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11-1 さまーばけーしょん(その1)

 第40話です。

 宜しくお願いします。


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。魔力の制御を磨くことでかろうじて第五級魔法程度は使えるが攻撃としては使えないため、主に人間離れした膂力で戦闘する。

 フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。炎神魔法が得意で剣の腕も学内でトップクラス。欠点は、可愛くて小柄な男の子を見ると鼻から情熱を吹き出すこと。

 レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアは友達だと考えているが、レイス自身は一線を引いている。フィアの鼻から情熱能力を植えつけた疑惑あり。

 シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが頑張り屋さん。

 ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。キーリとの付き合いは長いらしい。変態。

 アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。

 シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。





 一回生にとって冒険者証授与式がある日は、別の意味でも特別な日である。

 それは、一つはこの日を境にして一回生という身分が終わるという事。

 ここスフォン養成学校では半年を一期として最大で一年半、つまり三期に渡って学ぶ事ができる。魔法科や魔法薬科などは卒業後も学校に残って研究を行うことができるが、そのような生徒は一世代でもほんの数人。大多数はそのまま卒業して冒険者として活動を行うか、貴族としての生活に戻る。中には領主軍や国軍に属するものもいる。

 そして、この日が特別な日であるもう一つの理由。

 すなわち――夏休みである。

 レディストリニア王国に、前世の日本のように明確な四季があるわけではない。だがこの入学してから半年が経つ頃になると初夏と呼べるくらいには過しやすい――この国の人にとっては過ごしづらい――季節になる。

 加えてこの季節、国の各地で祭りのような催しが行われる。それに合わせて人々の移動も活発になり、首都などに出向いていた貴族も領地へと戻ったり、また地元を離れていた者も里帰りすることが多い。故に貴族の子弟が多く通うこの学校としてもこの時期に長期休暇を設定しているとの話を以前に旅の道連れとなった行商人にキーリは聞いた事があった。


(早い話が、日本で言うところの盆か)


 日本に居た時も帰省する場所などなく、図書館や学校で過ごしていたことの多かったキーリにしてみれば長期休暇は然程心惹かれる事はない。むしろ授業が無くて残念に思っているくらいである。

 しかしながら他の生徒達はそうではない。ここまでの半年間勉強や体力づくりばかりで、週一日の休暇は部屋で休むか、街に出向いて露店を冷やかす程度しかしていないのだ。遊び盛りとも言える十代の若者がそんな半年を過ごせばストレスも溜まる。そのガス抜きも兼ねているのだろうが、勉強も厳しい訓練もしなくて良いこの二ヶ月に及ぶ長期休暇はまさに天国であった。


「――というわけで、これからの二ヶ月間は思う存分羽を伸ばしてきて、また新たな気持ちで頑張れるようにしましょう。ただ、くれぐれも調子に乗って衛兵などの世話にならないように……ってもう皆聞いてませんね」


 教室でクルエが教壇に立ち、生徒たちに夏休みの心得のようなものを説いているが殆どが耳を傾けていない。流石に大きな声で喋る生徒はいないが、みんな隣近所の生徒たちとこの後の計画を話し合っていて、そこかしこから囁き声がざわめきとなって教室を満たしてしまっていた。

 もっともこれも、大なり小なり毎年の事なのだろう。クルエも苦笑いを浮かべるだけで特に注意するでもなく、オットマーも仁王立ちのまま生徒を眺めているだけである。

 ともあれ、このままにしておくわけにもいかない。パンパンッ、とクルエは柏手を鳴らして生徒たちの注意を引いて声を張り上げた。


「はいはい、それでは話はここまでにしましょう!

 また二ヶ月後、全員が元気な姿でこの教室に集まれるようその点だけ気をつけてください。それでは良い休暇を!」


 クルエの話が終わるや否や、一斉に歓声が上がった。気の早い生徒は教室を飛び出し、他の生徒も楽しそうに笑い合いながら教室を出て行く。

 そんな中でキーリは落ち着いた様子で机上を片付け、ふぅ、と溜息を吐いた。


「フィアは休みはどうすんだ? 他の奴らみたいに地元に帰ったりするのか?」

「私か? いや、まだ何も決めていないが親元に帰る事はないな。もしかしたら近場の街くらいに旅はするかもしれないが。だが結局は自己鍛錬に費やす時間が殆どだろう。

 キーリはどうなんだ?」

「俺も全くのノープラン。特に行きたいとこもねぇし、せっかく駆け出し冒険者として活動できるんだしここの迷宮にでも潜るかな。Fランクエリアしか入れねぇけど。それか、強いモンスターが出そうな森やら山でも突貫して戦ってくるかね?」

「ふむ。そういう過ごし方もあるか。確かに実戦での自らの不甲斐なさを噛み締めたばかりだからな。そういう戦いの中で私の至らない場所を鍛えるのもありだな」

「だな」

「『だな』じゃねぇだろ、お前ら」


 二人して戦闘中毒(バトルジャンキー)のような会話をしていたところ、その会話を黙って聞いていたイーシュが堪らず割って入った。腰に手を当て、心底呆れたと言わんばかりに溜息をついて見せるが当の二人は何かおかしな事を言っただろうかと顔を見合わせた。


「何か変な事言ったか? 追試野郎」

「別に何もおかしなことは言っていないと思うが? あわや落第少年」

「仲良いなお前ら、くそぅっ!」


 一番バッターとして探索試験に挑んだイーシュたちであったが、体力を無視して一目散に最深部に突貫。何とか往路はクリアしたものの、復路で体力の限界に達し、集中を欠いたところで罠を発動させてしまい途中リタイアという結果であった。一応は最深部まで到達したということで筆記試験のみの追試でクリア、という温情采配があったのだがイーシュにとってはそれが鬼門だ。

 授業の内容など数日も経てば頭の中から綺麗さっぱり消去される鳥頭である。そのためにキーリ達総出での臨時講習会が数日に渡って開催され、肉体言語を駆使して覚えさせたことで辛うじて試験をクリアしたという経緯があったのである。


「まあそんな終わった事はどうでもいい! 結局は俺も冒険者になれたんだからな!」

「あ、開き直りやがった」

「うっせー。それよりもお前らだお前ら。せっかくの長期休暇なんだぞ? 俺らはまだ学生なんだぞ? もっと他にやることがあるだろうが」

「そうは言われてもな」


 言われてキーリは考えてみるが、モンスターと戦って実力をつける以外の事を思いつかないしやりたいことも他に思い当たらない。


「別に何もねぇな」

「私も特にはないな」

「かーっ! つっまんねぇ人生生きてんなぁおい! こう、何かあんだろうが! 仲間とどっかに旅に出掛けてみるだとか、彼女見つけるだとか、一夏の甘酸っぱい思い出を作るだとかさぁ!?」


 面白みの無い二人の返答に茶色の髪を掻きむしると、イーシュはずいとキーリとフィアに向かって身を乗り出して迫る。そしてニカッと歯をむき出しにして笑った。


「ってことで、どっか他の街にでも行ってみようぜ?」

「はぁ?」

「そうだ! 南に行ってみようぜ、南! 海ってやつがあるんだろ? 見たことねーんだよ、俺」

「……お前と一緒にか?」

「何か邪な事を考えてはいないだろうな?」


 フィアにジト目で睨みつけられて、イーシュは慌てて手を横に振った。


「別に何も変な事考えてねーって! な? いいだろ? せっかくの休みなのにずっとこの街に居るとかもったいねーって!」

「お前とパーティ組んでた奴らはどうしたんだよ?」

「……あいつら、いつの間にか女作ってやがったんだよ」


 何処かを遠い目で見つめるイーシュ。男の友情は女との愛情の前には無力である。

 フィアは溜息を吐いた。


「そもそもイーシュこそ遊んでいる場合ではないだろう。休みが明ければ新入生が入ってくるのだ。私達が指導する機会などないだろうが、先輩として恥ずかしくないようにこの半年の復習をしておくべきではないのか?」

「ぐ……正論を持ちだしてくんのかよ……

 だ、大丈夫だって! 街に戻ってきたらキチンと勉強もすっからさ! 長い人生、若い内に色々経験するのが大事だってウチのじっちゃんも言ってたんだよ!」

「このおバカと同意見というのが癪ですけれども、イーシュの仰るとおりだと思いますわ」


 どっかで聞いたようなセリフだな、などとどうでもいい感想を抱いていると、帰り支度を終えたアリエスがやってきた。そしてその後ろにはカレンも居る。


「アリエス、カレン」

「確かに今のワタクシ達は立派な冒険者となることが第一目標ではありますけれども、その為に生きるにあらず。いろんな場所に赴いて他では出来ない事を経験する事も大切ですわ。無駄に思えることも何処でどう役に立つかも分かりませんもの。良く遊び良く学ぶ。友との友情を深める事も云わば立派な勉強ですわ」

「……ふむ、それもそうかもしれんな」

「たまにはいい事言うじゃねぇか」

「オーッホッホッホ! もっとワタクシを褒め称えても宜しくてよ!」


 キーリとフィアに褒められ、気を良くしたアリエスが高らかにお嬢様笑いを上げるが、後ろのカレンがクスリと笑って内実を暴露した。


「ふふ、何だかんだ言ってもアリエス様も皆様と楽しい思い出を作りたいんですよ」

「ちょ! 何を言ってるんですの、カレン! そ、そんなつもりはございませんわ!」

「えー、でもこの間言ってたじゃないですかぁ。皆さんと旅行に行けたらどんなにたのむぐっ」

「わーわー! ななななな何を口走ってるじゃない妄言を吐いてるんですの! ちょっと! 貴方たちもそんな生暖かい眼をワタクシに向けないでくださいまし!」


 慌ててカレンの口を塞ぐアリエス。キーリがチラリとカレンの顔を見ると眼が楽しそうに笑っていた。こう見えてカレンも中々に強からしい。


「旅行、か……」


 ぎゃあぎゃあと騒がしくなった周りを他所に、キーリは少し考えこむ。

 前世の時は長期休暇に誰かと遠くへ遊びに行くことも無かったしそんな友人など居なかった。そもそもそうする必要性を感じなかった。何故ならば――常に一人だったから。

 だが、今、自分はどう思っているのだろうか。キーリは顔を上げた。

 顔を真赤にしているアリエスが居る。ここぞとばかりとニヤニヤと笑ってからかうイーシュが居る。慌てるアリエスを見てクスクスと笑うカレンが居る。そしてそんな三人の姿にコロコロと笑うフィアが居る。他にもシオンやレイスが居る。前世では考えられないほどに友人と呼べる人達がいる。父と母は失ったが、この世界では代わりに得たものも同じくらいに多い。この世界に来る前の自分が今の自分を見たら、果たしてどう思うんだろうか。

 きっと――興味ないフリをして心底羨ましがるだろう。それくらい大切に思える連中だから。


「ぃよしっ! ならアリエスとカレンは参加って事で良いな? フィアはどうする?」

「私も参加だ。後でシオンとレイスにも声を掛けてみよう。キーリはどうするんだ?」

「ん? ああ、そうだな……」


 それでもキーリは逡巡した。こうしてワイワイと話し合っているのを見ていると、旅行に行くのも悪くない、と思えた。以前は良さが分からなかったが、こうして気のいい仲間と共に過ごせるのならば楽しめるだろう。それに、アリエスの言い分も理解できる。前世の世界でもよく言われていた話である。新たな発見があるかもしれないし、普段と違った環境に身を置いてみるのも大切だと理解している。

 だが――自らを鍛えるというのも捨て置けない事だ。特に英雄の姿を目の当たりにした今となっては。

 焦るのは禁物だ。焦りは伸びを鈍化させ、周囲にも悪い影響を与えてしまう。故に遮二無二訓練ばかりをするつもりもなく、適度に息抜きもするつもりではあったが、旅行ともなれば日程は隣町に赴くだけでも数日、交通の発達していないこの世界では通常で数週間に渡る。それだけの期間を何の訓練もせずに遊び呆けるというのは心理的抵抗が強い。

 加えて、探索試験の時にシオンから頼まれた訓練。試験の日以来、数日の休日を挟んで稽古をつけているがそれもまだ以前の訓練の延長程度のことしかしていない。そちらの約束を果たすには、この長期休暇はうってつけであった。その時間が短くなるのも避けたい。だからキーリは周囲の流れに反して即答をしなかった。


(何か良い案はねぇもんかねぇ……)


 いつの間にか自分に注目している一同の顔を眺める。どいつもこいつも文武両道を地で行く連中だ。彼らとともに切磋琢磨すれば知識と技術両面で実力を伸ばすことができるだろう。ただしイーシュは除くが。


「ん?」


 と、キーリの頭に妙案が閃いた。


「その顔は何か思いついたな?」

「まあな。なあ、皆。ちょっと俺から提案があるんだけどよ」


 フィアに問いかけにキーリはニヤリと笑った。そして何を思いついたんだコイツは、とばかりに胡散臭そうな表情を浮かべるアリエスやイーシュに向かって口を開いた。


「合宿しねぇか?」






 2017/6/4 改稿


 お読みいただきありがとうございます。

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