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12-8. 転生先にカミサマはいない(その8)

初稿:20/01/06


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。

フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。

アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。

シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。

レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。

ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。

カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。

イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。

クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。





 教皇の間の大扉が真っ赤に熱せられ、幾つかの閃光が走っていく。膨張して不自然に歪み、その歪みに耐えられなくなった大扉が轟音を轟かせて破砕された。

 破片が飛び散っていき、埃と煙が入り混じって立ち込め、それも吹き込んだ風で飛ばされる。


「……っ! これは……!!」


 その奥にあった世界を目撃し、走り込んできたシェニアたちは愕然とした。足元に広がっていた泥を踏み抜くと心の底が抜けたような感覚に襲われ、慌てて飛び退くと迫ってくるそれを薙ぎ払った。が、吹き飛ばされた端からまたじわりと這う様にしてにじり寄ってくる。


「教皇……」

「何となく分かってた事じゃああったが……こりゃあ大分まずい状況の様だな」


 ゴードンが眼を丸くして珍しく慄きを見せる中、アンジェは光神魔法を顕現させた。


「――神は天にはあらずデウス・ノネスト・インカイロ


 自らが編み出した極大光神魔法を泥の壁目掛けて放つ。光の柱が泥に吸い込まれて減衰したものの、かろうじて貫通し、その奥で黒い靄の塊と対峙しているフィアたちの姿を認めた。


「姉ちゃんたちっ!! 無事かっ!?」

「アト!? それにみんなも! 無事でしたのね!」

「ちょっと待ってて! 今からそっちに行くから!」

「待て、カレン! こっちに来るな!」

「へへ、やべえのは分かってるけどさ。いくらフィア姉ちゃんの言葉でもそれは聞けない相談だって! 今から助太刀に――」


 カレンやアトたちが貫通してできた孔の中に飛び込もうとする。すると、逆に孔の中から黒い不定形の影が彼女ら目掛けて飛び出してきた。

 それだけではない。泥の壁からも黒い突起が無数に突き出してきて、上階から駆けつけてきた全員を絡め取ろうとしてくる。

 前触れ無く現れたそれら攻撃に迎撃は間に合わない。やむなく全員が回避行動に移りかけた。


「――っ!」


 だが彼女らが動き出すより早くそれら突起は形が崩れ、薄い霧となって散っていった。何が起こった、と視線を移すと、こちらに向かってキーリが手を伸ばしていた。


「キーリ君……? いえ、でもユキさんっぽいような……?」

(なり)は変わっちまったけど、一応『キーリ』だよ、シェニア」

「でも……」


 事情が飲み込めるはずがないが、のんびり話をしている余裕はない。

 光神の成れの果てがキーリとフィア目掛けて黒い腕を伸ばしてきた。キーリは手を前に突き出すと透明な壁が現れ、その壁に理性を無くした光神がへばりつく。それ以上キーリに近づくことができないが、それでもさらにキーリに近づこうともがき続けていた。


「何よ、あのおぞましいのは……?」

「細けぇ話は無しだ。

 シェニア、ギース。全員を連れて今すぐこっから逃げろ」

「なっ!?」

「さっきも言ったろ、兄ちゃん! それは聞けないって!」


 キーリがそう告げるとアトを含め全員が反発するが、直後に巨大な瓦礫が天井から落下して轟音を立てた。


「キーリの言うとおりですわ! もう神殿は持ちませんし、一刻も早く逃げるべきですわ」

「いや、アリエスたちもだ。

 ――俺とフィアだけ残る」

「キーリさん!?」

「冗談を言ってる場合じゃありませんのよ!」

「冗談で言ってるわけじゃねぇよ。俺はともかくとして、お前らはここが崩壊したら無事じゃ済まねぇ。それに――」


 キーリはシェニアたちの背後へと視線を送った。先程シェニアたちが入ってきた大扉にもいつのまにか黒い泥が押し寄せており、部屋に入ったシェニアたちを逃すまいと大扉跡を塞いでいた。

 キーリが腕を振るうと、その軌道に沿って線が走り、泥の壁が崩れ落ちる。泥は魔素粒子となって淀んだ空気に溶け込み、再び扉だった痕跡が姿を見せるが、泥が再び入り口を覆ってしまおうと集まっていた。


「のんびりしてっと帰り道も無くなっちまうぞ?」

「ですが、お嬢様とキーリ様を置いていくわけには参りません」

「だからさ、早いトコ倒しちゃって一緒に帰ろ?」


 帰れというキーリとは裏腹にレイスたちは動こうとせず、やってきたカレンたちは近づこうとしてくる。誰一人としてキーリとフィアを置いて帰ろうという気は無さそうだ。


(こういう奴らだってのは、分かってたけどな……)


 そうでなければ、こんな地獄まで一緒にやっては来ない。彼らを信頼し、彼らだからこそ一緒に共に苦難を乗り越えてこられた。キーリの頬が緩み、隣に立つフィアに視線を移せば、彼女もまた嬉しそうに微笑んでいた。

 二人の視線が交わり、クスリと笑い合う。フィアの手が、キーリの手を握った。

 そしてキーリが彼らに向かって手を掲げた。


「うわわっ!」

「ちょっ……キーリっ!?」


 影から伸びた触手がアリエスとシオン、レイスの三人に絡みつく。体を持ち上げると、アンジェが開けた孔から放り出され、床を転がっていく。


「あと、シェニア。こいつも頼むわ」


 さらに影から眠り続けているイーシュを取り出すと、影のベッドを作って外に運び出す。困惑するシェニアの前に到着すると、押し付けるようにして彼女の腕に乗せた。


「キーリっ! 何をしてくれますの!」


 起き上がったアリエスがキーリに食ってかかろうとする。だが一歩踏み出したところで彼女の脚が止まった。

 視線を落とす。そこには、影の中にズブズブと沈んでいっている自身の脚があった。それは彼女だけでなく、シオンやアンジェ、シェニアたち全員が、キーリが作り出した影の中へと沈み始めていた。


「悪いな、みんな。影から外に出られっから先に帰っててくれな」

「テメェ……! まさかクソふざけたこと考えてねぇだろうな……?」

「そんな……キーリくんっ!」

「大丈夫だよ」キーリは優しく笑った。「全部片付けたらちゃんと戻るからさ。だから……みんなは先に戻っててくれよ」

「本当、ですか……?」

「ああ、ホントホント。信用しろって」


 苦笑いをキーリは浮かべ、果たしてシオンはその笑みが意味するところを判断しかねた。キーリの言葉をそのまま信じていいのか。迷っているうちに体の半分以上が沈んでいた。


「レイス。悪いが外で待っててくれ。すぐに戻るから」

「……承知致しました」


 フィアの言葉にレイスが恭しく一礼する。不承不承、という雰囲気を醸してはいるが、何も言わない。代わりに見つめる瞳が彼女の心情を如実に物語っていた。フィアはうなずいてみせ、心の中で礼を述べた。


「嫌ですわ!」


 だがアリエスは拒絶した。

 叫び、もがく。影から這い出そうとしても手はそのまま影に沈み、やがて腕を出すことさえできない程に深くなる。


「キーリ! キーリ、キーリ、キーリ……!!」

「アリエス嬢……!」


 半狂乱になって取り乱すアリエスを、オットマーが腕を伸ばして強く抱き寄せる。必死でアリエスは手を伸ばし、しかしキーリからは遠かった。


「ちゃんと……戻ってきなさいね」

「待ってるから」

「イーシュさんは任せてください。ですからキーリさんとフィアさんも……」

「ああ。分かった分かった」


 さっさと行けとばかりにキーリはシェニアたちに軽く返事をした。みんなに背を向け追い払うように手を払って振り向かない。振り向けない。完全に仲間たちの姿が影の中に消え去るその直前に、ただ一度だけ、振り返った。それで十分だった。十分だと思いたかった。


「キーリ・アルカナ」


 光神魔法の適正のおかげか、最後まで残っていたアンジェが静かに声を掛けた。


「一足先に戻ってるわ。だから……さっさとその教皇の成れの果てをぶっ倒して、私を殺しに来なさい」

「……はっ、当たり前だっての。首洗って待ってろ。首切り取って親父たちの墓前に添えてやるよ」

「やってみなさい。楽しみにしてるわ」


 それじゃ、またね。そう言い残してアンジェリカも影に沈んだ。

 残ったのはキーリ、フィアの二人。すぐ目の前で、壁を壊そうと光神の成れの果てがしがみついている。壁が徐々にひび割れていき、それを見つめながらキーリは湧き上がる感情をため息で逸した。


「悪いな、フィア。最後まで俺に付き合ってもらって」

「気にする必要はない。お前と一緒にいると決めたのは私だ」フィアは明るく笑ってみせた。「どのみち光神をこのまま放置はできないからな。お前となら不安はない。みんなが心配している。だからケリをつけてしまって……早く一緒に帰ろう」

「そう、だな……」


 フィアが握っていたキーリの手を、強く握りしめた。手のひらからはもう温もりは感じない。鼓動も感じない。けれど、確かに彼が隣にいるのだと実感できる。

 顔を上げてフィアは、今にも襲いかかってきそうな光神だったものに視線を移す。


「私に何ができる?」

「弔いの炎を」人格がユキに切り替わって答えた。「彼の想いも、記憶も……愛情も憎しみも、全てをフィアの炎で葬ってあげてほしいの」

「良いのか?」

「良いの。光神との……■■■との思い出は全部、私の中にあるから。全てを忘れて安らかに……彼がカミサマなんかじゃなくて、人間として逝けるように燃やし尽くしてあげて」

「……承知した」


 まぶたが一度閉じ、再度開くと柔らかかった眼差しがキーリの鋭いものに切り替わる。

 崩壊を告げる地響きが強くなる。天井から振ってきた巨大な瓦礫を、光神だった影が飲み込んで一際そのサイズが大きくなった。

 そしてガラスが割れる様な音を立てて壁が砕けた。黒い影で構成された悪意の化け物。その腕がキーリをつかみ上げようと伸びてくる。

 しかしキーリに触れた瞬間、その腕をキーリが軽々と受け止めた。さらに掴んだその手のひらから、光神を形成する影を吸い込んでいく。

 不定形な影の顔に当たる部分が慄いた様に揺れる。掴まれた腕を切り離してキーリから距離をおいて、今度はキーリの四方から黒い泥が伸び上がった。

 ドロリとした粘着質なそれが全身を飲み込もうと襲いかかり、キーリの体がすっかり覆われる。だがそれも瞬く間にキーリの体へと吸い込まれていき、また元の艶やかで白い肢体が現れた。


「そう怯えんなよ? ユキが言ったろ? お前の想い、全部受け止めてやるって。本物の闇神が、お前の苦しさを昇華させてやるよ」


 キーリがニヤリと口端を上げて笑う。揺らめいていた光神を形どる影がのけ反るようにして退くと一度しゃがみこんで全身を縮こまらせ、遥か高くまで一気にその身を巨大化させた。

 キーリ目掛けて伸し掛からんとして、しかしキーリに接触する直前で影は突如として向きを変えた。狙いは隣にいるフィア。光神は瞬く間にフィアを飲み込んでいった。

 悪意の化け物が振り返ってキーリを見つめる。その顔が愉悦に歪む。どうだ、と言わんばかりに邪悪に笑った。


「随分と楽しそうだが、良いのか?」

「■■■■■――?」

「何言ってんのか分かんねぇが教えてやるよ。お前が飲み込んだ人間は――とびっきりの劇薬なんだぜ?」


 ところが逆にキーリがあざ笑うように告げる。影の化け物は不思議そうに彼を見下ろした。

 すると、程なくその体が明るく光を発し始めた。全ての輝きを吸収するはずの黒。それを突き破って赤い光が光神の体から溢れ出ていく。

 直後、破裂。凄まじい勢いで内側から炎が飛び出し、凍てつくような冷たさを持つ影を喰らい尽くしていった。


「私とイグニスの炎は、残念ながら貴方では喰らい尽くせない」


 明るく暖かな光が暗がりを照らしていく。炎が旋回し、その中心に無傷で現れたフィアが静かにそう告げる。


「キーリを通じて貴方の絶望の程は知っている。本来ならば光で世界を照らすはずの貴方が、ここまで黒く、暗く、全ての光を飲み込まんばかりにまで堕ちたのだ。嘆きは察するに余りある。

 だから――ここで終わりにしましょう」

「■■■、■■■■――!!」


 散り散りに飛び散った影が集まり、雄叫びを上げた。再び巨大化して、自身を照らす炎を逆に食らいつくさんばかりになる。それは、希望の光を拒絶している姿にもフィアには見えた。

 フィアは剣を握り締めた。構える。刀身に炎を纏い、静かに振るうべき時を待つ。


「■■■――!!」


 一際大きな叫び。黒い泥で覆われた世界が大きく揺れ、光神の成れの果ては影で作られた体を躍らせた。

 ぽっかり空いた二つの空洞。そこから赤い雫を滴らせ、彼はキーリ(ユキ)を飲み込もうと悪意で肥大した体で伸し掛かった。

 シートの様に体を広げて落下し、キーリとフィアを取り込もうとする。だが光神が着地した時にはキーリの姿はなかった。

 再び影が人の形となる。キーリを探し、彷徨うように顔に当たる部分が左右に揺れる。


「俺はここだよ」


 その背に、白い腕が突き刺さった。

 腕を伝って、光神を覆い尽くしていた黒い靄がキーリに向かって流れ込んでいく。それに伴い、キーリの体に走る黒い線が増えていき、足元から濃密な黒い影が広がっていく。

 キーリから溢れ出た影は全てを飲み込み始めた。部屋中に広がった泥も、天井から落ちてくる瓦礫も何もかもが影の中に消えていく。


「■■■■■■――!!」

「抵抗しないで」


 腕から抜け出そうともがく光神に、キーリ(ユキ)は柔らかく伝えた。


「言ったでしょう? 全部受け止めてあげるって。だから――」


 在るべきところへ、還りましょう。

 ユキが空いていた左腕で光神の体を抱き寄せる。脚と脚を絡め、腕を首に巻きつけて頭を自身の方へと引き寄せる。

 真摯な眼差しが、二つ空いた虚に向けられ視線が交差する。

 そして影に、口づけた。

 光神を象っていた影がみるみる間に消え失せていく。揺らめいていた靄が消え、奥からやがて光り輝く一人の青年が現れた。

 キョトンと何が起こったか分からないような表情を浮かべる青年。彼のその様子に、ユキは嬉しそうに微笑みその頭を抱き寄せた。

 二人の体の境界が曖昧になる。触れ合っている部分が溶け合い、光と影が混ざり合っていく。

 その直後、ユキの体から莫大な「黒」が溢れ出した。それは凄まじい勢いで何もかもを飲み込んでいく。先に溢れ出ていた影さえもその黒が飲み干し、彼と彼女を取り巻く世界の全てが黒に塗り潰していく。

 それはフィアでさえも例外ではない。彼女の纏う灼熱の炎ごと黒は覆っていき、しかし決して抵抗しない。黒の中に炎が溶け込んでいき、やがてフィアの意識も真っ黒な世界へといざなわれていくのだった。






お読み頂きありがとうございました<(_ _)><(_ _)>

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