9-11 迷宮探索試験にて(その11)
第37話です。
宜しくお願いします。
<<主要登場人物>>
キーリ:本作主人公。冒険者養成学校一回生。社交性はそこそこながらも他人への関心は薄い。が、一旦「身内」と認識すると自分の身よりも仲間の安全を優先する。目付きの悪さをイジられる事が多い。
フィア:燃えるような赤い髪が特徴のクラスメイト。ショタコンで可愛い男の子に悶える癖がある。現在のお気に入りはシオン。抱きかかえて膝の上に置くのがたまらない。
ユキ:スフォンに来る前からキーリと一緒に居る女の子。魔法科所属。可愛い見た目に関わらず男女問わずつまみ食いするビッチ。
ゲリー:エルゲン伯爵家の坊っちゃん。キーリとは養成学校の同級だが、入学試験で絡まれて以来、トラブルが絶えない。キーリ相手以外にもトラブルを起こしている。
「キーリってそんなに口が達者だったっけ?」
「アイツらの倍は生きてるんだからな。あれくらいの気は遣えなきゃなんねーだろうし、口も回るさ。
それよりも気づいたことがあんだろ? はよ話せ」
「せっかちな男は嫌われるんだよ? ま、それはどーでもいい事として――あの豚も操られてたよ」
ユキが告げた言葉にキーリは一瞬目を見張った。だが戦闘中のゲリーの様子がおかしかったこと、言動も何処か支離滅裂だったことを思い出し「むぅ……」と唸った。
「やっぱりか……他の連中と同じように魔法陣があったって事か?」
「それは無かったよ。だけど、精神に直接作用する魔法が掛けられてる。憎しみだとか妬みだとか負の感情を増幅するような、ね。でもそれは強力なものじゃなくて、少しずつ少しずつ毎日掛けられてたものだった。少しずつ狂っていくように」
「……えげつねぇ事しやがる」
「自然に膨らませて行ったんだったらさぞ美味しかったんだろうけど、こんな無茶苦茶な味付けされたら流石に私も食べる気はしないよ」
コイツもまた犠牲者だった、という事か。キーリは意識を失ったままのゲリーを見遣った。
顔を合わせる度に何かにつけて絡んできて面倒くさい奴だと思っていたが、かと言ってそこまで嫌っていたかと問われればそうでもない。才能があるのにもったいない事をする、と残念な気持ちではあったがそれ以上の興味はない。卒業したら疎遠になるだろうし、それまでやり過ごせば良いだろう程度にしか思っていなかった。
しかしエルゲン伯爵の息子にそんな魔法を掛けるとは、犯人は何を考えているのだろうとは思う。お家騒動か、はたまた伯爵家の没落を願う何者かの犯行か。自分からは縁遠いものであってほしい類のいざこざだが、ゲリーのキーリに対する憎しみが既に何者かに利用されているため強制的に巻き込まれそうな気がしてならない。
「とりあえず……」
この事も後でシェニアに話しておくべきだろう。この街の養成学校校長ならば伯爵家とも繋がりがあるはず。彼女にどこまで出来るかは分からないが、事が貴族世界と密接に関わっている可能性がある以上、ただの学生である自分の手に余る事は確かだ。
「コイツが洗脳染みた真似されてんのは分かった。で、だ。お前がレイス達を遠ざけたって事はやっぱり――」
「うん――強い光神の臭いがした。間違いなく光神が関わってるね。もっとも、何処までアイツが直々に関わってるかは分からないけど。本当に力を貸してるのかもしれないし、或いはアイツの意志とは関係なく誰かが力を利用してるだけかもしれない。さっぱり分かんないけどね」
予想通りの名前が出てきてキーリは「最悪だ」と舌打ちした。ユキと行動を共にしている時点でいつか関わるのは避けられないと思っていたが、やはりどう考えても人の身で神の相手など手に余るにしても余り過ぎる。できれば単に人間が力を利用しているだけであってほしい。それにしたってとんでもないことではあるのだが。
「それで、お前はどうすんだ? 探しに行くのか?」
「まだ分かんないよ。ただアイツの痕跡がこのおブタちゃんから見つかったってだけだし。場所が分かったとしても急がないし、キーリもこの街には当分いるつもりでしょ?」
「まあな。ここの迷宮を踏破できるくらい強くなるまではいるつもりだ」
「だったらその後でもいいよ。人がいっぱい居るこの街は私も気に入ってるし、毎日楽しいしね。
ま、それはそれにしてももう少しおブタちゃんの痕跡を詳しく調べてみようとは思ってるの。ただ少し時間が掛かると思うからキーリの意見も聞いておこうと思って」
「珍しいな、お前が相談を持ちかけるなんて」
「だって人間社会に関してはキーリ詳しいでしょ? 貴族だとか私さっぱりだし」
「自覚あんならお前もちっとは勉強してくれよ。
どうせ俺がダメだって言っても調べるんだろ? だったらタイミングは今がベストだと思う。迷宮から出るまでの時間は稼げるし、外もちったぁ混乱してるだろうからな。少々ゲリーを返すのが遅くなってもバレにくい」
「分かった。なら早速外に出て見つかりにくい場所に連れてくから、キーリは面倒な連中を頼むね」
話がまとまり、ユキが細い腕でゲリーを抱え上げようと体に触れた。
その時だった。
「――連れてかれるのは困るなぁ」
静かな通路に、そんな声が響いた。
「っ!! 誰だっ!?」
誰も居ないはずの場所で声がした。気配に敏感なキーリとユキの二人をしてもまだ位置を捉えきれない。それだけでも異常。加えて声の主の言葉は、キーリ達の方針に反対を唱えている。
敵。
キーリは慎重に気配を探る。探りながら、一方で思考を冷静に巡らせていく。
ゲリーを連れて行くことに反対するという事は、今回の事件の黒幕か。いや、黒幕自体がここまで出張って来ることはない。ならば黒幕の手足となって動く人間か。
声の主の居場所を探るも、全く気配を感じられない。完全に存在を隠蔽できるという事は相当な手練だ。キーリの頬を汗が伝わっていく。
しかし、と油断なく周囲を見回しながら気づく。少しだけ聞こえた声色は幼かった。少年とも少女とも判別が難しい曖昧な感じだ。そんな少年、もしくは少女がここまで熟練した技術を持ちえるのだろうか。
矛盾。相反して見える事実が思考を邪魔をする。刹那だけ意識を思考へと埋没させ、空白を作り出す。その隙を突いて何かが薄暗い世界で動いた。
――トスッ
「あれっ?」
何か、何かが軽く突き立てられたような音がした。そして続くユキの声。キーリはユキの方を振り向いた。
何かがユキに刺さっていた。首に刺さっていた。鋭いナイフが白い首に突き刺さり、反対側まで貫いていた。
「ユキっ!」
目を見開いたまま、ユキの体が力を失って倒れる。黒いローブがはためき、地面に倒れた体に遅れてゆっくりと静かに被さっていく。
ユキは――動かない。
「くそっ! 何処からっ……!?」
ユキを抱き起こす。揺するも眼は覚まさない。そしてキーリは気づく。
傍にあった、ゲリーの姿が何処にも無いことに。
それと同時に微かに感じる何者かの気配。キーリはユキの体を手放すと同時に、背後に向かって腰のナイフを振るった。
キィン、とナイフとナイフがぶつかる。敵の攻撃は回避。感じるは、振り返った先に居た何者かから微かな驚き。だが抵抗も虚しく、キーリのナイフが根本から折れて頬に傷をつける。
「ちっ!」
舌打ちと同時に跳躍。影から距離を取るも、影はその場から動かない。ただ、影からは笑ったような様子を感じ取った。
キーリは影の様子を観察した。敵は小柄。ユキくらいの体格で随分と細身だ。修道士が着るような白を貴重としたローブを身にまとっていて、同じく白いフードとマスクで顔を隠していて分からない。僅かに除く手足は小さく未成熟さを感じさせ、まるで子供だ。しかし肩には自分よりも大きなゲリーを担いでおり、またキーリの攻撃を弾いたことからも見た目通りの人間では無いことは確かだった。
「何モンだ、テメェ」
キーリが目の前の少年、或いは少女を睨みつける。敵はそんなキーリの言葉に嘲笑で返すも、すぐに首を傾げた。
「ねぇねぇ、何処かでボクと昔に会ったことない?」
たった今殺しあったというのに緊張感のない口調でキーリに尋ねた。その様子からして、やはり子供か。自分よりも年下の子供にいいようにあしらわれた事に苛立ちを覚えつつも、少しでも相手の情報を引き出そうと会話に応じてみせる。
「会ったかどうかを知りたかったらまずテメェの顔を見せやがれ」
「アハハ、それもそうだね。ごもっともだ。だけど流石にそれはダメだなぁ。怒られちゃうかもしれないからね。あ、そういえば喋るのもダメだって言われてたっけ? ま、いいや」
アハハ、と笑う姿は天真爛漫というべきか。そのくせに立ち居振る舞いには一切の隙を見いだせない。
だが口は軽いようだ。彼の上には指示をする人間が居るのは確実。もっとも、指示を破ることを気にしている様子が無いことから、あまり忠誠だとかは抱いていないのかもしれない。
「いいのかよ、決まり事破ってよ。怖い兄ちゃんだか父ちゃんだかに叱られるぜ?」
「大丈夫大丈夫。僕を叱れる人間なんていないし、これくらいは笑ってくれるからさ。
さて、それじゃ君の事を分からないのは気になるけどこのお坊ちゃんを無事に連れて帰んなきゃいけないから行くね? そこの女の子もすぐに治療すればまだ助かるかもね」
「あ? ちょっと待て――」
「それじゃバイバーイっ」
ゲリーを抱えたまま少年らしき影は瞬く間に暗がりの中に消えていった。人一人抱えているにも関わらず、キーリはおろかレイスよりもずっと速い。
「……ちっ」
舌打ちしながらキーリは倒れたユキの所に歩いて行く。そしてため息をついた。
相手がキーリ達の暗殺や誘拐ではなくて良かった。刃を交えたのはホンの一瞬だけだが、なんとなくキーリには分かった。
アレは、化物の類だ。
全くキーリに近づく気配を気づかせなかった隠密能力に、不意をついたキーリの攻撃を容易に受け流す防御力とすぐに遠ざかっていける速力。そしてユキにも気づかれずにナイフを突き立てれる攻撃力。あれでもまだ実力の一端しか見せていないのだろう。余力は相当あるはずだ。あのような子供であるのに。
「世界は広ぇなぁ……」
悔しさを押し殺し、髪をガリガリと乱暴に掻きむしる。天井を仰ぎ、苛立ちを吐き出すように深く溜息を吐いた。そしてナイフが刺さったまま眠ったように動かないユキの体を抱き起こすと――
「おいコラ、いつまで寝てやがる」
ヘッドバットを食らわせた。
ガクリとユキの頭が後ろに倒れ――
「……さすがにそれは酷いと思うの」
「いつまでも寝てやがるから珍しく優しく起こしてやったんだよ。ありがたく思え」
首にナイフが刺さったままのユキが眼を覚まして不満をキーリにぶつけた。
キーリの返答に口を尖らせながらも何事も無かったかのように立ち上がり、首に刺さったナイフを自分で抜き取った。痕から血が流れる事もなく、傷も残っていない。刺さっていた場所を撫で、手を離すと傷口は既に消えていた。
自らに刺さっていたナイフを眺めると、ユキはキーリにそれを差し出す。
「あげる。キーリのナイフ折れちゃったみたいだし」
「……お前に刺さってたことを考えると使いづれぇな」
「結構な業物みたいだよ? それに光神の加護も掛かってるみたいだし、今までのナイフよりよっぽど立派だから、要らなかったら売れば?」
「新しいの買う金がもったいねーから使わせてもらうわ」
アイツなりの迷惑料ってところだろうか。ナイフを仕舞いながらそんな事を思った。
「しかし、あんなにあっさりやられるとはな。気配の探知とか暗い場所での行動はお前の専門分野だろ? お前に気づかれずに近づくような奴が来たのがつくづくシオンやレイスが居る時じゃなくて良かったぜ」
「あー……何処に居るかはずっと気づいてたんだけどね」
ユキの返事にキーリは眼を丸くした。
「は? んじゃなんであんなにさっくりやられてんだよ? 何か他に魔術とか使われて動けなかったんか?」
「いやぁ、その、ね?」ユキは眼を逸らして言いよどんだ。「普通にしてると敏感すぎるからね? 夜に長く楽しもうと思って、この体の反応を抑えてたのをすっかり忘れちゃっててさ。あの子のスピードに体がついていかなかったのよ」
「……さいですか」
「お陰で死ぬかと思ったわ」
「普通は死んでんだよ。テメェのせいでゲリーは奪われるし、ちったぁ反省しやがれ」
タハハ、と気まずそうに笑うユキを見てキーリは迷宮に入ってから一番の溜息を吐いた。
「ともかく、別に俺はお前がプライベートで何しようと干渉しねぇから必要な時にちゃんと動けるようにしといてくれ」
「分かってるって。
……これでも手がかりを奪われてるの気にしてるんだから」
「なら俺から言うこたぁもうねえよ」
何処か落ち込んだ様子を見せたユキ。珍しいその仕草にキーリも調子が狂うのを自覚し、頭を掻いた。
「ま、んじゃ外に出るか。連中が何企んでんのかは分かんねーけど、ゲリーならどうせまた絡んでくるだろ」
「そだね」
キーリは他の意識を失った生徒を二人抱えて両肩に担ぐと、ユキと並んで外に向かって歩き始めた。
「……俺がお前を好きになれなくても、他の奴にその体が傷つけられるんは我慢ならねぇからな。気をつけてくれ」
「……うん」
キーリの気遣いに、ユキは素直に頷いた。この体を大事に使うというのは契約時の条件の一つだ。「大事」の具体的な範囲は定められていないが、今のは間違いなく失態だ。
「失敗したなぁ……」
残念そうな彼女の呟きに、キーリは一瞥だけしてそれ以上の反応はしなかった。
こうして波乱ずくめだった迷宮探索試験は終わりを告げた。
2017/5/7 改稿
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