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2-3 迷宮都市・スフォンにて(その3)

 第6話です。

 よろしくお願いします。


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。冒険者養成学校に入学するため、スフォンへやってきた。





「はーい、そこまでってことで」


 チャンスを逃すまいと剣を突き出そうとした男だったが、何者かに腕を掴まれてその動きを止める。


「町中の喧嘩で流石にそれ以上はやり過ぎだろ?」

「離、せ……ガキが……」


 決闘の結果がどうなろうと勝手だが、明らかな殺意は見逃せないとキーリは男にニカッと笑いかける。

 男は腕を振り解こうと力を込める。だが軽く掴んでいる様子のキーリの腕はピクリとも動かない。


(ガキの癖に……なんて力なんだよっ……!)


 少しずつ、まるで脅すようにキーリの力が強まっていき、腕がミシミシと軋み始めて男の口から苦悶が漏れ始めた。


「このガキっ!」


 もう一人がハルバートを振りかぶってキーリ目掛けて振り下ろそうとする。するとキーリは腕を掴んだまま横に振るった。

 キーリもそれなりだが掴んだ男は更に巨体。しかしその体が容易く、まるでボールでも投げたかのように真横に飛んでいき、ハルバートの男を巻き込み転がっていく。


「ガハッ……ひぃッ!?」


 二人が並んで地面に転がり、しかしすぐに起き上がろうとする。だが二人の顔の間の地面に鋭い刃が突き刺さった。

 小さく悲鳴を上げた二人に対し、キーリは刺さった刃を握り口端を歪めて楽しそうに話しかける。


「落ち着いた? なら、ほら周りの人間の顔見てみなって? 今どんな顔してるよ?」


 突き刺さる刃を見て冷静になった二人が、キーリに言われて周囲を見回す。

 取り囲んでいた全員が顔を般若の様に歪めて男連中を睨んでいた。何人かは今にも手に持っていた荷物で襲いかかりそうな勢いだ。


「あ、あ……」

「という状態なわけ。おっさんらも色々とプライドとかあると思うけどさ、ここら辺で謝罪の一つでもしといた方が良いと思うんだ、俺的には」


 言いながらキーリは、何処からか取り出したナイフを二人の首の横に突き刺した。そして男達の眼を覗き込む。

 二人の体が震える。ただのガキのはずなのに、キーリの眼を見ていると何か得体のしれないものに魅入られている。そんな気さえしてくる。なのにキーリから眼を離せない。

 やがて彼らの瞳が曇った。


「な? どうするよ?」

「わ、悪かった! お、俺らが大人げなかったんだ、なあ!」

「そ、そうそう! だから……」

「いやいや、俺に謝られても困るって。謝るのは俺じゃなくて店の主人と女将さんにだろうが」

「す、すまんかった! 謝る! だから許してくれ!」


 キーリに言われるがままに二人は地べたに頭を擦り付けて謝った。プライドも何も無い。体を震わせて、まるで神に赦しを乞うかのように一心に女将に頭を下げ続ける。


「え、えっとだね……」


 そんな二人に頭を下げられた女将は困惑した。どうしたものか、と店の主人と二人して顔を見合わせた。

 そうした中でキーリは男二人の荷物に手を突っ込んで硬貨の入った財布を取り出して中身から銀貨を何枚か取り出す。そして女将にその財布ごと投げ渡した。


「な、なんだい、コレ?」

「迷惑料。おっさんらもぜひ受け取って欲しいってよ。そうだろ?」


 女将は渡された財布を抱えて惑っていたが、やがて男達に近寄ると銀貨を一枚ずつ抜き取って差し出した。


「今回のお代だけ貰っとくよ。あんまり良い材料は手に入らないけど、次はあんたらにも美味いって言ってもらえるよう主人と研究するから、また来ておくれよ」


 突き飛ばされたり店を荒された事など無かったと暗に告げながら女将はウインクしてみせた。その懐の大きさに男も感じ入る所があったのか、一度頭を上げると今度は感謝を口にしながら頭を下げ、見ていた観衆の何処かからか拍手が広がっていった。


「……これはこれで一件落着か?」

「ってことでこっからは私の出番ってことで」


 聴衆たちも解散して散り散りになり、通りもいつもの風景に戻っていく。

 軽く肩を竦めて頭を掻くキーリだったがその横を、さっきまで店の中に放置されていた料理をコソッとつまみ食いしていたユキが通り過ぎていった。そして意気消沈したままの男二人にニヤッと笑って近づき――男二人の顔を自慢の豊満な胸で抱きしめた。


「ほらほら! いつまでも落ち込んでちゃ男らしさが台無しよ?」


 突然美少女に抱きつかれて驚いていた二人の顔が一気にやにさがった。


「や、柔けぇ……!」

「む、ぐ……ぷは! あ、アンタは……?」


 誘惑を何とか振り切ってユキに尋ねる。が、ユキはその口をキスで塞いだ。


「私が何者かなんて野暮なことよ。

 そ・れ・よ・り・も。こんな衆人の前で頭下げて、恥をかいて、謝罪はしたけど思うところがあるんじゃない?」

「いや、まあ……」

「わ、悪かったのは俺らだしな……」

「だけどお酒に酔ってたとは言ってもご飯が思ったより美味しくないなんてよくある事じゃなくて? なのにあんなに怒って暴れたって事は鬱憤が随分と溜まってた。違うかしら?」


 キーリと並んでいる時とは異なる、口調も大人っぽいものに変わり、まとう雰囲気も幼い見かけによらない、甘いものを醸し始めて胸を押し付けていく。

 ユキの言葉に顔を見合わせる二人。そこに更に甘く囁いていった。


「冒険者って事はたくさん危険を乗り越えてきたんでしょう? 危険に晒されると男としての本能が刺激されて荒っぽくなるって聞くわ。なら溜まったものを吐き出す相手も必要じゃなくて? それに私、荒々しく攻められるのも冒険者の危険な話を聞くのも、大好きなの。だから、ね? ぜひベッドの中で聞かせて欲しいわ……」


 ユキは細い指先を二人の頬に滑らせ、微笑みかける。

 そして、先ほどのキーリと同じように二人の眼を覗き込んだ。対する二人も無防備にユキの眼を覗き返してしまった。


「――そうだな、こうして美人から誘われてんのを断るっていうのも男が廃るってもんだ。なあ?」

「――ああ、違いない。よーし、ならベッドの上で俺らの武勇伝をたーっぷり聞かせてやろうじゃねえか」

「ふふ、楽しみにしてるわ」


 それじゃあ行きましょうか。

 ユキの誘う言葉に、まるで奴隷が付き従うかのように二人は立ち上がってふらふらとした足取りでユキの後ろに付いて行く。


「おい、ユキ! お前――」

「あ、キーリ。ってことだから後はよっろしく~!」


 キーリの言葉を口早に遮ると、ユキは手を振ってさっさと男二人と共に街の雑踏の中に消えていく。

 その姿を見送るだけだったキーリは、三人の姿が見えなくなると頭を掻きながら舌打ちをして肩を落とした。


「はぁ~……面倒くせぇな。まあいつもの事だから良いけどよ」


 ユキとキーリは行動を共にしているが別に志を同じにする仲間というわけではない。入学するのに特に制限があるわけではないので一緒に冒険者養成学校に入るつもりではあるが、それだってユキにとっては「娯楽」、或いは「暇つぶし」でしかない。

 キーリは明確な目標を持っているが、彼女はそんなキーリに興味を持って勝手に付いてきているだけの「上位」の存在である。気ままな彼女の行動をキーリがコントロールなど出来るわけがない。一々気にしていたらとっくの昔にキーリの胃など穴だらけだ。

 ふぅ~、と肺に溜まった息を大きく吐き出し、気を取り直して地面に突き刺した、折れた剣先を拾い上げる。そしてそれを弄びながら持ち主の方へ持っていく。


「フィア、だったか。ほれ」


 店先に座るフィアに声を掛けて剣先を差し出したキーリだが、彼女はずっと放心して俯いたままだった。


「おい、フィア。聞こえてんのか?」

「……あ、ああ。すまない、アルカナ。何か用か?」

「キーリでいい。それより、ほら、コイツ」


 キーリが再度フィアの目の前に折れた剣を掲げてみせる。陽光がきらめき鮮やかな輝きを見せ、素材の質の良さを想像させた。

 その剣先をフィアはしばし見つめていたが、やがて緩々と首を横に振った。


「要らないのか? 結構良い剣だと思うんだが。まあ……こんだけポッキリ言ってりゃ直すよりは新しいのを買った方が良いとは思うけどさ」

「ああ、キーリの方で処分してくれて構わない」

「でもコイツに思い入れでもあったんじゃないのか? じゃねーとそんだけ落ち込まねーだろ? そりゃ思い入れがある武器がポッキシいったのを見るのは辛ぇだろうけど……」

「いや……いいんだ」フィアは言いながら溜息を吐いた。「キーリの言う通り折れた剣を見るのは辛いが、折ってしまったのも私の未熟のせいだ。そこは甘んじて受け入れなければなるまい。それに……その、なんだ、剣は折れたままにしておくよ。自分を戒めるためにな」

「ストイックな奴だ」

「そうでもない。鑑みてみれば、少々剣技に自信があってそこらの冒険者とも対等以上に渡り合えると思いあがっていたようだ。ここのところ鍛錬にも真剣味が足りなかった気がするし、今回の件はいい薬だな」


 何とか笑ってみせるフィアだが、やはり落胆は隠せない。笑みも何処か痛々しくぎこちなかった。

 フィア自身もそれに気づいたのだろう。軽く瞑目して頭を振って立ち上がるとキーリに向かって背を向けた。


「せっかく良い出会いの日だったのだが、すまない。ここらで失礼させてくれ。新しい武器も調達しなければならないしな」


 そう伝えるとフィアは心なし背を丸めたまま大通りの方へ消えていった。

 キーリは手に残された刃をくるくると回転させながら日にかざしてみたりと弄っていたが、やがて自身の収納袋の中にむき出しのまま放り込んだ。


「で、アンタは追いかけないでいいのか?」


 キーリは視線を正面に向けたまま背後に立ったレイスに話しかけた。出会った時から一時も表情を変えていないレイスは、やはり無表情のままキーリに対して頷いた。


「少しでしたら構いません。お嬢様も今はお一人になりたいかと察しますし、あのような状態であってもそこらの不届き者にどうこう出来るようなお方ではありませんから」

「だろうな」


 一連の動きをキーリも見ていたが、その実力は確かだ。そこいらの一般人や低ランクの冒険者では手も脚も出ないだろう。


「それで、俺に何か用か?」

「一言御礼を、と思いまして。先程はお嬢様の危機を救って頂きましたから」

「別に俺が出なくてもアンタが何とかしたんだろ?」

「それでも、です」そう言ってレイスは深々と頭を下げた。「ありがとうございました。キーリ様に心よりの感謝を。それと何かしらの御礼の品をお渡ししたいのですが、滞在先はどちらでしょうか? もちろん現金でも構いませんが」

「止せよ。そんな大層な事をした覚えは無いし、金も……欲しいっちゃ欲しいけどよ、このくらいで貰うもんでもない。金のアテもあるしな。言葉だけで十分だ」


 そう伝えるとレイスの表情が微かに変化した。


「……何だよ? 文句あるか?」

「いえ……正直驚きました。先ほどの男達から金を抜き取ったりと、もっとがめつい方かと思ってたので」

「やかましいわ。それよりさっさとフィアを追っかけろよ。万が一って事もあるだろ」

「そうですね。それでは失礼致します」


 シッシッと追い払うように手を振るキーリに向かってレイスは恭しくお辞儀をした。そして頭を上げ、先を行くフィアを走って追いかけていき、やがてその姿も人混みの中に消えていった。

 だが去り際、キーリは見た。頭を上げた瞬間、ほんの少しだけ彼女が微笑んでいた事に。


「……ちぇっ」


 キーリはガリガリと頭を掻いた。感情を何処かに置き忘れてきているのかと思っていたが、どうやらそういうことでもないらしい。


「笑えんなら普段からもっと笑やぁいいのに。せっかくあんだけ美人なんだしよ」


 とはいえ、感情を表に出さないのは何かしら事情があるのだろうし、そこにキーリは深く切り込んでいく気も無い。本人がやりたいようにすればいいだけだ。

 すでにフィアもレイスも見えないが、何となくキーリは二人が消えた先を眺めた。フィアの落ち込み具合がやや気が掛かりだが、付き合いの長そうな二人だ。明後日の養成学校の試験までにはレイスが立ち直らせるだろう。


「さて……」


 二人の事は置いておいてこれからどうするか。宿の紹介を頼もうかと思っていたのにアテが外れてしまった。ユキもおらず、別に一人が嫌いでは無いがさっきまで騒がしかっただけに何だかもの寂しくなり、手持ち無沙汰の手をポケットに突っ込んだ。

 と、キーリの表情が険しくなった。財布が、無い。代わりにカサリ、と覚えのない紙切れが指先に触れた。それを取り出し、書かれていた文字に眼を通す。


「……『お金貰ってくから。今晩の宿決め宜しく――ユキ』」


 呆然とその文面を眺めていたが、やがて無言で紙を丸めてポイっと上空へ放り投げる。空中で火の手が上がり、一瞬にして燃え尽きた。


「金……貰っときゃ良かったな」


 ポツリと呟いて肩を落とす。深い深い溜息しか出なかった。




2017/4/16 改稿


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