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12-1 村に住む人々(その1)

 第43話です。

 宜しくお願いします。


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。魔力の制御を磨くことでかろうじて第五級魔法程度は使えるが攻撃としては使えないため、主に人間離れした膂力で戦闘する。

 フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。炎神魔法が得意で剣の腕も学内でトップクラス。欠点は、可愛くて小柄な男の子を見ると鼻から情熱を吹き出すこと。

 レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアは友達だと考えているが、レイス自身は一線を引いている。フィアの鼻から情熱能力を植えつけた疑惑あり。

 シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが頑張り屋さん。

 ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。キーリとの付き合いは長いらしい。変態。

 アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。

 シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。





 中天に登った太陽が容赦なく地上を照りつける。そのまま日光を浴びれば瞬く間に汗ばむほどの熱気だが、その熱を並び立つ木々が葉を広げて受け止めてくれる。

 キーリ達は両端に木々が林立する小道を村に向かって歩いて行く。木漏れ日が荒れた地面とキーリ達一行を微かに照らし、吹き抜ける風が心地よい。フィアはその眩しさに微かに瞼を閉じて右手を挙げて遮り、のどかで落ち着いた空気によって訓練で張り詰めていた神経がゆっくり解けていくのを感じていた。

 知らず微笑んだフィアの隣でキーリがふとした疑問を口にした。


「なぁ、今更だけどシンって貴族なんだよな?」

「ええ、そうですが。どうしました?」


 首を傾げるシンにキーリは「ちょっと不思議に思ってな」と続けた。


「普通貴族ってのはこういった別荘にも執事やらメイドやらが居て、いつ持ち主が来ても良いように管理されてたり、料理とかも作ってくれたりするんじゃねーのかなって思ってさ。ああ、別に愚痴ってるわけじゃねーぜ? 庶民な俺としてはそっちの方が気を遣わなくていいし、貴族としても好ましいと思ってるぜ」


 シンの別宅を初日に訪れた時も、荷物を置く時に簡単な掃除が必要であった。荒れ果てているわけではないが、埃が溜まっていて前回使用してからそのまま放置されているようであったのだ。


「そういえばそうだな。普段のシンを私達は知っているから意外には思わなかったが」

「貴族といってもウチは貧乏な辺境貴族ですからね」シンは苦笑いを浮かべた。「他所の立派なご貴族様とは違って、普段使用しない所のために人を雇う余裕なんてありませんよ。父は一応領主という立場ではありますが、人も少なく迷宮も無い。領地経営で得られる収入なんてたいしたものじゃありません。村で人出が足りなくなったら家族総出で畑仕事に精を出すくらいですからね」

「へぇ、貴族でも色々なんだな」

「それでも俺らみたいなスラムの人間に比べりゃ十分な生活だろ」

「それはそうなんだけどな、ギース。お前が思ってる以上に貴族ってのも大変なんだよ。確かに収入は多いけれど支出も多いし、しかも来客を迎える事もあるからお金が無いからと言ってみすぼらしい家を構える事もできないし、時には着飾る事だって必要なんだ。下手な格好をすると侮られてしまうからね」

「見栄で腹は膨れねぇんだし、ンなもん侮りてぇ奴には侮らせときゃいいじゃねぇか」

「そうもいかないんだよ。領地内で取れるものだけで生活が回っているわけじゃないし、領内で不作だったら他家の作物を融通してもらうことだってある。モンスターが出れば応援を頼まないといけなかったりもするし、そうした時に足元を見られて更に余計な出費や、或いは手を貸して貰えなかったりもするんだ。

 貴族は基本的に自分の得になることしかしてくれないんだよ」

「そう言うテメェも貴族だろうがよ」

「損得で動くとか、商人みたいだな」

「ええ、ですが権力を持っているため時には商人よりも性質(たち)が悪かったりもします」


 過去に何かそういったことがあったのだろうか。フィアの相槌に答えるとシンは一度深い溜息を吐いた。


「まあそういう訳で我が家の経営も結構カツカツでしてね。それでも貴族であれば別宅の一つや二つ持っているのが当たり前。そこで仲の良くて、同じように余裕のないここパルティルの領主と相談して、お互いの領地に簡素な別宅を持つことにしたんです」

「そうだったんか」

「とはいえ、本宅でも維持するためにメイドを最低限の人数しか雇ってませんし、年に一度使うか分からない場所にまでメイドを派遣するわけにいきませんからね。おかげで家訓は『自分でできる事は自分でする』で、今回もこうして皆さんに掃除や料理を手伝って頂いてる次第です」


 お恥ずかしい話ですが、とシンはポリポリと額を掻いた。


「……大変なんだな、お前も」

「まぁそれなりには、ね。どんな生活していても苦労はつきものだから。でも僕は両親を誇りに思ってるし、昔はともかくも今はこの身分を手放そうとは思ってないけどね」


 ポツリ、と呟いたギースにシンは笑ってみせる。

 何気ないシンの一言だが、それはギースの中に深と降り落ちた。フィアは何処か気まずそうに顔をそっと逸らした。キーリは何かを思い出すように遠くを見遣って眼を細め、小さく笑みを浮かべながら顔を伏せる。

 いつの間にか、薄い雲に隠されて木漏れ日は消え去っていた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 背の高い木々の間を抜けると景色は一変した。

 小高い位置にある林から見下ろせば田園風景とも言える光景があった。瑞々しい緑が眼下に広がり、幾つかの塊ごとに点在する家々。狭い道を行商人らしき荷馬車がゆったりと走り、幾人かの子どもたちが畑と畑の間を楽しそうに走り回っている。のどかな村の景色と言えるが、少し離れた山の麓には何かの設備らしき建物も見える。村の中にも宿泊所や商店らしき場所もあり、村と町の中間といった感じだ。


「ここがムエニ村です。パルティル男爵の領地の中でも比較的大きい村でして、ちょうど他領との中間点にあることと比較的共和国とも近いことから、男爵は行く行くはここを交易の南方ルートの中継点として発展させていきたいようです」

「あの山の麓の建物はなんだ? 比較的新しくて村の景色にはあまりマッチし無さそうな建物だが」

「あれは銅の鉱山ですね。小規模ですが最近見つかったもののようで、採掘用の施設を建てたと聞いています。男爵もかなり無理をしたようで、結構な額を商人から借り入れたとか」


 シンの説明を聞きながらフィアはふむ、と感心したように唸った。

 入学前にスフォンに来るまでの間に立ち寄ったような、いわゆる寂れた寒村を想像していたキーリは、思ったよりも町に近い具合に発展していることに少し驚いた。



 林から続くなだらかな坂道を下って村へと降りていく。畑に挟まれた小道を進めば、緑と土が薫り、脇に作られた肥溜めから強烈な香りがプンと臭ってくる。


「こんにちは、おばちゃん」

「ん? ああ、こんにちはユルフォーニ様。今年は来てくれたんだねぇ」

「グリンさん、こんにちは。精が出ますね」

「おや、ユルフォーニ様んとこのシン様じゃねぇか。何もねぇ村だがゆっくり骨休めしてくんな」

「シン様、後ろの方々はご友人ですかい?」

「ええ、スフォンの学校に今年から通ってましてね。ぜひこの村を紹介したくて連れて来ました」

「んじゃアンタら、これを持ってきな。今朝採れたての玉ねぎだ」

「お? おお、ワリィな」


 行き交う人々にシンは声を掛けては村人と一言二言言葉を交わして朗らかに笑い合う。穏やかな気質らしい村の人々は、見慣れないキーリ達を見てもあっさりと受け入れて野菜をくれたりしてくる。十分も歩けば、まだ買い物もしていないというのにキーリとギースが背負った籠の中はそれなりに埋まっていた。


「……なんだか申し訳ねぇな」

「いいんだよ。ここの人達は皆気の良い人ばかりだからね。最近まで他所から来る人も少なかったから、ギースやフィアさんを見ると構いたくなってしまうんだよ」


 僕も初めて来た時はいろんな人に連れ回されたなぁ、と昔を懐かしむようにシンは眼を細めた。

 そうして四人は村の中心方向へと脚を進めた。フィアはキョロキョロとしながら、まるで辺りの景色を目に焼き付けるように熱心に眺めていた。


「こういう所に来たことねーのか?」

「ん、まあな。スフォンに来る前も王都の方で生活してたからな。こういった田舎の風景というのは新鮮なんだ。スフォンへの道中もあまりゆっくりできなかったしな」

「そうなんか」

「そうなんだ」


 フィアは軽く目を閉じて大きく息を吸い込んだ。豊かな自然の薫りが鼻孔を通って肺を満たし、心を落ち着けてくれる。何となくそれがフィアは嬉しかった。


「私の暮らしていた場所は人が多くてな。皆忙しなくて、他人を思いやるといった感情が欠けているようだった。誰かを蹴落としたり、出し抜いたりすることに一生懸命で、困っている人を何とかしようとする人が居ない、まるで空気が濁っている様に思えたんだ」

「王都は貴族が多く集まっていますし、市民も下級官僚が多いと聞きます。そういった場所ではやはり他人よりも自分の事が優先して考えてしまうのでしょうね」

「……だからスフォンに来たのか?」

「スフォンを目的にしていたわけではないのだがな。息苦しい王都から出れればどこでも良かったんだ。レイスと二人でとにかく街を出て、冒険者になろうとは決めていたのだがな。たまたま養成学校の生徒募集の時期がちょうどよかったのがスフォンだったというだけさ。

 もっとも初めは不安だったが良い友人に恵まれて、来てよかったと今は思ってるよ」

「……そういうことをさらっと言うんじゃねぇよ」

「ん? どうかしたか?」

「いんや。べっつにー?」


 良い友人と面と向かって言われたのが気恥ずかしくて、キーリはフィアから顔を背けた。フィアはそんなキーリの態度に首を傾げ、ギースも舌打ちしてわざとらしくそっぽを向く。シンは苦笑するばかりだ。


「コホン……それ、でだ。王都に帰りたいとか思わねぇのか? その、親父さんやお袋さんも心配してんだろうに」

「……どうだろうな」フィアの表情が微かに曇った。「母が生きていれば心配してくれただろうが、父が私を心配してくれている様子が上手く想像できない」

「……ワリィ。変な事聞いちまったな」


 頭を掻くキーリにフィアは頭を振った。


「いや、この話を始めたのは私の方だからな。気にしないでくれ。それに母が亡くなったのはもう十年近くも前だ。もう私の中では過去の事だ。

 父とは結局上手く行っていなかったが、父は父で日々の仕事が忙しかったからな。仲が悪いというよりも良く分かる程に交流が無かったという方が適切かもしれない」

「それでも」


 黙っていたギースがそっぽを向いたまま口を開いた。眉間に皺を寄せ、ただの畑に視線は向いているが本当に彼が見ているのは何処か。


「それでも生きてんなら、たまに会いに行ってやれよ。子供を打ち捨ててくたばるようなろくでなしってわけでもねーんだろ? 死んでからじゃ何もかもが手遅れだからな」

「ギース……」

「家族がどんなもんかは俺は知らねーけど、大切にするもんなんだろ? スラムのガキは俺も含めて家族を憎んでる連中ばかりだったけどよ、やっぱ憧れはあんだよ。金があって仲が良い家族がいたら、どんだけ幸せなんだろうなって」


 ギースの絞りだすような苦しい声を聞きながら、同じように苦い顔をしたままのフィア。その隣でキーリもまた思いを家族に馳せた。

 前世で突然消えた父と母。生きているか死んでしまったかは分からないが、きっともう会えない。ずっとそのことを認めないようにかつては過ごしていたが、ふとした瞬間に自身の壁に覆われていた心の隙間に寂しさが入り込んできて、幾度と無く布団の中で涙した。ルディとエルが死んだ時も事実を受け入れるのにだいぶ時間が掛かった。ユキが居たからこそ立ち直れたが、今もふとした瞬間に苦しくなる事はある。

 会いたい。けれど、会えない。それはひどく苦い感情だ。言いたい事、聞いてもらいたい事、してもらいたい事。胸の内から吐き出せずに溜まった苦いそれらは時間が経てども風化することはなく、逆に想いは募り、しかし感情を覆い隠す殻だけは固くなるために漏れだす機会が少なくなる。心残りがあればあるほど、苦味と辛味はひどくなるのだ。


「他人の事情に口出すのは嫌いなんだけどよ」


 おそらく母の死でそれを十分味わったはずだ。そんな苦味を彼女には更に味わってほしくなど無い。子供達が数人、無邪気に笑いながら擦れ違っていくのを横目で見ながら、キーリは半歩後ろを歩くフィアを振り返らずに言った。


「父親と顔合わせづれ―のかもしれねぇけどさ、やっぱ確執はきちんと解消すべきだぜ。じゃねーと、いつかきっと後悔する」

「……そう、だな」

「今すぐとは言えねーけど、人間なんていつ突然死んじまうか分かんねーんだ。時間が経つと余計に言いづらくなるし、早い内に言いたい事言っちまった方が後で楽になるぜ」


 キーリもギースも親はもう居ない。直接的に言われたわけではないが二人の話からそれは容易に推察でき、それだけに二人の言葉はフィアにとって重い。

 フィアは深く息を吸い、そして空に向かって吐き出した。

 微かに曇った、まるでベールが掛かったような青空。ハッキリと空の色を確認できず、そしてそれはまるで自分自身の胸の内を象徴しているようだ。


(それでも……)


 いつかはこの胸の内の想いと決着をつけねばならない。もう一度吐き出した溜息は重く、だが先程よりも濁りは薄れてくれたように思えた。





 2017/6/4 改稿


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