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13-3 無邪気な毒(その3)

 第47話です。

 宜しくお願いします。


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。魔力の制御を磨くことでかろうじて第五級魔法程度は使えるが攻撃としては使えないため、主に人間離れした膂力で戦闘する。

 フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。炎神魔法が得意で剣の腕も学内でトップクラス。欠点は、可愛くて小柄な男の子を見ると鼻から情熱を吹き出すこと。

 レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアは友達だと考えているが、レイス自身は一線を引いている。フィアの鼻から情熱能力を植えつけた疑惑あり。

 シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが頑張り屋さん。

 ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。キーリとの付き合いは長いらしい。変態。

 アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。

 シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。




 そういった経緯で、キーリの独断によってアトも合宿に参加する事に決まったが、一緒に勉強するようになったアトの評判はすこぶる良かった。

 最初は文字の読み書きさえおぼつかなかったが、カレンとシオンを中心に作成した教科書を与えるとみるみるうちに知識を吸収していった。当然まだ養成学校で習うような内容ではなく、もっぱら基本的な単語や簡単な算数レベルであったがアトの集中力は凄まじく、朝から晩まで、遊びの時間以外はずっと教科書を読み込んでいた。数日も経つ頃には教科書の内容を殆ど理解し終え、よもやイーシュのレベルにも追いつかんばかりの勢いだ。


「ここまでどんどん吸収していってくれると、こちらとしても教え甲斐がありますわ。もうイーシュを超えたのではなくて?」


 アリエスにそう言わしめたアトだが、これにはさすがにイーシュも危機感を覚えた。


「あんなガキに負けてたまるか」


 すでに十歳児と比べられている時点で負けているようなものだが、誰もそこは指摘しない。アトが教科書を握っている横にわざと座ると、アリエスに指示された書き取りと問題集に一心不乱に取り組む。ライバル心むき出しのイーシュのその行動に、元来の負けず嫌いが刺激されたのか、アトはアトで更に一生懸命勉強に取り組むのだから互いに良い刺激になったと言える。

 そうして合宿も終わりに近づいた頃には、イーシュも何とかこの半年間に習ったことの復習を終えて、この後入ってくる下級生の前に出してもとりあえずは恥ずかしくないような状態にまでに学力を高めることができた。

 そして迎えた、合宿最終日の前日。いつもは朝からシンの別宅にやってきているのだが、その日は昼になってもアトは姿を見せなかった。


「何かあったんでしょうか?」


 いつの間にかキーリとフィアに次いで仲良くなっていたカレンが心配そうに呟く。他のメンバーも、すっかり見慣れた少女が現れない事に何処か心配そうな面持ちを浮かべていた。


「偶々今日は別ん用事があったんだろ」

「そうですわ。それにまだ十歳の少女ですもの。たまには村の子供達と遊びに出掛けてるのではなくて?」


 ギースとアリエスがそう主張するが、皆の気は何処か晴れない。

 昨日まで晴天が数日続いていたが、今日は曇天で外は薄暗い。


「どのみち明日にはスフォンへ向けて出発しますし、どうでしょうか? 皆さんで挨拶も兼ねて村へ行ってみませんか?」

「そうだな。村の方々には食料などで世話になったし、またここに来ることもあるだろう。アリエスやカレンの顔を覚えてもらうのも悪くはないな」


 キーリやフィア達は前回の食料補給で村を訪れたが、カレンなどはまだ訪れた事はない。今更顔見せというのも変な話だが、アトとこのまま突然別れるというのも寂しいものがあるため、特に異論は出ない。


「でしたら私は残って退去の準備を進めておきます。ここを完全に留守にするのも不用心でしょう」


 レイスがそう申し出て、そうして残りの全員が村へと向かうこととなった。

 また意外な事に、ユキもまた今回は同伴していた。いつもであれば「めんどいからパース」と言って屋敷に残っていそうなものだが、常とは違うユキにキーリは疑問を抱いた。


「どういう風の吹き回しだよ、ユキ」


 ぞろぞろと林を抜けて作物の新緑が広がる田舎道を歩きながらキーリは怪訝そうに尋ねた。すると、ユキは「うぅんとね」と少し唸って首の後ろを撫でた。


「なんかね、ぞわぞわするの。こう、ここら辺が。妙に気持ち悪いの」

「何だそりゃ……まさか、光神絡みか?」

「分かんない。けどその可能性もあるかなって思ってね」


 イマイチはっきりしないユキの返事だが、キーリは眉根をしかめてみせた。

 先日ゲリーを持ち逃げされたばかりだ。光神絡みであれば、彼女としては望ましいというところか。

 だがこのタイミングである。少なくともアトの件とは無関係であってほしい、と思った。

 そうして村に辿り着いた。前回は途中で畑作業をしている人達と出会ったが今は彼らの姿は居ない。


「天気が悪いから早めに引き上げたのか?」

「どうでしょうか。それだと良いんですが……」


 いつもと違う村の様子に、何処か不安がこみ上げてくる。キーリのこめかみを嫌な感じの汗が流れ落ちる。

 落ち着かなさを抱えながら進む。すると、食料を買い付けたあの老婆の店の前に人集りができていた。皆、立ったまま輪になっており深刻そうな様子だ。輪の中には煙管を咥えた老婆の姿も見えた。


「おばちゃん!」

「ん? おお、シン坊か。ヒヒ、どうしたんだい? まだ何か足りないものがあったのかね?」

「いえ、そういう訳じゃありませんよ。明日にはまたスフォンに戻るんで、挨拶と彼らの紹介をしようと思いまして」

「おお、そうかいそうかい。殊勝な心がけじゃな」


 シンに紹介されてアリエスやカレンが軽く会釈をする中、キーリの耳には周囲の村人からはヒソヒソとざわめきが聞こえていた。「一応シン様にも伝えといた方がいいんじゃないか?」や「いや、でもシン様はこの土地の領主様じゃねぇんだぞ?」と言った内容で、その口ぶりから何か問題が起きているようだ。

 シンの耳にそういった声が届いた訳ではないが、彼なりに何か異変を察したのだろう。努めて平静に、また不安そうな様子も伺える村人に配慮してか笑顔で「何かありましたか?」と尋ねた。


「……シン坊とお友達連中には伝えといた方が良かろう」

「何か、あったんですね?」


 老婆に勧められ、村長らしい禿頭の老人は観念したように話し始めた。


「うむ、実はの……村の外れの森の中にモンスターを目撃した者がおっての」

「み、見たんだ、オラ! アッチの方の森の奥で木を樵りに行ったらよ、遠くから唸り声みてぇな声が聞こえてよ、そしたらずっと奥の方でウロウロと歩き回るこーんなでっけぇ犬っころみてぇな影がよ!」


 村長がモンスターという単語を発した途端、輪の中に居た気弱そうな男が堰を切ったように大声で喋り出す。ずいぶんと怯えた様子だが、それを聞いても周りの連中は眉をしかめるばかりだ。


「でもよ、オメェ、ハッキリとそいつの姿を見たわけじゃねぇんだろ?」

「しかもお前、前ん晩にしこたま酒飲んでたじゃねぇか。おおかた、ただん犬っころを見間違えたんじゃねぇのか?」

「ちげぇんだって! ありゃ間違いなくただの犬っころじゃねぇ!」

「……というわけでの。あんの男がピーチク騒ぎまくるもんでな」老婆が騒ぐ男を見ながらヒヒッ、と引きつった笑い声を上げた。「とりあえずまずは本当にモンスターかどうかを確認しようと思ってるところだよ」

「パルティル男爵への連絡は?」

「無論、そちらへも使いを出しとるよ。それと、隣町の教会にも昨日お願いしたよ。きっと明日にも教会の兵士を派遣してくださると返事を貰っておる」


 教会、と聞いてシンの表情が微かに歪む。それは一瞬だが、老婆は喉を鳴らした後で頭を振った。


「シン坊が教会を良く思ってないのは知ってるけどねぇ、もし本当にモンスターだったらあたしらも時間が無いからねぇ」

「いえ、こちらもそちらの事情は理解してるつもりですから、おばちゃん達の判断をどうこう言うつもりはありません。とりあえずは教会の方たちの到着を待つのと、村の方々と交代で警戒に当たるのが現状のベストだと思います」

「うむ、それはそうなんだけどね……」


 彼らの判断を支持する旨を述べるシンだが、どうにも老婆の歯切れが悪い。まだ他に問題があるのか、とキーリが尋ねようとした時、後ろからギースが声を上げた。


「ンな事よりもよ、あのクソガキの姿が今日は一向に見えねぇんだけどよ、ババァ知ってるか?」


 それはある種確信を持って尋ねたのだろう。軽い口調ながらもギースの眉間には皺が寄って厳しい表情だ。他のメンバーも、聞きたくても中々聞けなかった一番の懸念事項に耳をそばだてた。

 果たして、老婆は「うむ……」と口を引きつらせた。周囲の村人も何処か後ろめたそうに顔を伏せる。キーリやフィアはそれだけで事態を察した。


「おいおい、まさか……」

「うむ、そのまさかなんだよ……」老婆は溜息を吐いた。「昨日まではアンタ達と一緒に居たから良かったけどね、今日になって朝からアトの姿が見えないんだよ。村の連中全員に片っ端から聞いてみたら、何人かがその森の方でアトらしき人影を見たみたいでねぇ」

「あのバカが……」


 苦虫を噛み潰した表情をしてキーリは吐き捨てた。確かに獣を狩って金を貯めろとは言ったが、いきなりモンスターに向かっていく奴があるか。モンスターが居たらとにかく逃げろ、とは散々言い包めてきたから流石にモンスターに突貫する事は無いだろうが、周りに黙って行くことは無いだろうに。


「いったい、何を考えてんだか……!」

「それでしたらここでのんびりしている暇はありませんわ!」

「うむ、うむ。だからの、今からあの子を探しに行く者を相談しておったんじゃ」

「でしたらその役目――僕らに任せてもらえませんか?」


 シンがそう申し出た。確認こそ取っていないものの、それはこの場に居る全員の総意だ。

 場がざわついた。キーリ達が冒険者の卵だという事は皆既に知っている。自分達が危険な場所に行くよりも、こういった荒事の訓練をしているキーリ達に任せる方が遥かに良い選択だ。あわよくば、現れたモンスターを退治してくれるかもしれない。村の人達にとっても渡りに船の提案で、しかし老婆や何人かの年寄りはしかめっ面をしている。


「シン坊の申し出はありがたいが……流石に他の領主様の息子にそんな危険な事をさせる訳には……しかもシン坊達はまだ学生でFランクの冒険者だろうに。幾らなんでも危険過ぎるさね」

「貴族だからこそ、ですよ、おばちゃん。確かにおばちゃん達は僕らユルフォーニ家の領民じゃないですけど、貴族が守るべき民であることに変わりはありません」

「そうですわ。ワタクシたち貴族にとってアナタ達は何処に住んでいようと守られるべき方々ですわ。素直にワタクシに守られておきなさいな。もちろん万が一、いえ、万が一にも無いでしょうけれども今回のことでワタクシ達に何かあったとしてもアナタ達の責任を問うような恥知らずで無いことはお約束致しますのよ」

「おおう、お嬢ちゃんも貴族様じゃったか……しかしのぉ……」

「Fランクという事に不安を感じるのも分かります。ですが、ここにいる皆は実力的にはFどころかDかそれ以上の力はあると僕は思っています。だから、安心して任せてください」


 胸を張って説得を続けるシンの言葉に、老婆を始め村の人達は顔を見合わせるとキーリ達に向かって頭を下げたのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 アトの捜索が決まるとただちにキーリ達は別れて森の方へと入っていった。

 基本二人一組で別れ、キーリはメンバーの中で最も身体能力に劣るシオンとコンビを組んだ。これは、万一シオンに何かあってもキーリであれば問題なく抱えて移動できるからだ。

 二人は山道の藪を掻き分けながら奥へと慎重に進んでいく。キーリは、昔ユーミルと一緒に森や山道をかけ回っていたため余り苦もなく歩いているが、ずっと街育ちのシオンは中々慣れず、時折脚を滑らせたりしている。


「大丈夫か? 必要であればペースを落とすから正直に言ってくれ」

「いえ、大丈夫です。だいぶ慣れてきました。それに、こんな時ですけどこういった道を歩くのは自己魔力制御の訓練にも良いですね」


 言葉通り進むに連れてシオンの足取りも確かなものとなっていく。上手く木の枝や石を使って歩き、ペースも次第に上がっていく。

 進んでは二人してアトの名を呼び、反応が無ければまた進む、といった事を繰り返していく。もしかすると、藪の中で倒れている可能性もあるのでそれも考慮してシオンが魔法を使用する。


風精の導き(エア・フィールド)


 第四級風神魔法で、攻撃能力は無いが風の流れを利用して周囲の生物の居場所を探る魔法だ。大雑把な位置しか分からなず正確な探知は難しいが、樹木などの非生物は除外できるため、何者かの存在を感知するには適している。シオンの制御能力であれば標準以上に正確な探知も可能だろう。


「どうだ?」

「……この近くには居無さそうです。小動物くらいの反応しかありません」

「ならまた先に進むか」


 耳を澄ませば、他のグループのアトを呼ぶ声が微かに聞こえてくる。どうやらあちらもまだ見つかっていないらしい。


「急ぎましょう」

「ああ、そうだな……」


 こみ上げる不安感を押し殺し、キーリは草を掻き分けて道を切り開いていく。

 そうして半刻ほど進む。木々の深さはますます深くなり、昼間でも光は余り届かない。不吉な空気だ。葉の緑も色濃く、見ようによっては黒にも見えてくる。それは、かつて過ごした魔の森の気配をキーリに想起させた。

 そこでキーリはふと在ることに思い当たる。場所は緩やかな下り。慎重に感覚を集中させる。何となくだが、空気感が違う気がした。魔の森の空気に似ているような気がした。


「キーリさん?」

「シオン、近くに生物は居るか?」


 突然立ち止まったキーリを怪訝そうに見るシオンだが、キーリに問われて魔法の効果を確認する。


「えっと……はい、何かが居ます。反応のサイズからたぶん小動物か何かだと思います。でも……妙ですね」

「妙ってのは?」

「さっきからずっと動いてないんです。もっとも、この魔法の正確性から考えると気にする必要は無いのかもしれないですけど……」

「待て、動くなっ!」

「え?」


 何気なく立ち位置を変えたシオンだが、踏み出した脚が足元に転がった枝を踏み抜いてパキリと音を立てた。


「キィリュィィァァァァァァァァッッ!!」


 直後、甲高いおぞましい声がシオンの耳をつんざいた。

 それまではただの雑草に見えた草が突然鋭いツタをシオンに向かって伸ばす。生き物じみた奇怪な動きで葉は口みたいに動いていた。

 シオンは不意を突かれた。全く反応できず、アイスピックの様な鋭さがシオンの体を貫く――


「ウギギィィィ……」


 それよりも早くキーリが剣を振りぬいた。シオンを襲った魔草は真っ二つに切り裂かれ、うめき声を上げながら地面に落ち、やがて淡い光と成っていく。そしてただの草へと戻っていった。


「あ、ありがとうございます……」

「油断すんな。たぶん……そこかしこに草に擬態したモンスターが居る」

「そんな……でもどうして……?」

「恐らくだけどな、魔素の濃度が原因だ」


 キーリが感じる限り、ここらの魔素の濃度は異常に高い。

 魔素は魔法の行使にも必要で、この世界の人間であれば誰でも持っているものだ。だがそんな魔素も極端に濃度が高くなりすぎれば生態系にも影響を徐々に及ぼしていく。

 単なる獣が凶暴になったり、今のようにただの植物がモンスターと化したり。かつてキーリが過ごした魔の森も遥かに高濃度に魔素が溜まっていた。故に強力なモンスターが多く未踏の地となっているのだ。


「風の流れの方向は分かるか?」

「はい。僕達が来た方向から下ってきて……あ、もしかして」

「確信は無いけどな。きっとここらは盆地状になってて、風が吹き抜けにくい形状になってるんだろ」

「魔素は空気中の他の成分と比べて比較的重い。魔素が流されなくてどんどん溜まってしまう、ということですか……」

「気を付けろよ、シオン。もしそうだとすりゃこの先、今みたいに木とか草に紛れてモンスターになったのがどんどん出てくるぜ。こんな風に、なっ!!」


 言い終わる前にキーリが地面を蹴った。

 風が吹き荒れ、足元の草木の障害をもろともせずに移動して近くにあった大きな木へと大剣を振り下ろした。

 一見すると単なる樹。だがキーリが気づいたと判断したのか、突然幹に人の顔の様なものが浮かび上がり、クネクネと枝をしならせて、まるで鞭の様にしてキーリに応戦する。


「甘ぇよっ!」


 だがそんなものキーリには通用しない。

 単なるモンスターの攻撃など単調なもの。このイービルウッドもDランク中位から上位には位置づけられるモンスターだが、それは擬態して不意打ちをしてくるためだ。単純な戦闘力は良くてDランク下位、個体によってはEランク程度。キーリは動きを見切り、最小限の動きで枝をかわすとすれ違いざまに枝を切り落とした。

 森に響く悲鳴。耳障りなそれに顔をしかめ、しかし臆する事無くキーリは幹を切り刻んでいく。


「オォォォォオラァァッ!」


 そして裂帛の声と共に一際鋭く大剣を振り下ろした。剣に風の刃をまとわせ、通常よりも遥かに切れ味の増したそれは樹を真っ二つに一刀両断。メキメキと裂ける音を立てると倒れ、小さな地響き音を奏でてイービルウッドは活動を止めたのだった。

 そんなキーリの動きを眼で追いかけていたシオンだったが、彼もまた近くにいた魔草に気づいた。棘のついた蔓をシオン目掛けて振り回してくる。しかしシオンもまた、ここ最近キーリの攻撃を間近で受け続けているのだ。避けるのは容易い、とまでは行かずとも難しいことでは無かった。

 落ち着いて魔力を全身に漲らせて身体能力を上げ、モンスターの攻撃をナイフで受け流す。所詮は草だ。攻撃力は大したことは無い。自分にそう言い聞かせるとシオンは両手に魔力を集めた。


凍える息吹(フリーズ・ブレス)!」


 魔法名と同時に手のひらから零下数十度の空気が吹き出す。

 本来であれば凍える程の冷気を風に乗せて対象を凍らせる攻撃魔法だ。だがシオンは攻撃系と相性が悪いのか、キチンと制御できない。それがコンプレックスであったが、それを打ち破ったのがキーリの「別に無理に制御しなくても良くね?」という一言だった。

 制御できなくても魔法は発動しているのだ。至近距離にしか届かなかったり、狙った通りに飛んでいかなかったりするのだが、当たりさえすれば効果はある。

 果たして、シオンの放った魔法は手のひらを起点として周囲に無秩序に飛び散っていった。おまけに敢えて過剰に魔力を注いだそれの威力は第四級魔法とは思えない程に凄まじく、周囲一体を凍りつかせていく。

 やがて吹き荒ぶ氷の結晶達が落ち着くと、シオンを襲った魔草もまた真っ白に凍りついて動きを止めていた。


「やあっ!」


 キーリに比べれば遥かに可愛らしい気合の声と共にナイフを魔草に叩きつける。すると凍りついた魔草は呆気無く砕け散り、光と化していった。

 シオンが初めて、一人でモンスターを倒した瞬間だった。


「やった……!」


 こみ上げる喜びに負けて思わずガッツポーズが飛び出した。何度も何度も小さな拳を握りしめ、ピョンピョンと小さく飛び跳ね、モフモフの尻尾を振り乱しながら喜びを噛みしめる。

 だが――被害を受けたのはモンスターだけではない。


「シオン……」

「やった、やった……って、へ?」


 恨めしそうな声にシオンが振り向く。そこには、凍りついた雪だるま状態となったキーリの姿があった。


「ご、ゴメンナサイィ!」


 シオンの謝罪と盛大なくしゃみが静かな森に響き渡ったのだった。





 2017/6/4 改稿


 お読みいただきありがとうございます。

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