13-2 無邪気な毒(その2)
第46話です。
宜しくお願いします。
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。魔力の制御を磨くことでかろうじて第五級魔法程度は使えるが攻撃としては使えないため、主に人間離れした膂力で戦闘する。
フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。炎神魔法が得意で剣の腕も学内でトップクラス。欠点は、可愛くて小柄な男の子を見ると鼻から情熱を吹き出すこと。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアは友達だと考えているが、レイス自身は一線を引いている。フィアの鼻から情熱能力を植えつけた疑惑あり。
シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが頑張り屋さん。
ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。キーリとの付き合いは長いらしい。変態。
アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。
シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。
結局四人がシンの別宅へと辿り着いたのはすっかり日が登り切って、すでに傾き始めた頃だった。
当然ずっと昼食も取らずに四人が戻ってくるのを待っていたアリエス達はすっかりお冠だ。
「一鐘(≒一時間)程度で戻ると仰ってましたのに、ずいぶんと寄り道をしていらしたようですわね」
アリエスの皮肉も宜なるかな。イーシュの欠食児童の様な文句とレイスのジトッとした冷ややかな視線にユキの呪い殺しそうな眼差し、それからシオンの「しょうがないなぁ」とばかりの苦笑いを浴びながら四人は平身低頭謝罪するしか無かった。
一頻りの謝罪で許しを得た四人だったが、そんな彼らの中に見慣れない者が一人混じっている。
「そちらの御方はどちら様でしょうか?」
レイスが、キーリのズボンの端を掴んで離さないアトを見て尋ね、キーリはどう説明したものか、とフィアと顔を見合わせた。
三人から厳しいオシオキを受けたアトだったが、その後もキーリ達の傍から離れなかった。
他の子供達はお昼時ということでそれぞれの家に戻っていったのだが、アトだけはピッタリとキーリにひっついたままだった。「俺らも帰るんだからお前も帰れ」と促しても、ふるふると首を横に振って拒否。無理やり引き剥がそうとすると、少し潤んだ眼差しを向けてくるためそれもためらわれ、結局アトも一緒に戻ってきた次第であった。
「ダメですわよ、フィア。幾ら小さい子が可愛いからといっても誘拐は犯罪ですわ」
「ついにやってしまったのね」
「そうだぞ。今なら見なかった事にしてやるから返してこいよ」
「お前らは私を何だと思ってるんだ……」
「子供を見て鼻血を流す危ない友人ではなくて?」
「ショタコン」
「子供好きの変態だろ?」
「よし、ちょっと三人共コッチに来い。じっくりお話しようじゃないか?」
アリエスとユキ、イーシュの三人の口から出る酷い言い草に、フィアはコメカミに青筋を浮かばせながらも息を吐いて気を落ち着かせる。
「まあまあ、事情を説明しますとですね……」
話が脱線しかけたところを、シンが宥めながら村での出来事を説明していく。話を聞いてシオンは感心し、レイスは「お嬢様にお尻を叩かれるとは……うらやましい」などと関係ないところに焦点が向かい、アリエスは「キーリが?」とばかりに胡散臭そうな視線を向けた。
「ふーん、それでそんなにキーリに懐いてるんだ? そして残り三人には怯えてる、と」
「ちょっと待て、ユキ。アトがキーリに懐くのはわからないでもないが、どうして私たちに怯える必要があるんだ?」
「知らないよ、そんなこと」
キーリ以外の村に行った三人が一斉にアトを見る。するとアトは三人の視線から逃れるようにキーリの後ろに隠れる。アトがフィア達を怖がっているのは誰の眼にも明白だった。
「ギースがそんな怖い眼で見るから怖がってるじゃないか」
「は? フィアがケツ叩きすぎたからだろ?」
「私のせいにするな。シンのゲンコツが強烈過ぎたせいだ」
「とりあえず三人それぞれに心当たりがあるのは分かりましたわ……」
責任の押し付け合いを始めた三人に頭痛を覚えつつアリエスはアトに微笑み掛ける。
「アト、とおっしゃいましたわね。とりあえず私達はお昼を食べるのですけれども、一緒に食べるかしら?」
「……いいのか? オレも食べて」
キーリの影からアトはチラリと覗き見る。アリエスは屈んでアトの頭を撫でると大きく頷いてやった。
「構いませんわ。食事は大勢で食べる方が美味しいですし、あなたの分くらいなら余分に作ってますもの」
「作ったのは主にレイスだろ」
「お金を出してるのはワタクシですわ」
そう言われれば文句は言いようが無い。他のメンバーも特に異論は無く、いつもより遅い昼食をいつもより多いメンバーで取ることとなった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昼食を取った一同は、いつもならばこの後は遊びに出かける予定だった。だが今日は天候も優れず、ポツリポツリと小雨が降り始めたため自由時間に予定を変更した。
イーシュはシンとギースを誘って持ってきていたカードゲームに興じ、ユキはぶらりと何時も通り何処かに消えていった。レイスは屋敷の清掃に精を出し、カレンはアリエスと共に趣味のお菓子作りを楽しむ。シオンはゆったりと読書を楽しんだり、とそれぞれ思い思いに昼下がりの時間を過ごしていた。
アトはといえば、昼飯を食べて気持ちもいい加減落ち着いたのか、村での調子を取り戻していた。アリエスのスカートをめくろうとしてつい本気で殴られたり、レイスの胸を揉んで絶対零度の視線にいたたまれなくなって撤退したり、練習していたカレンの毒料理をつまみ食いして昏倒したりと悪ガキの名に恥じない暴れっぷりだ。
最初のシュンとした様子だけを見ておとなしい子だと思っていたアリエス達だったが、その悪童ぶりに次第に容赦なく叱りつけるようになるのだが、アトは特に懲りた様子もない。
アトが元気を取り戻したのを見てキーリも安心し、自由気ままに放任する。そしてキーリはキーリで昼の自由時間を鍛錬に費やしていた。
「――」
霧雨が振る裏庭で一人、眼を閉じて全身の隅々まで神経を集中させる。全身の魔力制御と動きを一致させる、昔からしている日課の訓練だ。ゆったりと、だが一定の速度でフィアに習った足さばきを繰り返す。途中、集中が途切れたり動きがイメージ通りに行かないとまた最初から同じ動きを繰り返していく。
フィアはそんなキーリに歩法を幾つか指導した後、すぐ傍の軒下で正座して眼を閉じている。瞑想と同時に、これまで行っていなかった魔力の自己制御の練習を始めたのだ。
先の探索試験で自らの魔力制御の拙さを思い知った。それを悔やんだ彼女は、この合宿中に制御力を磨こうと決めていたのだ。その一番良い練習方法として、キーリがシオンに教えている自己制御を取り入れていた。
イメージするは魔力の膜。当然眼には見えないが、そこにある事は感じられる。それを薄く伸ばしていき、手足の先まで覆っていく。だがまだフィアは上手く扱えず、魔力の濃さにムラがあり、それを均一にしようとすると今度は薄くしすぎて膜が千切れてしまった。
「ふぅ……分かってはいたが中々に難しいものだな」
大きく息を吐き出し、もう一度、と意識を集中し始めた時、角の所でキーリの方を見るアトを見つけた。
「そんなところで隠れてないで、コッチに来て見たらどうだ?」
フィアが声を掛けるとアトはビクリと体を震わせた。どうやらばれていないと思っていたらしく、驚いた表情をしてフィアの顔を見遣った。どうしようか、とアトが迷っていると、フィアは脚を崩し、ポンポンと自分の膝の上を叩いてみせた。
「怖がらなくていい。もう怒ってはいないからな。私は怒りは長続きしないんだ」
そう言われ、アトは迷いながらもフィアの膝の上に座った。その様子がイタズラをしている時とは全然違っていて、何とも可愛らしくてついクスリ、と笑いが零れた。
「……何がおかしいんだよ」
「いや、スマン。何でもないさ」
「変な奴」一言フィアにそう言うと、少々慎ましい彼女の胸を枕にしてキーリに視線を移した。「なあ、姉ちゃんたちって何? 旅人か何かか?」
「いや、私達は養成学校の生徒――冒険者の卵だな」
「あ、オレも知ってるぜ! あれだろ? 迷宮ってやつの中に潜って敵を倒していくんだろ?」
「まあ間違ってはいないな」
アトは冒険者という単語に眼を輝かせ、下からフィアの顔を覗き込んだ。冒険者という職業のずいぶんと乱暴なまとめ方に彼女は苦笑を浮かべ、頭を撫でながら少し訂正をしていく。
「敵を倒す、というよりも迷宮の中にある宝やモンスターの素材を持ち帰るのが迷宮に潜る目的だな」
「でも結局は敵を倒すんだろ? そっかぁ、冒険者だったんだ。だから兄ちゃんも強かったんだな」
「まだ冒険者に成りたてだがな。
キーリは私達の中でも一番強い部類になるだろうからな。アトが敵わないのも仕方あるまい」
「うん、すっげー強かった! 荷物持ってるのに全然触れないんだ! 届きそうって思ってもいつの間にか居なくなってるし、やっぱすげーよな」
「まだアトはキチンと訓練を受けていないからな。そんなアトに、キーリと対等に渡り合えられると私達の立つ瀬が無い」
「姉ちゃんよりも兄ちゃんの方が強いのか? 確かに顔は怖いけど」
「そうだな……単純に顔面力と体力で言えばキーリが強いだろう。だが剣と魔法を使えば私の方が強いぞ」
「おっと、そりゃ聞き捨てならねーな。つーか顔面力って何だよ」
声に顔を上げれば、訓練を切り上げたキーリが濡れた髪を掻き上げてこちらを睨んできていた。悪い目つきを更に悪どく細め、フィアは彼に向かって傍らに置いてあったタオルを投げ渡した。
「サンキュ」
「もういいのか?」
「ああ、今日の分の日課はな。雨も少し強くなってきたしな」
霧雨だった外は、いつの間にか本降りに変わってきていた。空は分厚く黒い雲が覆っている。だが少し遠くの空を見てみれば明るくなっているから、しばらくすれば止むだろう。
「じゃ俺は風呂で汗流してくるわ」
「オレも風呂に行く!」タオルで簡単に汗と雨を拭きとったキーリがそう言って脚を向けると、アトがフィアの膝から降りてキーリの服の裾を掴んだ。「へっへ、オレが兄ちゃんの背中を洗ってやるよ!」
「そうか? ならお願いするかな」
ニッと笑ってアトの頭を撫でると、アトはくすぐったそうに眼を細めた。
「確かアリエスが湯を溜めていたはずだから、ゆっくり温まるといい。私はもうしばらくここで自己制御の訓練を続けるよ」
「へいよ。意外と自己制御の訓練も体力使うから程々にな」
プラプラとキーリは手を振り、アトもフィアに向かって大きく手を振る。子供らしいその様子に、フィアは思わず相好を崩し、だがすぐに眼を閉じて自分の鍛錬に集中していった。
金に苦しい田舎貴族といってもシンのユルフォーニ家もやはり貴族である。
別宅自体は貴族としては小さく、また外観も周囲の風景に溶け込むように簡素な作りになっているが、人を迎えることもあるため内装はそれなりである。
浴室もそうであり、広さは人二人が入ればやや手狭感はあるが、魔道具を使用したシャワーや蛇口といったものは当たり前の様に拵えられている。
揃って裸になって浴室に入った途端、アトは初めて目にするそれら魔道具に驚きの歓声を上げた。
「すげぇ、これが『しゃわー』って奴か」
「お湯が出るから眼に入らないよう気をつけろよ」
一言注意を促して蛇口を捻ると温かいお湯が二人の振りかかる。キーリは簡単に汗を流し、アトはゴシゴシと両手で顔を擦った。全身が濡れると石鹸を泡立ててアトの髪を洗い、続いて体を洗ってやる。
「ほら、前は自分で洗え」
石鹸を手渡し、泡の立て方を教えるとアトはキーリの方を向いて一生懸命体を洗い始めた。体中が白い泡で覆われているのが楽しいのか、それとも泡が不思議なのか時々泡をふっと吹いて遊んでいる。それを見ながら「泡って不思議な魅力があるよな―」などと考えていた時。
衝撃を受けた。
「……お前、女だったのか?」
前に、男にあるべきものがなかった。
「は? 何言ってんだ、兄ちゃん? 当たり前だろ。オレが男に見えるのかよ?」
「男の子にしか見えねぇよ」
仕草の粗野っぽさや悪戯小僧っぷりといい口調といい、何処をどう見ても少女ではなく少年でしか無かったのだが、タマが付いていないのであれば少女であることを認めざるを得ない。
思い返してみれば、アトの名前はアトベルザ。女性名ではないか。どうして気づかなかった、と今更ながらに先入観の恐ろしさを思い知った。
もしかしなくてもこの状況は客観的に見て「事案発生」という奴ではなかろうか。せっかく汗を流したというのにキーリの背中を脂汗が流れていく。
「兄ちゃん、かがんでくれよ。オレじゃ兄ちゃんの背中洗えねぇからさ」
「ああ……」
キーリの背中をアトが丁寧に洗っていく。アトに言われるがままに姿勢を変え、手が届きにくい場所を洗い終えるまでキーリの思考は停止していた。
「早く入ろうぜ、兄ちゃん。オレ、こんなにたっぷりの湯に入るの初めてなんだよ」
「……ああ、そうだな」
そしてキーリは考えるのを本格的に止めた。まだ幼いせいか、それとも本人の性格故か、アトには男だ女だといった性差の意識はまだ芽生えていないようだ。キーリも決して幼い子に欲情するような性癖は持っていない。そのはずだ。ならば何の問題があろうか。
ゴミクズの様な邪な考えを振り払って湯船に浸かる。そしてその膝の上にアトが乗る。湯船は余り広くは無いが、二人がゆったりと入るくらいのスペースはある。
ジワリと湯の温もりが雨で冷えた体に染みこんでいく。思わず溜息が漏れ、天井を仰いで眼を閉じて疲れを癒やしていった。
「……兄ちゃん」
そうしていると膝上のアトが声を掛けてきた。「なんだ?」と言いながら視線をアトの方へ落とすと、彼女は水面で手遊びをしていた。
「その……ゴメンな? 痛かっただろ?」
「……ああ、頭の怪我の話か。別に大したことねぇよ。冒険者をやってらアレよりもっと酷い怪我も当たり前だしな。それに昼間も言っただろ? アトが悪いと思って謝ってくれた。ならこれ以上お前を責める気はねぇよ」
「うん……だけどもう一回謝りたくて。さっきは頭の中滅茶苦茶で、ちゃんと気持ちを込められなかったから」
「いい子だな、お前」
濡れた手でアトの金色の髪をワシャワシャと撫でる。心なしか、昼間よりも髪色が鮮やかになっているような気がした。
「ありがとな。気持ちのこもった『ゴメンナサイ』はちゃんと受け取ったぜ。ただな? 悪戯するのは結構だしむしろお前くらいン時はやんちゃで良いと思うけどな、人を傷つけるような事は止めとけよ」
「どういうこと?」
「悪戯した後でも笑って許してもらえる程度にしとけって事だよ」
そのキーリの言葉にアトは首を傾げるも「うん、分かった」と頷いた。
素直なその反応にキーリも笑みが溢れる。恐らくは正確に理解はできていないだろうが、それでいい。いざという時に今の言葉が頭を過ぎってくれれば十分だ。
もう一度優しく頭を撫でアトがくすぐったそうに体を少しよじる。自分も前の世界でそのまま生きていれば三十年を越える時間を生きている。娘がいたらこんな感じなのだろうか、と考えて思わず笑みが溢れ、何とはなく彼女の背中に視線を下ろした。そこでキーリは小さな痣を見つけた。
ジッとそれを見た。それは痣というには少し違った。痣のように浅黒いのだが良く見れば何かの模様の様にも見える。まるで魔法陣。だがそう断言するには難しい。何かの模様に偶々見えてしまう様な痣など、何かに打ち付けてしまった時にできることだってあるのだから。
(まさか……)
だがアトに当てはめてみれば、それが意味を持ってくる。
「なあ、アト。お前、魔法を誰にも教わってないって言ったよな?」
「うん。あ、でも父ちゃんの本は見たことあるかも。何書いてんのかさっぱり分かんなかったけどさ」
年齢を鑑みれば遥かに優れた身体能力。誰に教わったわけでもなく理解でき、更には使用できる魔法。彼女のポテンシャルは常人では計り知れない。
そしてそんな力をただの人にもたらすことができるもの。それは――
(『神威』持ち……)
曰く、五大神に愛されし者。
曰く、神から授けられた才能。
体の何処かに生まれた時から痣を持ち、それを持つ者は並外れた身体能力と魔法の才を示すという。ユキに聞いた話によれば、教会では「聖痕」とも呼ばれているそれを持つ子供を集めているとか。そして幼い頃から戦闘訓練と思想教育を行い、神の名の下に裁きと鉄槌を下す教皇直属の部隊を形成しているという噂だ。かの英雄たちも多くは聖痕持ちで、その部隊出身者だという噂も聞いた事がある。
本物の聖痕をキーリも見たことは無いため、これがそうなのか判別は出来ない。しかし彼女の能力を考えれば――
「――ちゃん、兄ちゃんってば」
アトに呼ばれてキーリは埋没していた思考から浮上した。身動ぎで水面に波紋が広がり、縁に反射して自分に戻ってきている。
「悪い、ちょっと考え事してた。何だ?」
「何だじゃないよっ! せっかくオレが相談しようとしてんのにさ……」
不貞腐れて口を尖らせるアトにキーリは「スマン、スマン」ともう一度謝罪を口にした。
「アトが強かったから少し疲れが出たんだよ。もう一度相談内容を教えてくれ」
「……今回は許したげる。けど、次聞き漏らしたらもう絶交だかんな!」
「ああ、俺が悪かったって。それで、どんな相談だ?」
「えっとな」アトは尖らせていた唇を緩め、代わって視線を水面に落とした。「オレもいつか兄ちゃんみたいに強くなりたいんだ。兄ちゃんも冒険者なんだろ? さっき姉ちゃんが言ってた」
「まあな」
「だからさ、兄ちゃんみたいに強くなるためにさ、オレも冒険者の学校ってとこに入りたいんだ。どうすればいい?」
「そうだなぁ……とりあえずアトに必要なのは勉強だな」
アトの言動を見ている限り、お世辞にも良く勉強をしているとは思えない。言葉遣いも幼いし、精神的にも歳相応か少々幼いくらいだ。もっともそれは前世を基準にしているからであるが、この世界でもやはり良く勉強している子は他の子に比べて精神的に早熟な傾向があるように感じていた。
勉強という単語が出てくると、案の定アトは勉強が嫌いなようで「うげぇ……」と顔をしかめて舌を出した。
「冒険者になるのに勉強なんて必要なのかよ……迷宮に入って剣振り回したり魔法ぶっ放したりするだけだろ?」
「お前な……冒険者ってのも頭使うんだぞ? 探索するにしても何処に罠があるかわからないから場所を調べる方法を勉強したり、魔法を使うのだってキチンと理屈から勉強しないと本来の威力が出なかったりするんだからな? ……まぁ、中にはイーシュみてぇな奴もいるけど」
「勉強したら強くなれる?」
「勉強しないよりは強くなれるかもな」
アトはキーリにそう言われて「むむむむ……」と唸っていたが、決心したのか鼻息荒くキーリを見上げた。
「分かった。勉強する。勉強して強くなる」
「そうか。なら頑張れ。俺らはもうしばらくこの家に居るから、一緒に勉強すればいい」
勝手に決めてしまったが、まあ誰も文句は言わないだろう。何だかんだ言っても気の良い奴らだ。昼間もアトを嫌っている様子は無かったしな、と昼食時の様子を思い出した。
「ただし、この家にいる間は悪戯は無しだ。勉強しに来てるんだからな」
アトがしっかりと頷いたのを確認すると、キーリはアトを抱えて外に出し、自分も湯船から立ち上がった。それから準備してあったタオルを投げ渡して体を拭いていく。
「それから、今のうちから少しずつ金貯めとけ。入学するにも結構な金が必要になるからな」
「お金なら父ちゃんが残してくれたのがあるよ?」
「阿呆。そりゃお前が生活するための金だろうが。そうじゃなくて、村の連中の畑仕事を手伝うなり、森の中の獣を狩るなりなんなりして自分で稼ぐんだよ。
お前くらいのガキに狩りをしろっつったら怒られるだろうが、お前なら何とかなんだろ。ただし、モンスターには絶対に手を出すな? それからヤバイと思ったら魔法でも何でも使えるもんは使って逃げろ。いいな?」
「うん、痛いのは嫌だからそうする」
「よし、いい子だ」
「あと、お前と一緒に風呂入ったっていうのは内緒な?」
「なんで?」
「俺の身の安全のためだ」
そんな話をしながら着替え終え、二人は浴室から出て行った。
――アトが女の子だ知っていたアリエスから、罵声と共に殴り飛ばされたのはそんな話をした直後だが、それもまた一夏の思い出である。
2017/6/4 改稿
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