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13-1. エピローグ(その1)

初稿:20/01/07

本日更新分の3/4。お読み飛ばしにご注意ください<(_ _)><(_ _)>






 サラサラ、とペンが紙をなぞる音がする。慣れた手付きで素早くサインを書くとその紙を右に流し、また新たな書類を左の山から一枚手に取った。

 開けた窓から涼しい風が流れ込み、赤い髪を揺らす。フィアはしばし書類を睨んで考え込んでいたが、やがてまたサインを記すと側にあった箱にそれを放り込んだ。

 その後も書類の山と格闘し、次々と書類を仕分けしていた彼女だったが、しばらくして肩がこったか、ペンを放り出して大きく背伸びをし、その口から「んー……」と悩ましげな声が漏れた。

 そうしていると、見計らっていたらしいタイミングでノック音が鳴った。入室を許可すると、見慣れた禿頭とメイド服が姿を見せる。


「ホッホッ、少し休憩されますか?」

「コーヴェルか」

「お疲れになる頃かと思いましてな。ちょうど紅茶を入れて参りました。いかがですかな?」


 断る理由などない。フィアは大きくため息を吐いて背もたれに体を預けると、目の前にシンプルな意匠のカップが置かれた。


「どうぞ、お嬢様」

「ありがとう、レイス」


 表情を変えず一礼したレイスにフィアは微笑むと暖かい紅茶を一口含む。途端に喉から胃にかけて温もりが広がり、思わずほぅ、とため息が漏れた。


「それで、各地の状況はいかがですかな?」

「率直に言って――芳しくはないな」


 先程読み終えた書類の一枚をもう一度手に取りながら、フィアは難しい顔をした。

 読み進めている書類の山。その大部分は国内各地の状況に関する報告書だ。

 光神によってもたらされた魔素の異常発生。あれから半年以上が過ぎたが、未だ影響を拭い去りきれていなかった。立ち込めた魔素こそすっかり薄れてモンスターの発生量も落ち着いてきたが、そこに至るまでに生じた被害は莫大なものだ。

 ギルドも最大限協力してくれたとはいえ、手数は限られる。どうしても大きな街を優先して守らざるを得ず、町や村に住む者に対しては住処を捨てて街へと避難させた。皆が全力で対処してくれたおかげで人的被害は予想されたものよりもかなり抑えられたが、物的損害はどうしようもない。王国全土の各所に住み着いてしまったモンスターの駆除を始めたが、今後も復興には莫大な金と時間が掛かることが容易に想像でき、もうずっとフィアの頭を悩ませていた。


「国庫もすっかり空っぽになってしまいましたからな」

「帝国も支援してくれてはいるが……被害の大きい共和国や諸国連合に比べればまだ王国はマシだからな。これ以上皇帝陛下の好意に甘えるわけにはいかないな」

「教会も聖女様がトップになられてから協力して頂いておりますが……そちらに頼り切りになるのも考えものではありますな」


 無事に大神殿から脱出したアンジェリカの動きは早かった。

 主要な役職に就いていた者たちがいなくなって大混乱の最中、瞬く間に組織を掌握。各地にいた信頼できる司教・司祭を取り立てて崩壊した組織をわずか数ヶ月で再構築して、今は各国での復興支援をしている。

 もっとも、アンジェリカ自身は表立ってトップには立たず代わりの者を新たな教皇に仕立て上げ、彼女自身はセリウス、ゴードン、アトベルザと共に小さな村々を回っているらしい。


「教会自身も教皇国を建て直さねばならないしな。自業自得とはいえ、国民や信者に責はないし、そちらの復興を優先するのは当然だ。

 となると――コーヴェル」

「なんでございましょう?」

「貴族派たちに蓄財を吐き出させることは可能か?」


 即位以来大人しかった貴族派たち。さすがにこのままではまずいと思ったのか、復興に関してフィアに協力的であったが、ここ最近になって彼らの活動が活発になってきているとの報告も受けていた。

 この様な状況においても自身の利を優先させようとする彼らの強かさには呆れを通り越して逆に尊敬の念すら覚えるが、一方で彼ら――特に大貴族たちのおかげで国の統治が行き届き、経済が回っている側面もある。ならばフィア自身の手綱さばきが上手くならねばならないのだろう。その点、父との差をいつも痛感する。


「まだ昨今の状況からすると多少ならば吐き出させる事は可能でしょうな。とはいえ、そろそろ旨味をちらつかせてやる必要もありましょうが」

「なら領土北方――魔の森の開発と、それに伴う利権の一部をくれてやれ」


 かつて魔の森と呼ばれた王国北方の未開領土。強力なモンスターと感覚を狂わせる不思議な場のせいで開発できずにいたが、今はモンスターの姿は消え、濃密な魔素もすっかり薄れて通常の土地と変わらなくなっていた。

 そのため村を失った人々の新たな職と生活の場として開拓の機運が高まっていた。


「宜しいのですかな?」

「構わない。ただし、あくまで開発した街は国王直轄地としてほしい。そこは譲れない」


 あの地域は帝国との国境地帯でもある。下手に貴族に割譲すれば将来、新たな火種になることは火を見るより明らかだ。それに、手を出してもらっては困る地域もある。


「この際だ。帝国にも一枚噛んでもらうか……」


 帝国の商人なども招き入れ、税制や移民の面でも優遇して帝国にも街の発展に寄与してもらう。帝国にも利がある話であり、そうすれば帝国と王国貴族派、そして王国と三者で均衡状態が構築されて地域情勢として安定できるかもしれない。

 顎に手を当て、一人思案していたフィアだったが、ふと向けられているコーヴェルの視線に気づき顔を上げた。


「何か私の顔についているか?」

「いえ、成長されました、と思いましてな」嬉しそうに白ひげを撫でた。「優秀なブレインがいらっしゃるから、ですかな?」

「まあな」


 からかいを多分に含んだコーヴェルの言葉だったが、フィアは涼しい顔をして紅茶を飲んだ。


「そういった面も成長されましたな」

「一国の王たるものが一々赤面していても仕方あるまい」


 好々爺然としてひげを撫でながらコーヴェルがフィアの横顔を眺めていると、苛立たしげなリズムで扉がノックされた。


「ちょっと、侯爵? いい加減入れてもらっても宜しいんじゃないかしら? ていうか、いつまで待たせてんのよ」

「おっと、そうでしたそうでした。陛下にお客様をお連れしたんでしたな」

「客? それに、この声は――」

「陛下もよくご存知の方ですよ。

 レイス」

「畏まりました」


 禿頭をペシッと叩いてレイスに指示をすると、扉が開けられていく。


「――シェニア」

「はぁーい、元気してた?」


 現れた客人はシェニアだった。紫を貴重とした艶やかなドレスを身にまとい、フィアと目が合うと軽くウインク。そして右手のコーヴェルにジト目を向けた。


「ったく、いつまでくっちゃべってんのよ」

「いや、失礼。陛下と話しておりますとついつい興が乗ってしまいましてな」

「ホントにもう……まあ、いいわ。

 それより久しぶり、フィア」

「お久しぶりです」


 シェニアが机に近寄っていくとフィアも立ち上がって握手を交わした。フィアの頬が緩むと、シェニアもクス、と嬉しそうに笑った。


「王都にいらしてたんですね」

「ギルドの支部長会合があってね。ま、それ自体は何の実りもない無駄な会議だから嫌だったんだけど、たまには国王様のご様子を窺ってみるのもどうかと思って」

「ふふ、ありがとうございます」


 これはいよいよ本格的に休憩としよう。フィアはそう決めるとシェニアをソファに座らせ、自分もその対面にゆっくり腰を下ろした。レイスが改めて二人に紅茶を注ぎ、フィアは暖かい一口を口に含み、広がる香りに吐息が漏れた。

 と、その彼女の目の前に一通の封筒が差し出された。


「手紙?」

「そ。実はこれをフィアに渡すのが王都に来たメインの目的。

 ――シオン君からの近況報告よ」


 渡された封筒をひっくり返せば、彼らしい丁寧な字体でシオンの名前が記されていた。


「そのうち状況を教えてほしいって前に言ってたでしょ? もう半年以上経ったし、貴方もずっと王都に詰めっぱなしだったからシオン君が書いてくれたみたいよ。

 本当は郵送で送るみたいだったけど、ちょうど私も王都に来なきゃいけなかったから、どうせだし、と思って彼から受け取って持って来たの」

「それは……ありがとうございます」


 フィアの顔が懐かしさに浮かぶ。分かってはいたが、もう半年。改めて思うとあっという間だ。

 果たして、別れてからみんなはどう過ごしているだろうか。元気にやっているだろうか。なんとも言えないドキドキ感を感じながら、フィアは封筒から便箋を取り出して手紙に視線を落とした。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 お久しぶりです、フィアさん。国王様としてのお仕事は、僕なんかの想像もつかないくらいに大変で、気苦労が絶えないお仕事だとは思いますが元気に過ごされていますでしょうか。

 僕の方は魔法大学で相変わらず元気にやっています。新しく設立された魔法科学学部はまだまだ小規模なので研究から授業、書類仕事なんかも全部自分でしなければならないので忙しいですが、新しい魔法の歴史に自分なんかが携われるかと思うとすごく興奮してしまいます。


 本当のことを言うと、スフォンに作られた分校とはいえ歴史ある魔法大学ですから僕みたいな若輩で平民の獣人が突然入ってきて、しかも指導する側で大丈夫かな、という不安はありました。実際、大学に行くと露骨に嫌悪してくる人や、新しい分野である魔法科学を認めない、と面と向かって言ってくる人が多かったです。中には直接的に嫌がらせをしてくる人なんかもいました。

 それでも大体の人はシェニアさんとアリエスさんの推薦状、フィアさんの特別認可証なんかを見せると黙ってくれるので、つくづくすごい友人を持ったもので、養成学校に入学した当初からは全く考えられない、運命の不可思議さを感じます。

 大学自体はそんな感じですけど、魔法科学学部は新しい学問だからか、入ってきた人は逆に偏見がない人が多いです。

 平民の人も結構いて授業も真面目に聞いてくれますし、強い熱意を感じます。授業外でも僕の姿を見つけては質問してきますし、研究も手伝ってくれてとても助かってますね。

 だからその熱意に押されて僕も一層頑張らなきゃって気持ちにさせられて、毎日研究も授業も元気にやる気に満ちて頑張ってます。



 僕に関してはこんなところですが、パーティの他の皆さんも同じく元気でやっています。

 残念ながら僕は参加できてないんですが、カレンさん、ギースさん、イーシュさんは三人で迷宮に潜っているみたいです。世界中の魔素濃度も薄くなり、あれだけ異常発生していた高ランクモンスターも今ではすっかり鳴りを潜めて、昔に戻ったらしいです。

 もっとも拡張してしまった部分についてはそのままになってるようで、そちらでは比較的高ランクのモンスターも現れているみたいなのですが、三人だけでも平気で最下層まで潜れる人たちですから、最近ではもっぱら駆け出し冒険者やギルドに依頼されて助っ人として潜ることが多くなってるって聞いてます。

 けれどもやっぱり迷宮に潜る回数は減ってしまってるみたいですね。皆のランクに比べて迷宮のランクが低い、というのもありますけど、やっぱりフィアさんやアリエスさんたちと一緒じゃないと面白くない、というのが一番の理由だと思います。(かく言う僕も、やっぱり潜るならフィアさんたち含めたパーティじゃないとなんだかしっくり来ませんでした)


 だから冒険者としての活動は少なくなってはいますが、代わりではないですけど皆さん新しいことに挑戦し始めてます。


 まずギースさんですが、スフォンのスラム街に土地を買って大きな家を建てました。そこにスラムで路上生活していた身寄りのない子どもたちを住まわせて、一緒に暮らして面倒を見てあげています。(ある日近くを通ったら、見覚えのない大きなお屋敷が建ってたのでびっくりしました)

 ギースさん、実は冒険者として稼いだお金をずっと貯めていたみたいでして、先日の報奨金で目標額に達したのでスラム街の土地を一気に買い取ったとのことでした。

 この手紙を書くちょっと前にお邪魔させてもらったんですが、その家では食事の世話はもちろん、子どもでもできる簡単なギルドの仕事を紹介して悪いことをせずに生活できる術を教えてました。もっとも、そこはギースさんらしく、来るのも自由で出ていくのも自由だっていうスタイルで運営してるみたいです。スラムの顔役の人とも話はつけているみたいで、見知らぬ子どもたちを見つけたらまずギースさんのところに連れて行くって流れができてるので、今後もっと規模が大きくなっていきそうです。(この手紙を書くにあたってギースさんからは、フィアさん宛に「補助金よこせ」という伝言をもらってますのでそれだけお伝えしておきます。)



 このギースさんの屋敷には時々――というには頻度が高いですけど――カレンさんも顔を出してお手伝いをしています。

 さすが弟がいるお姉さんらしく、子どもたちにいたずらされながらも対処には慣れているようで、叱ったり一緒に遊んだりしてすっかり溶け込んでました。

 ギースさんは……良い人ですけど少しとっつきにくい面があるので、どうも子どもたちの殆どはカレンさんの方に懐いてるんじゃないでしょうか? 方針なんかもカレンさんの方が一生懸命に考えてて、ギースさんはだいたい「それでいいんじゃねーか」しか言ってませんが、カレンさんも不満そうに怒ったりしつつそんな毎日を楽しんでるみたいです。

 そうそう、カレンさんといえば、それ以外にもウチの食堂でアルバイトも始めました。本格的に料理の練習をしたいそうで、週に二、三回くらいやってきてユーフェちゃんから教わってます。

 本当に本当に……一生懸命頑張ってます。真面目に工程をメモして、味見してるんです。けれど……前々から分かってましたけど今ならもう確信を持って言えます。もはや才能です。どうして、どうして……レシピ通りに作って毒が作れるのか。そのくせに自己流アレンジのスイーツ類は、本職の人も裸足で逃げ出すくらい美味しく作れるんです。いったい、何がどうなっているのか永久の謎です。一生をかけても解明できる気がしません。



 ええっと、それからイーシュさんですが……今はもうすっかり元気を取り戻して、迷宮とご実家の道場師範をかけ持ちしてます。事件が全て片付いてしばらくは明るく振る舞ってはいましたが、ふとした時に脳天気なイーシュさんらしくない暗い顔をしてました。みんな心配して気にかけていましたが、ごく最近になって吹っ切れたようで、またいつものイーシュさんに戻ってくれました。また新しい恋人を探そうと積極的に色んなところに顔を出しているみたいです。

 そんな中、どうも妹のシリがイーシュさんのことを気になってるようでして……

 僕もびっくりして何処が良いのか聞いてみたらシリ曰く、「あのほっておくとダメな感じがほっとけない」だそうです。なのでイーシュさんがウチに食事来ると、普段は手伝いなんてしないくせにイーシュさんのテーブル限定で甲斐甲斐しく給仕してます。イーシュさんはまだそんな気持ちに気づいてはいないみたいなんですが、悪い気もしてないみたいでして……

 妹も年頃ですし、イーシュさんも良い人を見つけてもらいたいとは思ってましたので応援してあげたいですが……正直、微妙な気持ちです。こういう時、兄としてどうすれば良いんでしょうか?

 ともかくも、フィアさんも心配してたと思いますが、そういう状況ですのでイーシュさんについては、たぶんですがもう大丈夫だと思います。



 そういえば先日、アリエスさんとオットマー先生が遊びに来てくださいました。

 アリエスさんのお祖父様であるアルフォリーニ侯爵のところへご挨拶に伺った帰りだそうで、オットマー先生はご自身が平民であることを気にされていたようですが、侯爵は先生の筋肉を見て一瞬で気に入られたとか。軽く(?)手合わせもして実力を把握したらますます気に入られたらしく、結婚の話がトントン拍子に進んで、もう来春には式を挙げるところまで決まったって冷や汗を流しながら先生がおっしゃってました。

 それでもアリエスさんとオットマー先生はとても幸せそうでした。二人が付き合い始めたと聞いた時は全員びっくりしましたけど、並んで寄り添ってる二人を見るとすごくお似合いの二人に見えます。

 アリエスさんが筋肉を撫でながら恍惚とするのには先生もまだ慣れない様で挙動不審になってますが、それ以外のところに関してはもう長年連れ添った夫婦の様に自然で、見ているこちらが羨ましくなるくらいです。

 アリエスさんが言うには、たぶんこの手紙が届いたちょっと後くらいにはフィアさんのところにも式の招待状が届くだろうとのことです。

 国王様としてお忙しいでしょうから出席は難しいかもしれませんが、もし出席できたら久しぶりにみんなが集まることになりますね。その時に、じっくりとお話させてください。


 手紙が長くなりました。国王様ですから大変なお仕事でしょうが、倒れてしまうと国中の人たちが心配してしまいますのでぜひご自愛ください。(レイスさん、フィアさんのことを宜しくお願いします。自然に無理をしかねない人ですので)

 それでは。また。キーリさんにも宜しくお伝えください。





あと一話、お付き合いください

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