14-1 崩壊、そして・・・(その1)
第48話です。
宜しくお願いします。
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。魔力の制御を磨くことでかろうじて第五級魔法程度は使えるが攻撃としては使えないため、主に人間離れした膂力で戦闘する。
フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。炎神魔法が得意で剣の腕も学内でトップクラス。欠点は、可愛くて小柄な男の子を見ると鼻から情熱を吹き出すこと。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアは友達だと考えているが、レイス自身は一線を引いている。フィアの鼻から情熱能力を植えつけた疑惑あり。
シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが頑張り屋さん。
ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。キーリとの付き合いは長いらしい。変態。
アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。
シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。
キーリを解凍して平謝りしながらも、二人は更に奥へ進んだ。そこは予想していた通り窪地状になっていて、風の流れも無い。斜面を降り切ると、チョロチョロとした湧き水がゆっくりと流れていた。だが動きらしい動きはそれだけで、淀んだ空気が体にまとわり付くようで気持ちが悪い。
「居ませんね……」
ここでもアトの名を呼んでみるが反応は無い。試しにまたシオンが魔法を展開してみるが、やはり反応は無かった。
すでに森に入って一時間が経過していた。木の葉の隙間から微かに覗く空は相変わらず悪く、陽もだいぶ傾いている。まだ時間があるが、天気が悪い分いつもよりも日暮れは早いかもしれない。
「急ごう。早くしねぇと――」
「ちょっと待ってください!」あてもなく直感に従って小川の上流側に進もうとしたキーリを、シオンが叫んで止めた。「こっちの方に生物の反応があります!」
そう言って指差したのは、二人が来た方から小川を挟んで反対側。「よくやった!」と喝采するキーリだが、シオンの表情は厳しい。
「反応は一つじゃありません! 他にも近くで幾つか動いてるのが……」
「なら尚更急がねぇといけねぇじゃねぇかっ!」
舌を打ち鳴らすとキーリは猛烈な勢いで走りだした。
小川を飛び越え、斜面を登って木々の間を突っ切って行く。邪魔な枝葉は全て剣で切り払い、魔物と化した植物たちを一瞬で薙ぎ払いながらシオンを置いて行かんばかりの速度で進んでいく。
「こっちでいいんだなっ!?」
「はいっ! 間違いありません!」
シオンも遅れまいと必死でついていき、やがて立ち並ぶ木々が途切れる。
そしてキーリは小柄な人影を見つけた。
「キーリさん、あそこっ!」
「アトっ!!」
ややくすんだような金髪に、頭の天辺で飛び出した癖毛。それが誰であるかすぐにキーリは確信し、だがアトの目の前には何かが居た。
姿形は犬。しかしそのサイズは犬どころか狼よりも巨大。体高にして二メートルはあろうかという巨大な狼がアト目掛けて飛びかかろうとしていた。
バンテッドウルフ――ランクDとされるモンスターだった。
「逃げろっ、アトっ!」
間に合わない。それほどまでにアトとモンスターの距離は近い。絶望。予定された未来はただ一つ。抗えない未来。それでもキーリは叫ばずに居られなかった。
そんなキーリの焦燥と悲痛をあざ笑うかの様に、二人の目の前で大きな口がアトを一飲にされていく――
「――、――」
その直前、閃光が走った。
「――え?」
唖然としたその声はキーリとシオンのどちらから漏れたものだったか。
アトの頭を食いちぎろうとしていたバンテッドウルフだが、閃光が走ったかと思うと次の瞬間には頭が吹き飛んでいた。
その場に崩れ落ち、吹き飛ばされた頭の肉片が降り注ぐ。ぐちゃぐちゃになった首の部分からおびただしい血が流れ出る。強い鉄錆の様な匂いが充満し、結晶となった魔素が煌めいては消えていった。その光景を、いつの間にか二人は脚を止めて眺めるだけになっていた。
「――素晴らしい」
その時、森の中に響く拍手と共に何者かの称賛の声がアトに掛けられた。
「本当か!?」
「ああ、本当だとも。やはり思った通り君には才能がある。普通は君の様な年齢で光神魔法を使いこなすことなんてできない。もしかすると、かの英雄よりも才能に恵まれているかもしれないな」
アトは男の方へ向き直って聞き直し、もう一度肯定とともに賛辞を述べられると心の底から嬉しそうに破顔する。キーリはハッと我に返り男を見た。
背は高く、キーリと同じくらいかやや高いくらい。男にしては長い灰色の髪は緩やかなウェーブを描いており、眼は切れ長だが印象は柔らかく女性には大層モテるだろう。アトを褒め称えるその顔は小さく笑みを浮かべており、優しそうな印象だ。立ち居振る舞いにも気品があって貴族のようだが、彼が身に着けている、見るからに高級な白銀の鎧とマントがそれを暗に否定している。
「精霊の騎士……」
五大神教の宗教的中心であるワグナード教皇国。表向きは軍を持たないが、代わりに皇国の安全と平和を守るために結成された精霊の名を関する騎士団を持つ。騎士団を構成する騎士は最低でもCランク相当の実力が無ければ入団が認められない。基本的に彼らは皇国の安全のための組織であり、滅多に国外へ出ないために他の国民が目にする機会は少ないが、その勇名は誰もが知っている。
そんな人間が今、アトと話している。有名な存在だけあってアトも彼らの事は知っているのだろう。白銀の男と話すアトの眼は、まるで英雄と話しているかのように輝いていた。
キーリの中で嫌な予感が膨らんでいった。
「あ! 兄ちゃん!」
苦虫を噛み潰したような顔をしていたキーリに、アトが気づいて二人の方へ駆け寄ってくる。キーリはこみ上げる不快な感情を押し殺してニッと笑ってみせると、そのままアトにゲンコツを落とした。
「あいたっ!?」
「こんな奥まで一人で来る奴があるか。村の連中、皆メチャクチャ心配してたぞ」
「だって……村の人達って皆『モンスターだ』『モンスターじゃない』って言い合ってるだけなんだもん。だったらオレが確かめてやろうと思って……」
「だからって黙って一人でこんなとこまで行くんじゃねぇ。帰ったら皆に謝っとけよ」
「はぁい……」
「まあまあ。アトちゃんも反省してるみたいですから」
ショボンとアトが肩を落とすのを見てシオンがとりなす。キーリも怒ってるというよりも叱ったつもりであるため、反省している以上は更に叱りつける事はしない。代わりにアトの頭をガシガシと撫でてやる。
「とにかく、無事で良かった。バンテッドウルフに襲われるのを見た時は心臓が止まりそうだったぞ」
「そうだぞ、アト君」鎧の男が歩み寄って肩をポンと叩いた。「心配してくれる人が居るというのは恵まれてる証拠だ。肉親以外で本気で叱ってくれる存在というのは稀有なのだからね。
けしかけた私が言うのもアレだが、君の力でモンスターを退治したのだ。俯くよりも誇りに思いたまえ」
「うん、分かったよ、おっちゃん。
あ、そうだ! ねぇ、兄ちゃんもオレがモンスター倒すところ見てくれた!?」
「あ、ああ……見てたぜ」
落ち込んだかと思ったらすぐに眼を輝かせるアト。今泣いた烏がもう笑った、とばかりのその変わり身の早さと、やはりあの閃光はアトがもたらしたものだったのかという事実がキーリを戸惑わせる。それでも何とか褒めて頭を撫でてやった。
「やっぱお前スゲーな。さっきの光神魔法だろ? それも第三級魔法。お前の実力がありゃぁ年齢制限さえクリアすれば養成学校も合格間違いなしだな」
「あ、そうだ。それなんだけどさ、兄ちゃん」アトは笑ってキーリに言った。「オレさ、やっぱ冒険者の学校に行くの、止めるよ」
「――は?」
ここ数日、あれだけ一生懸命勉強していたというのに、目標をあっさりと取り下げたアトにキーリだけでなくシオンも言葉を失う。
そんな二人の様子に気づくこと無くアトは無邪気に笑いながら鎧の男を見上げた。
「その代わりにオレ、教会の騎士団に入る事にした! おっちゃんもオレなら今すぐに騎士団に入れてくれるって約束してくれたんだ!」
「こらこら、まだ私はおじさんという歳では無いよ」男は柔らかく人好きのしそうな笑顔でアトを見た。「正確には騎士団では無く、その下の育成組織だけどね。だがアト君ならばすぐに騎士団へ上がる事は間違いないだろう。光神魔法の才能だけでなく、教えをすぐに吸収して自分のものにできる柔軟性もある。今だって正しい魔法の使い方を少し教えただけでモンスターを倒してしまったのだからね。モンスターを前にしても物怖じしない胆力といい、今から末恐ろしいものだ」
「だってさ、兄ちゃん! 騎士団でも色々勉強も教えてくれるっていうし金も掛かんねーどころか、給金までくれるんだって。
てわけで、兄ちゃんたちには悪ぃけど、そういう事だから」
悪びれず歯を見せていたずらっぽく笑って話すアトをキーリは呆然と見つめた。
ハッキリ言ってキーリは騎士団、というより教会そのものが嫌いだ。神は皆が思っているような善良な存在でないことを事実として知っているし、教会には多くの「英雄」が所属しているはず。彼らを「英雄」として祀り上げている教会が憎らしいし、シンの話では無いが教会の活動にいい話を聞かない。胡散臭い組織だ、というのが偽らざる本音である。
だが、そんなキーリの事情などアトには関係ない。自分の感情に任せてアトの将来を邪魔するにはキーリは理性的過ぎたし、教会の本質を語るにしてもそもそも教会の事は人伝ての話以上のことは殆ど知らない。
「キーリさん……」
「そうか……」
グッと反対したい気持ちを堪えてキーリはアトの肩を軽く叩いた。
「お前がそう決めたんなら俺から言う事はねぇよ。なっ、シオン?」
「え? ええ……そう、ですね」
「アトが頑張るなら俺らは応援するぜ。
うしっ、なら皆心配してるだろうし、さっさと戻ろうぜ?」
明るく振る舞うキーリに困惑しながらもシオンも頷く。そして三人を促し、キーリ達は村へと戻っていった。
笑顔を見せるキーリの顔が、シオンの眼にはどうしてだか悔しさで歪んでいるように見えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
陽はかなり傾いており、木の葉の隙間から突き刺さる色は茜色に染まりかけていた。完全に暗くなる前に戻りたいと思っていたが、この分だとその前には十分に帰りつけそうだ。
魔素の吹き溜まりになっている小川の部分では四人一緒に歩き始めたが、今はキーリは少し離れた後方を歩いていた。
あの場では笑顔でアトに応じる事が出来たが、流石に村への道中ずっといつも通りで居られる自身は無かった。そんなキーリの内心を汲んでくれたのか、アトの相手はシオンがしてくれている。妹がいるだけあって小さい子供の相手はあまり苦にならないようで、もっぱら楽しそうに話すアトの聞き役に徹している。
「ずいぶんと難しい顔をしているね」
アトから眼を離して歩いていたキーリだが、不意に男から話しかけられた。アトと並んで歩いていたはずだったが、いつの間にかキーリの横に立っている。相変わらず柔和な、しかしキーリからすれば何を考えているか分からない笑みを薄っすらと浮かべていた。この男が今腹の底で世界を滅ぼす方法を考えていても何ら驚かない自信がある。
「別に。元々ガキの相手は苦手なんだよ」
「そうなのかね? その割には君に懐いていたようだったが」
「アイツは危機感が足りねーんだよ」
だからお前みたいな野郎にも懐くんだよ。
キーリはそう言ってやりたかったがそこは自重した。教会の人間に喧嘩を売って碌な事などあるはずがないのだから。
そんなキーリの心情を知ってか知らずか、男は歯を見せながら手を差し出してきた。
「そういえば自己紹介がまだだったね。セリウス・アークヴェルツェだ。ワグナード教皇国で教皇陛下にお仕えするとともに、騎士団の一員として活動している。宜しく」
「……キーリ・アルカナだ」
差し出された手を乱暴に握ると、名前だけを告げてすぐ手を離した。普通そんな粗野な所作をしようものならすぐに不快感を顕わにし、周りに信者たちが居ればあっという間に取り囲まれるだろう。だが、セリウスは楽しそうに笑みを深くした。
「……何が面白いんだよ」
「失礼。ただ若いな、と思ってね」
「そりゃおっさんよりはな」
「さっきも言ったがおじさんという年齢では無いよ。……と無理に否定しても君らから見ればおじさんには変わりないか」
アルカイック・スマイルを崩さずに溜息を漏らすという器用な真似をセリウスはしてみせる。相変わらず雰囲気は柔らかい。
キーリがこれまで出会った、皇国に行ったことがある人から聞くに、皇国の人間はとっつきにくい、というのがキーリの中の皇国像だった。誰に聞いても判で押したように同じように「とっつきにくい」や「融通が聞かない」、或いは「横柄で横暴」という答えが返ってきていたために、そのイメージで完全に固まっていたのだが、どうやらセリウスはそういった像の例外らしい。
「やれやれ、まだ三十にもなっていないのだが歳を取ってしまったのだと考えると少々寂しい物があるものだ」
セリウスは肩を竦めた。冗談めかしたその様はとっつきにくいどころか、逆に気安さも感じさせる。だからと言ってキーリからすれば慣れ合いたい相手とは思えない。
それでも会話は通じそうだな、と感じ、気になっていた事を尋ねた。
「ところで、だ。おっさん、聞きたい事があるんだけどよ」
「ん? なにかな?」
「おっさんは何であんなトコに居たんだよ?」
「それはもちろん、モンスターを討伐するために決まってるじゃないか」
「にしちゃ早過ぎるだろ。おっさん皇国に住んでんだろ? 村の奴が教会に相談に行ったのだって昨日だ。たった一晩でこんなとこまで来れるかよ」
「ああ、なるほど。私は騎士団の人間だからね。君がそう考えるのももっともなことだ」
セリウスはキーリの主張に同意しつつも、「だが」と事情を説明した。
「実は私達はちょうど近くのルグエンにある教会に滞在していたんだよ。ここムエニ村――もう町と呼んでも差し支えないかもしれないが――に新たな教会を建設する前準備のためにね」
「この村に教会を建てんのかよ」
「ああ、そうだよ。近年、この村の発展は目覚ましく人の行き来も増えているからね。この地区の司教様が、行き交う多くの方の為にもこの村に教会を建築すべきだと判断なさったんだ。ところで君はこの村に住んでいるのかい? ならばぜひとも意見を聞かせてもらいたいんだが」
「いんや。俺はたまたまこの村の近所に旅行に来てただけだ。ダチに貴族の息子が居るんでな。まあ、縁あって村の連中とは少々の顔見知りにはなったがな」
「なるほど、それでアト君も君に懐いているんだね」
「……一応言っとくけど、アトは女の子だからな?」
「知ってるよ? あんな可愛い子を見間違う訳ないじゃないか」
不思議そうに首を傾げたセリウスを見て、キーリは自分の眼が節穴だったと衝撃を受けた。いや、でもほぼ全員がアトの性別を勘違いしていたし、自分が悪いわけではないはず。と、思考が逸れ始めたところで、セリウスのクツクツと笑う声が聞こえた。
「なるほど、確かに彼女は男の子らしい仕草が多いからね。勘違いするのも仕方ない事だよ」
「お気遣いどーも。ってなわけで俺は村の人間じゃねーから色々意見言える立場じゃねーよ」
「そうか。ならば村に戻った後で他の人々に聞いてみようか。
ああ、話が逸れたね。そういう事情でムエニ村に向かっていてね、ルグエンの教会で一泊して、そして朝になって教会の人間から村からの陳情の話を聞いたのさ。
村の危機とあっては教会としても見過ごすことは出来ないが、ルグエンではちょうど別のモンスターの討伐が行われていてね。ムエニ村に派遣できる戦力は無かったんだ。それでもムエニ村を見捨てる訳にはいかない、とルグエン教会のお方々が頭を悩ましていたようだったからね。モンスターが目撃された場所は聞いていたから、渡りに船と私だけが一行の中から今朝方に先行して、この森の中に直接入ってモンスターを探していたという訳だ。
納得してくれたかな?」
「ああ、よく分かったよ。て事は、他にも村に向かってる連中が居るって事か?」
「そうさ。たぶんもう村に到着されてる頃じゃないかな?」
「んじゃそいつらに伝えといてくれ。さっきのモンスターを倒した場所。あそこら辺は風の吹き抜けが悪くて魔素の濃度が高くなっちまってる。放っとくとドンドンあそこからモンスターが現れて大変な事になるからさっさと対処しろってな」
「ふむ、そういう事か……心得た。教会を建設するにしてもモンスターを駆除するのは必要なことである。しかと仲間に伝えておこう。
しかし」セリウスはそこで言葉を切ってマジマジとキーリの全身を眺めた。「魔素の濃度、か。冒険者の中には魔素の濃さに敏感な者が多いと聞いた事があるが、もしかしなくてもキーリ、君もその歳で冒険者なのか?」
「一応な。つってもまだ養成学校に通うFランク冒険者だけどな。あと、『その歳で』って、テメェは俺を何才だと思ってやがるんだ?」
「十三、四ではないのか?」
「こないだ十七になったよ」
年齢を告げるとセリウスの顔から笑みが消え、ポカンと驚きに口を開けた。くだらない事だが、この男もこんな表情をするんだな、と思った。
「なんと……背丈からして成長が早いのだと思っていたがそういう事か。顔立ちが少々幼い……失礼、若く見えたのでね」
「この顔見て幼ぇと評価すんのはテメェくらいだよ」
恐らくは、日本人としての面影が若干残っているからなのだろう、とキーリは当たりをつけた。昔と比べて髪色や顔立ちは変わってしまっているが、もし写真を並べれば「整形した?」という程度には似ている。
「……ああ、なるほど。どうやら無意識に君の目を見ないで話していたようだ」
「それはそれでムカつくな」
クツクツとセリウスは喉を鳴らした。
「怒らないでくれ。しかし、そうか。冒険者か」
「何だよ? 含むような物言いするんじゃねぇよ」
「ああ、不快にさせるつもりはないんだ。これは私の癖みたいなものでね。
私が代表してというのも僭越な話ではあるが、君たち冒険者に感謝を伝えたくてね」
「感謝?」
怪訝そうに眉を潜めるキーリ。平等・公正を掲げるギルドと、人族優位のきらいがあり、また五大神の加護を受けているという理由で魔法を使える者、特に貴族制を支持する立場の教会とはお世辞にも関係が良好とは言えないはず。にもかかわらず「感謝」と口にしたセリウス。そのチグハグさに違和感を覚える。
「そうだ。君らが迷宮から様々な素材を持ち帰ってくれるからこそ市井の人々は生活の糧を得る事ができている。もはや既に世の中は作物を作って食べるだけで満たされる事はなくなっているからね。ただ食べて寝るといった動物以上の生活を営むことができるのも君らのおかげだよ。
それに」セリウスは嬉しそうにコンコンと自分の鎧を叩いた。「君らが迷宮から持ち帰る貴重な物を積極的に教会に貢いでくれるからこそ、私達もこうして優先して立派な武具を身につけ、人々を辛い世界から救ってやれてる。現実を知らない教会のお偉方の中には悪しざまに冒険者をけなすものも居るが、このことを君たちに感謝せずに何をしろというのだろうね」
その言い方にキーリは露骨に眉を潜めた。
確かに冒険者は迷宮の深部、特にAランク以上の滅多に取れない素材や武具を教会に差し出している。いや、強制的に差し出さされている。それを「貢ぐ」と表現し、また人々を救って「やる」とはずいぶんと上から目線だ。それは、同じく市井の民を守ろうとするアリエスの思想とは似て非なるものだ。だからこそ教会の人間は冒険者や一部の人間からは嫌われる。
「ん? もしかしてまた何か不快にさせる事を言ってしまったかな?」
「いんや……別に」
そして、教会の人間はその上から目線に気が付いていない。自分達がすることは全て正しくて当たり前の事だと信じきっている。余りにも傲慢な思想だ。
やはりこいつらとは仲良くなれそうにない。セリウスと話す内にその人当たりの良さにいつの間にか心を開きかけていたが、キーリは再びその扉を固く閉じた。
セリウスはそんなキーリの態度に肩を竦めるが、アルカイック・スマイルを浮かべるだけで何も言わなかった。
2017/6/4 改稿
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