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2-2 迷宮都市・スフォンにて(その2)

 第5話です。

 よろしくお願いします。


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。冒険者養成学校に入学するため、スフォンへやってきた。

 ユキ:キーリの同行者。同じく養成学校に入学を希望している。見た目美少女だが男好き。





「く、食い切ったぜェ……」

「よく食べたわね、この味で」

「だ、だってよ……もったいねーじゃん、あんだけの金出してんだから……でも流石にしんどかったわ……」

「そう? でも」ユキが隣の席に視線を向けた。「あの子たちは普通に食べてるわよ?」

「へ?」


 突っ伏したまま首だけをひねると、ユキの言う通り赤髪剣士とメイドさんの二人組は何でもないかのように話しながら大量に料理を食べていた。


「マジかよ……」


 二人共細身だが、食べた物が何処に入っていっているのかと眼を疑う程だ。

 机に突っ伏したままボーッとそんな二人を眺めていたキーリだが、その視線に気づいたメイド服の女性が睨みつけてきた。


「……何か御用でしょうか?」

「いんや。ただその味なのに良く食えるなと思ってな。もしかして俺らの飯が外れだったとか?」

「モグ、そんな事は無いと思うが……モグモグ……もしやお二人はこの街に来て日が浅いのか?」

「ああ、ついさっきやってきたトコ。はぁ、やっとこさ飯にありつけたと思ったのによ……」

「そうか、なら知らなくても仕方ないな」


 何のことだ、とキーリとユキは顔を見合わせる。赤髪剣士はナイフとフォークを皿の上に並べるとメイド女性が差し出したナプキンで口元を拭きながら続けた。


「この辺りではこの店はかなり味は良い方だぞ?」

「げぇ、マジか……」

「良い食材は基本的に大通りや貴族街、富裕街の方に流れていくからな。ここみたいな平民街には金持ち連中のところで余ったものしか手に入らないし、商人連中も足元を見てくるから素材の質の割には値段も高い。ま、その代わりに冒険者用の武器とかは比較的安価だがな」


 剣士の説明を聞いてキーリは深々と溜息を吐いた。


「はぁあぁ……これからこの味に慣れなきゃなんねーのか……」

「キーリにとっては食事と酒が何よりの楽しみだものね。ご愁傷様」

「いーよなぁ、ユキは。とりあえず腹が膨れればいいんだろ?」

「失礼ねぇ。私にとってはここのご飯も十分に美味しいよ?」

「ふむ。その口ぶりを聞く限りだと、二人共しばらくはこの街に滞在するのか?」

「ま、ね。そのつもり」

「とは言っても明後日の試験に受かんなきゃダメだけどな」

「試験というと、もしかして冒険者養成学校の試験か?」


 質問にキーリが頷くと女性は「そうか」と呟き、そして口元を拭うと二人に向かって手を差し出してきた。


「実は私とこっちの彼女も試験を受けるんだ」

「ふぅん、そうなの?」

「意外だな。立派な装備をしてるし、街にも慣れてるみたいだったからてっきりもう冒険者なのかと思ったぜ」

「先人たちにナメられないようにと思ってな。装備だけは一端の物を先に揃えたんだ。

 自己紹介させてもらおう。フィア・トリニアスだ。フィアと呼んでくれ。歳は十七になる。そして彼女はレイス。古くからの私の友人だ。彼女共々よろしく頼む」

「レイスと申します。恐れ多くもフィア様の友人をさせて頂いております。宜しくお願い致します」


 気持ちの良いハキハキしたしゃべりのフィアと、恭しく頭を下げるレイス。胸を張って社交的なフィアの姿勢は先程の印象同様に何処か気品があり、またレイスの口ぶりからもかつては上下関係があったのだろう。


「キーリ・アルカナだ。こっちはユキ」

「よろしくね」

「ああ、せっかくこんな場所で出会ったんだ。ぜひ末永い付き合いをお願いしたい」


 二人は握手を交わし、キーリは新たな場所で知己を得られたのは幸先が良いと思った。料理の味に先程絶望したことはこの際忘れることにした。


(ついでだし……)


 先人にこの街を案内してもらおう。街に来たばかりで宿も決めなければならないが、そこも彼女に紹介してもらうか。フィアの印象で考える限り、悪い宿は紹介しないだろうし安心できる。もっとも、彼女の身なりから考えるに高級な宿を紹介されそうなところが心配だが。

 そう考えつつキーリが切り出そうとした、その時だった。


「なんだこの飯はっ!?」


 賑わっていた店内に、椅子が倒れる音とそれまでとは質の異なる声が響き渡った。

 食事を取っていた客達の手が止まり、静まり返って一斉に視線が声の方へと向いた。キーリとフィアたちも他の客達と同じように振り向くと大柄な男が二人、顔を真赤にして明らかに怒っていた。

 怒鳴り声を聞いて、厨房の方に戻っていた女将さんが血相を変えてキーリたちの隣を通り過ぎていく。


「どうしました、お客さん!?」

「どうしたじゃねぇっ! なんだこのクソまっずい飯はっ!」

「これで百ジルなんざどう考えてもボッタクリだろうがっ!」


 怒鳴っている男たちもどうやらキーリたちと同じようにスフォンにやってきたばかりらしい。胸当てや鎧を身に纏って、足元にはハルバートや大剣が置かれている。年齢は三十を超えてそうな事からそれなりにベテランの冒険者か、とキーリは他人事の様にテーブルに頬杖を突きながら当たりをつけた。

 まだまだ日は高いが微かに酒の匂いが漂ってきていて、顔が赤らんでいるのは怒りだけではないようだ。


「本当に申し訳ありません。お代は結構ですので……」

「金の問題じゃねぇんだよ、ババァっ! せっかく新しい街に来ていい気分だったってのに台無しじゃねぇか!」

「どう落とし前付けてくれんだ、あぁ!?」

「元気だねぇ……」


 連中が言う通り味はイマイチだがとりあえず腹は膨れた。フィアの視線は完全にキーリから離れて騒動の方に注がれている。ユキも退屈そうにしながら騒ぐ連中を見ていて、そうした中キーリは我関せずと完全に観戦モードだ。

 連中のように騒ぐのは論外だが、怒りは分からないでもない。誰だって腹が空いた時は美味い飯を食べたいものである。

 一頻りクレームをつければ落ち着いて静かになるだろう。そう思いながら、満腹による程よい心地よさに満たされながらゆっくりと瞼が落ちていく。


「本当に、本当に申し訳ありません。どうかご容赦ください!」

「謝ればいいってもんじゃねぇんだよ!」


 ハルバートの男が女将を突き飛ばし、大剣の男が怒りに任せてテーブルを蹴飛ばす。と、テーブルの上に乗っていた熱々の料理が宙を待っていき――


「あっちいっ!?」


 ウトウトとしていたキーリの顔面に直撃。おまけに餡掛け料理だったためにとろみ付きである。あまりの熱さに小躍りしながら顔に張り付いたとろみのある料理を払っていく。その横でちゃっかりとユキは避難して事なきを得ていた。


「ちくそ、なんてこった……!」


 眠気はバッチリ取れたがとんだ大やけどである。おまけに一張羅がドロドロだ。

 この恨み、どう晴らしてくれようか。奴の鎧の中に熱々のスープでも流し込んでやろうか、それとも刃先が滑って何も斬れなくなるようにとろみスープをこっそりと塗りたくってやろうか。


「テメェら! なんてことを――」


 そんな安い憎しみを胸に抱いて怒鳴りかけたキーリであったが、彼が罰当たりな復讐を行動に移す前に動いた人物が居た。


「そこまでにしておけ」


 フィアだ。


「あぁっ!? ガキはすっこんでろ!」

「ならば是非とも大人らしく椅子に座って食事をして欲しいものだ。分別の付かない子どもでもそれくらいは出来るぞ? 座って文句を言う分には女将も気にしないさ。なあ、女将?」


 威圧する大男を前にしても臆することは無く、尻もちをついた女将に話を振る余裕ぶり。そんなフィアの態度に周りの客は、彼女が男をなだめているのかそれとも馬鹿にしているのか判別が出来ずにハラハラとしながら見守っていた。

 だが男達は後者と受け取ったらしい。


「ガキが……! ナメやがってぇっ!!」


 大剣の男が元々赤かった顔を更に真赤にして掴みかかり、その様子を見ていた客から悲鳴が上がった。


「――ふっ!」


 しかしフィアは体を半身に捻って避けると、顔のすぐ脇を通過した腕を掴む。

 次の瞬間、男の巨体が宙に浮いた。

 男に比べれば遥かに小柄なフィアの腰が入った投げは、大男を通りへと転がしていく。


「テメェ!」


 相方を投げられたもう一人も殴りかかろうとする。が、どこかから伸びた脚に引っ掛けられて空振り、勢いそのままに付近のテーブルや椅子を巻き込んで転がっていった。


「ふむ、大丈夫か?」


 うつ伏せになって動かなくなった男。打ちどころが悪かったか、と声を掛けたフィアだったが男の体がゆっくりと起き上がっていく。


「……クソが。もう許さねぇ、女だと思ってりゃ調子に乗りやがって」

「ぶちのめして誰か分かんなくなるくれぇに顔を腫らせて、壊れるくらいに犯して犯して犯しまくってやる」

「それは怖いな。だが店の中で暴れるそちらが悪いと思うのだがな」


 男達の怒りを受けても涼しい態度を崩さなかったフィアだが、二人が自らの武器に手を掛けた瞬間、彼女の表情が一変した。


「表に出ろ、クソ女。顔をグッチャグチャにして二度と人前に出てこれねぇようにしてやる」

「冒険者に対して舐め腐った態度を後悔させてやる」

「……いい加減女将に謝罪も無し、か。お前みたいな連中がいるからこの国では冒険者の評判が悪くなるんだ」


 溜息を一つ。腰に携えた剣を左手で擦ると店の外に向かってフィアは歩く。


「フィア様」

「心配するな、レイス。幾ら冒険者としての先達とは言え、あのような連中に後れを取るようではこの先到底冒険者として身を立てる事など出来ない。それに、この国に住まう人間としてもああいった手合いは一度懲らしめておくべきだ。

 ああ、食事の邪魔をして申し訳ないな。皆さんは我々の事を気にせず美味しい料理を食べててくれ。ほら、女将も立ち上がって」


 そう言われてもこの状況で呑気に食事など出来るはずもないし、料理を作る事も出来るわけがない。厨房からも主人が出てきて騒動の様子を神経質そうな顔で見ていた。


「嬢ちゃん頑張れよ!」

「フィアちゃーん! そんな野郎に負けるんじゃねぇぞ!」

「お前ら! 彼女に傷をつけたらこの辺りで生きていけると思うなよ!」


 いつの間にか通りにも人だかりができていて固唾を呑んで事態を見守っている。中には美しい(なり)で美少女剣士然としているフィアに、熱い視線や声援を送っているものも居る。

 そんな彼らに囲まれた、自然とできた決闘場の中に真剣な面持ちのフィアが進み出る。


 フィア本人は気づいていないが、ここ一月、足繁く通うこの付近の住人には彼女は評判であった。

 元々治安の良くない貧民街と平民街の境に位置するこの辺りでは住民同士の諍いや、今の様な店舗でのトラブルは珍しくない。また、不正を正して争いの仲裁をすべき役人さえ進んで悪事を働くことも珍しくなく、難癖をつけては賄賂を要求するような者も多い。

 正義感の強い彼女は、そういった場面に出くわす度に顔を突っ込んでいた。公平な立場で話を聞き、非がある方を責め弱者を守る。相手が力に訴えてくればそれを上回る力で叩きのめし、相手が役人であっても責められるべきであると分かれば決して引かない。

 この近辺では、役人に逆らう事は町に住めなくなることに等しい。運が悪ければ罪をでっち上げられて形だけの裁判で牢屋に放り込まれることだってあり得るのだ。

 そのことをよく知る町の人々は、危なっかしい彼女の態度を当初は心配し、実際に何度か衛兵の詰め所に連れて行かれた姿も目撃していた。だが次の日には何事も無かったかのように釈放されて戻ってきて、今日のように店で飯を食っていたりするのだ。

 そんな様子を一ヶ月の間幾度と無く目撃してきた人々は、彼女のことを英雄(ヒーロー)のように思っていた。可憐な少女が悪に立ち向かう。厳然とした格差があるこの世界で、庶民が好む英雄譚だ。

 決して挫けず不正は許さず、かと言って役人の様に四角四面で融通の利かない性格でもない。気さくに誰でも話しかけ、今では多くの人が彼女の顔見知りとなって、彼女の冒険者になるという夢を本気で応援していた。

 しかしフィアには当たり前の事をしているという自覚しか無く、特に町の人に好かれようと思ってのことではないのだ。故に困惑しながらも手を上げる。それと同時に歓声が上がって彼女は恥ずかしそうに頬を掻いた。

 しかしそんな空気を男達が面白いと思うはずも無い。


「余所見してんじゃねぇぇぇっ!!」


 手にしたハルバートと大剣を振りかぶり、揃ってフィアに襲いかかった。

 鍛えられた鋼の凶刃がきらめき、力任せにフィアに向かって振り下ろされる。周囲から一斉に悲鳴が上がった。


「――ふっ!」


 それに気づいたフィアが動いた。

 腰の剣を瞬時に引き抜き、大剣に刃を合わせる。重量に押し潰されぬよう即座に体を引き、刃を滑らせて相手の剣先を逸らした。


「な――」


 大剣が地面を叩くと同時。そのまま男の背を足場に跳躍してハルバートの男の顔面を蹴り飛ばした。


「よっと」


 仰向けに倒れる男。その背後でフィアは軽やかに着地し、軽く息を吐きながら振り返る。

 一際大きい歓声が上がった。


「頭も冷えただろう。ここらで――」

「クソアマがぁぁぁぁっ!!」


 手打ちにしようとしたフィアだったが、頭が冷えるどころか男達はいよいよ激昂して闇雲に攻め始めた。

 縦に横にと乱雑に武器を振るい、だがフィアはその全てを手に持った剣で受け流していく。

 実力も技量もどちらが上であるか、誰の眼にも明白だった。見た目には明らかに強そうな男が、比較的小柄な女性に良いようにあしらわれている。彼らの様な粗暴な冒険者の被害を受けることもある観客からしてみれば、その姿は痛快そのもの。歓声はますます大きくなっていく。


「もういい加減諦めたらどうだ?」

「ハァ、ハァ……クソ、何でこんなガキにっ……!!」


 重い武器を振り回してすでに男達は疲労困憊。赤かった顔はすでに汗だくで青ざめてきている。それでも男達にも意地がある。元々無い頭が更に働かなくなっているがお構いなしに振り下ろし続ける。

 剣で受けながら溜息を吐いたフィア。気が済むまで付き合ってやろうか、などと考えていた彼女だったがふと剣から伝わってくる感触が変わったことに気づいた。


「なんだ……」

「いい加減……喰らえぇぇェッ!!」


 最後の力を振り絞って振り下ろされるハルバート。異変を気にしながらもフィアはこれまでと同じように剣で斧を受け流そうとした。


「なっ!」


 初めて響く「キィン」という軽い音。ハルバートはこれまでと同じように石畳を穿ち、しかし彼女の手の中の剣が根本から折れて飛んでいく。

 呆然と自身の剣を見つめるフィア。心ここにあらずといった彼女を見て、大剣を持った男の顔が歓喜に染まった。


「もらっ――」

「はーい、そこまでってことで」





 2017/4/16 改稿



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