿げた考えだと思うが、結果こうして良き友人達に恵まれている。人生なんて分かんないものだ。キーリは笑いを堪えきれずククッと喉を鳴らした。


「何か面白いものでも見つけたのか?」

「いんや。ちょっと思い出し笑い。初めてこの街に来た時の事を思い出してな」

「初めて来た時、か」フィアは西日に、微かに目を細めた。「そういえばその日に初めてキーリと会ったのだったな」

「食堂でな。思った以上に味がイマイチだったのと量がパネェかったのはよく覚えてる」

「あの店も材料を考えれば、かなり美味いんだがな」

「他の店の飯も食った今となっちゃあの店の偉大さが分かるってもんだ。あのおばちゃんとシオンのお袋さんの腕ってそう考えりゃスゲェんだな」

「ああ。尊敬に値するよ」


 そんな他愛も無い話をしながら、普段は通らない道をグルリと巡っていく。

 門から伸びる目抜き通りから外れ、少し小さな、しかし他の町の目抜き通り程の大きな通りを歩く。やがて街の東地区の中心に位置する中央広場へとたどり着いた。


「……ここも人が多いな」

「ここらも通った事はあったけど、単に通り抜けるだけだったしなぁ」


 流石に押し合い圧し合い、という程では無いが真っ直ぐ歩くのにも苦労しそうな程に人が溢れている。広場の中心に向かってグルリと取り囲む形で小さな露天が立ち並び、人の流れも渦を形成している。

 キーリもフィアも人が多いところは得意では無いが、こうして気が向いてやってきたのも何かの縁だ。


「せっかくだし、一通りここも見て回るか?」

「私は構わないぞ。普通の店と違って何か面白いものでも見つかるかもしれないしな」


 キーリが尋ねるとフィアも興味を持ったようで快い答えが返ってきた。なら、と二人は人の流れに足を踏み入れる。

 少しばかり回ってみてわかったのは、普段は建屋内に店舗を構えている店がこの時間帯だけ露天も出店しているケースが多いということだ。ざっと見たところ半分くらいは見覚えのある看板や店員の姿もチラホラ見え、客も夕飯の材料を仕入れようとする者が多いらしい。

 それでももう半分はこの広場だけに露店を出しているようで、他の国の食材や或いはゲテモノの様な食材を取り扱っている店が並んでいる。他にも串焼きをその場で焼いて売っている屋台だったりアクセサリーショップだったりもある。嘘か本当か――恐らくはニセモノだろうとキーリは思っている――願いが叶うと謳っている怪しげな呪い品を並べている店もあった。

 それらを二人で冷やかしたり、はたまた香ばしい匂いに負けて串焼きを頬張ったりとしながら巡っていく。


「ん?」


 そうして歩き回っていた時、キーリは珍しくて――そして懐かしいものを見つけた。


「どうした? 何か興味が惹かれる物があったのか?」

「あ? ああ、ちょっちな」


 キーリが立ち止まった事で先に進んでいたフィアが戻ってきて尋ねる。並んでいた商品に気を奪われていたキーリは声を掛けられて彼女の方を振り向く。そして少しの間だけ茜色に照らされても負けない彼女の紅い髪を見つめた。


「? どうしたんだ?」


 すぐに逸れたキーリの視線に首を傾げながら、彼が見ていた方の商品に視線を落とす。

 様々な小物やアクセサリーが並ぶ簡素な商品棚。それぞれ種類別に木の小箱に入れられていて、王国出身で他の国へ出た事のないフィアには見慣れない物が殆どだ。洗練されたデザインから民族的な印象を与えるものまで数多くの種類を扱っており、どれもどういった意味がありどういう風に使われるのか見当がつかない。

 その中からキーリの視線を辿っていき、彼が見ている物を見つけるとフィアは手に取って見る。

 それは一本の細長い棒状の何かだ。それなりに固さはあるが金属質ではなく、黒く重そうな印象に反して軽い。先端は尖っていて、反対側の端は不思議な形をしている。


「何だ、これは? 暗器か何かか?」

「ずいぶんと物騒な発想をする姉ちゃんだな……」


 マジマジと眺めて推測した用途を口にすると、露天の店主らしき中年の男が冷や汗を掻きながらぼやいた。


「違うのか? ならばこれは何なのだ?」

「おう、聞いてくれや! この国じゃ見慣れねぇだろうけど女性用の装飾品でな……」

「かんざし、だろ?」


 商品の名前をキーリが口にすると、店主は気勢を削がれたように体をつんのめらせて驚きを口にした。


「なんだ、そっちの兄ちゃんの方は知ってんのかよ」

「まあな。こっちにもかんざしがあるとは思わなかった」

「そりゃそうだろ。このかんざしってのは、聞いた話じゃずっと東の方の国の一部でしか使われてねぇ物らしいからな」

「東……共和国か、周辺の小国群の内の何処かの文化だろうか?」

「いやいや! もっとずっとずーっと東の国さ! それこそ帝国の西の端から東の端くらいの距離よりもっと東のな。だから姉ちゃんが見たことねぇのも無理はねぇ。珍しいもんを探してあちこち旅歩いてる俺でも知ったのはつい最近だからな」

「そんなに遠いのか。よくそんな遠方まで脚を運ぶ気になったものだな」

「いんやいんや!」大袈裟な身振りで店主は否定した。「さすがの俺だってそんなとこまでは行けねぇよ。ただ王国の東の方の、あー、なんつったかなぁ、そうだ、確かエルミナって村で見つけたんだ」

「エルミナ? ……何か聞いた事あるんだが知ってるか、フィア?」

「ああ、知っているぞ。えーっと……そうだ、確かカレンがそちらの方面の出身だと言っていたな」

「ああ、なるほど。道理で聞いたことがあるはずだ」

「だがそこの地方でこのような物が作られていることまでは知らなかったな」

「何でもそのエルミナ村に東の国からやってきて住み着いた人間が居るんだと。その流れ着いた職人だかが一人で作ってるんで、その周辺にしか出回ってねぇんだ。だが俺の見立てじゃ物は一級品だし、デザインもセンスを感じてな。ただでさえ東方のもんは出回らねぇし、なもんでその品に惚れ込んだ俺がこうして大量に仕入れて、各地で売り捌いてるってわけだ」


 よっぽど自分の見立てに自信があるのだろう。店主は胸を張り、鼻息荒く興奮した様子で説明がペラペラと口から吐き出されていく。フィアは適当にその説明を聞き流しながら手に取ったそれを観察する。なるほど、形状はシンプルだが何処か品もある色彩だ。並べられている他の物も様々なデザインがあって、フィアからすれば独特のセンスであるが悪くない。いや、むしろ見れば見るほどに味わい深く思え惹かれていく気がした。


「それで、女性用の装飾品と言っていたがどのように使うんだ?」

「こう、挿すんだよ。頭にな」

「……やはり暗器の類ではないか」

「言い間違いだ。髪に挿すんだよ。細けぇ事気にしてっと彼氏に逃げられちまうぞ?」

「べ、別にキーリは彼氏というわけじゃ……!」

「おや、そうかい? そりゃ失礼したな」


 謝罪を口にしながらも顔をにやけさせていれば説得力はない。そんな店主に目を怒らせて睨みつけるが、頬が熱くなっていればそれはそれで説得力もない。それに気づき、フィアは溜息を漏らして脱力した。そして隣のキーリを覗き見る。夕日のせいで顔色は分からないが熱心に商品を睨みつけていてフィアの様子に気づいた様子はない。とりあえず気づかれないで良かった、とフィアは胸を撫で下ろした。


「まあいい……それで髪に挿すだけでいいのか?」

「そうなんじゃねぇのか?」

「……店主のくせに不安になる答えだな」

「うっせ! こちとら生まれて四十年、女にゃ縁がねぇんだよ!」


 店主の開き直った悲しい告白に、フィアはそれ以上追求するのを諦めた。


「髪に挿すだけでも間違いじゃねぇよ」


 不意にキーリが商品から顔を上げて会話に加わった。


「お? 兄ちゃん良い使い方知ってんのか?」

「使い方っつうか、髪に挿すって点は同じだけどな」


 そう言いながらキーリは木箱の中から一本のかんざしを選んで取り出した。軸は少し太めで金で表面がメッキしてあり、西日に反射してキラキラと輝いている。挿す側と逆の端は櫛状のデザインになっていて、吊るされた細長い板が風で揺れていた。


「ちょっとこれ借りるぜ」


 店主の返事も聞かずにキーリはフィアの後ろに回り込むと、「嫌だったら言えよ」とフィアに一言断り、彼女の紅い髪からゴムを外して手で束ねていく。手際よく慣れた手つきで束ねた髪にかんざしを挿し込んで捻るとグルリとその向きを変えて頭皮に沿うようにもう一度挿し込んだ。


「これでよし、と。おっちゃん、鏡とか持ってっか?」

「お、おう……って、か、鏡?」

「それなら私が持ってるぞ」


 身だしなみチェック用にレイスに渡されていた、殆ど使うことのない手鏡を取り出してキーリに渡そうとするが、キーリは苦笑いをして「自分で見るんだよ」と言った。

 言われた通りフィアは鏡に自分の姿を映してみた。

 そこにはいつもと違う自分の姿があった。

 常に単に縛っただけのポニーテールが揺れていたが今は後ろ髪がアップになり、頭の横からかんざしの飾りが揺らめいている。揺れる度に飾りが輝き、まるで自分では無いみたいに思えた。


「どうだ? フィアに似合いそうなのを選んだつもりなんだが……」

「あ、ああ……わ、悪くないと思うぞ? というより、何だか別人になったみたいで不思議な気分だ」

「気に入ったか?」

「ああ。こういった髪飾りは付けたこと無いから分からないが……悪くない気分だ」


 戸惑いながらも素直に心情を口にするフィアにキーリの顔も自然と綻ぶ。そして腰の袋に手を突っ込むと金貨を店主に差し出した。


「うしっ、なら買いだ。おっちゃん、これで足りるか?」

「お、おお。三枚でいいぜ。即決でプレゼントたぁ太っ腹だな、兄ちゃん」

「フィアにはいつも世話になってるからな」

「さ、三千ジルだとっ! ダメだっ、そんな大金を遣わせる訳には……」

「良いんだよ。俺がプレゼントしてぇんだから黙って受け取っとけって。気に入ったんだろ?」

「う、ま、まあそれはそうなんだが……」


 それでも一つの装飾品に三千ジルは大金だ。大体この街での一月分の食費になる。それをポンと自分の為に支払ってくれた事を嬉しく思う反面、申し訳なくも思う。


「なら心配すんな。ちょっとばかし良い収入もあったし、これくらいは全然問題ねぇからな。それにプレゼントっていうか、感謝の気持ちだからな」

「感謝?」

「ああ、皆もそうだが、特にフィアとアリエスには前に随分と世話になったからな。だから有り難く受け取ってくれりゃ俺もありがてぇ。」


 アンジェに負けて自分が荒れていた時、フィアとアリエスが自分を救ってくれた。だからいつか、言葉だけでなく何かしらの御礼をしたいとずっとキーリは考えていた。あれこれ悩んでいる内に数ヶ月も経ってしまったが、ようやく気持ちを示せたとキーリは嬉しそうに笑った。


「そうか……ならば有り難く頂戴しておこう」


 左手でそっとかんざしに触れる。飾りがシャラン、と音を立てる。フィアは恥ずかしそうに少し目を伏せ、そして嬉しそうに口元を綻ばせた。


「私はこれを受け取るとして、アリエスにはどうするつもりだ?」

「あー、そうなんだよな。二人に平等に感謝の気持ちを送るって意味ではアイツにもかんざしを贈った方がいいのかと思うんだが、女性の目から見てどうだ?」

「さてな。私であれば同じ物を贈られても普通に嬉しいと思うが……たぶんアリエスも同じ気持ちだと思うぞ? むしろアリエスであれば、違う物を贈られるより私とおそろいの物の方が喜びそうだがな」

「確かにそりゃ言えてるな。別のもんを贈ったら『ワタクシもフィアとおそろいが良かったですわ!』とか言いそうだ」

「ぷっ」


 キーリの声真似にフィアは思わず噴き出した。


「似てたか?」

「ああ。良く似てた。まったく、どっからそんな声を出すんだ……」

「俺の宴会芸の一つだ。披露するこたぁねぇが。

 で、だ。ならアイツに贈るかんざしを選ぶのを手伝ってくれねぇか? 本当なら俺が選ぶのが筋なんだろうが、あの縦ロールに似合いそうなのがイマイチ思いつかねぇ……」

「構わないぞ。私もアリエスにはずいぶんと世話になったからな。

 さて、そうだな……これなんかどうだ?」

「へぇ、そんなのもあったのか。悪くないな……と、コイツはどうよ?」

「ふむ、アリエスの髪色ならば――」


 棚に並ぶ様々なかんざしを手にとってはアレもいい、これもいいと二人で評価していく。

 結局、アリエスのかんざし選びは店主が店じまいを宣言するまで続いたのだった。





 2017/6/25 改稿


 お読みいただきありがとうございます。

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