10-2 探索試験を終えて(その2)
第39話です。
宜しくお願いします。
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。体を巡る魔力は有り余っている反面、各要素魔法との相性が壊滅的に悪い。魔力の制御を磨くことでかろうじて第五級魔法程度は使えるが攻撃としては使えないため、主に人間離れした膂力で戦闘する。
フィア:赤髪の少女でキーリ達のパーティのリーダー格。炎神魔法が得意で剣の腕も学内でトップクラス。欠点は、可愛くて小柄な男の子を見ると鼻から情熱を吹き出すこと。
レイス:フィアに付き従うメイドさん。フィアは友達だと考えているが、レイス自身は一線を引いている。フィアの鼻から情熱能力を植えつけた疑惑あり。
シオン:魔法科の生徒で、キーリ達のパーティメンバー。攻撃魔法と運動が苦手だが頑張り屋さん。
ユキ:キーリと共にスフォンへやってきた少女。キーリとの付き合いは長いらしい。変態。
アリエス、カレン、イーシュ:キーリとフィアのクラスメート。いずれも中々の個性派揃い。
シン、ギース:探索試験でのアリエスのパーティメンバー。二人はマブダチ。
授与式が終わり生徒たちは銘々に講堂から教室棟へと帰っていく。式典の興奮そのままに友人とこれからの未来を語り合う者、何度も自分のカードを見てニヤつく者と様々だ。
「これで私達も正式にスタートラインに立ったわけだな」
彼らの雰囲気に当てられてか、キーリの隣を歩くフィアが幾分高揚した口調でそう話しかける。キーリはと言うと、すでにカードを仕舞い落ち着いた様子だ。だがその表情には小さな笑みが浮かび、喜んでいるのが分かる。
「そうだな。と言っても本当にスタートラインだけどな。迷宮に潜ろうにもFランクの階層までしか潜れねーからあんまり意味はねーし」
「確かにな。だが急いては事を仕損じるという格言もある。焦らず地道に実力を付けていくべきなのだろう」グッとフィアは拳を握りしめた。「先日の探索試験でもまだまだ実力不足だと痛感したよ。個人としての実力もそうだが、適切な判断力という意味でも学ぶべきことは多い」
「こないだみてぇな事がそうそう遭ってたまるかよ」
随分と高いハードルを掲げたものだと、キーリは呆れとも感心とも付かない溜息を漏らした。
迷宮から脱出した翌日、出向く前にキーリ達はシェニアから呼び出しを受けた。当日は疲労のためキーリ達は帰宅したが、残ったアリエス達が簡単に事情を説明してくれていたらしく、キーリ達はアリエス達が知らなかったより詳細な状況を説明した。
その場に居たシェニアやオットマー、クルエは終始渋い顔をして聞いていて、およそ一時間に及ぶ聴取の後に帰された。そしてそれから一週間ほど経った先日、再度キーリとフィアの二人だけが呼び出された。内容は現在の状況の説明だ。
ゲリーが他貴族の子弟に行った精神操作はやはり貴族たちの間で大きな問題となっているらしかった。あれだけの大人数に行った禁忌を隠し通せるわけもなく、エルゲン伯爵宅に問い合わせが殺到しているとの事。シェニアも近々王都を訪れて直接面会し、事情説明とゲリーに対する処分を通達すると伝えてくれた。
「流石に何も処分しないという訳にはいかないわよねぇ……」
疲れた表情でシェニアはそう溜息混じりに漏らした。
ゲリー自身にも何かしらの精神操作が行われた痕跡がある旨はシェニアに伝えていたが、それだってユキがそう言っているだけで客観的に証拠があるわけではない。
何者かに連れ去られたゲリーだが、スフォンの邸宅に居る事は確認されている。したがって連れ去ったのはエルゲン伯爵家の関係者であり、事件に関わっているのは確かとされた。
ゲリーも生徒であり、また被害者である可能性がある。その上禁忌が行われた以上はギルドとしても調査をする必要があるため、何度か職員が邸宅を訪問しているのだが不在であるだとか具合が悪いだの何かに理由がつけられて全て門前払いとなっていた。
事情も把握せず一方的に処分を下すのはシェニアとしても気が進まなかったが、元々の素行も問題となっていたこともあり、ゲリーは現在は仮処分として無期限の停学処分となっている。もちろんFランク冒険者として認められるはずもなく、授与式にも参加していない。
二人がシェニアから聞かされたのはそこまでで、今ゲリーがどうしているのか、この後どうなるのかの最終的な処分については知らない。フィアはどうだかは知らないが、キーリは知りたいとも思わなかった。ただ、決して明るくないだろう彼の未来を思うとキーリの中に暗い影を落とした。
結局は、ただ終わっただけだ。あの試験が終わった事で一つの区切りとなったのだ。自分以外の何者かに翻弄されたままに。
それを思うと、キーリの中でやるせなさが残った。
だが――
「どうした、キーリ? 人の顔を見て溜息を吐いたかと思えば急に黙りこんで」
「ん、ああ、ちょっとこないだの試験の顛末を思い出して、な」
区切りと位置づけるには気になり過ぎる事があった。
「……ゲリーの事か。確かに結局のところ何一つとしてハッキリしていないからな。気になるのも仕方ないか。
何処でゲリーがあの外法を知ったのか、それを手引したのは何者か、そしてゲリーを操作したのも何者なのか。いずれ明らかになって、然るべき人物に然るべき処罰が下ってほしいものだが、先日の校長の話を聞く限り当分は難しそうだな」
「ああ。そうだな。それも気になるんだが……」
「ゲリーを連れ去ったという謎の少年、の事か?」
フィアの確認にキーリは頷いた。キーリから視線を外し、フィアは「ふむ」と顎に手を遣った。
「キーリに気づかれずに接近し、本気の攻撃を簡単に受け流してゲリーを連れ去ったのだったな? しかも、途中で追いぬかれたはずのレイスやアリエス達の誰にも気づかれずに」
「ああ。その気になれば俺らを簡単に皆殺しにして口封じも出来たはずだ。そうしなかったのは単にそのつもりが無かったからだろうな」
「私は直接見ていないからだろうが……俄には信じがたいな。もちろんお前を疑ってる訳ではないのだが……」
「たぶん相対したとしても分かんねぇよ。勘に過ぎねぇけど、アイツは殺意もなく人を殺せる。オットマーみてぇに見た目からして威圧感バリバリなら警戒もするだろうが、パッと見がガキだからな。ホントにアイツがゲリーを連れ去ることしか興味なくて助かったぜ」
そこまでか、とフィアは呟いた。
強い者と戦うのは自分のレベルを上げる意味では大歓迎なのだが、話を聞く限りではそういった類の相手でも無さそうだ。ゲリーを連れ去ったという事は彼の関係者なのだろうが、だとすれば今後も対峙する可能性があるのだろうか。キーリをして「化物」と称する相手を前にして、何か打てる手はあるだろうか。
フィアの思考が圧倒的強者からの逃走方法へと流れ始めるが、実際に対峙していないため相手の強さがフィアは想像できない。難しい顔をして唸り始めるが、キーリが「まあ」と声を出して思考に割り込んだ。
「この事件は終わったんだしな。ゲリーは無期の停学だし、このまんま退学するかもな。そうなると別に俺らと関わることも無くなるだろ。こっちから向こうに絡んでく気もねーしな」
「そうであることを願うな。正直、そんな相手と向き合って無事で入れるビジョンが浮かばない。
しかし、私達と同じくらいの年齢でそこまで強い者が居るとはな。これでもかなりストイックに自らを鍛えてきて、同年代の中では強いつもりだったが、井の中の蛙だったということか」
「あくまで見た目だかんな? 長耳族だったら老化も遅いだろうし、何だったか……小人族だったか? それだと成人しても俺らでいう子供みたいな外見だし、実年齢は分から――」
教室に戻る生徒たちでごった返した中で前を見ていなかったからか、キーリの肩が前方からやってきた生徒とぶつかった。キーリに比べて小柄な相手の体がよろけ、キーリはしまった、と謝ろうとした。
「おっと、ワリぃ――」
「す、すみません」
だがそれよりも先に相手が謝罪してきた。機先を制されて謝るタイミングを失ったキーリだったが、更に相手が「あっ」と声を上げた。
「な、なんだ、お前か。ふん、謝って損したよ」
ぶつかった相手はティスラだった。ゲリーの取り巻きの一人であり、一緒にキーリに絡んでは返り討ちにあっている影の薄い生徒である。もう一人の取り巻きとは違って偉ぶるのに慣れていない様子だったのが印象的といえば印象的だが、三人の中では最も目立たない存在だった。
ティスラは、相手がキーリだと認めると途端に強気な素振りを見せてきた。直前までの腰の低さやオドオドした様子をひた隠しにして、しかし声は吃って無理をしている感が否めない。
そんなティスラにキーリもフィアも何処か呆れる。だがゲリーやもう一人の短髪の少年が居ない、いつもとは違った日常の中でいつも通りな仕草をするティスラに妙な安心感を覚えた。
「ああ、お前が謝る必要はねぇよ。俺が余所見してたんだからな。
悪かったな」
「ふ、ふん! 分かればいいんだ!」
口調だけ聞いていればまるでゲリーがそこに居るようである。まるで子が親の真似をしているように思えてくる。フィアも同じ感想を抱いたのか、クスリと押し殺した笑い声が漏れ聞こえた。
「な、何がおかしいんだ!」
「いや、申し訳ない。少々思い出し笑いをしただけだ」
「そういやお前はこないだの探索試験を欠席したんだったな。こう言っちゃなんだが良かったな、と言うべきなのかねぇ」
「……別に。ゲリー様が僕を不要と判断したから行かなかっただけだ。良いも悪いもない」
ティスラは口をへの字に曲げて、感情を押し殺したようにそう漏らした。だがその顔を見る限り、ゲリーによって生徒たちが操られていたという事実を知った上でもゲリーと共に居たかった、と思っているようだ。
キーリからしてみればゲリーの良さがよく分からないのだが、人というのは二面性を少なからず持つものだ。キーリ達に対してはふてぶてしく馬鹿にしてくるゲリーだが、もしかするとティスラに対してはそうでもないのかもしれない。もしくは何か恩を感じているのか。はたまた、キーリは今のゲリーしか知らないが、昔のゲリーは今よりもずっと良い人間だったのかもしれない。
ともあれ、ティスラはゲリーというのは尊敬や心からの忠誠に近い感情を抱いているらしい。そんな相手を前にしてアレコレ言うのはキーリの信条からしても憚られる。かといって、キーリ自身も事ある度に侮蔑されているので謝る気も起きないのだが。
返答に困り、キーリは頭を掻いた。
「そうかよ。変な事聞いたな。んじゃもしゲリーと会うことがあったら体に気をつけろって言っといてくれ。ああ、俺がそう言ったっていうとまたアイツの妙なプライド傷つけんだろうから、全然別の生徒が言ってたって事で一つ宜しく」
「……確かにお前からだと伝えたらお怒りになるだろうな。だけど気遣いは受け取りました……じゃない、受け取った。へ、平民にしては気が利くじゃないか。ほ、褒めてやる」
「へいへい、お褒めの言葉に感謝致しますよ」
苦笑いを浮かべながらキーリは「それじゃな」と手を挙げてその場を辞そうと止めていた脚を動かした。フィアも優しい眼差しをティスラに送りながら「それでは」と隣を擦れ違っていった。
そうしてティスラとキーリが交差して背中合わせになる。その時、唐突にキーリの中に閃くものがあった。
「ティスラ、お前……本当にあの日、迷宮に潜ってないよな?」
まさかと思いながらの確認だった。何となく、本当に何となくだが一瞬だけ頭の中でティスラの声とゲリーを連れ去った少年の声が重なったのだ。
態度も声色もまるで違う。体格こそ似たところがあるが、歩き方だって素人丸出しだ。平時でも武術の心得のある人の歩法は顕れるものであるし、ティスラの仕草はとても戦い慣れた人間のそれではない。だから本当にキーリは念のための確認だった。
そして案の定ティスラは怪訝そうに眉を歪めて否定を口にした。
「うん、僕は潜ってない」
「そっか。いや、うん。ワリィ。変なこと聞いたな」
ポリポリと頭を掻き、「じゃあな」ともう一度手を挙げて別れを告げた。
前を向いてティスラが視界から外れた。
「そういえばさぁ、やっと思い出したんだ――」
直後に踊るような楽し気な声がキーリの耳を穿った。床に落ちていたキーリの眼差しが大きく見開かれた。
「――全滅させたつもりだったけど、あの村に生き残りが居たとは思わなかったよ。あんなに小さかったのに、おっきくなってたから気づかなかったよ」
「――っっ!!」
振り向く。ティスラの姿は無い。
キーリは今しがたやってきた廊下を、生徒たちを掻き分けながら走った。押しのけられた生徒が驚いた表情を浮かべるがそんな事は知ったことではない。奴は、ティスラは何処に行った。それだけがキーリの心を占めた。
だがティスラの姿は何処にも居なかった。ガヤガヤという喧騒の中に完全に紛れてしまったのか、それともあの一瞬の間で建物から脱出してしまったのか。どちらにしろ、既にキーリは完全にティスラを見失った。
得も言われぬ喪失感がキーリの奥を埋め尽くす。ずっとすぐ傍に居たというのに逃がしてしまった。探し求めていた「英雄」の一人がそこに居たというのに、気づけなかった。余りにも愚か。知らず握りこんでいた拳が震え、噛み締めた奥歯が悲鳴を上げた。
「どうしたんだ、キーリ。急に走りだして」
追いかけてきたフィアが呆れた声を出した。ティスラの声はフィアには届かなかったらしい。それどころかティスラが何処にも居なくなった事にすら気付けていないようだ。それが「英雄」の実力の一端を如実に表していた。
キーリは震えた。
「……キーリ?」
返事がない事を怪訝に思ったフィアが回りこんでキーリの顔を覗き込んだ。そしてますますその訝しげな視線を強くした。
キーリは笑っていた。端正な顔立ちに似合わない獰猛な笑みを浮かべて武者震いをしていた。
対峙するにしても遥か未来、冒険者としてランクAもしくは少なくともBに達してからになるだろうと思っていた。それまでは実態のない、自らの想像の中でしか彼らは存在しなかった。
だが今、一人だけであったが影が形になった。実体を伴ってキーリの中に根付いた。強さの一端だが、それを体感することができていたのだ。その意義は大きい。
(ぜってぇ追いついてやる……!)
どれだけこの身を酷使しようとも、この身を危険に晒そうとも奴に追いつくまでは朽ち果てない。奴を圧倒するまで何年経とうとも鍛えぬいてやる。胸の奥で燃え滾る過去の記憶が勢いを増し、焼きつくさんとばかりに膨れ上がる。
「何故笑っているんだ? その……何かあったのか?」
「まあな。ちっとばかしあやふやだった目的がキチンと明確になったってところだな」
「……そうか」フィアは眉間に皺を寄せた。「話したくないのならば何があったかは聞かないが……無茶はしてくれるな? 今のお前は……とても正気とは思えない表情をしているぞ」
曖昧な答えを返したキーリに、フィアは深く追求はしないものの釘を刺す。そのひどく真面目な声の響きがキーリの胸に静かに水を掛けた。
「……そうか?」
「ああ。とてもシオンには見せられないようなひどく醜い顔をしていた。ただでさえ目つきが悪くて人前に晒せない面構えなのだから、そうなればいよいよ仮面を被って引きこもるしかないな。仮面に『顔を見たら呪われるので剥がさないでください』とでも張り紙をしておく必要があるだろうよ」
「よし、表出ろ」
一転して茶化すような口調でフィアはクツクツと喉を鳴らした。
そのような仕草が意図してのものであるとキーリはすぐに気づいた。毒気が抜かれ、胸の滾りが少しずつ収まっていく。そしてバツが悪そうに視線を逸らすと髪をかきむしった。
「はぁ……ワリィ。ちっとばかし冷静さを失ってたみたいだ」
「落ち着いたのであれば良い。さっきも言ったが深くは私も追求はしない。だが忘れないでくれ――お前は一人ではないんだ。手助けができるのであれば喜んで手を貸すし、逆にお前も、私はともかくとしてだ、シオンやレイスを危険に晒すような真似は謹んでくれ。私が言いたいのはそれだけだ」
「へいへい。心のメモ帳にしっかり書き留めておきやす」
とぼけた素振りを見せて嘆息する。そうだ、想いは強くても心は冷静に。落ち着きを忘れて足元を疎かにすればいつかきっと足元をすくわれる。
(焦るなよ、俺。まだ、今の俺では届かない)
自分に言い聞かせる。着実に、着実に実力を積み重ねていく時期なのだ、今は。
静かに自らを鍛えるための方策を練りながら、キーリはフィアと教室へと戻っていった。
2017/6/4 改稿
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