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9-9 迷宮探索試験にて(その9)

 第35話です。

 宜しくお願いします。


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。冒険者養成学校一回生。社交性はそこそこながらも他人への関心は薄い。が、一旦「身内」と認識すると自分の身よりも仲間の安全を優先する。目付きの悪さをイジられる事が多い。

 フィア:燃えるような赤い髪が特徴のクラスメイト。ショタコンで可愛い男の子に悶える癖がある。現在のお気に入りはシオン。抱きかかえて膝の上に置くのがたまらない。

 ゲリー:エルゲン伯爵家の坊っちゃん。キーリとは養成学校の同級だが、入学試験で絡まれて以来、トラブルが絶えない。キーリ相手以外にもトラブルを起こしている。





「……はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 フィアは肩を大きく上下させて呼吸をする。

 どれだけ精神が肉体を凌駕しようと自ずと限界は訪れる。本来の限界はとっくに彼方へと置き去りにした。すでにいつ倒れてしまってもおかしくない。だがフィアはモンスターの前に立ちはだかり、後ろへ行くのを許さない。


「ギ、ギギ――」


 それでも、未だ大量のモンスター達の波は途切れる事を知らない。

 恐れ知らずのゴブリン達が集団で襲いかかり、フィアは掠れた視界ながらも最小の動きで斬り捨てていく。


「っ……! 剣が……!」


 しかし、いよいよフィアよりも先に剣が寿命を迎えた。棍棒に当たった瞬間にキィン、と甲高い音を立てて何処かへ剣先だけが飛んでいった。

 元々が数打ちの剣だ。そこらの武器屋で売っている物に比べれば少々値が張ったものを買ったが、それでもこれだけの連戦に耐えることは出来なかったということか。


「だが――まだだ!」


 剣を投げ捨て、振り下ろされた棍棒を避ける。避けると同時にゴブリンの顔を掴むと掌から炎が噴き出る。一瞬で頭部が焼け焦げ、油の焼けた臭いが立ち込めた。

 群れの中に死体を投げ捨てる。そして――地面から炎の障壁が天井目掛けて立ち上っていく。

 響く断末魔。業火に焼かれたモンスターが悲鳴を上げて再び動かぬ躯を増やしていく。


「……」


 だがそこでもう打ち止めであった。

 フィアの中にあった魔力は空っ穴。なけなしの最後の一滴まで今の魔法で使い切った。どう絞り出そうとしても何も出てきはしない。

 それは真実危険な行為だ。一般に魔力が枯渇しても意識を一時的に失うだけと言われているが、それは本当の意味での枯渇ではない。完全に枯渇するよりも前に生命を保つために意識を脳がシャットダウンするのだ。云わば、安全装置である。

 しかしフィアはその安全装置を強い意志で破壊してしまっていた。完全に魔力を使い果たし、このままでは命の危険さえある。


「……っ」


 それでもフィアは立っている。唇を噛み、飛びそうな意識を必死に止める。指先ひとつまともに動かせそうにない。その中でも眼だけは強い意志の光を発し、モンスターを睨み続けていた。

 モンスターは始めの頃の、通路を埋め尽くしていた程に比べれば随分と数を減らしていた。少なくとも、終わりが見え始める程には。

 唇の端から紅い血が弱々しく垂れる。様々なモンスター達がその血を、その身を狙ってにじり寄ってくる。


(――終わりか)


 弱音でもなんでもなく、厳然たる事実としてフィアはそう認識した。幾ら相手がEランクモンスターとはいえ、もう無理だろう。一匹二匹くらいは何とかできるかもしれないが、どうあがいてもこれらのモンスター全てから生徒たちを守り切れるビジョンが浮かばなかった。


「……この身を喰らい尽くしたところで満足してくれれば良いのだがな」


 もっとも、この身は筋張ってまずいだろうがな、とフィアは鍛えたせいで女性らしさを失いつつある筋肉質な我が身を笑った。

 これまでの苛烈な動きと違って静寂を保つフィアに、ここぞとばかりにモンスターの動きが加速する。手始めとばかりにダンジョンスネークが鋭い牙を見せ、フィアの美味そうな首筋目掛けて細い体を伸ばした。

 目の前に迫ってくる迷宮蛇の姿に、フィアはそれでも屈するものかと最後まで睨みつけていた。

 牙が光り首元に激痛が走る。そんなビジョンが脳裏に走った直後、何かがフィアの顔の傍を高速で通り過ぎ、ダンジョンスネークを後方へと吹き飛ばした。

 風を切って飛来したそれは氷杭。そのままダンジョンスネークは壁に縫い付けられて絶命し、魔素へと還っていった。


「――どうやら間に合いましたようですわね」


 億劫さを何とか押し殺して声の方を振り向く。

 そこにはモンスターに腕を向けていたアリエスが居た。

 いや、アリエスだけではない。

 アリエスの後方から頭上をヒュ、という風切り音が通過していく。その直後からモンスター達に矢が次々に突き刺さっていった。


「大丈夫ですか、フィアさん!」


 矢を打ち終えたカレンが駆け寄ってくる。その後ろからはアリエスのパーティメンバーであるシンやギースの姿もある。


「お嬢様!」

「フィアさん!」


 そしてシオンとレイス二人の姿も。

 彼らの知る迷宮の様相とは大きく異なっている事に驚きながらもカレン、シンそしてギースが続々と戦闘に加わり、モンスターの波を押し返していく。あっという間に十数匹を倒し、戦線がフィアの魔力が枯渇する前の位置まで戻ったところでアリエスが叫んだ。


「大きいのが行きますわよっ!」


 アリエスの周囲で魔素が一際高まっていき、瞬く間に彼女の頭上をおびただしい数の氷の槍が埋め尽くす。

 第三級下級水神魔法――氷槍の嵐スコール・オブ・ランス


「喰らいなさいなっ!!」


 前線のカレン達が退くと同時にアリエスは掲げた腕を振り下ろした。直後、氷の槍が一斉にモンスター達に降り注ぎ、貫いていく。

 貫かれたモンスターはその傷口から体を凍らせていき、次々と氷のオブジェクトと化して侵攻を食い止める壁となっていく。


「ふわぁ~……スゴイです」

「相変わらず豪快なお嬢様ですね」

「スゴイのは筋肉だけじゃないんだな」

「そこの二人! ボケっとしてる暇があったらキーリの方の応援に行きなさいな! こちらはワタクシとカレンだけで十分ですわ!」


 アリエスの怒鳴り声にギースとシンの二人は「へ~い」と気の抜けた返事をしながらキーリの方へ走っていく。そのやり取りを、フィアはすっかり働くのを止めてぼんやりとした頭のまま眺めていた。

 それでも分かったことは――


「これで……だいじょう、ぶ、だな……」


 ――もう何も心配はいらないという事。

 そこに思考が至ると、フィアの体は支えを失った案山子の様に倒れていった。


「フィアさん!」


 咄嗟にシオンが地面との間に割って入って支える。一瞬だけフィアが倒れる速度が落ち、だが如何にここ最近体を鍛え始めたとはいえ元々非力なシオンである。フィアより頭半分ほど小柄であり、またすっかり疲労の溜まっていることもあって支えきれず膝がカクカクと笑い始めた。


「お、重い……」

「フィアがその言葉を聞いたら、泣きながら断食を始めかねませんわよ?」


 意図せずして生まれたての子鹿芸を披露し始めたシオンを見て、呆れながらアリエスが溜息を吐いた。そして剣を鞘に仕舞うと、力を失ったフィアの下に両手を差し込み、ヒョイと軽々と抱え上げた。


「す、すみません……ありがとうございます」

「申し訳ございません、アリエス様。後は私が」


 レイスが謝罪を口にして後を引き取ろうとするが、アリエスは小さく微笑んで緩々と首を横に振った。


「気にすることはありませんわ。ここはワタクシにお任せになって宜しくてよ」

「……分かりました。それではアリエス様にお任せ致します」

「任せれましたわ」


 少し悩んだものの、今は言い争うところでは無いと判断したレイスは深々とお辞儀をアリエスにした。

 アリエスは壁際にフィアを座らせようとするが、レイスが待ったを掛ける。

 レイスは地面に座り、エプロンドレスの汚れを叩いて落として丁寧にシワを伸ばしていく。


「お嬢様の頭をこちらへお乗せください」


 フィアに数年ぶりの膝枕をしようとアリエスを促す。運ぶのは譲ったのだから今度は譲らないとばかりにアリエスの顔を凝視して離さない。心なしか、頬が紅潮して見えるのは気のせいだろうか、と苦笑いしながらアリエスは思った。


「鼻血が出てましてよ?」

「……失礼しました」


 気のせいではなかった。

 この主が在ってこのメイド在りか。いや、むしろ逆か、とどうでもいい思考を頭の中で流しながら深々と溜息を吐き、アリエスは言われるがままにフィアの頭をレイスの膝の上にそっと置いていく。

 レイスが優しい手つきでフィアの髪を撫でている横でアリエスは彼女の体を確認していく。顔から首元、そして腹部や手足などを軽く触れながら怪我が無いか見ていった。


「……どうですか? フィアさんは大丈夫そうですか?」

「見た限りですと切り傷や擦り傷はおろか、痣一つない綺麗な状態ですわね。あれだけのモンスターを相手にしてこの状態というのは、相当見事な立ち回りをしたということ。流石はフィア、と言いたいところですわ。けれども……」

「何か問題が……?」

「同時に相当な無茶をしたに違いありませんわ。魔力がフィアの体から感じられませんもの。まあ――」


 アリエスはフィアが倒した大量のモンスターの死骸に眼を遣った。今もカレンの弓で少しずつ増えていっているが、下の方のモンスターがそれ以上の速度で魔力の粒子となって迷宮の壁へ吸い込まれていっている。


「大量のモンスターを倒すには仕方なかったのかもしれないですわね」

「私は魔法の事は詳しく存じ上げませんが……お嬢様は大丈夫なのでしょうか?」


 微かに眉尻を不安そうに歪め、レイスが淡々として聞こえる口調で尋ねる。フィアと友宜を結んだ当初はこのメイドの感情が分かりづらかったが、今は不安を必死で押し殺しているのがなんとなくアリエスにも分かった。

 余計な心配は掛けたくない、と思うが流石のアリエスもここまで魔力を消費してしまった人間がどうなるのか分からなかった。シオンに視線を向けるも、彼もそこまで知ってはいないらしい。それでもフィアのかなり浅い呼吸を見ていると、放置して良いとは思えない。


「……どうなのでしょうね。ワタクシにも分かりかねますが、少なくとも急いで魔力を回復させるに越したことはありませんわ。シオン、何か魔力を回復させる手段は持ってまして?」

「はい、あるにはあるんですけど……」


 シオンはローブのポケットに入れていたクルエ印の魔力回復薬を取り出した。しかし言葉の歯切れは悪く、表情もすぐれない。


「その顔ですと、あまり使いたくはなさそうですわね?」

「クルエ先生の説明ですと、これは人の生命力の一部を一時的に魔力に転換するものらしいんです。なので、初期から中期の魔力欠乏症の人に使うのは効果があるらしいんですけど、重度に魔力を失った人に使うと生命力も弱ってるので使用は絶対に避けたほうが良いって……」

「そういうことですの……」

「つまり、魔力が少なすぎて衰弱している場合に使用すると、魔力が回復する前に体力が尽きる可能性があるという理解で宜しいでしょうか?」


 レイスの確認にシオンは頷くと、彼女は「そうですか……」と顔を曇らせた。

 アリエスはフィアの隣で思案する。だがそれもホンの数秒で、小さく息を吐き出すとフィアの顔を覗き込んだ。


「こうなったら仕方ありませんわね……」

「アリエスさん?」

「念の為に申しますけど、決して暴走するんじゃありませんわよ?」


 何を、とレイスが問うその前に。


 アリエスはフィアに口付けた。


「うわぁ……」

「……」


 フィアの寝顔に覆いかぶさり、唇だけでなく舌を絡めて深くキスをする。まさかの光景にシオンは顔を真赤にして、思わず背中を向けた。シオンの耳に「ギリギリ……」と何かを磨り潰すような音が聞こえたが、それが何の音かなんとなく想像がついてレイスを振り返る事が怖かった。


「……ふぅ」


 吐息の声が聞こえ、シオンは恐る恐る振り返った。そこにはやや頬を赤らめたアリエスと、対称的に凍てつく視線をぶつけているレイスの姿。シオンは顔が引きつるのを堪え切れない。


「……どういったおつもりでしょうか、アリエス様?」

「そう怒りなさんな。ワタクシも別に同性愛の趣味があるわけじゃありませんわ。手っ取り早くフィアの魔力を回復させるにはこの方法しか思い浮かばなかったんですもの」

「あ……そういう事ですか」


 シオンはようやく合点がいった。よくフィアの顔を見れば、先程まで苦しそうに眉間に皺を寄せていたのが、今は少しだけ表情が穏やかになっている。

 通常は魔力を他人に譲渡するのは難しい。単なる一次的接触で魔力を渡せるのは相当魔力同士の相性が良い者同士だけで、それだって渡せる量は微々たるものだ。それなりの量を渡すのに、一番効率が良いのは――体液の交換。


「まして、フィアは炎神の素質が強くて一方でワタクシは水神ですもの。お世辞にも相性が良いとは言えませんわ。レイスはそもそも渡せる程に魔力がありませんし、シオンが魔力を譲渡したら今度はシオンが倒れかねない。必然的にワタクシが渡すしかないじゃありませんの。

 ……別にフィアの唇を奪いたいとかそんな邪な気持ちじゃありませんわ」

「そうでしたか。大変失礼致しました。お詫び申し上げます。それと、お嬢様の命を助けて頂き、最大級の感謝を」

「……フィアの唇は柔らかかったですので役得と言えなくも……」

「アリエス様?」

「な、何でもありませんわ!」

「あ、アリエス様~! 助けてください~! こっちはもう限界ですぅ~!」

「分かりましたわ! もう少し頑張んなさいな!」


 アリエスがこしらえた氷の壁を乗り越えてくるモンスター達の相手を一人でしていたカレンから助けを求める声が届いた。それを聞きつけたアリエスは、これ幸いとばかりにレイスの追求を放っぽってカレンの加勢へと駆け出していった。

 その姿を見送りながらシオンはそっとレイスの表情を窺った。


「れ、レイスさん?」

「……仕方ありません。本来であればお嬢様の唇を楽しむなど言語道断ですが、見逃してさし上げましょう」


 モンスター達を特製のエストックで斬り裂いていくアリエスの姿を睨みながらも、レイスから許しの言葉が出たことでどうしてだかシオンはホッとした。


「その代わり私の唇でお嬢様の唇を消毒して差し上げなければなりませんね」

「えっ!?」


 まさかの宣言にシオンの顔が盛大にひきつった。そんなシオンの様子に気づくことなくレイスはメガネのレンズを光らせて真面目くさった表情と口調で誰にともなくつぶやき始める。


「そう、これは消毒なのです。純真で汚れを知らないお嬢様の無垢な唇を再びリセットして生まれた頃の可愛らしいお姿に戻すのも忠実な従僕の大切なお仕事の一つでありしかしそれはお嬢様が意識を失っている今しかできないむしろ今すべきことであってアリエス様と同じように少しくらいは楽しむ心を持ってもそれは致し方無いことでありそれもこれもこんなにも無防備に可愛らしいお姿を私めに晒しているお嬢様が全て悪いのでしてそしてそんな誘惑に耐えようともしない私の弱き心をきっとお嬢様も――」


 ブツブツと呼吸を忘れたような早口で言い訳がましい何かを際限なく漏らしながら、レイスは膝の上で眠っている主の唇目掛けてゆっくりと唇を落としていく。

 彼女の唇が接触するまで後、三秒。

 彼女の唇が奪われるまで後、二秒。

 彼女の唇が彼女に蹂躙されるまで後、一病、否、一秒。


 そこでフィアの両目がパッチリと開いた。

 主従二人の眼と眼がバッチリと交差した。


「……」

「……何をしている?」


 眼を覚ました主からの凍えるような声を受け、レイスはそっと頭を上げた。


「……お嬢様が意識を失っておりまして呼吸も浅くございましてこのままでは危険と判断し、東方より伝わる『まうすとぅまうす』なる最新の呼吸確保術を行使しようとしましたが、お嬢様が無事意識を取り戻されて不詳私も胸を撫で下ろしていたところでございます」


 平然と堂々と一息にそう言ってのけるレイスを眺めながら、シオンはバレないように小声で「うわぁ……」と漏らしてそっと二人の傍から離れた。それと同時に、表面上あそこまで平静を保てるレイスにある種の尊敬さえ覚える。ちなみにシオンからは、フィアからは見えない首周りや背中からおびただしくレイスの汗が流れ落ちているのがよく見えた。


「そう、そうか私は……すまない、心配を掛けたな」

「いえ、お嬢様がご無事であれば他に望むことは何もございません」


 自らの友を疑った事をフィアは恥じた。レイスの膝枕から体を起こして謝罪を口にする。そこにレイスを疑う声色は無い。対するレイスも、さも自らには煩悩など皆無だと言わんばかりに百点満点の返答をした。全てが丸く治まった様に見えるが正確には丸め込まれただけである。もしかして今までもこうやってフィアはレイスに誤魔化されてきたのでは? 二人の関係が不安になったシオンであった。


「それはそうと……状況はどうなっている? 二人がここにいるということは助けを呼んできてくれたということだろうが……そうだ! 大量のモンスター達が――」

「ご心配には及びません。皆様でご対処頂いております」


 調子を取り戻したレイスが穏やかに告げ、フィアは左右を見回した。

 フィアが防いでいた側は、今はカレンとアリエスが見事な連携を見せながら防衛していた。炎の壁と違い氷の壁は魔力が散っても消え去ることはない。壁のせいで侵攻速度が落ちたところを落ち着いて対処していた。

 反対側のキーリの側も特に問題は無さそうだった。シンが笑い声を上げながらメイスを振り回し、ギースが体術でモンスターを蹴散らしている。キーリはゴーレムの相手に専念しているが、そのゴーレムについても体の半分以上を削り取られており最早戦況は決している。

 すでに絶望的な状況ではない。

 焦りはフィアの中から消え、じっと皆の状況を見つめる。その背中にレイスから声が掛けられる。


「他の生徒達についても、おおよそはユキ様にご事情を伺っております。皆様、モンスターに襲われる事なく無事でございます」

「そうか……」

「これもお嬢様が力を尽くしたお陰でございます」


 フィアは眼を閉じて天を仰いだ。ほぅ、と息を吐き出し、そのまま再びレイスの腿へと倒れこんだ。


「私は……守れたのか」

「はい。ご活躍はお目にする事は適いませんでしたが、お嬢様の状態と倒れたモンスターの数を見ればどれほど死力を尽くされたのかは分かります。

 無茶をされた事には小言を申したくもありますが、一言だけお申し上げ致したくございます」

「なんだ?」

「――よく、頑張りましたね」

「――」


 手櫛で乱れたフィアの赤髪を整えながらレイスは微笑みかけた。

 たった一言。それだけでフィアの中で何かがこみ上げてきた。恐怖が解け、代わって安堵が胸の奥に染み込んでいく。

 フィアは右腕を目元を隠すように覆い隠した。汗で濡れたシャツの袖に熱いものが染みこんでいく。


「……疲れた。このまま少し眠らせてくれ」

「はい。後は私達に任せてお休みください」


 フィアの髪を、レイスは幼子にするかのように撫でていく。その掌の暖かさがフィアには堪らなかった。

 程なくフィアの口から穏やかな寝息が漏れ始める。傾いた顔から右腕が滑り落ち、濡れた目元が魔道具の明かりに反射する。それを、レイスは懐から取り出した布で優しく拭い取っていった。


「……相当大変だったんでしょうね。そんな言葉じゃ何も表せないんでしょうけど、たった一人でこれだけの敵に立ち向かうなんて……スゴイです。尊敬します」

「ありがとうございます、シオン様。そのお言葉、お嬢様がお目覚めになられた時に今一度掛けて頂けますようお願いします」


 シオンが頷き、自分と同年代の彼女の活躍に心の中でもう一度フィアに対する尊敬を呟く。同時に、無理をし過ぎだ、とも思った。

 そしてそれをさせてしまったのは自分だ。もし自分がもっと強ければ。もし自分が彼女の背中を任せられるくらいに強ければ。そうしたらきっと彼女がこんな無茶をする必要なんてなかっただろう。

 だから僕ももっと頑張らなくちゃ。自分も彼女に負けないように努力しよう。少なくとも、今回みたいに戦闘を任せきりにしないように、常に彼女の傍で戦い続けられるよう自分を鍛えよう。そう固く決意をした。




 2017/5/7 改稿


 お読みいただきありがとうございます。

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