14-6 崩壊、そして・・・(その6)
第53話です。
宜しくお願いします。
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。魔力の制御を磨くことでかろうじて第五級魔法程度は使えるが攻撃としては使えないため、主に人間離れした膂力で戦闘する。
フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。炎神魔法が得意で剣の腕も学内でトップクラス。欠点は、可愛くて小柄な男の子を見ると鼻から情熱を吹き出すこと。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアは友達だと考えているが、レイス自身は一線を引いている。フィアの鼻から情熱能力を植えつけた疑惑あり。
シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが頑張り屋さん。
ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。キーリとの付き合いは長いらしい。変態。
アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。
シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。
セリウスが入ってきた時のまま大きく開け放たれた木製の扉。そこに黒いローブを羽織ったユキがもたれかかっていた。
アンジェに言われるまで気配すら感じる事が無かった事にセリウスは驚きつつ、見覚えのあるユキを見て記憶を探った。
「君は確か……その少年と共に村に居た子だね」
「そうよ。ウチの馬鹿がお世話になったみたいね」
「いいえ、たいしたおもてなしも出来なかったわ。でも」アンジェはふわりと柔らかい微笑みを湛えた。「おかげで私も楽しい時間を過ごせたから感謝してるわよ?」
「聖女なんて言うからどんな人間かと思ったけど、随分と愉快な性格してるみたい。人は見かけによらないって言うけど、上手いこと言ったものよね」
「ふふ、貴女みたいな可愛い人に褒めてもらえて光栄だわ」
表面上は穏やかな会話をする二人だが、そこにセリウスが割って入る。
「ここまで辿り着くとはその少年共々中々の実力のようだが……下に居た者達はどうした?」
「下? ああ、なんか騒がしかったから皆寝てもらってるわよ」
ユキのそのセリフにセリウスが剣の柄を握りしめた。だが飛びかかろうとした彼の前にアンジェが腕を伸ばして制止する。
「アンジェリカ様」
「止しなさい。ここに辿り着くまでアンタはおろか、私でさえも彼女が近づいてることに気づかなかったのよ? 見た目で判断する人間とは思わないけれど、たぶん……返り討ちに合うだけよ」
「さっきの話を聞いてるとただの戦闘狂かと思ったけど、冷静なんだね。流石にここら辺一帯に増幅の魔法陣を敷き詰めてるだけはあるよ。おかげで苦労したよ」
「増幅の、魔法陣?」
オウム返しに口にしたキーリに、ユキは呆れた視線を向けた。
「そう。光神の加護を受けた人間の力を増幅させて、教会に悪意を持つ人間の力を削ぐ魔法。学校でも習わなかったから、たぶん教会の秘術の類なんじゃない?」
キーリは話を聞いてハッとした。忍び込んだ時に教会中に広がった光。単に警報用の魔法陣が発動しただけかと思ったが、そういうことだったのか。
そんな事にも気づけなかったのか、とキーリは項垂れてバランスを崩しよろめいた。
倒れそうになるキーリの体。それをユキが支えた。
「ご名答。鋭い子は嫌いだわ」
「ありがとう。それで、私を殺す?」
ユキは蠱惑的な笑みを浮かべてセリウスを見る。一瞬彼の意識が、ローブの隙間から覗くユキの胸に向かった。アンジェもまた挑発的な笑みをユキに向け、セリウスの脚を思い切り踏みつけ、そこで彼も我に返る。
「いいえ。そんな事はしないわ。誰一人殺すつもりもない子をこちらの都合だけで殺すなんてひどい事、するつもりもないわ」
「ふぅん……『英雄』なんておだてられてる人間が面白いこと言うのね」
「誰一人……殺していない?」
セリウスはキョトン、とユキを見て、そしてアンジェの顔を見下ろした。そんな彼の姿を見て、アンジェは彼が何を考えていたのかを察して呆れた様に溜息を吐く。
「まさかアンタ、この子が本当に下の兵士たちを殺したと思ってたの?」
「い、いえ……しかしこの状況で『寝ている』と言われてもとても信じることは……」
「大丈夫だよ。殺してないし、誰ひとりとして怪我もさせていないよ」
悪夢くらいは見てるかもしれないけれど。最後にそう付け加えたが、セリウスはイマイチその意味が理解できなかったようで難しい顔を浮かべて首を捻った。
「さて、せっかく見逃してあげるって言ってくれてるんだし、それじゃあ私達は帰らせてもらうよ」
「ええ、どうぞ」
「待て、待ってくれ、ユキ! 俺はまだ……」
「はいはい、どうせまだ諦められないって言うんでしょ? 気持ちは分かるし、だけどダメよ。
――自身の置かれた環境さえ冷静に見れないただの人間が、生意気言ってるんじゃないわよ」
普段とは異なる、冷たい怒りに満ちたユキの声。彼女のその声色にキーリは一気に心根を冷やされて二の句が告げなくなる。アンジェに対する熱い怒りには冷水を浴びせられ、下唇を噛み締めたままキーリは頭を垂れた。
そんなキーリの体を、小柄な体からは想像も出来ない腕力で軽々と片手で抱え上げて肩に担ぐ。キーリは抵抗する気も起きず、グッタリとしてユキに体を預けた。
「キーリが復讐に狂ったただの人間だったら勝手に突っ込んで勝手に死ねって感じだけど、まだキーリとは契約中だからね。キーリに死なれると私だって困っちゃうんだから」
「……分かってるよ、分かってる。分かってるけどよ……」
感情を押し殺した掠れた声がユキの耳に届く。顔が押し付けられたローブの部分に涙が染みこんでいく。ユキはそれに気づかないふりをした。
キーリを抱えたまま扉から出て行くユキ。だが途中で脚を止めるとアンジェに首だけで振り返った。
「一つ聞きたい事があるんだけど、良いかな?」
「何かしら?」
「貴女の体からはずいぶんと光神の匂いを感じるんだけど、何処でその力を得たの? それと、光神の居場所を知ってるかな?」
思っていたのと違うユキの問いに、今度はアンジェが首を傾げた。何故そんな事を聞くのか、ユキの質問の真の意図に思考を巡らせるが分からない。
だが特に問題になるような質問というわけではない。訝しみながらもアンジェは聖痕に関するところ以外を正直に答えてやった。
「さあ、何処だったかしらね? 気がついたら魔法も使えたし、物心ついた時にはすでに教会の中で生活していたから、大方生まれつきなんじゃない?
光神様は……そうね、直接会ったこともないけど、どうせどっかから私達人間の無様なあがきを見守ってくださってるんじゃない?」
「そう……知らないなら良いわ」
「何? どういうこと?」
妙なユキの返答にアンジェは尋ね返そうとするも、それよりも早くユキは階段へと消えた。その後をセリウスがすぐに追いかける。だが階段の両端の蝋燭は消され、足元さえも覚束ない程の暗闇が漂っているだけだった。
「よろしかったのですか? 逃がしてしまって」
「何か言いたいことでもあるのかしら?」
「いえ、単なる疑問です。強い相手と戦いたい……めぼしい強者との戦いに尽く勝ってきたアンジェリカ様のお気持ちは分かりますが、あの少年にそこまでの価値があったのでしょうか? 魔法もロクに使えないあの少年に。まだ我らが騎士団から育てていった方が可能性があったのでは……」
「確かに聖痕持ちの人間は強くなるわ。けれど私達の側の人間である以上、私に剣を向けることは想定していないの。いざ戦っても向き合った時点から勝つつもりがない、そもそも殺すつもりがないやつと戦っても面白く無いし、騎士団で育てたって事は私が戦い方を知ってるからつまんないわ」
「だから我々とは無関係の、外の人間でありアンジェリカ様を……強く憎んでいるあの少年に期待している、という訳ですか」
「ま、それだけじゃないんだけど」
「他にも何か理由が?」
「底が見えないのよ、あの子は」
アンジェが光神魔法で蝋燭に明かりを灯した。途端に闇は払われ、神秘的な光が階段を包み込んだ。
「魔法は使えないのに魔法の制御はすでに一人前。最後に私にナイフを突き刺した時も、何をされたか分からなかった。もっと地力を伸ばしていけば私を上回る実力をつけてくれるかもしれないし、逆に伸びないまま終わってしまうかもしれない。見えきった伸び代よりも伸びるかどうか分からない未知数の方が面白いじゃない」
「将来の可能性にかけられたのですね」
「そう。だけど私は確信してるわ。いつかきっと、もっと強くなって私を――」
「聖女様!」
彼女が何処か遠くを眺めながら階段に背を向け、部屋の中へ語りながら戻っていた時、小さな影が部屋に駆け込んできた。
「アト」
「聖女様! 変な奴がやってきたって……その傷!」
アトは心配そうに聖女に駆け寄り、彼女が傷を負った手のひらを小さな手で包んだ。血で汚れるのもためらわず、傷と彼女の顔を交互に見遣る。
「酷い……魔法で治せないのか?」
「もちろん治せるとも。アト、すまないが君が直して差し上げてくれないかい?」
「うん、分かった!」
セリウスから呪文を教えてもらい、アトは何度か口の中で繰り返すと、声を出して詠唱する。するとアンジェの手を包んだ幼い手のひらから淡い光が溢れ、彼女の傷を癒していく。そのまま一分程もしてアトが手を離すと、そこには傷一つないアンジェの手があった。
「うむ、やはり……」
「まぁ、すごい……一度教えただけでもう自分のものにしたのですね」
聖女としての仮面を被ってはいるが、アンジェの口からはアトの才能に対する称賛と感嘆が漏れた。優しく微笑み、「ありがとうございます」と礼を述べながら頭を撫でるとアトは頬を赤くしてハニカミながらくすぐったそうに体をよじった。
「でも、本当に酷い事をしやがる……聖女様を傷つけた奴は何処に行ったんだ!?」
「賊はすでに撤退したよ。聖女様が傷を追いながらも撃退してくださったんだ」
「マジかよっ! 聖女様ってつえーのか!?」
「ああ、私なんかよりもよっぽどね」
「買いかぶり過ぎですよ」アンジェは小さく微笑んで頭を振った。「撃退できたのはセリウス様のお力のお陰です。あ、でも、今日は誰もここには来ていないって事にしてくれませんか? 私が怪我をしたのも内緒で」
「どうしてだよ?」
「私が怪我をしたって皆が知ったらお心を痛めてしまいます。私は皆に余計な心配は掛けたくないんです。だから、アトもご協力して頂けませんか?」
申し訳無さそうに眉を八の字にしてアンジェは頭を下げる。と、アトは「んー」と悩む仕草を見せるもすぐに「分かった!」と大きな声で返事をした。
「そういうことならオレも協力するよ!」
「ありがとうございます。アトが良い子で本当に良かったです」
「でも……」アトは笑顔から一転して顔を曇らせた。「オレ、聖女様が襲われてる時に何も出来なかった……ずっと眠ってたからさっきまで何も気づかなかった……」
「落ち込むことはありませんよ」アンジェはしゃがみこんでアトと目線を合わせた。「アトが居てくれたから私の傷もこうして傷痕も残らずに済んだんですよ? 胸を張って下さい」
「ああ。君の才能はやはり素晴らしいものがある。今回は撃退には間に合わなかったかもしれないが、研鑽を積めばすぐに聖女様のお力になることができるだろう」
「……うん! オレ、頑張る! 頑張って鍛えて、キーリの兄ちゃんみたいに強くなってみせるよ!」
「ええ、期待しています。頑張ってくださいね」
アトの口から出てきた名前に微かにセリウスは顔をしかめるも、それをアトに気取られることはなかった。
アンジェは深い笑みを浮かべてアトの金色の髪を撫でる。その本心を悟る事ができる人間はこの場には誰一人居なかった。
キーリを抱えて教会を脱出したユキは夜の闇に紛れてそのままルグエンの町を抜け出した。少々本気を出して気配と存在を消した彼女を捕捉できる人間など居ない。時折深夜の町を徘徊する酔っぱらいや警らする兵士とすれ違うが、彼らはすれ違ったことさえ気づけない。
町を出て速度を落として山道を進み、三十分ほど経ってキーリはユキの背中を叩いた。
「……降ろしてくれ」
ユキはキーリの頼みに従って降ろす。降り立ったキーリは少しよろけた。着地の衝撃で走った、貫かれた腕や腹の痛みに顔をしかめる。だがあれだけの重傷だったにもかかわらず傷口はすでに塞がっており、流れ出た血も消え去っていた。頬には小さな切り傷があるだけで、漆黒のローブに開いた穴以外は見た目上は教会を襲撃する前と変わらない。
「傷はどう? 走れる?」
「……ああ、問題ない」
ユキの質問にキーリは顔を伏せたまま答える。声に覇気は無く、言葉は少ない。
ユキは「そう」とだけ答え、キーリから道の先へと視線を移した。すると遠くから薄っすらとした明かりと人影が見えてきた。
「キーリ!」
ランタンを持ったフィア達だった。フィアの他にアリエスとギース、シンの姿もある。キーリは彼らの姿を一瞥するも、すぐに眼を伏せた。
キーリとユキの姿を認めたフィア達は皆、一様にホッとしたように表情を緩めるが、同時に怒りも見え隠れしている。
「馬鹿っ! 勝手にこんなところまで来て……どれだけ心配したと思ってる!」
「全くですわ! ああ、もうっ、突然倒れたり居なくなったり……ワタクシをこれだけ心配させるなんて信じられませんわ!」
「ったくよォ……こんな蒸し暑い夜に走らせんなっての。どっか行くならせめて一言声かけて行けっつんだよ」
「まあまあ……こうして無事に見つかったんですし、良かったじゃないですか」
「良かったじゃありませんわ! まったくもう……この怒りをどうすればいいんですの! 一発殴らせなさいなっ!」
「この女と同じ意見っつうのは癪だが、俺も同感だな」
キーリが見つかったことで、安堵からか一斉にキーリを責め立てる声が出るが、それも全てキーリを心配していたが故だ。腕まくりをして拳を振り上げようとするアリエスとギースをシンが宥めるのを見て、フィアはこみ上げる怒りをため息とともに押し流す。両手で顔を覆って乱れた赤髪を掻き上げると笑顔を見せてキーリに近づく。
「だが……本当に良かった。ギースに行き先を聞いた時はまさかと思ったが……教会に喧嘩を売る前に思い留まったようで何よりだ。
ローブは破けているが、怪我は無いか?」
まさか襲撃後とは思ってもいないフィアが声を掛け、キーリの肩を叩こうと手を伸ばす。
しかしキーリはその手を払いのけた。
「キーリ……?」
「ちょっとキーリ! その態度はなんですの!? フィアが、どれだけ心配していたか……」
キーリらしくない行動にフィアは面食らい、アリエスが再び怒りを爆発させる。だがキーリは顔を伏せたまま四人の間を抜けていく。
「キーリ!」
「悪い……それと心配掛けてすまなかった」キーリは四人に背を向けたまま謝罪を口にする。「だが、すまん……しばらく一人にさせてくれ……」
そう言うと一人、肩を落としたまま暗い夜道を進む。初めて見るその後姿にアリエスも怒りがしぼみ、フィアも掛ける言葉を見つける事ができない。
ゴロゴロという雷鳴が響き、冷たい大粒の雨が降り落ち始める。雨脚は見る間に勢いを増し、土砂降りの雨となる。キーリを追いかけてきた四人の眼には、いつものキーリと違いその後ろ姿が小さく見える。
余りにもいつもと違いすぎるキーリに、何が起きたのかとフィアとアリエスはユキの顔を見た。ユキはその視線に気づいていないのか、それとも敢えて気づかないふりをしているのか、遠ざかるキーリの背をジッと見ているだけだった。
「キーリ……」
雨に濡れながらフィアは心配そうにキーリを呼んだ。しかしその声は小さく、激しく打ち付ける雨に掻き消されていく。
「何があったんですのよ、いったい……」
そんなアリエスの呟きにも応えられる者はなく、突っ立ったままいても仕方ないとギースが舌打ちと共にキーリの後ろを追いかける。遅れてシンが、そしてアリエスが動き始める。
「……行きますわよ、フィア」
「ああ……」
促されてフィアも重い足を引きずって歩き始める。
結局、シンの別宅へ帰り着くまで四人は無言だった。キーリもユキも、何も語らない。帰り着いてシオン達に問い質されてもただ一言「悪い……」と言葉少なに謝罪を口にするだけだった。
夜が明け、村を離れてスフォンへの帰路に就いてもキーリ自身からは一言も口を開かなかった。窓から外の景色をただ眺めているだけだ。それでも話しかければキチンと受け答えはし、その時の様子は、表面上は平静を取り戻しているように見えた。
それを見てフィア達も少し安堵はしていた。何があったかは分からないままだが、いつか落ち着いたら折を見て尋ねようと。辛いことがあったのは明白だが、またシオンの家で酒宴でも開き、それを吐き出させる機会を作ろうとフィアは思っていた。
だが翌日、キーリは寮から姿を消した。
2017/6/4 改稿
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