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2-1 迷宮都市・スフォンにて(その1)

 第4話です。

 よろしくお願いします。




 レディストリニア王国内 スフォン



 王国の北東部に位置するこの都市は数十年に渡って繁栄を誇ってきた。

 元々は王国第二の都市・ユーグノースの衛星都市として発展を続けていたが、その途中でその速度を上げる。

 その要因は、迷宮。

 迷宮は、内包するモンスターによって多くの危険に晒されるが、反面そのモンスターを討伐した際の素材は多くの富ももたらす。世界の発展は迷宮のもたらす富と共に在り、富の源を有する迷宮都市は、言うなれば宝の山である。そのためユーグノースを始め、王国内ならず隣接する帝国からも数多くの冒険者が富と名声を求めてこの街へと足を踏み入れていった。

 そうして冒険者が集まれば金が動く。彼らが持ち帰るモンスターの素材を求めて方々から商人が集い、冒険者が求めるより良い武具のニーズに応えようと職人が集まる。そうして経済は周り、金が動き、政治が動く。やがてスフォンはユーグノースを凌ぐ王国最大の経済都市へと変貌を遂げていったのだった。


――だがそれも今は昔。


 以前はAランクダンジョンとして名を馳せた迷宮は、今は精々がランクC程度のモンスターが現れるダンジョンでしか無い。歴戦の冒険者として名を馳せた面々は段々とスフォンを後にし、彼らに連れられる様にして商人や職人たちも数を減らしていった。

 そうはいっても迷宮都市・スフォンである。Cランクダンジョンであっても潜った冒険者が持ち帰る素材はそれなりの希少性があり、また彼らを相手にした商売も成立する。

 また、かつて王国一の規模を誇った名残で、スフォンはこの地域の政治的な中枢都市としてあり続けていた。故に未だこの都市に居を構える貴族も多く、彼ら相手の商売も安定して成り立つため、スフォンは地方都市としては有数の規模を誇っており、王国北東部の流通の拠点として歴史的にも経済的にも名を知られていた。

 そんなスフォンであるから、当然街に出入りする人間の数も多い。毎日何百人もの人間が城壁をくぐろうと押し寄せ、入市を認める審査待ちの列が出来るのが日常風景となっている。

 しかしこの日はある一箇所の門において特に長い行列ができていた。


「だーかーらっ! 嘘は言ってねぇって何度も言ってんだろっ!!」


 その行列の要因となっている人物――キーリはダンッと目の前の机を叩きながら怒鳴り声を上げた。

 十六歳になったキーリの背は大きくなり、今は一八〇センチに届こうかというくらいにまで成長していた。長い銀色の髪は邪魔にならないよう後ろで縛っていて、前髪の奥からは女性かと見紛うくらいに整った容姿が覗いている。ただし、目つきだけは非常に悪く、常に不機嫌そうで、ともすれば凶悪犯罪者と勘違いされそうな風貌だ。


「だーかーらーよぉ、さっさと本当の事を吐いちまえって言ってんだ」


 入市審査でもうかれこれ一時間近く拘束されている。苛立ちを露わに眦を逆立てているキーリに対して、しかし机を挟んで対面している男は動じた様子もない。こういった手合には慣れているのだろう。手にした紙をヒラヒラと振ってキーリに見せつけると、気怠そうに頬杖を突いて読み上げていく。


「名前、キーリ・アルカナ。年齢、十六歳。種族、鬼人族。出身、魔の森。性別、男。嘘ばっか書きやがって。コッチだって暇じゃねぇんだからさぁ。窓の外見てみろよ? テメェのせいでホラ、あんなに行列が長くなっちまってるじゃねぇか。俺の労働時間が長くなっちまったらお前どうしてくれんだよ?」

「何処が嘘だって言うんだよ。誓って俺は本当の事しか書いてねぇっつうの。つーか、アンタの労働時間なんざ俺の知ったこっちゃねぇっての」

「はぁ……いいか、もう一回だけ説明してやる。耳かっぽじってよーく聞けよ?」


 審査官の若い男は溜息を吐きながらキーリを指差した。


「まず種族。俺はこう見えても博識でな、世界中の色んな種族を知ってるが鬼人族なんて種族は聞いた事がねぇんだよ」

「アンタが聞いたこと無くても現にいるんだよ。褐色の肌で皆ムキムキの肉体でよ、額にはこう、立派な角が天に向かって伸びててさ」

「オメェのどこに角が生えてるっつーんだよ」

「……俺は拾い子でな、拾ってくれた両親が鬼人族だったんだよ。だから俺は生物学的にゃ鬼人族じゃねぇ。けど俺は両親を誇りに思ってる。俺の心はいつ、どんな時だって鬼人族なんだよ」

「そうかよ。まあいいや、んで出身だが……何だよ、魔の森って。あんなトコに人が住めるわけねぇだろうが。嘘書くならもちっとマシな嘘を書きやがれってんだ」

「だからっ、本当にそこに鬼人族が住んでたんだって! 信じてくれよ!」

「はいはい、最後に性別だが……」審査官は立ち上がったキーリの姿を頭から爪先まで眺め、その後に窓際に立っている金髪の女性をチラリと見て、「最初は乳クセェガキの女二人で、と思ってたんだが、まあテメェが男だっていうのは信じてやってもいいぜ」


 最後にキーリの胸の辺りで視線を止めてそう言った。


「……そうかよ。そりゃありがてぇな。んじゃさっさとこっから出してくれよ。アンタだって忙しいって言ってただろ?」

「オメェがさっさと本当の事を吐いたらとっとと出してやるよ。それまで下の拘置所で寂しい飯でも食ってな」

「マジかよ……」

「まあ、そうだな……どうしてもっていうんなら認めてやってもいいんだが……」


 落胆するキーリに対し、審査官の男は頬杖を辞めると机の下でキーリに見えるようにして指先でそっと輪っかを作った。嫌らしく笑みを浮かべながら指先を擦り合わせる。何を要求しているか明白だ。


「幾らだよ……」

「おいおい、俺は別に何も言ってねーぜ? だがそうだな、最近俺も懐が寂しくてな。偶には花街で遊びてぇもんだ」


 そう言って男は掌を広げてみせた。


「はあ!? ふざけんな! ンな金払えるかよ!」

「んじゃこの話はナシだ。諦めて石畳の床で寝るんだな」


 話は終わりだ、と男が立ちあがってキーリの腕をつかもうとした。

 その時――


「ねぇ、ちょっと良いかしらぁ?」


 二人のやり取りを黙ってみていた窓際の女が初めて声を発した。


「んあ? なん……」


 面倒くさそうに審査官が振り返り、だが返事が途中で途切れる。

 長袖の白いシャツに包まれた細い腕が男の腕に絡みつく。ボタンがはち切れそうな程に豊満な胸が押し付けられ、プリーツスカートの裾から覗く真っ白な太ももが男の膝に乗せられて椅子へと座り直される。


「へ、へへ……なんだよ? 俺はお前みてぇなガキが色仕掛けしようったって……」

「勘違いしちゃ困るわぁ」


 女は肩まで伸びたブロンズの髪を、少し首を傾けて掻き上げると体勢を変えて男に向き合う形でまたがった。そして口を耳元に近づけると色っぽい声で囁きかける。


「私って背が低くて童顔だからぁよく間違えられるんだけど……実はきっと貴方よりも年上だと思うの」

「ななな、何を言ってやがる。どっからどう見たって……」


 抵抗を口にする男だが、鼻の下を伸ばして顔を赤らめていてすでに説得力は無い。

 追い打ちを掛ける様に女は細い指先を男の頬から胸元に掛けて滑らせる。下から顔を見上げ、眼を細めてぷっくりした唇を舌先でそっと湿らせると、フッと男の耳元に向かって息を吐きかける。その仕草は成熟した女性そのものだ。乳臭い子供にできるようなものではない。彼女の言葉が実は本当なのでは、と男は生唾を飲み込んだ。


「ねぇ、もし私が貴方と同じか、ちょっと年下だとしたら……きっともっと仲良くなれると思うの」

「そ、そうか?」

「そうに決まってる。だって……私、仕事熱心で真面目な年下の男の子は大好きだもの……」


 でも、と女は審査官から体を離した。つい男は残念そうに女を見上げた。


「このまま街の宿で体を休められないと、私も疲れちゃって夜に貴方と会えなくなっちゃうわぁ……」

「そそそそうやって俺を騙してににに逃げるつもりなんだろ? おおお俺はだだだ騙されねえからな!」


 言っている内容とは裏腹にキーリが見ていて可哀想になるくらい男は動揺している。視線は常に女の胸元や唇、顕になっている脚に注がれていて、職務と煩悩の狭間でこの上なく激しく揺れていた。

 女はそんな男の様子を見て取ると、悲しそうに表情を歪めて再び胸を強く押し付けた。


「嘘じゃないわぁ。ねぇ、貴方の仕事終わりは何時かしら?」

「む、六つ鐘(≒午後六時頃)が鳴ったらききき今日は終いだが?」

「そう……ならその頃に迎えに来るわ。だからお名前をお聞きしても宜しいかしらぁ……?」

「じ、ジェナスだ」

「ジェナス……いい名前ね」


 女がジェナスから離れ、温もりがなくなる。ジェナスの表情が露骨に物悲しそうなものに変わり、しかしそれに気づいた女が再び屈んで耳元に口を近づけた。


「私はユキ……大丈夫、ここで待ってれば必ず迎えに行くわ。だから、お・ね・が・い」


 そう言って女――ユキはジェナスの頬に口付けた。

 ジェナスは堕ちた。




 十分後、キーリとユキは街の中に居た。

 ユキは楽しそうに鼻歌を歌いながら活気溢れる街並みを眺め、対象的にキーリは何処か疲れた様に背を丸めて歩いていた。肩に担いだ荷物袋が酷く重く感じる。

 そんなキーリの様子に気づいたユキは不服そうに口をとがらせる。


「何よー。そんな景気悪そうな顔しちゃってー。解放されたんだからいいじゃない」

「いや、なんつーかなぁ……騙されたジェナスのおっさんが可哀想で……」

「人聞きの悪い事言わないでよね。別に騙してなんかないわよ。ちゃんと夕方になったらジェナスと遊びに行くつもりだし」

「いや、そういうことを言ってるわけじゃねーから」


 キーリの頭に過るのは、ここに来るまでに滞在した村々での苦い思い出だ。

 路銀を稼ぐために幾つかの村に数日間滞在して、付近のモンスターを狩ったり素材の剥ぎ取りをしていたのだが、せっせとキーリが仕事に励んでいる間ユキは何をしていたかというと――


「おっさん……何人目の兄弟になるんだろうな」


 ――村人を食っていた。無論、性的な意味で。それこそ老若男女、文字通り若い男から既に枯れているであろう老人、挙句は女性まで事に及んでいた。いずれも全員合わせても二十人程度の小さな村だったが、一週間にも満たない間に幼い子を除いてほぼ全員が彼女の毒牙にかかっていた。


「だってただの生殖行為があんなに気持ちいいものだなんて思ってもみなかったもの。あ、でもやっぱり若くて鍛えてる男の方が良かったわ。長く楽しめるし。でも女同士っていうのも案外悪くないのよねぇ……」


 ユキの体格は一五〇センチにも満たず、また顔立ちのせいで幼く見えるのだが、考えている事はとんでもなくただれていた。行為の時を思い出しているのか、うっとりとした表情でクネクネとくねらせているが、その様子はとても見た目からは想像できない程に妖艶な色気を醸している。熟練の一流娼婦でも裸足で逃げ出しかねない艶っぽさに当てられ、すれ違う男が皆、彼女に釘付けになっている。


「頼むから村の時みたいな騒動は起こさないでくれよ……」

「だいじょーぶだいじょーぶ! 後腐れないワンナイトラブにするための方法もばっちし習得してるから!」


 色気を引っ込めてVサインをしてユキはカラカラと笑う。その仕草は見た目相応だ。が、キーリとしては本当だろうな、と疑わざるを得ない。

 先ほどの村の時も似たような事を言っていたが、いざ村を出ようとなった時に全員から止められていたのだ。みな村に永住してくれだの、結婚してくれだの好き勝手に主張し、やがて全員が彼女の毒牙に掛かっていると気づいてからは村中で本気の乱闘が始まってしまった。

 全員が素手であったし、最後にはユキが全員を気絶させて事を治めたので致命的にはなっていないはず。村人も一度寝てしまえば流石に冷静になるだろうが、キーリとしては村の未来に不安しか覚えず、そんな人物を野に放ってしまったことで酷い罪悪感を未だに引きずっている。

 ジェナスも冷静になって考えれば、ユキが別に本気で好きになったとは思わないだろう。精々が一晩の関係だ。彼女の性癖に口を出す気も無いが、ぜひキーリへ火の粉が降りかからないようにして欲しいと願うばかりである。


「しっかし……こうやって見るとほんっとーに人間って増えたのね」


 ユキの感心した声にキーリは顔を上げて左右を見回した。門から続く大通りの両脇には所狭しと飲食店や衣服店などが並び、どの店からも人が溢れて景気の良い声が聞こえてくる。さすがは王国でも有数の迷宮都市だ、とキーリも感心を禁じ得ない。

 とはいえ、キーリも元は日本人である。この程度の人混みは慣れているし、これだけの人の数にかつての記憶が刺激されて、抱くのはどちらかと言えば感傷に近いものがあった。


「そういやここまで大きい街に来たのは初めてだな」

「噂には聞いてたんだけどねー……少なくとも数年は楽しめそうね」

「おいバカやめろ」


 聞き捨てならない不穏な発言。まさか、と最悪の想像がキーリの頭を過るがそれを実現してしまいそうで怖いのがこの女の怖いところだ。


「……止めよう、コレ以上考えるのは」


 多大なる疲労感を覚え、キーリは思考を放棄した。ユキの餌食になる相手もいい大人である。責任は自分で取ってもらおう。


「いい匂いね。あれもこれも皆美味しそう。ねぇねぇ、そろそろご飯を食べようよ」


 キーリが頭を振って気持ちを切り替えたところで、ユキが鼻をヒクヒクとさせながら提案してくる。

 ユキの言うように目抜き通りにはそこかしこに食欲をそそる香りが立ち込め、胃袋を刺激してくる。思えば今日も朝、出発する前に携帯食を口にしただけで、ここしばらくはずっと野宿しながらの旅であったため満足できるほど腹を満たしてはいなかった。


「そうだな、先に腹ごしらえでもすっか」

「だけどどうしよっか? どのお店もみーんないっぱい人が並んでしばらくは入れそうにないよ?」


 時間がちょうど昼下がりだということもあって、確かに大通りに立ち並ぶ店は人で溢れかえっている。今から並んだとしてもとてもすぐに食事にありつけそうにもない。かと言ってこの匂いを夕方までかがされ続けるのも業腹である。


「ま、ちょっち奥まった店に行けば空いてる店もあんだろ」


 そう言って二人は大通りから角を折れてやや人通りの少ない道を歩いて行く。

 目に見えて歩く人の数は減り、だが迷宮を目当てに来たであろう防具を携えた人族や獣人族、或いは住人であろう人たちがそれなりの人数歩いている。近くには、先ほどのしっかりした作りとは違う、木造の古びた家屋だったり今にも崩れそうな荒屋が多く並んでいた。


「何だかさっきまでと雰囲気が違うね」


 活気の良い大通りとは違って通り全体が暗い。それでも歩く人全体がそういった雰囲気を醸しているわけでも無く、楽しそうに過ごしている人も居るのだが雰囲気が違うのは間違いなかった。


「まあこんだけでかい街だからな。そんな場所だってあんだろ」

「ふーん、そんなモンなんだ?」

「神さまの世界だって闇神とは反対に光神が居るだろ? 人の街だってそんなモンだって。光ある所にもまた闇あり、ってな。

 お? どうやらあそこは食堂みたいだぞ。入ってみるか」


 キーリがちょうど定食屋らしき看板を見つけた。看板は薄汚れていて華やかな様子は無いが、店内を覗けば席の過半数は埋まっておりそこそこに繁盛はしているようだった。


「いらっしゃいっ! 二名様だね!? 何にするかい!?」

「んじゃあ二人共おばちゃんのオススメでよろしく! 街に来たばっかでよく分かんないからさ。両方共大盛りで!」

「あいよっ! んじゃ日替わり二つでいいね!? お代は二人で二〇〇ジルだから食べ終わったら声かけておくれ!

 アンタ! 日替わり二名分追加っ!」


 空いていた席に適当に座るとすぐに横幅の大きな年配の女性がやってきて注文を取っていく。元気で歯切れよい声に、店内の賑やかさもあってついキーリも声を張り上げて注文するとやはり元気な声が返ってくる。その声に応えるように奥の厨房からも威勢の良い声が響いた。

 こりゃ当たりだったかな、と背もたれにもたれかかりながらキーリは店内の様子を何となく見回した。

 忙しくて清掃が行き届いていないのか、床には食べこぼしの跡が残っているもののテーブルはキレイに拭きあげられていて、こういった店舗にありがちなベタつきとかも無い。客層も、あまり着飾っているような人間は居ないが若い冒険者や職人の徒弟と思われる人間が多く、前途が希望に満ちているように明るい表情の者が多かった。

 女将の闊達さも気持ちが良く、懐が許せば毎日でも通いたいと思わせてくれる雰囲気だ。


「あいよ! 日替わりメニュー二名様お待ちっ!」


 そうやってぼんやりと眺めて待っていると程なく女将さんが両手いっぱいに皿を乗せて料理を置いていく。料理自体は肉と野菜を一緒くたに炒めたようなものと骨付きの肉、それとパンとスープのシンプルなものだったが量は多い。冒険者や職人といった肉体労働者向けなのだろう。白い湯気と調味料の香りが空っぽの胃袋を激しく刺激してくる。食欲の赴くままに二人揃って料理を口に掻き込んだ。

 のだが……


「……なんだろうな」

「思ったほど美味しくはないわね……」


 二人揃って微妙な表情を浮かべた。

 食えない程まずくはない。だが決して美味しいといえる程でも無い。見た目がやたらと美味そうに見えて期待値が高まっていたために完全に期待ハズレといった感じだ。パンを食べてみるがこちらも固く、スープも何か足りない味である。ハッキリ言えば――


「こないだの村の飯の方が美味くて安かったな」


 というキーリの感想に尽きた。村で自給している食材ではあったが、その時と比べて倍近い値段を出してこの味であるのは酷く残念な気分になる。とはいえすでに注文して出されてしまったものだ。食べずに残すというのは心情的にも胃袋的にも厳しいものがあり、(ユキは残そうとしたが)キーリは生来の貧乏性もあって何とか胃の中に詰め込んでいく。

 そうして何とか三分の二程を食べ終えた頃、二人の横に新たな客がやってきた。


「お食事中に失礼……こちらの席は空いているだろうか?」

「たぶん空いてるんじゃないかな?」

「ん? ああ、たぶん大丈夫だぜ。俺らが来た時からそこにゃ誰も座ってなかったからな」

「そうか。感謝する」


 やってきたのは二人の女性だった。

 一人は何処かの貴族の屋敷に勤めているのかメイド服を着ていてた。ここらでは珍しい黒髪を短いショートヘアにしており、眼鏡を掛けたその表情は無しに等しい。座る前にこちらを一瞥して「失礼します」と正面の女性とキーリたちに向かって丁寧に頭を下げてきたが、感情の見えない眼差しは冷たく感じる。

 キーリたちに声を掛けてきたもう一人の女性はその髪色が特徴的だ。燃えるような真っ赤な髪を邪魔にならないようにポニーテールにして、やや吊り上がり気味の眦は勝ち気な印象を与えてくる。

 軽金属の胸当てをしていたり腕や脚にも金属製の防具をつけていたり、また腰には剣を携えていたりと冒険者の様だが、何気ない立ち振舞いの中には何処か気品のようなものをキーリは感じた。


(何処かの没落貴族の元お嬢様か、大商会のお転婆娘ってところか……?)


 飯を食いながらキーリは観察するが、どちらかと言えば後者の方が近いだろうか。赤髪の女性がメイドの女性を制して注文を取ったり、一方的に話しかけたりと積極的だ。元貴族なら自分で動こうとはしないだろうし、しかしそうなるとメイド女性との関係が良く理解らなくなるが。

 そんな思考で現実逃避しながらも何とか出された料理を根性ともったいない精神で食べきる。が、さして美味くもないものを胃に詰め込んだダメージは大きくグロッキー状態でテーブルの上に突っ伏した。



2017/4/16 改稿


お読みいただきありがとうございます。

よろしければご感想、ポイント評価を頂けると嬉しいです。



ちなみに長男はキーリ。


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