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12-10. 転生先にカミサマはいない(その10)

初稿:20/01/07

本日更新分の2/4。お読み飛ばしにご注意ください<(_ _)><(_ _)>


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。

フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。

アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。

シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。

レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。

ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。

カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。

イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。

クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。






 柔らかい色合いの炎は呆気ないほど全てを燃やし尽くした。彩りの乏しいモノクロ基調の世界の中で、それは優しくユキ、キーリ、そしてフィアを照らした。

 光が散らばっていく。世界を一瞬明るくきらめかせ、やがて炎が消えるとまた元の白黒の色彩が満たされ、思わずため息が漏れた。


「逝ったな……」

「ああ……」


 これで全てが終わった。世界中に広まった悪意はすぐには消えないだろうが、それも時間が経てば他の神々たちやユキの手によって薄れていくだろう。

 フィアの胸中にここまで辿った苦難の数々が過る。心をズタズタに斬り裂かれる様な出来事が多かった。何度も心が折れた。けれども、キーリたちに支えられながらその度に乗り越えることができた。

 そしてそれら苦難が通過して残ったのは達成感と寂寥感。失ったものに比べれば結果として得られたものは少ない。だがここまでの過程まで含めれば得られたものも多いし、手を打たなければ失い続けたものを食い止めることもできた。そう考えれば十分だろう。フィアは頭を振った。


「帰ろう。みんなの元に」

「……そうだな」


 フィアの目の前に黒い孔が生まれた。ここを通れば元の世界に戻れる、ということか。フィアはそう理解してキーリの手を握ると孔へと脚を踏み入れた。

 だがその手が解かれた。


「……?」


 振り返る前にフィアの背がトン、と押された。

 彼女が孔へと吸い込まれ、振り返ったその瞳に映るキーリの姿が遠ざかる。やがて黒い靄に体が拘束されて身動きが取れなくなった。


「キーリ!?」

「悪いな。俺はそっちには戻れそうにないんだわ」

「何を言って……――っ!?」


 フィアが見ている先でキーリの体が足元から一気に黒く変色していった。さらにその上に赤黒い血管の様なものがびっしりと覆い尽くし、周囲からの黒い蔦が逃すまいとするかのようにしっかりと絡みつく。


「キーリ、お前っ……!」

「いやぁ、闇神としての力を使いすぎちまったらしくてな。どうやらもう人間じゃいられないらしいんだな、これが」


 先程まで白と黒で拮抗していたモノクロの世界が崩壊する。キーリの足元から暗闇が広がっていき、不気味なマーブル模様を至るところで作り出される。白が灰色に、灰色が黒にと徐々に変色していった。


「っ……、さっきの暴走のせいか……!」

「まあそれだけじゃねぇんだけど、ま、トドメになったのはそれだな」


 出会った頃の様に銀色だった髪が根本から黒くなる。単なる黒でなく、全てを飲み込むような黒。その髪が一気に長くなり、足元の影と繋がった。

 翼が生える。背丈よりも遥かに大きく、長く。それはどんどんと拡大していき、フィアの見える範囲全てを瞬く間に覆っていった。


「お前はお前で人の世界で頑張ってくれよな。俺はクソッタレの神どもにこき使われながら新しい闇神として生きていくからさ」

「しかし闇神はユキが――」


 そこに白い閃光が迸った。真っ黒に塗り潰されていた世界に光が戻る。キーリのそれと同じ様に白い翼が広がっていき、そちらに顔を向ければユキが神々しく光を発していた。


「まさか――」

「そ。光神がいなくなっちまったからな。ユキが新しい光神となって、ンでアイツの後釜――ってのも癪だが、俺が闇神とならざるをえねぇってこと。

 ガラじゃねぇけどせっかく世界を救ったんだからな。ここでハイ、サヨウナラしてまた世界が崩壊しても困んだろ? アンジェリカのクソ聖女をギャフンと言わせらんねぇのは残念じゃああるがな」

「そんな……お前は、お前はそれで良いのか?」フィアの声が震えた。「これから街に戻ってまたみんなと一緒に迷宮に潜るんだろう? 私を支えてくれるんだろ? お願いだ。嘘だと言ってくれ。私は、私は……」

「……ゴメンな、フィア。けど、こうなるのはもう、ずっと前から分かってたんだよ」

「何を言って――」


 フィアはハッとした。ここ一年、何かにつけてキーリの行動に気がかりな点が多かったことに気づいた。

 アリエスたちと合流して王位を目指すことにした頃から、何となく感じていたキーリとの距離。国境で王国と帝国が衝突した時も、フィアはキーリのやり方に反感を覚えた。あの時はキーリなりのやり方でフィアを支援してくれただけだと理解していたが、それからもあまり王城に寄り付かなかったりして距離を置くようになっていた気がする。それさえも、フィアの忙しさや王城内の貴族や役人たちの目を気にしての事だとばかり思っていたが、そもそもキーリがそんなものを気にするような性質ではないではないか。


「そんな顔すんなって、フィア。俺は俺で世界のどっかからお前らのことをたまに見てるからさ。頑張って、王国を立派な国にしてくれよな」

「止めろ、キーリ! そんな事言わないでくれ! 私はお前がいなければダメなんだ! お前がいてくれたから私はここまで来れたんだ! お願いだから……これからも私と一緒にいてくれっ……!」


 沈みゆく体からフィアは必死に手を伸ばした。心の赴くまま、子供の様に泣き叫ぶ。

 そんな彼女の頭をキーリは優しく撫で、穏やかに笑った。

 見上げる。そして彼女は思わず見惚れた。それは、フィアが今まで見てきた中で、どんな時よりも優しくて、穏やかだったから。


「フィア、俺の方こそお前がいてくれて良かった。お前がいてくれたから、今まで人間でいられた。人の心を失わずにいられたんだ。お前がいなかったらきっと、俺は途中で狂ってた。お前のおかげで光神みたいにならずに済んだんだ」

「止めろ、キーリ……止めてくれ」


 それではまるで、別れの挨拶みたいではないか。フィアの頬から涙がこぼれ落ちた。


「感謝してもしきれねぇけど……他のみんなと一緒に、幸せになってくれ。

 ありがとな」

「キーリィィィィィッッッッ!!」


 一気に影の奥へと体が飲み込まれていく。最愛の人が遠ざかる。名前を叫びながら手を伸ばし、だがその手はキーリに届くことはなかった。

 孔が閉じ、フィアの姿が完全に見えなくなった。キーリは彼女を見送ると目を閉じて天を仰いだ。唇が勝手に震え、凍えた様にため息が漏れた。


「キーリ」


 名を呼ばれ目元を拭い、一度大きく息を吸い込むと振り向く。そこには、キーリとは対照的に鮮やかな銀色の髪をなびかせ、目もくらむほどに輝く翼を広げたユキが立っていた。


「待たせたな」

「別に。時間は確かにないけど、別れを急かすほど切羽詰まってはいないから問題ないわ。

 それより、本当に良いのね?」


 感情の読めない眼差しを向けて確認してくる。キーリは、フッと笑うと頭を掻いた。


「アイツとはそれこそ腹の中までさらけ出したんだ。叶うなら……生涯アイツの側にいてやりてぇさ」


 身も心も一つに通じ、愛した人。別れが辛くないはずがない。悲しくないはずがない。彼女が自分を支えてくれたように、今度は自分が彼女を支える番になるはずだった。けれどもそれは叶わない。


「でも……アイツなら俺がいなくたってやっていける。俺と違って人たらしだからな。コーヴェルの爺ぃも元気になったし、レイスだってまだまだ側にいる。アリエスも相談に乗ってくれんだろうし、エドヴィカネルのおっさんも何だかんだフィアが困ったら助けてくれんだろうよ」


 そこに自分がいないのは、寂しい。が、今更それを嘆いても栓のない話だ。


「だから大丈夫。それに、最初からそういう話だったろうが」


 あの日あの時。全てが燃え尽きた場所で交わした契約。本来なら死ぬはずだったキーリを闇神の力で生かし続ける。対価として、復讐を果たし終えた後にキーリの魂をユキに捧げる。

 捧げた魂は好きに弄ぶも良し、自身の代行者として一生こき使うも良し。そして――自分の後釜として新たな闇神に据え置くもまた良し。であるから、キーリが闇神となるのは必然であった。


「そう……分かったわ」

「分かってくれたんなら重畳」キーリはユキに背を向けて背伸びした。「さて、ならそろそろ新しい闇神としての初仕事に赴くかね。言っとくがこっちは初心者なんだからな? 手厚い指導をご所望するぜ?」

「いえ、その必要はないわよ」

「あ? ひょっとしてスパルタ主義か? そいつぁ困る――」


 呆れながらキーリが振り返る。と、胸に軽い衝撃が走った。

 視線を落とす。すると、ユキの腕が貫いていた。


「が、あ……」

「残念ながら闇神は二人も要らないわ」

「ユ、キ……テメェ……!」

「だから力は返してもらうわよ」


 ずるり、と引き抜かれた腕。その手のひらには黒い靄を際限なく生み出し続ける塊があった。

 魔素の海との繋がりが絶たれ、キーリの全身から力が抜け落ち立っていられなくなる。ぐらつく体を何とか踏ん張らせるが、その肩がトン、と軽く押された。

 先程フィアに対してしたものと同じように、今度はキーリの背後に孔が現れる。倒れ込むようにしてキーリはその孔に落ちていき、影のクッションに受け止められるとゆっくり沈み込んでいった。


「ユキ……!」

「フィアとの繋がりはまだ感じられるでしょ? それを辿っていけば帰れるはずだから」


 そのつもりでフィアをこの場まで連れてきたのか。キーリは今更ながらユキの本当の意図に気づいた。


「テメェ! 俺がいなくてどうやって世界を維持するつもりだ! お前一人で――」

「見くびらないで」腰に手を当ててユキは怒ったように鼻を鳴らした。「アイツにだってできたんだもの。光神と闇神の兼任くらい、余裕よ。

 だからキーリは自分の人生を全うしてきなさい。それまで契約の行使は待ってあげるから」

「ふざけん、な……! ユキ……! この期に及んで、テメェ一人で良い格好、してん、じゃ――!」

「ふふ、短い間だったけどキーリたちとの時間、楽しかったわよ」


 それじゃ、またね。ユキが笑って手を振り、キーリに背を向けた。

 キーリの視界が靄に覆われていく。不鮮明になっていくその向こう。生えていたユキの白い翼の片方が黒く染まった。

 翼が羽ばたき、ユキが飛び立つ。白と黒の羽が辺りに舞い落ちていき、やがて白と黒の鮮烈な閃光がキーリの意識を猛烈な勢いで弾き飛ばした。

 思考が塗り潰され、激流に翻弄された後、キーリはしばらく穏やかな流れの中をたゆたっている様だった。その感覚も程なく途絶え、背の下に柔らかく支えられる感触があった。

 目を開ける。ぼやけた視界が徐々に焦点を結び始める。その先にあったのはフィアの泣き顔。


「おかえり、キーリ……」


 涙をにじませた目尻を細めて笑う。

 キーリの意識は未だおぼろげ。それでも彼は帰ってきたのだと知り、小さく息を吐き出してから微笑んで彼女に告げた。


「――ただいま」






お読み頂きありがとうございました<(_ _)><(_ _)>

残るはエピローグのみになります。最後までお付き合い頂ければ幸いです。

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