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15-9 イエスタディをうたえるように(その9)

 第62話です。

 宜しくお願いします。


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。教会の聖女を始め、英雄たちに激しい憎悪を抱いている。

 フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。自分が考える「正義の味方」を追い求めている。

 アリエス:帝国出身の貴族のお嬢様。金髪縦ロール。実はかなりムキムキマッチョウーメン。

 ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。キーリとの付き合いは長いらしく、事情に詳しいが語ることを禁じられているらしい。





「散開っ!!」


 フィアの声に三人はそれぞれ別の方向に飛び退く。立っていた場所にワームの頭部が突き刺さり、砕かれて粉々になった礫が弾丸となって飛び散った。


「やあっ!」


 まず動いたのはアリエスだ。飛散する石礫を氷の弾丸で撃ち落とし、ワームの長い胴体目掛けてエストックを突き刺そうとする。業物らしい彼女のエストックは、その鋭さを以て柔らかいワームの表皮を貫く。だが空いた穴はせいぜいが直径数センチ。ワームの悲鳴からしてダメージは与えているが、全長を考えると無意味に近い。


「これだけ大きいと埒が明きませんわねっ!」


 怒ったワームが尾の方でアリエス目掛けて薙ぎ払おうとするが、彼女は一撃を与えるとすぐにヒラリと後退して攻撃をかわした。

 その隙を狙い、フィアが攻撃を加えるが、炎の剣を以てしても傷は浅く巨大さがネックとなって有効なダメージを与えられない。


「何か弱点とかはねぇのかっ!?」

「生物である以上、頭を斬り落とせばきっと死にますわ!」

「無茶を言ってくれるっ!」


 フィアと入れ替わりでキーリが剣を叩きつけ、注意を自分へと向けさせる。そして来るであろう尾撃を避けるために退こうとするが、ワームが出入りをして不安定になった足場に脚を取られ、バランスを崩したたらを踏んでしまう。


「ちくそっ!」


 それでもキーリは我慢せずそのまま敢えて倒れる。目の前を巨大な尾が猛スピードで通過していき、彼のその様にフィアは一瞬ヒヤリとしたものを覚えたが、すぐに気を取り直して呪文を唱えると同時に跳躍した。


風の飛翔(エアロ・ウイング)!」


 第五級の風神魔法で補助。通常よりも遥かに疾く、遥かに高く彼女の体が舞い上がっていき、眼下にワームを捉えると剣を握る拳に力を込めた。


「はあぁぁっっ!!」


 腹の底から響く気合と共に静かだった剣の火炎が再び息を吹き返す。激しく燃え上がるそれを彼女はワームの口目掛けて振り下ろした。


「ぐっ……!」


 だが響くのは固い感触。鋼鉄にも当たったかのような衝撃にフィアの手が痺れる。それでも炎の剣はワームの顎へと少しずつ沈み込んでいく。

 しかしそれも一瞬。魔法が切れて浮力を失ったフィアの体は、無念にも重力に引かれて地面へと戻っていく。

 着地したフィアを即座にキーリが抱きかかえて転がった。直後にフィアが着地した場所をワームの尾が砕き、フィアは背から冷たい汗が吹き出るのを感じた。


「すまない!」

「無茶しやがる。謝るくらいならさっさと帰れっていうんだよ」

「それは出来ない相談だな」

「ちっ、そうかよ」

「きゃあああああっ!!」


 二人がかわした瞬間に攻撃していたアリエスだが、刺さったエストックが引っかかってしまい、大きく体を振ったワームに振り飛ばされた。エストックを手放してしまい、悲鳴を上げて空中に投げ出され、体を一度地面に叩きつけられながらもすぐに起き上がる。


「アリエスっ!」

「だいっ、じょうぶ……ですわ……ケホッ!」


 衝撃で口の中を切ったか、或いは内臓を痛めたか。起き上がったアリエスの口から血の塊が吐き出される。だが彼女の戦意はまだ衰えていない。汚れた口元を乱暴に拭うと巨大な芋虫を睨みつけた。


「……斬れそうか?」


 キーリは眉間に皺を寄せてアリエスの様子を伺うが、心配の声は掛けない。代わりにフィアに向かって端的にそう尋ねた。


「顎に叩きつけてしまったから斬れなかったが……地上で斬る場所を正しく選べば問題なく斬れそうな感触だった」

「なら上等だ」

「ですけれども……どうやって頭を地上に誘き寄せるかですわ。下手したらワタクシ達ごと押し潰されますわよ?」


 そう言ってアリエスはワームの頭を見上げた。刺さったエストックが痛いのか気持ち悪いのか、尾の方を左右に振ったり地面に擦りつけたりしている。


「……魔力の方はどうだ?」

「そちらは問題ありませんわ。第三級魔法だってバンバン放ってみせますわ」

「何か考えがあるのか?」


 キーリはワームから目を離さずに頷いた。


「まあな。要はあの頭の動きを止めりゃ良いんだろ? それなら俺が何とかしてみせるからお前らはとどめを刺せ」

「……」

「信じてよろしいんですわね?」

「信じるかどうかはお前の好きにしろ」

「でなければ帰れ、と言いたげですわね」

「分かってんじゃねぇか」

「はぁ……分かりましたわ」仕方ない、とアリエスはキーリ、そしてフィアと順にその眼を見つめた。「ならキーリが動きを止めたらすぐにワタクシは水神魔法で頭を地面に縫い付けますわ。付近一帯をまとめて凍らせますのですぐにその場から離れなさいな。じゃないと一緒に氷漬けにしてしまいますわよ」

「了解だ」

「それと……大規模な魔法になりますの。魔力制御にも少し時間を頂きますわ」

「その間、アイツの動きを引き付けりゃいいんだな?」


 キーリの確認に、アリエスはコクンと頷いてみせる。


「オーケー。ならフィア、お前は思いっきり剣に魔力を込めて頭を斬り落とせ。剣が壊れたらどうせアリエスが弁償してくれる」

「それなら遠慮無く攻撃できるな」

「……ワタクシは皆のお財布では無いのですけれども」深々とアリエスは溜息を吐いてみせた。「ここでケチって負けてしまえば元も子もございませんわね。いいですわ、フィア。思い切りやってしまいなさいな」


 フィアが頷いた時、ワームの方も諦めたのか尾を振るのを止めてその頭を大きくもたげた。口からは唾液のようなものが流れ落ち、早く食事をしたいと言わんばかりだ。


「それではアリエスの準備が整うまで私とキーリでアイツを引き付ける。だが一応警戒はしてくれ。最悪詠唱を中断しても構わない。チャンスは何度だって作ってみせるから」

「承知ですわ」

「なら――いくぞっ!!」


 フィアの掛け声と同時に二人は反対側へと走りだした。敢えてワームの目の前を横切ると、ワームは近場の獲物目掛けてその頭を振り落とした。

 動きはダイナミックだが知能を使うことを知らないワームの動きは単純。二人はワームの行動を観察して着弾点を読み取ると方向を転換して軽やかにかわした。だが地面を破壊する度に飛び散る礫を全てかわすのは容易ではない。実際にワーム自体の攻撃は避けているが、弾丸の様に飛来する礫によってフィアやキーリの頬や手足に無数の切り傷が刻まれていく。

 それでもその程度、怯む理由にはならない。礫の雨を掻い潜ったキーリが先ほどまでと同じように胴体に剣を叩き込む。しかし深追いはしない。一撃を食らわすと同時に離脱してワームの死角へ死角へと回りこむ。そしてワームの注意がキーリに向いたら今度はフィアが炎で嫌がらせ程度に胴体を焼いていく。


「――、――!」


 苛立ちの奇声をワームが上げる。乱暴に頭を叩きつけたり尾を振ったりするが牽制に専念した二人には届かない。二人と一匹の鬼ごっこが続いていく。

 そうした中、キーリは転がった手頃な石を拾い上げるとワームの口へと投げつける。石はワームの口の周りにある触手の様なものに当たり、硬質そうな音を立てて地面に再び転がっていく。


「……柔らかそうに見えて結構硬そうだな」


 考えてみれば当たり前だ。固い岩石を砕きながらこいつらは進んでいくのだ。一番前にある触手が女性の体の様に柔らかいわけがない。

 となれば。キーリは蠢く触手を見上げた。ただ単に噛み砕かれる事だけでなく、動きを止める際には触手を使った攻撃にも気をつけなければならない。人間の体程度、簡単に貫いてしまう可能性もある。


(とは言え……)


 これからやろうとしていることを考えれば、果たしてどう気をつけろというのか。ワームに対して攻撃を仕掛けながらも考えてみるが妙案など浮かばない。が、そもそもキーリにしてみればそこまで真面目に考えることでもない。ちょっとばかし死にそうな(・・・・・)痛みを我慢すれば事は足りるのだから。


「フィアッ! キーリッ!!」


 アリエスの叫び声が聞こえた。振り向けば、彼女の周りには濃密な魔素が満ち満ちているように感じた。つまりは、彼女の準備は終わったということ。

 フィアを見る。彼女にもアリエスの声は届いている。彼女はキーリに向かって頷くと、一撃をワームに加えて離脱していく。


「女のケツばっか追いかけてんじゃねぇよ」


 単細胞なワームの注意がフィアに向かいかけていたのを、剣で殴りつけて自分の方に引き付ける。つい数秒前までならばそのまま離脱していたところだが、続けざまに剣を叩きつける。ワームの目の前を右へ左へと横切って自分に完全に注意が向いたのを見計らってキーリはアリエスに目で合図を送る。


「フィア! 行きますわよっ!!」

「分かってるっ!」


 アリエスは、ともすれば暴走してしまいそうな魔力を必死に制御しつつもフィアに声を掛ける。フィアもここまで節約してきた魔力を剣に注ぎこみ、白炎を漲らせていた。キーリの動きを注視し、来るべき時を待つ。

 そして、彼女らが見つめるその先でキーリは――脚を止めた。瞬間、彼女らはキーリが何をするつもりか瞬時に悟った。


「まさかっ!?」

「……あんの馬鹿キーリっっ!!」


 迫るワームの巨大な口。人の力で到底敵うはずの無い悪夢がキーリを飲み込もうとしていた。だが、キーリは怯む様子も、逃げ出す様子もない。両手を広げ、ワームを睨みつける。


「ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおっっっっっっっ!!!」

「キィィィィィリィィィィッ!!」


 キーリの雄叫びとアリエスの悲鳴が重なる。

 直後、矮小なキーリとワームの巨体が衝突した。

 凄まじい轟音が響き渡り、キーリの体が勢いに押されて地面を滑っていく。


「あああああああああああああああぁぁぁぁっっっっ!!」


 細い触手がキーリの腕や脚を貫き、激痛がキーリの全身をつんざく。それでも、確かにキーリの腕はワームの顎を捕まえた。


「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 脳が焼ききれるかのような痛みに苦悶の声を上げ、踏ん張った脚が地面を削り取っていく。砂埃を巻き上げ、キーリの体ごと後ろに押し出され、しかし絶対に離すまいと歯を食い縛り目を閉じて耐える。

 やがて――壁に押し潰される前にワームの体当たりは止まった。


「今だっ……?」


 計画では今この瞬間にアリエスの魔法によってワームの頭は氷漬けにされ、フィアの剣によって斬り裂かれているはず。だがアリエスからの魔法は飛んでこず、頭が斬り落とされる様子もない。

 刹那の時間で覚える違和感。思えば、ワームのこの巨体での突進の衝撃がこの程度で収まるだろうか。ともすれば壁との間で潰されるのも覚悟していたが、まだ壁までも距離がある。なにより、ワームが動いていない。


 ――いったい、何故?


「くぅっ、か、あぁ……」


 その答えは右脇から零れ落ちる苦痛の声で理解した。


「ふぃ、あ……?」


 フィアはキーリのすぐ傍らに立っていた。中腰に身を屈め、彼女の右手はワームの顎に添えられ、左手の仄白く輝く剣はワームの口の中に伸ばされている。剣先は中から上顎の肉の中に埋もれ、その周りを黒く焦がしていた。

 そして触手の一つが、彼女の腹を貫いていた。


「フィアぁぁぁっ!!」

「……怒れる炎精霊(イグニス・ブラスト)


 口から血を零しながらフィアは魔法を唱えた。口の中で炸裂した第三級魔法が荒れ狂いワームの頭を爆風が砕いていく。反動でワームの触手が腹から引き抜かれ、フィアは蒼白な顔色のキーリを見上げてニヤリと笑ってみせ――

 真っ赤な血を吐き出して崩れ落ちた。


「――っ!」


 キーリはすぐにその体を抱きとめ、優しく地面に寝かせる。そして自身のローブの裾を引き裂き、手早く止血をしていく。


「この……馬鹿やろうがっ! 無茶苦茶しやがって……!」

「お前、に比べればまだ、マシ、だろう……」

「しゃべんなっ! クソッ、止まれ、止まれ、止まれっ……!」


 祈り、願う。しかし触手は完全にフィアの体を貫通していた。布を巻いただけで簡単に血が止まるはずもない。

 どうして自分は魔法をまともに使えない。キーリは自らの身体を呪った。また失うのか。大切な人を再び失ってしまうのか。誰一人救えなかったあの日と同じ過ちを繰り返すのか。キーリの脳裏に、背中で冷たくなっていったユーミルの記憶が蘇り、止血しながらも一層顔を青ざめさせていく。


「どきなさいっ!!」


 キーリの体を押し退けてアリエスが割って入る。使用されないままだったありったけの魔力を込めて手のひらを傷口に押し当てる。


「回復魔法は得意じゃありませんけれど……!」


 溢れる血で濡れた手が光を発し、慣れない魔法で傷を塞いでいく。出血は徐々に治まっていくが、傷は中々塞がらない。

 見下ろしたフィアの顔はまるで死人の様。治療に当たるアリエスの額にも汗が光る。


「アリエス、細胞……皮膚が少しずつ傷口を塞いでくのをイメージするんだ」

「っ……分かりましたわ。やってみますわ」


 目を閉じ、キーリに言われた通りにイメージする。キーリも何か出来る事は無いか、と必死に考えを巡らせ、せめて、と最下級の水神魔法に膨大な魔力を注いで血の流れをコントロールする。


『その剣がお主の仲間や罪無き者へと向かわぬ事を心がける様にするが良い』

(クソッタレが……!)


 これがオットマーの言っていた事か。キーリの脳裏にオットマーの言葉が過る。

 キーリは、彼の言葉を『目的の為に仲間を犠牲にする』であったり、『見知らぬ人を、目的を果たす為の死をも厭わない踏み台として利用する』といった意味であると理解していた。おそらくオットマー自身もそのつもりでキーリに告げたのだろう。だがそれ以外の、それ以上の意味がそこに潜んでいたのだ。

 自分の無謀さが、意図せずに誰かを傷つける事もある。キーリの剣自体が彼女を傷つけたわけではない。だが彼女は傷ついた。死にそうな程に傷ついた。自分を守るために、ワームに貫かれたのだ。自分を追いかけてきたせいで、自分のせいで死ぬかもしれない。

 剣とは自分だ。抜身の剣である自分は周りを傷つける。望まなくても傷つけてしまう。傷つけないよう離れようとしても自分が居る限り仲間を傷つけてしまうのか。せっかく、誰も傷つけないように離れたのに無駄だったのか。

 キーリも目を閉じて祈った。神など今まで信じたことは無かったが、何でも良かった。どんな神でも、どんな悪魔であっても彼女を救ってくれるのであれば助けてくれ。この俺の腕でも脚でも、死後の行先でもなんだって売っぱらってやる。だから頼む。彼女を助けてくれ。

 悲壮感を漂わせて体を震わせるキーリ。不意にその頬に柔らかい感触が届いた。


「だ、い……じょうぶ、だ」


 フィアがキーリに向かって手を伸ばしていた。愛おしそうに彼の頬を優しく撫で、力なく笑ってみせる。


「私は……お前を置いて、死には…しない……」

「フィア、喋ってはダメですわ!」

「おお、げさだ……」


 ふぅ、とフィアは億劫そうに息を吐いた。痛みと苦しさで喋るのさえ辛いだろうに、彼女は精一杯強がって青白い顔をした口に弧を描こうとした。


「こんな所で死んで……キーリの気を病ませるわけにはいかないから、な」

「……」

「なあ、キーリ……お前が私達から離れたのは、お前の……復讐の邪魔になると思ったからか……?」


 邪魔だとは思っていない。しかし本心は告げたくない。己の心を隠してキーリは問いかけに頷こうとしたが、フィアの指が唇に触れて遮られた。


「お前の、事だ……どうせ偽悪的に振る舞おうと、するのだろう……?」


 鋭く心の内を見抜かれ、キーリは言葉に詰まった。そんなキーリの表情を見てフィアはやっぱり、とばかりに溜息を吐いてみせた。


「ぶっきらぼうに見えて、優しいお前の事だ。私達を復讐に巻き込む前に、傷つけてしまう前に関係を無かった事にしようとしたのだろう……?」

「……」

「図星、か……まったく、普段は本心を見せないくせに、こういう時だけは分かり易いな」

「……ふぅ、何とか傷は塞がりましたわ」


 アリエスが深く息を吐き出しながら額の汗を拭った。相当の魔力を使ったのだろう、彼女の顔もやや青ざめて、普段は血色の良い唇も今は紫に近い色合いになっていた。ペタン、と女の子座りをして壁に背を預ける。


「済まない、助かったよ、アリエス」

「流石に疲れましたわ……まったく二人共揃って無茶をしてくれやがりますわ。ああ、失った血までは戻りませんからしばらく横になっていた方が宜しいですわ」

「分かったよ。なぁキーリ、我儘を言っても良いか?」


 アリエスとは対象的に顔に赤みが戻ってきたフィアがキーリに尋ねる。


「……なんだ?」

「太腿を借りてもいいか? 今のままだと後頭部が痛い」

「まぁ……別に」

「ああ、脚は伸ばしてくれ。胡座を組まれるとちょっと高すぎるからな」


 細かい注文を無言で受け入れながら、キーリはフィアの頭を右の太腿に乗せてやり、自分は片膝を立てた状態で座る。フィアはふふ、と楽しそうに笑った。


「思った通りこの位置からだとお前の顔がよく見える」


 今の二人の体勢では、キーリが項垂れるとフィアと視線が交差してしまう。キーリは眉間に皺を寄せると後ろめたさから視線を逸した。その仕草が子供っぽく、フィアは小さく微笑み、そして「キーリ」と名前を呼んだ。


「私が傷を負った事を気に病んでいるのか?」

「……まあな」

「ならば気に病むことはない。これはお前のせいではない。私が弱かったからだ」

「俺を庇ったんだろ。俺のせいだ……」

「違うな。私がもっと強くて……そうだな、このワームを一撃で倒せるくらいに強かったらこんな怪我を負うことも、お前に無謀な真似をさせることもなかった」

「でも俺のせいでフィアが……死にかけたのは事実だ。俺はこれからも周りから見れば無茶な事をする。お前の性格だ。その度に俺を庇おうとするんだろ? 俺は……お前らが傷つくのを見たくない。だったら俺が傍に居ない方が――」

「自惚れるな」


 フィアの声が鋭くキーリに突き刺さる。


「お前がどう思おうがこれは私が自分で決めて行動してその結果として負ったものだ。誰がお前に背負わせるものか。誰がお前に責任を問うものか。傷つけまいというお前の優しさを知りながらこうしてお前を追いかけてきて、分不相応な敵と戦った結果として怪我をしたのだ。私の意思を、幾らお前であっても奪うのは認められない。私を侮辱するな」

「……」

「そういう事ですわ」

「アリエス……」

「フィアの言う通り、ここにこうしてワタクシ達が居るのは自分たちで決めた結果。無茶をしたバカ二人には一言も二言も……いえ、幾らでも言いたいことはありますけれども、それ以外の事で気に病まれるのも心外ですわ」

「それに、さっきも言ったとおりだ。私は死なない。お前のせいでなんか死んでやらない。お前を一人にするような真似は絶対にしてやらない。だからお前は気にすること無く安心して戦えばいい」

「……何だか愛の告白みたいですわよ」

「んあっ!?」


 アリエスに突っ込まれ、フィアは思わず奇声を上げた。

 男に膝枕をされてお前を一人にしないと囁く。確かにそうかもしれない。フィアは逆に血色が良すぎるくらいに顔を赤らめ、誤魔化すように一つ咳払いをした。そんな彼女を見つめたキーリは、何処か泣きそうな顔だった。

 フィアもアリエスもキーリのその表情に気づいた。フィアは一度目を閉じて深呼吸をし、もう一度キーリに呼びかけた。


「……なぁ、キーリ。お前の話を聞かせてくれないか……? お前の身に何が起き、何を考え、私達を遠ざけて何をしようとしていたのかを」

「だいたい知ってるんだろ……?」

「それでもお前の口から聞きたいんだ。他の誰でもない、お前の声で聞きたい。今、こうして同じ場所に居るのだから」

「辛い記憶だとは存じておりますわ。けれど……それを承知の上でお願い致しますわ」


 キーリは緩々とした動作で顔を上げてフィア、そしてアリエスの顔を見た。

 ふぅ、と億劫そうに浅く息を吐き出し、沈黙。

 やがてポツリ、ポツリと自分の口で語り始めた。





 2017/6/4 改稿


 お読みいただきありがとうございます。

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