14-3 崩壊、そして・・・(その3)
第50話です。
宜しくお願いします。
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。魔力の制御を磨くことでかろうじて第五級魔法程度は使えるが攻撃としては使えないため、主に人間離れした膂力で戦闘する。
フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。炎神魔法が得意で剣の腕も学内でトップクラス。欠点は、可愛くて小柄な男の子を見ると鼻から情熱を吹き出すこと。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアは友達だと考えているが、レイス自身は一線を引いている。フィアの鼻から情熱能力を植えつけた疑惑あり。
シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが頑張り屋さん。
ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。キーリとの付き合いは長いらしい。変態。
アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。
シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。
フィア達がキーリを連れて帰った時にはすでに陽はかなり落ちていた。足元が覚束なくなるくらいに薄暗い林を抜けて、何とか帰り着いた彼らはひとまずキーリをベッドに寝かせた。
ベッドで眠るキーリは身動ぎ一つせずに静か。まるで死んでしまったようだった。それでもキーリの緩やかな鼓動で上下する胸が生存を示している。その穏やかさからは、先ほどの凶暴さが嘘のようだった。
突然の凶行。あの場では必死だったために気づかなかったが、彼らは皆同じようにショックを受けていた。いつでも何処か飄々とした感じが否めないキーリだったが、まるで人が変わってしまったようだった。
特にここ最近ずっと一緒に訓練をしていたシオンは顔を青ざめさせてしまっており、食堂に集まった後も全員黙して誰も口を開くことが出来ずに居た。
「何が起きたのでしょうか?」
唯一事情を知らないレイスが重苦しい空気を打ち破る。他のメンバーは互いに顔を見合わせ、やがてフィアが苦虫を噛み潰した様な顔で口を開いた。
「何が、と言えば良いのだろうな……」
上手く頭が回らない中、それでもポツリポツリと状況を思い出しながら取り留めもなく説明していく。そうしていく内に徐々に状況がクリアになっていき、変わって浮かぶのは疑問だ。
(……キーリの身に何が起きた?)
完全に理性を飛ばしたその姿はまるで野獣かモンスターのようであった。普段から我を失うことのない理性的な彼があそこまで狂気に飲まれるなど、未だに信じられない。一体、彼の身に何があったのか。
「……事情は把握致しました。ありがとうございました、お嬢様」
「いや……レイスに話したことで私も少しは落ち着けた。感謝する」
「もったいないお言葉です。
さて、皆様もお疲れのご様子ですので、一度食事を取られては如何でしょうか? お腹が満たされれば気持ちも落ち着くかと存じますが」
「そうですわね……正直、まだワタクシも上手く頭が働きませんの。レイスの言う通り、一旦食事に致しましょう。皆もそれでよろしくて?」
アリエスの提案に、首を横に振る者は誰も居なかった。
レイスの用意した簡単な食事を終えて、フィア達は人心地ついた。あまり喉は通らず何とか胃の中に押し込んだのだが、それが良かったのか幾分気分は軽くなっていた。それでもまだ落ち着いて思考を巡らせるような気にはなれない。
「皆様、紅茶をお持ち致しました」
「ああ、ありがとう、レイス」
トレイに人数分の紅茶を乗せ、一人ずつレイスは配っていく。フィアも湯気が穏やかに立ち昇るそれを受け取り、少しだけ口に含むと熱い紅茶が喉を流れて胃を暖めていく。思わず「はぁ」と溜息が漏れ出た。それはフィアだけでないらしく、全員の表情が幾分緩んだように見えた。
「それで……キーリ様が突然暴れ出した、という事ですが何か心当たりは無いのでしょうか?」
誰もが口が重そうであることを察したレイスが口火を切る。誰ともなしに発した質問だったが皆一様に顔を見合わせるだけだった。
そんな中、フィアが続いてシオンに顔を向けた。
「キーリと一緒に森に入ったのはシオンだったな。どうだ? 何かキーリに変わった様子は無かったか?」
「……いえ、特には無かったと思います。少し焦っているようには感じましたけど、それ以外はいつもどおりのキーリさんでした」
「アトが行方不明だった状況を考えれば焦るのも当然だが……セリウス、といったか、あの男とはどうだった? 会話の一つくらいしていたと思うんだが」
「警戒してるみたいでしたけど、変なところは無かったと思います。僕はアトちゃんと話してたのでお二人の会話を全て聞いていたわけじゃないのではっきりは言えないんですけど……
えっと、後は……そうですね、アトちゃんが騎士団に入るって言った時にショックは受けてたみたいですけど」
「うにゃっ!?」
「はぁ!? アイツ騎士団に入んの!?」
シオンがアトの事を告げると、カレンとイーシュが大声を上げて驚きを露わにした。ここ数日、ずっとアトと競い合っていただけにその衝撃は大きかったらしい。他の面々も声こそ上げないものの、表情に驚きが表れていた。
「騎士団にアトちゃんが入るんですかっ、シオンくん!?」
「んだよ……さんざん冒険者になるっつってたのに、よりによって今度は騎士団かよ。気が変わるのが早ぇっつうか、なんつーか……」
「その話は本当ですの、シオン?」
「え、ええ」皆の反応に面食らいながらもシオンは頷いた。「正確には騎士団の下の育成組織みたいなものに入るみたいですけど、セリウスさんから誘ったみたいです」
「マジかよ……」
「騎士団の人から直々にスカウトか……それじゃアトの気が変わるのも仕方ありませんね」
難しい顔をしてシンが唸る。イーシュやギースは、アトが騎士団に誘われた事が俄には信じられないようだが、セリウスが誘う判断をしただろう理由をシオンは補足した。
「僕ごときが評価するのもどうかとは思うんですが……確かにアトちゃんには凄い才能があります。僕とキーリさんが駆けつけた時も、ちょうど一人で光神魔法を使ってバンテッドウルフを倒してました。それも一撃で、です」
「おいおい、バンテッドウルフって確か……」
「ええ、Dランクモンスターですわ。一般的な冒険者でも苦戦するかもしれないモンスターを、まだ十歳の子が一人で倒すなんて……話してくれたのがシオンじゃなければ一笑に付しているところですわ」
「皆、話がずれてるぞ」
フィアが話の流れが違う方向へ行き始めたのを諌める。アリエスは「失礼しましたわ」と謝罪を口にしてから考え込む。
「しかし……アトはキーリに懐いてましたけれども、それとは余り関係なさそうですわね」
「だがシオンの話を聞く限り、森で何かあったようには思えないな。他には……」
「イーシュ、アイツが暴れだした時、テメェが一番近くに居たんだろ? なんかテメェからはねぇのかよ?」
「って言われてもなぁ……」
ギースから水を向けられたことで全員の視線がイーシュに集まる。イーシュも何か手がかりが無いかと必死に乏しい記憶力を駆使して思い出していく。
「えーっと、確かアリエスが冗談を飛ばして、俺が反応して……」
「ああ、そういえばそうでしたわね」
「んで、俺がキーリに助けを頼もうと思って振り向いたら、そん時にはもうアイツ聖女様の方を見て震えてたんだよ」
「聖女様、か……」フィアはシオンを見た。「まさかとは思うが、聖女様がキーリに何か魔法を掛けた可能性は?」
「おいおい、なんで聖女様がンな事をすんだよ?」
「それは分からん。だが可能性の話だ」
「ええっと、たぶんそれは無いと思います。キーリさんの前にはイーシュさんも居ましたし、キーリさんに何かしたのであればイーシュさんもおかしくなってるはずです」
「ワタクシもそう思いますわ。魔法を使ったのであれば何かしら感じるはずですけども、そんな様子はありませんでしたし、聖女様も村の方々と語らっていらしただけだったですもの」
「ううむ、そうか……」
議論が行き詰まり、何か他に意見は無いかとフィアは全員の顔を見回した。
そこで、彼女はここまでユキが一言も発していないことに気づいた。
「ユキ。お前はキーリと付き合いが長いんだろう? 何か無いか?」
尋ねられたユキだったが、彼女は退屈そうに一人で手遊びをして「んー……」と生返事をするだけだった。そんな彼女の態度にフィアは眉をひそめた。
「ユキ」
「聞こえてる」
少し強めに名を呼んだフィアに、ユキはそっけなく返した。手遊びを止め、しかしテーブルに両肘を突いて手のひらの上に顎を乗せて、フィアたちとは違う明後日の方を眺めるだけだ。
「……なら構わない」フィアは一度間を取るように息を吐いた。「どうだ? ユキはキーリがああなった心当たりは無いか?」
「うん、知ってるよ」
「……何?」
あまりにあっさりと肯定したため聞き流しそうになる。フィアはユキ以外の面々を見た。皆、呆気に取られたような顔をして、フィアは自分の聞き間違いでなかった事を認識した。
「……知ってるのか?」
「うん、知ってる。あの聖女は魔法も何もしてないからそこは安心していいよ」
知っているのならば今までの議論は何だったのか。ギースは苛立ちから舌打ちをし、アリエスも眉間に皺を寄せた。そして、フィアもユキのその態度に怒りを覚えた。
誰に言う訳でもないが、フィアはキーリを含むあの迷宮探索のメンバーのリーダーを自認していた。リーダーだと殊更に主張するつもりも威張り散らすつもりもない。だが認定式でシェニアにも言われた通り、自分が責任をもって皆をまとめ上げ、支えるつもりであった。
しかし今日のキーリの異変。毎日共に鍛錬をしてそれなりに深い関係になってきている。毎日彼の姿を目にし、性格も把握しているつもりだ。だから何の理由もなくああなるはずもなく、何らかの予兆があったはずだとフィアは信じていた。そして、だからこそそんな予兆を見抜けなかった事が悔しかった。自らが思っているリーダーの責務を果たせなかった事に苛立っていた。
ユキの態度がそんなささくれだったフィアの神経を逆撫でる。それでも湧き上がる怒りを抑えこみ、極力冷静になるよう自らに言い聞かせた。
「……どうして今まで言わなかったんだ?」
「聞かれなかったから」
「っ! お前なぁっ!」
ついにイーシュの堪忍袋の緒が切れたか、ユキを怒鳴りつけながらテーブルを強く叩いた。怒りに震えながら立ち上がり、ユキの方へ歩き出そうとした。
だが――
「うるさい」
その一言とともに、ユキは初めて他のメンバーの方を見た。直後、イーシュの体が震えた。
頭の中に氷水をぶちまけられたように一瞬で怒りが鎮火した。それを通り越して、血がまるで氷水になったような感覚を覚えた。それがユキに睨まれた事で感じた恐怖だと気づいた時、イーシュは荒い呼吸をして椅子の上に座っていた。
そんなイーシュをユキは詰まらなさそうに一瞥するとまた手遊びを始め、だがそのまま「それに」と言葉を続けた。
「聞かれたとしても無駄だよ。私から話すことは無いから」
「どうしてですか?」
話は終わりとばかりに再びフィアたちから視線を外したユキだったが、カレンがそれに食らいつく。
「私達はキーリくんの事が心配なんです。友達と思ってるんです」
「カレン……」
「キーリくんが何かに苦しんでるなら何か手助けしたいんです。だから、教えてください」
真剣な眼差しでカレンはユキを見つめる。ユキは面倒そうにカレンを一瞥し、しかしカレンはユキから目を離さない。
ユキは深く溜息を吐き出した。
「……良く分かんないけど、カレンみたいな子を『優しい子』っていうのかな?」
ユキの呟くような声にカレンは「え?」と聞き返す。ユキは何でもないと頭を振った。
「なんて言われたって話すことは無いよ」
「その理由を聞いてるんです。せめてそれくらい教えて下さい」
「それが契約だから」
「契約?」
オウム返しをしたカレン。だがユキはそれ以上触れず、「だけど」と切り出した。
「そう、そうだね……これくらいならいっか。
キーリが暴れたのは、あの聖女様を見てしまったから。私が言えるのはそれくらいかな? 後はキーリ本人が目を覚ました時にでも聞いて。どうせキーリも教えないと思うけどさ」
ユキが皮肉っぽくそう伝えたのとほぼ同時に、二階からドンッという、何かを叩きつける様な音がした。全員が揃ってその音に反応して天井を見上げた。直後、ユキは目を見開いてすぐに顔をしかめた。
「何の音だよ?」
「もしかして、キーリさんが目を覚ましたのかもしれませんっ」
シオンのその声を皮切りに、一瞬顔を見合わせた後に皆立ち上がって二階へと走っていった。椅子の上で震えていたイーシュもやや遅れて追いかけていく。
ユキは天井の、キーリの部屋がある方を見つめていたが溜息とともに立ち上がり、そしてこの部屋に残っていた二人に視線を移した。
「貴方達は一緒に行かなくて良かったの?」
「別に全員が揃って行く必要はねぇだろ」テーブルに肘をついたままギースが応える。「どんな精神状態かは知らねぇが、寝起きでどやどや押しかけてもうざってぇだけだろうしな」
「へぇ、そう」
「フィア様が行かれましたから。私はスープを温めて参ります」
そう言ってレイスは恭しく残った二人に一礼すると、キッチンへと消えていく。
ユキはレイスを見送ると窓へと近づいて開け放つ。完全に陽が落ちて、辺りは暗闇。周囲は木々に覆われているため、村の営みの光も届かない。
「結構皆、キーリに対してウェットな感情を持ってると思ったんだけど、君は結構ドライなんだね」
「ウェットとかドライとかの言葉の意味は分かんねぇけどよ、なんとなく言いてぇことは分かんぜ。キーリの野郎はまぁまぁダチとは思ってるが、カレンの言うような何でも手助けしてやりてぇとかそこまで俺は仲良くねぇからな。文句あるか?」
「別に。一人や二人そんな人間が居たって、それはそれで良いんじゃないかな?」
ギースを見てフッと小さく笑うと、ユキは窓枠に脚を掛けた。その姿勢を見てギースはユキが何処かに行こうとしていることに気づいた。
「……待て。テメェ、何処に行くつもりだよ?」
「キーリの所」
「はぁ? んならそんなとこから……おい、ちょっと待てって!」
端的に短くユキはそう告げると、ひらりとその小さな細身を暗闇の中へ踊らせた。ギースが急いで立ち上がってユキの後を追いかけるが、彼が窓の外を覗き込んだ時にはすでにユキは暗闇の中に紛れて見えなくなってしまっていた。
「ちっ……相変わらずわけわかんねぇ女だな」
舌打ちとともにギースは頭を掻いた。キーリの所へ行くと言って二階に行かずに外に出て行ったことも合わせて、いまいち何を考えているのか読めない。そのくせ、時折何もかもを見透かしたような目でこちらを見てくる。相手の心情が読めない、それでいて自分の心情は見透かしてくる、ギースの苦手なタイプだ。
「……ちっ」
苛立ちを覚えてもう一度ギースは舌打ちした。そのまま窓の外を見つめていたが、やがて再びドヤドヤと賑やかな足音が響いた。
二階から降りてきたフィアやアリエス達は皆慌てた様子で、手分けして何かを探しているようだ。強い焦りを覚えている。そうギースは感じた。
「おい、どうしたんだよ? キーリの野郎は目を覚ましてたのかよ?」
明らかな焦燥を覚えているフィアを捕まえて尋ねた。すると、彼女は絞りだすようにして叫んだ。
「居ないんだ! キーリが何処にも居ない! アイツ、何処に……!」
悲痛な声にギースはハッとして、先程まで居た窓へ振り向いた。そして、ユキの言葉の意味が今、ようやく分かった。
外から乾いた風が流れ込み、カーテンがヒラヒラと揺れる様は、まるでギース達を嘲笑っているかのようであった。
2017/6/4 改稿
お読みいただきありがとうございます。
ご感想・ポイント評価等頂けますと励みになりますので宜しければぜひお願い致します。




