表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/327

15-5 イエスタディをうたえるように(その5)

 第58話です。

 宜しくお願いします。


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。教会の聖女を始め、英雄たちに激しい憎悪を抱いている。

 フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。自分が考える「正義の味方」を追い求めている。

 レイス:フィアに付き従うメイドさん。時々毒を吐く。お嬢様ラヴ。

 シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが最近はキーリとの特訓で活路を見出しつつある。

 ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。キーリとの付き合いは長いらしく、事情に詳しいが語ることを禁じられているらしい。

 アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。

 シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。(シン→ギースの一方通行)。




「フィア!!」


 アリエスの怒鳴り声でフィアはハッと我を取り戻した。直後に馬乗りになっていたキーリの腕がシオンとカレンによって捕まれ、アリエスが顔を殴り飛ばす。

 先日の様な人間離れした力は発動していなかったのか、キーリの体は簡単に床を転がった。ナイフが床を滑り、それをギースがすかさず拾い上げた。


「フィア! 大丈夫ですの!?」

「ゲホッ、っ、はぁ……大丈夫だ」


 抱き起こして背中を擦るアリエスにフィアは軽く手を挙げて問題ない事を告げた。それでも彼女の事を心配してか、アリエスは首元や口周りを覗き込む。


「……どうやら怪我も無さそうですわね」

「大げさだな。これくらい大したことはないさ」

「友人が怪我をしそうだったら心配もしますわ」


 フィアは苦笑いをしつつも、先ほどの一瞬で過ぎっていった映像を思い返した。


(今のは……)


 いずれもフィアの記憶にはなく、出てくる人たちも全く知らない。だが彼らの額には角があり、肌は褐色。ここに来る前に聞いたクルエによる鬼人族の特徴と一致している。それはつまりは――


「フィ、ア……?」


 その思考は、しばらく聞いていなかった声によって遮られた。

 キーリは壁にもたれて呆然としていた。眼の色は普段の白目に黒眼と見慣れたものに戻り、だが声はか細かく、聞き逃してしまいそうだった。

 ゆっくりと視線を自分の右手に移す。腕は震え、そこから目が離せない。

 キーリの腕には感触がはっきりと残っていた。押さえこんだ時のフィアの体温が、吐息の感触が思い出され、そしてギースが手にしているナイフを見た。記憶に無くとも、キーリは自身が何をしたのかを明確に理解した。


「キーリ、大丈夫か? 随分とうなされていたが……すまない、起こすつもりは無かったのだが」

「彼女はキーリの汗を拭こうとしてただけですのよ。寝ぼけていたのも分かりますけれども、流石に肝が冷えましたわ」


 立ち上がって近寄ってきたフィア。先ほどの愚行など気に留めていないかのように心配の言葉をかけてくる。アリエスも殊更にキーリを責めるつもりは無いようで、シオンやカレンも同じくキーリを見て心配そうにしている。

 しゃがみこんでフィアはキーリの顔を覗き込んだ。キーリは混乱したまま一度顔を上げ、震える自分の手のひらを見た。

 そして言葉を失った。

 手のひらは、いつの間にか真っ赤な血で染まっていた。


「っ!」


 咄嗟にキーリは右掌を床に拭いつけた。何度も何度も擦りつけ、へばりついた血を拭い去ろうとするが中々取れない。


「どうしたんだ、キーリ?」


 突然奇行を始めたキーリにフィアが声を掛ける。思わずキーリは顔を上げ、声にならない悲鳴を上げた。

 フィアの顔は真っ赤な血で汚れていた。顔だけでは無い。手の指先からは血が滴り落ち、口元からも絶えず血が溢れている。


「キーリ?」


 様子がおかしい事に気づいたアリエスが訝しげな視線を向けた。名を呼ばれて反射的に振り返り、また悲鳴が漏れた。彼の眼に映るのは真っ赤に染まったアリエスの腹部。白い肌が鮮血で覆われ、順繰りに見ていけばシオンやカレン、ギースも同じように全身から血を流していた。

 胃の中の物が不意にこみ上げてくる。キーリはよろめきながらシオンとカレンを押しのけてトイレに転がりこんでいった。


「げ、ほ……か、はぁ……」


 胃液と酒だけが吐き出され、ツンとした臭いが更に吐き気を催させる。こみ上げるものを吐き出そうとし、しかし胃が締め上げられるだけで何も出てこない。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

「大丈夫か……?」


 キーリの背に当てられる、暖かい手のひら。心配そうな声とその優しい温もりに不意にキーリの喉がしゃくり上げそうになる。そして今度は胃の代わりに心臓が握りつぶされそうに軋む。

 キーリは自分の手のひらを見た。血は何処にもついていなかった。安堵の息が漏れ、そして泣きそうな顔を見られないようフィアに背を向けたまま、キーリはその手を振り払った。


「キーリ……」

「何しにきたんだよ」


 フィアを突き放すように、ぶっきらぼうにキーリは尋ねた。彼女たちの心根を知っている以上、その理由は容易に想像できたがそれでも敢えて問うた。


「決まっている。お前と話をしにきた」


 乱暴に手を払ったことで狼狽えているだろうか、とも少しずつ回り始めた頭で考えたが、予想とは違ってフィアははっきりとそう答えた。


「ここに来る前に皆と話し合ってきた。どうしてお前が私達を避けるのか分からなくて不安だった。あの日から……雨の中で肩を落としたお前の姿を見てからずっと、皆お前の事を心配している」

「……」

「だから私達と距離を置こうとする理由を教えてほしい。教えてもらって、納得したいんだ。

 幾つか理由は想像してはいるがお前の口から聞きたい。キーリ、お前が何を考えているか。お前がどうしたいのか、それを教えてくれないか?」

「……俺は話すことはねぇよ」

「お前の本心が知りたいんだ。ずっとキーリが苦しんでいる事は分かる。今だってひどくうなされていた。目の下の隈だってひどい。夜だってキチンと眠れていないんだろう?」

「起きた時の顔だって、ただでさえひどい顔がもっとひどいものになってましてよ。あれだけ度数の強い酒を飲まないと眠れないのでしょう?」

「別に……。寝る前の深酒は昔からの習慣なんだよ」

「……お酒も飲み過ぎれば毒にしかなりませんよ」

「うっせぇな」


 お節介だとばかりにシオンの忠告にキーリは舌打ちをし、フィアの方を見ないようにしながら乱暴に押しのけてベッドの方へ戻っていく。

 ちょうどその時、桶に水を汲んできたレイスが戻ってきた。フィアを押しのけた瞬間にわずかに眉根が動いたが、しかし特に何も言わずに濡れたタオルを差し出した。


「こちらをどうぞ。汗をお拭きください」

「……あぁ、テーブルに置いといてくれりゃいい。後で拭く」

「畏まりました」


 キーリ付きのメイドというわけでもないのに律儀に一礼するレイスに、何処か調子が狂うのを自覚しつつテーブルの上に残っていた酒瓶を一気に傾けた。ちらりとレイスの顔を見る。ジッとキーリを見ているが責める様子は感じられない。だが見透かされた様な気がして、キーリは逃げるようにベッドに転がって全員に背を向けた。


「帰れよ、お前ら」

「キーリ君」

「俺はもう寝る」

「キーリ。聞いてくれ」

「嫌だね」

「なら勝手に話す。出来ることならお前の助けになりたいんだ。お前の……」


 フィアは溢れる感情を堪えるように下唇を噛んだ。微かに血の味がして、そして頭を振った。


「……いや、自分が、私自身が辛いんだ。親友が辛い思いをしているのに見ているしかできないのが嫌なんだ。私はお前の力になりたい。だからお前の本当の声を聞かせてくれ。頼む!」

「ならさっさと帰ってくれ。そして二度とここに来るんじゃねぇ」

「キーリ!」

「うっせぇな! 帰れって言ってるだろうがっ!」


 上半身を起こしてキーリは怒鳴り声を上げた。その直後――

 ――パシンッ

 乾いた音が響いた。

 一瞬の静寂。怒りに熱せられた空気が刹那の時間で冷えきった。

 キーリは赤くなって熱を持っているだろう頬を擦りもせず、目に涙を湛えて歯を食い縛っているアリエスを冷淡さを装った瞳で見上げた。


「この、バカ……人の気も知らないで! フィアがどれだけ心配していたか……!」

「……で、そのバカを殴って気が済んだか?」


 偽悪的な笑みを浮かべて嘲ってみせたキーリの、反対側の頬をもう一度叩く。頬と手のひらが同じようにジン、としびれた。


「ええ、もういい加減愛想が尽きましたわ! こんな意気地なしだとは思ってもいませんでしたもの! こうして一生誰とも顔を合わせずに生きていけばいいですわ!」

「ああ、最初からそうしときゃ良かったと思ってるよ」

「このっ……大馬鹿キーリっ!」


 最後にアリエスは拳をキーリの顔に叩きつけた。キーリはそれを避けようともせず鈍い音がして、ギースは一歩引いた場所で「きつい一発だな」と他人事の様に呟いて顔をしかめた。


「フィア、カレン、シオン! 帰りますわよっ!」

「でも……」

「この頑固な分からず屋は放っとけば勝手に野垂れ死ねば良いんですわ!」

「あ、おい!」


 肩を怒らせて、腹立たしさをぶつけるように部屋のドアを蹴破る。ボロかったドアが廊下に倒れて、それを踏み潰しながらアリエスはフィアの手を強引に引っ張りながら出て行った。引っ張られながらフィアは最後まで泣きそうな顔をしていた。


「……弁償モンだな、こりゃ」


 ま、これもキーリに払わせりゃいいか、とギースもアリエスの後ろに続いて出て行く。カレンはオロオロとしながら、アリエスが出て行った方とふて寝するように反対側を向いたキーリを交互に見遣る。

 やがてキーリに向かって声を掛けた。


「キーリ君、私達……待ってますから。キーリ君が戻ってくるのを待ってます。

 気持ちが落ち着いたらで良いですから、また前みたいに楽しい時間を過ごさせてくださいね」


 キーリ君が居ないと、何か違うから。そう言い残してカレンもアリエスを小走りで追いかけていく。彼女の後ろをシオンは見送って、やがてキーリの寝るベッドの傍へと近づく。


「カレンさんも言ってましたけど……僕もキーリさんを待ってます。

 皆、キーリさんが何をしようとしているか分かってるんです」

「……」

「僕には……キーリさんがどういう気持ちで憎しみを抱えて生きてきたのか……理解できません。だから『お前に何が分かる』って言われるかもしれませんけど、僕はキーリさんに死にに行くような真似はしてほしくありません。どんなに聖女様が憎くっても、できれば人を殺してほしくないんです。罪は裁かれないといけないと思うんですけど……キーリさんが悪者になって、色んな人に極悪人だと思われてもらいたく……ないです。だから……復讐を棚上げでもいいですから、キーリさんに稽古をつけてもらえる日をまた待ってます」


 途切れ途切れながらもシオンはそう自分の気持ちを伝え、返事を受け取ることの無いままペコリと腰を折って部屋から出て行った。

 そうして密度の高かった部屋は瞬く間に静かになった。


「……お前も帰れよ」


 そうした中でただ一人、レイスだけはまだ部屋に残っていた。いつもであればフィアの傍を出来る限り離れずに後ろに控えているはずの彼女がキーリを見下ろしている。

 アリエスみたいに恨み言の一つも言いたいのだろう。


「オットマー先生伝てにシリルフェニア校長から伝言を預かってきております。『寮を出るのは構わないからその手続をすること。それから所在地を知らせて登録すること。じゃないと退学処分にするから』だそうです」


 そう思っていたが、平坦な声で聞かされたのは事務的な話だった。逆に伝言のシェニアの話の方が人間味があるように思える。拍子抜けしつつ、億劫な声で返事をする。


「……分かった。明日には手続きする」

「畏まりました。それでは失礼致します」


 深々とお辞儀をしてレイスも部屋から出て行く。しかし一歩外に出た所で立ち止まった。


「私は、如何なる選択をしようともキーリ様のご意思を尊重致します。お嬢様を悲しませている現状は正直腸が煮えくり返る思いではありますが、これ以上お嬢様にご迷惑をお掛けしないのであれば私から申し上げる事は何もございません」

「ああ……そのつもりだ」

「ですが最後と思って僭越ながら一言だけ申し上げます」

「……」

「お一人で過ごすことは……とても寂しい事でございます。そして……それは恐らくお嬢様を含めた全員の中でキーリ様が一番ご理解していらっしゃることと思います」

「……」

「ですので……くれぐれも後悔のない決断をなされる事を祈っております」


 それでは今度こそ失礼致します。平時と変わらぬ恭しい一礼をして、キーリは一人になった。

 キーリは汚れた布団を体に巻き付ける。酒と汗の臭いが鼻をツンと突いて、それにもかかわらず顔をそれに押し付ける。


「分かってんだよ、そんな事は……!」


 嗚咽の様なその叫びは誰に聞かれる事も無く、たった一人の部屋の空気に溶け込んでいった。






 2017/6/4 改稿


 お読みいただきありがとうございます。

 ご感想・ポイント評価等頂けますと励みになりますので宜しければぜひお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ