10-1 探索試験を終えて(その1)
第38話です。
宜しくお願いします。
<<ここまでのあらすじ>>
養成学校へ入学したキーリやフィア達は、日々鍛錬に明け暮れる。同じクラスのアリエスやイーシュ、またスフォンの街で食堂を営んでいる魔法科のシオンという仲間を得て、やがて迷宮探索試験に挑む。
フィア、レイス、シオンと共にパーティを組んだキーリ達は順調に踏破を続け、しかし迷宮の異常を感じ取っていた。それでも最深部に到達し、Fランク冒険者の資格を得ることができたが、その帰り道でゲリー達の襲撃を受ける。そんな折、突如として迷宮が成長を遂げ大量のモンスターに取り囲まれてしまう。
傷つき、時に倒れながらもモンスター達の攻撃を必死に耐えきったキーリ達。しかし脱出する直前、何者かが現れ意識を失っていたゲリーを連れ去っていったのだった。
――スフォン冒険者養成学校・講堂
この日、校内は朝からいつもとは違った空気に包まれていた。
一回生の内、普通科、探索科、そして魔法科の生徒たちは登校時からソワソワとし、何処か落ち着かない雰囲気を醸していた。
早くその時が来ないか、いつから活動を始めるか。頭の中では今後の事に思考を巡らせ、間もなく手にする物を想像してはニヤニヤと口元を綻ばせる。
「ああ、待ち遠しいな」
「焦んなって。もうすぐだろ?」
「そういうお前だって顔にやけてるぞ?」
友人たちと顔を合わせれば口にする話題はただ一つ。それ以外は話題にも登らない。
そんな彼らを他コースの生徒たちは不思議そうに眺め、そして彼らの先輩である二回生、三回生らは「もうそんな時期か」と自らが通ってきた道を思い返して懐かしさに耽る。
そして今、彼らは学校の講堂内にて一堂に会した。
並べられた椅子にコース毎に別れ、座って開会を待つ。
彼らの待ち遠しいという感情がいよいよ高まって最高潮に達しようかとざわめきが大きくなり、そのタイミングを見計らっていたかの様に檀上にシェニアが現れた。
一斉に静まり返る講堂内。入学式とは違った衣装だが、やはり何処か扇情的な佇まいを見せるシェニアは、マイクの前に立つと半年前とは何処か顔つきの変わった彼らの姿を確認する。
若い故に幼さは残る。それでも確かな成長が見て取れ、何処までも続いていくような未来を少しだけ羨ましく思い、それ以上に希望に満ち溢れながらも成長が留まることのない彼らが誇らしく、その一助となれたことを嬉しく思った。
生徒達から見て右前方。大男がマイクの前に立つ。それを見た生徒たちが姿勢を正した。
オットマーはいつも通り濃いサングラスを掛けている。だが服装は軍の正装を纏い、皺一つ無い新品を装っていた。そんな姿を見た最前列のアリエスは小声で「素敵ですわ……」と呟いており、それが耳に入ったオットマーは少し気まずそうに視線を逸らして咳払いをした。
「オットマー先生、大丈夫ですか?」
「……大丈夫である。問題ないのである。だからそのニヤつきをやめて欲しいのである。カイエン先生」
「おっと、失礼しました」
いつもとは違いピシリとしたスーツに身を包んだクルエが微笑みながら口だけの謝罪をする。
アリエスのオットマーに対する憧憬は最早周知の事実である。
授業が終わればオットマーに質問に行き、女性でも効率のよい体の鍛え方を求めては教官室を訪ね、顔を合わせれば嬉しそうに話をする。その懐きっぷりと二人の体格差から、傍から見ればまるで親子だ。邪気のないアリエスの姿と、自身も筋肉に関する議論は好きであるため無碍にできないのだが、周囲の生暖かい視線は少々困りものである。もっとも、アリエスがオットマーに対して抱いている感情が恋愛かどうかは本人にしか分からないが。
オットマーが視線を感じてそちらに眼を向けると、檀上からもシェニアが面白そうに眺めていた。
これはいかん、とオットマーは自身の両頬を強く叩いて気合を入れる。マイクにもその音が入っているのだがそれに気づかない辺りかなりの動揺が見て取れる。だが、それを指摘する者は居ない。空気はキチンと読んでいるのだ。
気持ちを切り替え、オットマーの表情が再び引き締まったものに戻る。それと同時に場の空気もこの場にふさわしい程よい緊張感に包まれた。
そしてオットマーが大きく息を吸い込み、低く渋い重低音が講堂内に響いた。
「それではこれよりっ! スフォン冒険者養成学校、Fランク冒険者証授与式典を開始しますっ! 全員――起立ッ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
始まる前までの雰囲気と異なり、式典は粛々と続いた。
魔法科から順に生徒の名前が呼ばれていき、一人ずつ登壇してシェニアから冒険者カードとギルドの徽章、それと冒険者として認める旨の書かれた証明書が手渡されていく。見るからに顔を綻ばせている者、興味のないような素振りをする者など様々だが誰もが湧き上がる喜びを隠しきれない。
「続いて、シオン・ユースター!」
「は、はいっ!」
シオンの名が呼ばれ、大きな声で返事をする。元々人前に立つのは苦手なシオンだ。椅子から立ち上がって檀上へ向かうが緊張からか動きがぎこちない。登壇用に設置された階段でもつまづき、危うく盛大に転びそうになった。
クスクスと忍び笑いが起きる。だがそれは侮蔑というよりも微笑ましさが大半を占めていた。
「何て言うか、あの子可愛いよね?」
「こう守ってあげたくなるっていうか……ああいう弟が欲しいなぁ」
「分かる分かる!」
探索試験を終えても鍛錬を続け、少し自信がついたシオンからは過剰にオドオドとした態度が消え、学内でも生来の明るさと純朴さが見られるようになって女子生徒たちの間でも人気が出てきていた。
それは云わば小動物的な意味での人気なのだが、キーリから見ても分からないではない。元々が女の子っぽいがそこに男性的な魅力も微かだが出てきて、構ってあげたくなるのだ。
隣のフィアみたいに。
「……鼻血を垂らしながら女子を睨むな」
「む、スマン。この間までシオンの魅力に気づきもしなかったというのに、ここにきて好き勝手言ってくれると思ったらつい、な」
フィアとキーリの視線の先では、転びそうになって恥ずかしそうに頭を掻くシオンの姿があった。
顔を赤く染めながらも表情を引き締め、シェニアの前に立つ。見上げるシオンの強くなった眼差しを受け、シェニアは優しく微笑みながらカードと徽章、証書を差し出す。
「半年間、お疲れ様。魔法科の中で数少ない平民出身ということで苦労が耐えなかったと思うけれど、よく克服しました」
「……はい、良い人達と縁が結べたのでその人達のおかげで頑張れました」
誇らしげにそう応えたシオンの笑顔にシェニアも嬉しそうに微笑む。
「良縁を結べたようで良かったわ。
まだまだ学生生活が続くけれども、これからもこれまで以上に研鑽を積んで一廉の魔法使いとなることを期待します。頑張ってね」
「あ、ありがとうございます! 校長先生に負けないくらい立派な魔法使いになれるよう、仲間と努力致します!」
シェニアの言葉に深々と一礼し、優しい眼差しを受けながらシオンは檀上から降りていく。
その後も式は続く。シンやユキの授与が終わり、探索科のギースやレイスもシェニアから正式な証書を貰っていく。二人とも興味なさげな風を装っているが、なんとなく嬉しさをかみ殺しているようだ。特にギースは皮肉っぽい――当人にすれば素直な――ニヤつきを浮かべながらずっとカードを眺めていた。
「続いて、普通科の授与式を行う。
アリエス・アルフォニア!」
「はいですわ!」
オットマーに名前を呼ばれて嬉しそうに壇へと上がっていく。オットマーは禿頭を掻き、シェニアは面白そうに笑いながらアリエスへとカードと証書を手渡す。
「他国からの入学で大変だったと思うけれど、座学・実戦ともにとても優秀な成績は見事でした。誇らしく思います。これからも貴女は貴女の信念に従って自分を鍛え、将来多くの人を守り助けられる人物になることを期待します。これからも真っ直ぐに頑張りなさい」
「シリルフェニア校長の元で学んでいる事を誇りに、精進を続けますわ」
胸を張って頷くアリエスに、シェニアもまた笑顔で頷き返す。
そして授与は進み、やがてキーリの順番がやってきた。
「キーリ・アルカナ!」
「はいよ」
こうした式はかつて何度も経験しているキーリである。まして今回は卒業でもなければ自分だけが特別に表彰される訳でもない。元はこうした場に立つことは得意では無かったが、人生を揺るがすような衝撃的な出来事を何度か体験した今となっては人前に立つことなど些細な事である。神経が図太くなったとも言う。
「……貴方は変わんないわねぇ。もうちょっと緊張感とか無いと有り難みがないじゃないのよ」
「単にカードと証書を貰うだけだからな。お望みなら卒業式の時にゃ泣いてやんよ」
はよよこせ、とばかりに手を差し出したキーリにシェニアは溜息を吐きつつ、気を取り直して証書を手渡す。
「えー、正直貴方にはさっさと卒業しちゃって欲しいのだけれど」
「おいコラ」
「冗談よ。まあ今の段階でも従来の卒業生以上の実力は兼ね備えているとは思うけれど」
称賛と言えるシェニアの言葉。だがキーリはそれを聞いて逆に顔をしかめた。
「……いや、まだまだだ。俺には勉強しなけりゃ、鍛えなきゃいけねーことが山程ある」
「言うと思ったわ。普通はもっと驕ってもおかしくないのだけれど、ホントとても十代の少年には思えないわね。
その謙虚な気持ちをこれからも持ち続けて、肉体や技術だけでなく心を鍛えていって下さい」
「心……」
「そう、自分の目的を果たそうと目指すのは大切な事だけど、その為に周りに眼を閉じて、耳を塞いだりしないで。貴方の考えを押し付けず、周りの声に耳を傾けなさい。そうして冒険者としてだけでなく人として成長すること。そうすればきっと貴方の望みはきっと叶う。そんな気がするわ」
「……いつからシェニアは占い師になったんだ?」
「あら? これでも占いは得意なのよ? 昔は占いで生計立てようとしてたんだから」
心の中を見ぬかれたような気がして、だがそれが決して不快ではなく何処か恥ずかしくてキーリは視線をシェニアから外して小さく笑った。
「――有り難いお言葉、心に留めておきます。ありがとうございました。これからもご指導宜しくお願い致します」
顔を上げ、余り見せなかった真面目な口調で謝辞を述べるキーリ。一瞬面食らうもシェニアも真面目な顔で頷いた。
そして――
「フィア・トリアニス!」
「はいっ!」
キーリ達の中で、最後にフィアが呼ばれて檀上へと向かう。
最もこうした場にふさわしい空気を纏った彼女はピンと背を伸ばしつつ落ち着いた様子でシェニアの元へやってくる。ポニーテールに縛った紅い髪を揺らし、貴族が多く揃うこの場においても一際気品を感じさせる動作で進み出ていった。
「まずは半年間、お疲れ様でした。剣術や魔法の成績はもちろん、貴女が苦手だと思っている座学に関しても努力を惜しまず十分優秀な成績でした」
「ありがとうございます」
「この間の探索試験といい、大変な事も多かったけれど仲間をまとめて危機を乗り切ったのは立派だったわ」
「……過分なお言葉です。私は仲間に何もしてやれてません。生き残ったのもキーリやシオン、それにアリエス達のお陰に過ぎませんし。仲間と運が良かっただけです」
「パーティの功績はリーダーに依るところが大きいわ。誰一人死なせる事無く生還させたのは事実よ。運もあったでしょうけれど、それも貴女の実力の内。失敗だと思うなら、次に活かせばいい。そうして誰もが成長していくんだもの。
みんなをまとめるリーダーとしての資質が貴女にはあるわ。だから今回の事は貴女にとっても貴重な財産となったはずよ。将来、冒険者として大きなグループを引っ張るにしても、小さな集まりで過ごすとしても、はたまた――もっと大きく、数多の人々を束ねる立場になったとしても、かけがえのないものとして貴女の中に残るはず。その時に経験の一つとして活かしていって欲しいわ」
シェニアの言葉にフィアは眼を見張った。ジッとシェニアの眼を見つめるが、彼女は意味深に微笑み返すだけだった。
「――さて、話はオシマイ。貴女の周りにはじゃじゃ馬が多いみたいだけれど、これからの一年もしっかり手綱を握っててちょうだいね」
「……しかと拝命致しました。仲間を守り、多くの人を守れるよう努力を重ねて参ります」
シェニアの言葉にしっかりと頷き、フィアはキーリ達の方へ戻っていく。その後姿を見ながらシェニアは小声で「頑張りなさい」と呟いた。
そうして全員の授与が終わった。
最後の一人が席に戻ったところでシェニアは改めて一同を見回してゆっくりと瞬きをした。
「――さて、今日でここを卒業する生徒もいるから少しだけ話をします。
個別にも話したけれど、この半年間、皆さんは多くを学んだことと思います。たった半年、けれども濃密な時間を過ごしたでしょう。魔法のこと、迷宮のこと、戦い方に身の守り方。どれも今後、迷宮を探索する冒険者として必須のことです。もちろん全員が今後も冒険者として活動するとは限りません。ですが例え迷宮に潜る事が無くても学んだ事は無駄ではありません。どのような道を歩むにしてもいつか役に立つ日が来ます。
そして、貴方達が学んだことは単なる知識だけではありません。皆さんに手渡した冒険者カードを見て下さい」
シェニアの言葉に従って皆、一様に自身のカードに視線を落とす。名前とランク、そして冒険者ギルドの紋章が刻まれている。
「右上にある冒険者ギルドの紋章。剣と杖とナイフが真ん中で合わさっていますね。
剣は前線で戦う者を、杖は魔法使いを、ナイフは斥候職を表しています。いかなる職業も優劣は無く、ギルドのポリシーである公正・平等を示しているのです。
先の探索試験で体感したことでしょう。探索科の生徒が居るから罠に掛かる事無く安全に迷宮を進み、普通科の生徒が居るからモンスターを押し留め、魔法科の生徒が居るからより力強く前へと進む。それぞれの役割を全うしてこそ目的を果たす事ができる。そのことを蔑ろにすれば足元をすくわれる。
仲間が居るからこそ、仲間と助け合うからこそ私達は迷宮という不思議な場所を進むことを許されているのです。そこには種族も身分もない。志を同じくする仲間が傍に居ます。
だから、大事にして下さい。この学舎で共に学んだ友のことを。だから忘れないでください。共に戦った戦友を。
――そしてもう一つ。剣と杖とナイフを取り囲む連なった花びら。これが何を意味するか分かりますか?」
生徒たちは隣同士顔を見合わせる。剣や杖は何となく想像がついたが花びらに関しては思い当たるものが無かった。
「その花びらは街で、村で生活する、貴方たちが守るべき人々を表しています。迷宮探索が主な活動となるでしょうが、貴方たちの仕事はそれだけではありません。
迷宮に比べれば少ないものの街の外にもモンスターは居ます。新たに発生した迷宮からモンスターが外に出て人々を襲うこともあり、討伐依頼が出される事だってあります。或いは街から街へ移動する人々を盗賊などから守るよう依頼される事もあるでしょう。そういった脅威から戦う術を持たない人々を守ること、これこそが最も大事な仕事です。
貴方たちの先達の中には、そうした仕事を通して勘違いしている者も居ます。『俺達が守ってやっている』と。私はそんな勘違いを貴方たちにしてほしくない。貴方たちの持つ武器を作るのは誰か? 貴方たちを癒やす薬や道具を作るのは誰か? 貴方たちの生きる糧を作り、調理するのは誰か? 貴方たちが人々を守るのと同時に、貴方たちも人々に守られているのです。冒険者という職業はその場所に住む人々と密接に関わりながら生きる職業です。それを忘れない為に、ギルドはこうして紋章に花びらという形で彼らを表したのです」
そこまで話してシェニアは一度小さく息を吐き、間を取って生徒の様子を窺う。今の言葉を噛み締めている者、関係ないとばかりに退屈そうに欠伸をしている者、様々だ。だがそれで構わない。全員の心に一度で響くとは思わない。それでも、心の何処か片隅にでも自分の思いが残ってくれれば、と軽く眼を閉じて願った。
「――少し、と言いながら長くなりましたね。
今の言葉をこれからも少しでも心に留めて、自分が誰がために戦うのかということを自問しながら今日卒業する生徒は今後の冒険者生活を、まだまだ学び続ける生徒はこれからの鍛錬に励んで欲しいと思います。私から貴方がたに向ける言葉は以上――ああ、一つ言い忘れてたわね」
マイクを横にずらし、大きく息を吸い込むとシェニアは笑顔を浮かべて思い切り叫んだ。
「みんな、冒険者認定、おめでとう! これからの未来におもいっっっきり期待してるから精一杯喜んで明日からまた頑張んなさいっ!」
「全員、起立ッ! 構えっ!」
シェニアが激励を叫ぶと同時にオットマーが号令を掛ける。生徒たちが一斉に立ち上がり、握った右拳を自身の胸に押し当てた。
「以上を以てぇっ! 冒険者証授与式典を閉会するっ!
――全員、捧げっ!」
「――応っっっっ!!」
講堂を揺るがすような叫びが溢れ、全員が剣を、杖を、ナイフを高々と掲げた。
空中で剣と杖とナイフが重なり合う。
その情景は講堂に大きく掲げられたギルド紋章とピッタリと重なっていた。
2017/6/4 改稿
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