14-4 崩壊、そして・・・(その4)
第51話です。
宜しくお願いします。
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。魔力の制御を磨くことでかろうじて第五級魔法程度は使えるが攻撃としては使えないため、主に人間離れした膂力で戦闘する。
フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。炎神魔法が得意で剣の腕も学内でトップクラス。欠点は、可愛くて小柄な男の子を見ると鼻から情熱を吹き出すこと。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアは友達だと考えているが、レイス自身は一線を引いている。フィアの鼻から情熱能力を植えつけた疑惑あり。
シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが頑張り屋さん。
ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。キーリとの付き合いは長いらしい。変態。
アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。
シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。
山道を一人、キーリは疾走していた。
立ちはだかる太い木々の間をすり抜け、上り坂を物ともしない強靭な足腰で速度を落とすこと無く駆け抜けていく。下り坂を滑るようにして更に加速し、時折突き出した岩を足場に跳躍。漆黒の外套をなびかせ月明かりの無い夜道を闇に紛れて進む。
キーリ達が滞在したパルティル。そこから一山を超えた場所にある町、ルグエン。村よりは遥かに発展し、しかし都市と呼ぶには明らかに物足りない、王国南部に位置するそこを目指して歩みを進める。
通常であれば、連なる低い山の隙間を縫うように作られた街道を進む。坂の登り降りがあるため駆け足の馬車で二、三時間、人の足であれば四、五時間かかるその道を、キーリはパルティルからまっすぐに山の中を突っ切って進んでいた。馬車よりもずっと早い速度で走り、だがその足取りに疲れは全く見られない。押し殺した呼吸音以外、夜の山に響く声は無い。
否、夜は多くのモンスターの活動が活発になる時間帯だ。静かな中にも時折低く唸り声を上げ、夜闇の中で赤く目を光らせている。山を一人走るキーリを見つけ、食料が現れたとほくそ笑んだバンテッドウルフが躍り出た。
「邪魔すんな」
だが対峙した瞬間、キーリの手にしたナイフがバンテッドウルフの体を切り刻んだ。スフォンの迷宮で手に入れたティスラのナイフが首を、脚の腱を、口を斬り裂く。至る所から血が噴き出し、痛みに悶て悲鳴を上げかけた巨大な狼だったが、止めとして繰り出されたキーリの蹴りで首を折られ、それすらも許されず絶命した。
素材としてもそれなりに優秀なバンテッドウルフの毛皮だが、遺体には見向きもせずにキーリは再加速する。こんな雑魚と戯れている時間など、無い。
そうして時々現れるモンスターを一蹴しながら進むこと一時間。普通よりも遥かに短時間でルグエンへと到着した。
都市ほどに発展していないために、町を取り囲む高い城壁などは存在しない。人の背丈程度の石垣に囲まれて入り口には簡素な門がある。門の前には二人の兵士が警備しているが、そこに緊張はない。門の両端に立ったまま退屈を紛らわすために談笑している。
暗闇の中から彼らをじっと観察した。そこらで売っているような防具に武器。立ち振舞も素人に毛が生えたようなもので、門番を生業としているようには思えない。キーリは何かを小声で呟くと、再び闇に溶け込んだ。
「ん?」
「あん? どうした?」
「いや……何かが動いたような気がしたんだが……」
「何も居ねーぞ? 風で木が揺れたのを見間違えたんじゃねえか?」
交わされるそんな会話を聞き流し、彼らから離れていく。そして適当なところでヒラリと跳び上がり、石垣を飛び越えていった。
誰にも気づかれる事無くキーリは着地した。前世の日本では未だ深夜とも言えない時間だが、この世界のこうした田舎町ではすでに人々の営みは一日の終わりを迎えていた。家々から明かりは消え、通りには時折街灯の火がユラユラと震えている。
人影も殆ど無し。薄暗い中を歩く酔っぱらいとすれ違うがそれだけだ。キーリは口端を歪めた。
建物と建物の間の狭い路地をキーリは進む。気配を極力消し、頭から足元まで長く黒いローブをまとっているために薄暗い中では殆ど目立たない。そこに居る、と指摘されても普通の町人なら気づかないかもしれない。
「見つけたぜ……」
そうして誰にも見咎められる事無く町の中を歩いて進み、やがてキーリは目的の建物を見つけた。
町の中でも際立って大きい、権力を誇示するように建てられた目立つ建物。暗闇の中でも光を放っているかのような白銀色の壁。壁や塀のあちこちに照明が取り付けられて暗い町の中でもここだけは一際明るかった。教会の入り口には町の門よりも大きな、来る者を威圧する鋼鉄製の門が夜中の来訪者を拒んでいて、やはり門の前には兵士が警戒に当たっている。その立ち居振る舞いは町の門兵とは明らかに違う。
「……」
あと、少しだ。キーリは口端を歪め、黒いフードを目深に被り直した。そして門から見て裏手へと歩みを進めると跳躍して壁の端へと手を掛けた。
「よっと」
身軽な動きで背丈より遥かに高い壁を乗り越え、近くに誰も居ない事を確認。壁から建物にはやや距離がある。一瞬躊躇ったがキーリはやむなく土の上に着地した。
その瞬間、着地した場所から同心円上に光が広がっていった。
淡い光が敷地内を駆けまわり、最上部に設置された鎮魂の鐘が夜の町に鳴り響いていく。不審者の侵入を知らせる魔法陣が張り巡らされていたのだ。
「ちっ、やっぱりか」
舌打ちするもそんな事は初めから分かりきっていた事だ。聖女という、皇国の中でも最重要人物が滞在している場所に何の対策もしていないはずがない。
俄に騒がしくなる教会の内部と飛び出してくる兵士。だが彼らの目に留まる前にキーリは素早くその場を移動し、窓枠や壁の出っ張りを利用して二階部分の屋根の上に登って身を潜めた。
「居たかっ!?」
「いや、こっちには居ない! 門側はどうだ?」
「そっちにも居なかった。鐘が鳴ったことに驚いて逃げたのでは?」
「かもしれんが、何処かに潜んでいる可能性もある。徹底的に探せ!」
一度集まって再び散っていく兵士たち。彼らの関心は外庭部に向かっている。今のうちだとキーリは建物の中へと忍び込んだ。
彼が入りこんだのは、恐らくは応接室。市民からの寄付とお布施で運営され、民草の心の平穏と安らぎを謳っているわりには随分と豪華な調度品が並んでいる。テーブルには細かい意匠が刻まれているし、対面する形で配置されているソファはとても座り心地が良さそうだ。
「……ま、そんなもんだろ」
どんな組織でも上へ登って行けば行くほど腐敗は進んでいく。一員となった時の理想はいつの間にか現実に擦り切れ、情熱は劣情と嫉妬に変わる。欲に塗れ、海水を飲んだように富を漁った結果、でっぷりと肥えた醜い肉体が座っている某かの姿をキーリはソファに幻視した。
だが、そんな事はどうでもいい。自分は悪を暴きたいわけでも町人の恨みを晴らしたいわけでもない。正義のヒーローになどなりたくもないしなれるとも思っていない。果たすのは、ただひたすらに自らの私怨だけである。
キーリはそっと慎重に扉を開ける。廊下には誰も居ない。まだ二階までは捜索の手は伸びていないらしい。
だがそう安心したのも束の間。ちょうどキーリが廊下に出たのと同時に、教会の僧兵の一人が階段を駆け上ってきた。
「見つけたぞ、不審者めっ!」キーリを認め、ニヤリと僧兵の男は笑った。「神のお膝元で悪事を働くとは何事かっ! 成敗してくれるっ!」
フードを被ったキーリを指差すと、言葉とは裏腹に嬉々とした様子で腰から抜剣する。何事かどうでもよい事を喚き散らし、キーリに弁解の余地も与えずに剣を振りかぶった。
面倒そうな奴が来たな、とキーリは溜息を吐いた。
だが意外にも素早い出足と剣さばき。明るい灰色のマントの下に身につけた鎧の影響を感じさせない軽快な動きでキーリに迫り、その動きから良く訓練されているのが分かる。
「どうしたぁっ! 避けるだけでは私には勝てんぞぉ!」
洗練された剣筋で剣を振り回し、顔には愉悦を浮かべて声を張り上げる。侵入者を圧倒しているという錯覚に優越感を感じているのだろう。その動きと剣は見事だ。ただの田舎町の警備を行うにしては装備は高級で、その実力も非暴力を基本とする教会の人間が持つには過ぎたものだ。
だが、それだけだ。
「へぶぅっ!?」
振り切った剣の隙を突いてキーリの蹴りが放たれた。鎧の胸当ての上から蹴り飛ばし、ベコンというひしゃげる音が響く。おしゃべりな僧兵は床と水平に後方へ吹き飛ばされて壁にぶち当たる。
男は白目を向いて、動かなくなった。
「……やかましい奴だな」
ゆっくりと残心を解きながらキーリは吐き捨てるように言った。
軽く嘆息し、しかしまたすぐにキーリの耳は階段を駆け登ってくる足音をとらえた。数は二つ。キーリは壁際に体を貼り付けて息を潜めた。
耳を澄ませ、足音が現れるタイミングを見計らう。音が大きくなり、やがて二人が姿を見せたと同時に先頭の男の首元にキーリは手を伸ばした。
驚きに眼を見張る男。キーリは構わず襟元を掴み、そのまま軽々と投げ飛ばした。
「ぐっ!?」
「センパイッ!?」
遅れてきたもう一人が突然消えた男の姿に叫ぶ。そしてすぐにキーリの存在に気づいて抜剣し、震えながら背を向けているキーリに向かって剣を振り上げた。
こちらも相当に訓練を積んでいるのだろう。体は震えどその剣筋に震えは無く鋭い。
それでもキーリは、後ろに目が付いているかのように体を半身動かすだけでかわすと、そのままその女性の僧兵を掌底で弾き飛ばした。
「か、はっ……!」
天性のセンスか、女性は直前に自らも後方へ跳躍することで威力を殺した。しかし殺しきれなかった衝撃で息が強制的に吐き出され、掠れた声を奏でる。
それでも女性は立ち向かおうとすぐに起き上がった。キーリも半身で構え、女性の攻撃を待ち受ける。
「はあぁぁっ!!」
しかしそれよりも先に投げ飛ばした方の男が立ち上がり、裂帛の気合を込めて突きを繰り出した。キーリは懐からナイフを取り出して剣先を受け流す。それでも男は絶え間なく突きを繰り出し、幾度も剣先とナイフが交錯する。そしてキーリの注意が男の方へ完全に傾いたと判断した瞬間、男が叫んだ。
「今だっ! やれっ!」
声と魔法が飛んで来るのは同時。日頃から訓練していたのか、完璧なタイミングで女性の腕から光神魔法が放たれ、キーリに迫った。
「なっ!?」
「そんなっ……!?」
だがキーリはそれを右腕一本で受け止めた。白い腕にまとわり付くように蠢く黒い靄がまるで喰らい尽くすようにして光神魔法を飲み込んでいった。
想定していなかった自体に僧兵二人の動きが一瞬停止する。そしてキーリはその隙を見逃さない。
「意識がお留守になってるぜ?」
「しまっ……!」
男の腕を蹴り上げ、骨が折れる音が響いた。握っていた剣が飛んでいき、天井に当たって後方へと滑っていく。
男の僧兵は激痛に悲鳴を上げる。だがキーリはその口を掴んで無理やり閉ざした。
「……っ!?」
キーリの細腕で男の体が簡単に持ち上がっていく。口元の腕を引き剥がそうと腕を掴み、だがキーリはそのまま男の体を床に叩きつけ、短く悲鳴が吐き出された。
「このぉっ!」
光神魔法は通用しない。そう判断した女性僧兵が歯ぎしりしながらキーリに斬りかかる。気合のこもった鋭い突きが不埒な侵入者を屠らんと放たれた。
「――■■■、■■」
「あぁ……」
だが男を下に敷き置いたままキーリの口が何かを紡いだ。フードの下の双眸を見開き、そこから覗く黒い眼が女を睨みつけた。その途端女性の全身が震え出し、足元から力が抜けてその場に座り込んだ。
「こ、のっ!」
叩きつけられた男が歯を食いしばりキーリの拘束を逃れようともがく。だがキーリはそれを許さない。馬乗りになって男の首筋にナイフを押し当てた。
「……っ」
「聖女は何処だ?」
短くそう問う。眼下の男はキーリを射殺さんばかりに睨みつける。
「誰が賊なんぞにっ……死んでも教えるものかっ!」
「そうかよ」
こちらには大して期待していなかったキーリは、男のつれない反応に短く返答すると首を絞め落とす。そして気を完全に失ったのを確認すると座り込んでいるもう一人の方へ同じ問いをする。
「おい、そっちの。聖女はどこの部屋だ?」
「あ……う……だ、誰が……」
自身を蝕む異常な恐怖感に体を震わせる女性の兵士。歯をカチカチと打ち鳴らし、両腕で自身の体を掻き抱きながらもキーリへの返答を拒んだ。それを聞いたキーリは、ナイフを気を失った男の首に突きつけた。
女性が息を飲んだのが分かった。
「もう一度聞くぞ? 聖女は何処だ? 素直に答えればお前にもこの男にもこれ以上の危害は加えない。約束するしお前もすぐに楽にしてやる」
「……」
「答えがノーなら他の人間に同じ事を尋ねるだけだけどな。その場合、身の安全は保証してやれねぇ」
「……三、階の……祈りの間に……いらっしゃいます」
「感謝するよ。それじゃおやすみ」
キーリが感謝を口にした直後、床から黒い靄のようなものが湧き出てきた。その靄は意思を持ってふわふわと移動し、倒れた二人の頭へまとわりついていく。
「ひっ……!」
「心配はいらねぇ。寝て起きたらこの場の出来事は全て忘れていつもの暮らしが戻るからな」
キーリのその声を聞き終わる前に女性の体から力が抜けて崩れ落ちる。その体をキーリは支えると、壁にもたれかけさせた。もう一人の男も廊下の端に移動させると、キーリは息を吐き出した。
「しかしどうにも魔法の効きが悪ぃな……光神の加護でも受けてんのか?」
本来ならば先ほどの靄もあんなにゆっくりではなく、詠唱と同時に発動したはずだった。教会の兵士である以上、状態異常を防ぐような魔法陣が防具に刻まれているのかもしれないが、どうにも不安だ。
「……ぼやいても仕方ねぇ」
不安材料は山程あるがそれでもここまで来たのだ。
聖女、もとい英雄たちと見えるのは遥かに未来の話だと思っていた。地位と名誉を手に入れた彼らに、単なる子供が会えるはずもない。正面切って会うためにも、何の後ろ盾がなくても高い社会的地位を手に入れられる冒険者になったが、まさかここに来てあの女の方から傍に近寄ってくるとは思わなかった。
まさに、千載一遇のチャンス。聖女が皇国に引きこもっていたら出会いは適わなかっただろう。
気持ちが高揚する。同時に、仇が果たせるだろうかという不安。運動しているわけでもないのに心臓が激しく鼓動し、制御しきれない感情が溢れて叫びだしたくなる。この身の中で荒れ狂う暴風を、体の外へ撒き散らしたくなる。普段押さえ込んでいた憎悪と怒りで、世界の全てを闇で覆い尽くしてやりたくなる。
「……はぁ、はぁ……落ち着けよ、俺」
キーリの眉間に深いシワが刻まれ、何度も深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着ける。いつまでもここに居るわけにはいかない。早くしなければ邪魔が入る。誰にも邪魔されず、自分はあの女を討たなければならないのだ。
キーリは奥歯を噛み締めて三階への階段を探す。兵士が登ってきた階段とはフロアのちょうど反対側。人一人が登れるだけの狭いそれを見つけ、登っていった。
階段を登る度に強く鼓動がキーリを穿つ。殺せと叫ぶ。無念を晴らせと蝕む。それを「まだ、まだだ」と自分に言い聞かせて落ち着かせる。昼間は爆発する感情に覆い尽くされてしまったが、怒りに任せて戦って勝てるような容易い相手では無いのだ。
下を向き、足元ばかりを見て進んでいるといつの間にか階段は終わっていた。顔を上げれば両開きの扉。だがそれは正面玄関のような大きなものではなく、大人二人が並べばつっかえてしまいそうな普通のサイズだ。
扉の下の隙間からは、普通の人間ならば「澄んだ」と形容しそうな空気が漏れ流れ出ている。だがその空気は、今のキーリには不愉快さしか感じさせない。
(中に……居るな)
恐らくは聖女。彼女は確かにそこに居る。キーリはゆっくりと扉を押し開けた。
ギィィ……と軋むような古びた音を奏でて扉が開いていく。閉じ込められていた冷たい空気が一気にキーリ目掛けて押し寄せた。
そこは礼拝堂だった。教会の一階部分にある何十人も入れる礼拝堂とは違い、二人がけの机が二列二行あるだけだ。だが部屋自体は十分に広く、またその荘厳さは一階の礼拝堂と変わらない。むしろ余計な物が排除されて、一階のそれよりも遥かに荘厳であるという見方さえできそうだ。
窓は無い。だが正面には擬人化した光神を模した大きな彫像が遥か高みから訪れる者を見下ろしている。その両端では白い炎が煌々と室内を照らしだしていた。
「やっと来てくれたわね」
そして聖女は笑ってキーリに話しかけた。
2017/6/4 改稿
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