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12-7. 転生先にカミサマはいない(その7)

初稿:20/01/05

本日2話目の更新です。

お読み飛ばしにご注意下さいませ<(_ _)>


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。

フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。

アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。

シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。

レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。

ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。

カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。

イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。

クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。






 黒髪の人の背中からは黒い翼が生えていて、軽く一羽ばたきさせると黒い羽が舞った。それが翼から離れると黒い光の粒子となって儚く消えていく。

 体の線は細く、振り返って現れる鼻や口元のシルエットはなんとも中性的。それがたおやかに弧を描いたかと思うと、前髪が揺れて奥から鋭い目つきが顕わになった。そして口元もたおやかさが消えて、対照的に皮肉げな色が濃く見えるようになる。


「キーリ……ですの?」

「さあな。一応俺はそのつもりではいるんだがな」


 口調はキーリ。しかし声はユキであり、仕草にもキーリとユキが入り混じっていてアリエスたちも混乱する。


「フィアの方はなんともありませんの? 何でしょう、心なし髪の色が濃くなったような……」

「……なんとも不思議な感覚だな」


 ユキの腕が突き刺さった場所をフィアは撫でた。傷はないのだが、どうにもぽっかり孔が空いた様な感覚が未だ残っている。そしてその孔目掛けて重く冷たいものが流れ込んでいるかの感覚もあった。

 しかしながらそれを上回る熱量が胸の内で発せられていた。流れ込む黒い泥を全て蒸発させるほどの圧倒的な炎が燃え盛っている。これまでも絶えず胸の奥で燃えている感覚はあったが、今はイグニスが放つ熱よりも遥かに温度が高い。


「フィアに伝言よ」


 すると再び口調が変わり、キーリが黒髪を掻き上げた。


「その口調……ユキ様ですか?」

「そ。あのままだったらキーリの魂も肉体も保たなかったから、私が肉体ごと引き取ったの」

「つまり……?」

「簡単に言えば、私とキーリで一つになったの。これなら私の力でいくらでも魔素を吸い上げても大丈夫だし、魔素を暴走させることもない。闇神が魔素を制御できないなんて笑い話にもならないしね」

「ま、そういうことだ」


 キーリとユキでころころと口調が入れ替わる。シオンはとりあえず理解できたが、フィアとアリエスはいまいちピンときていない。それでもユキのおかげで暴走が収まったということは理解できたのだが――


「二人は元に戻れるの……か?」

「さあ? 一つにできたんだから戻れるだろ」

「そんなアバウトな……」


 フィアとアリエスの懸念をキーリは楽観的に笑い飛ばした。二人は呆れるが、議論は後回しだ、と呆然とこちら――正確には融合したキーリだけ――を見ている光神に向き直った。


「それで、私への伝言というのは?」

「正確にはイグニスへの伝言だけどね」再び口調がユキに変わる。「――イグニス、今この瞬間から貴女が新たな炎神に指名されたわ」

「……は?」


 思わずフィアはポカンとした。彼女の胸から出た小さな炎の竜――イグニスも困惑したように口を開けてチロチロと舌を出していた。


「炎神は引退して楽隠居するんだってさ」ユキが呆れたように言った。「さっき私から炎神の力をイグニスに渡したからずいぶん力が増したと思うけれど。

 フィアもおめでとう。これで貴女も神を宿した人間よ。歴史を紐解いてもほとんど例がないんじゃないかしら?」

「いや、おめでとう、と言われてもな」


 神の交代だと言うのに随分とあっさりしていてありがたみもなにもない。そう指摘したがユキからは「そんなもんよ」というこれまたあっさりした返答が来てそれ以上の追求は諦めた。


「なるほど……これなら私一人だって光神と戦えそうな気がするよ」

「調子に乗らないの。言ってもペーペーなんだから到底無理よ」

「だが二人……と言って良いのか分からないが、キーリとユキも一緒に戦ってくれるのだろう? ならば勝てるさ」


 自覚するほどに湧き上がってくる力を感じ、フィアはキーリに向かって笑いかけ、拳を握りしめた。


「――待っていたよ」


 そこに笑顔を貼り付けた光神が両手を広げ近寄ってきた。

 作り物。彼を見つめ、キーリもユキもはっきりそれが分かった。顔に憐憫がにじんだ。


「部屋を抜け出して何処にいたのかな? まったく、悪い子だ。けれどこうして戻ってきてくれて良かったよ。さあ、こっちに――」

「来ないで」


 拒絶の言葉。キーリたちと光神の間に黒い壁が現れて両者を隔てた。

 ユキが表に現れると胸の辺りを押さえ、息を吸って感情を抑え込む。


「……無駄よ。世界は崩壊しない。世界中を覆った魔素の膜はもう風神や精霊たちで取り払われ始めてる。モンスターも討伐されるし、溢れさせた魔素だって全部流れを元に戻した。

 直に世界は落ち着きを取り戻していくし、魔素の海との接続だって完全にアンタから切り離した。光神、目論見はもう全て水の泡よ。諦めなさい」

「まさか……この大神殿から抜け出したというのかい? 馬鹿な、ずっと君の気配は神殿内にはあったはずだが……」

「私を舐めないでくれる?」


 ユキは鼻を鳴らした。

 拘束されていた大神殿内の部屋。あそこから脱出したユキは、自身の気配を神殿内に残しつつ魔素の海を介して世界中を移動していた。

 起きたばかりでまだ半分眠っている各神たちを叩き起こすと、自身への抱擁を餌にして精霊王たちを使って世界を覆う魔素の繭を除去するよう指示。それが終わると光神によって捻じ曲げられた世界中の魔素流れを修正すると同時に、世界各地に迷宮核を設置して濃密になり過ぎた大気中の魔素濃度を調整した。

 まだ完全ではないが、光神が見出した世界の調和はやがて再びバランスし、落ち着きを取り戻すだろう。ごく短期間で実施した膨大な作業を思い出しただけでもめまいがしそうだ。ユキは大きく息を吐き出した。


「素晴らしい」


 光神の腕が黒い壁を貫く。白い腕が力任せに壁を壊し、緩やかに口元で弧を描いた笑みがユキの前に現れた。だが、その口元は震えていた。


「さすがだよ。結構念入りに魔法陣を組んで君を拘束したつもりだったんだがね。魔素の海へのアクセスも断ったつもりだったんだけど……」

「人間の編み出した魔法陣も中々馬鹿にできないのよ? いくつか応用すれば、アンタの拘束も、魔素の海へのアクセスも、ちょっとした孔を開けることくらいそんなに難しくなかったわ」


 性的欲求を満たすことばかりを考えていると思われていたユキだが、数少ない趣味が魔法の解析と構築。人間が世界を理解するために編み出した手法であるが、それはユキからしても興味深いものであり、脱出の際もパズル感覚で光神の拘束を解いていたのだった。


「世界はやがて元に戻る。後は――アンタをどうにかすれば全てが元通り。勝手に眠らされた数百年前の借りを返してあげるわ」

「――どうして」光神の顔に困惑が浮かんだ。「どうして君はそこまで頑張るんだい? もう、いいんだよ。他の神たちの良いように使われる必要なんてない、身勝手な世界のために君が犠牲になる必要なんてないんだ」

「別に犠牲だなんて、そんな殊勝な心なんて持ち合わせてないわよ」

「ならどうして!? 世界が元に戻れば、また世界は君を蝕み始めるんだ。悪意に殺された君に、再び世界中から悪意が押し寄せるんだ。もう君は十分やった。これ以上、誰かのために君がしなければならないことはないんだ。ゆっくり休んでさ、のんびり人として生きていけば――」

「――ありがた迷惑なのよ」


 鬱陶しそうにユキは吐き捨てた。胸に置かれた拳が震え、それをギュッと強く握りしめて、けれども鼻を鳴らして不遜な態度で黒髪を掻き上げた。


「いつ私がそんなこと望んだ? 私は私がやりたいから闇神の役を果たしてただけ。そしてそれはこれからもそう。押し付けられたわけじゃない。それを後からやってきて勝手に口出しして、手を回して、挙げ句に昏睡させて監禁? おせっかいにも程があるわ」

「しかし君は苦しんでいた。世界から押し寄せる悪意にさらされ、壊れそうになっていた。それは事実だ」

「別に。あれは当時の私の管理が下手くそだっただけよ。一時的に私がぶっ壊れたって、そのうち勝手に回復してたわ」

「そんなだから!」


 光神が初めて感情を顕わにして叫んだ。貼り付けていた笑みが剥がれ落ち、幼い少年が浮かべる不安げな顔がユキに向けられ、彼女は眼を伏せた。


「そんなふうに君は昔から嘘つきだから……だから、『僕』が君を守ってあげなくちゃいけないんだ」


 守らなければ、きっと君は苦しみを一人で背負い続けるから。悲鳴じみた光神の叫びに、しかしユキは頭を振って顔を上げた。

 悲しげな微笑みが一瞬だけ彼を捉えた。けれどそれは一瞬。微笑みが消え、険しい視線が代わって光神に向けられた。


「私は……貴方を必要としてない」

「……うん、分かってたよ。さっき、君がキーリ君に口づけをしたその瞬間から」


 ユキが、キーリと一つになる選択をしたその時には全てが止まった様な気がした。目に入る全てが幻だと思いたくて、でも全てが現実で。

 彼女が出した答えが、受け入れられない。


「こんなに……こんなにも君のために、頑張ったのに」

「感謝はするわ。けれど……アンタは何もかもを恨みすぎた」


 ユキの腕が持ち上がり、伸びた人差し指が光神の顔に向けられた。


「尋ねるわ。アンタが恨んでいるのは、なに?」

「私、は……」


 果たして何を恨んでいるのか。最初は村を貧困に追いやった獣たちだった。次に彼女を勝手に祀り上げ、挙げ句に死に追いやった村の連中だった。

 次は、死して尚も彼女に苦痛を強いる他の神たちが憎かった。人に受肉してから、教会に属してからは、話を聞かない人間たちが嫌いだった。教皇になってからは不正を働くうつけ者たちが邪魔だった。真実をいくら教えても頑なだった人たちが嫌だった。自らの境遇を嘆くばかりの怠け者が腹立たしかった。やるせなさを弱者に当たる人間が汚らわしかった。悪意ばかりを振りまく人間という存在を不要だと思った。どれだけ世代を重ねても彼女に負担を強いる世の中が××だと思った。

 そんな世界は、滅べばいいと思った。


 ――さて、私は何を恨んでいるのだろうか。


「ねぇ、知ってる? 世界で最も悪意を振りまいてるのは誰だと思う?」

「そんなの、決まってる。人間だ。人間という不要な存在が世界を壊すんだ。君という存在を食い尽くそうとして――」

「ぶっぶー、ハズレ。答えは、ね――」


 ユキは、笑った。悲しそうに、涙を流して笑みを作り、目の前(最愛)の人を指差した。


「光神、アンタよ」


 光神は自身の体を見下ろした。

 人々に希望をもたらす白い光。光神はただ光神であるだけで不安を取り除き、明るく世界を照らす存在。そのはずだ。

 だが今、光神から放たれているのは光は黒く、暗い。鮮やかで指すような力強さはなく、粘っこく塗りつぶすような鈍い黒だ。

 最早、闇神としての力は失っているというのに。


(そう、か……)


 彼は気づいた。気づいてしまった。自分はもう、光神としての意義も失っているのだ。誰かのために地上を照らすことも、人々を導くこともできない、ただの『悪』へと成り下がっていたのだ。

 ひたすらに世界に悪意をもたらす存在。彼女に最も負担を掛け、彼女を、一番傷つけているのは自分だったのか。


「ぼく、は……ぼくは……」

「光神……!」


 頭を抱えて光神は体を丸めた。赤黒い涙を流し、先程キーリがそうであったみたいに黒い靄が全身にまとわりついていく。

 思考が、徐ろに溶け出していく。理性も、論理も、何もかもが体から抜け落ちていって何も考えられない。

 そうした中で残ったもの。肉体も崩壊し、靄か霧の様な黒い塊がかろうじて人の形を保ち、その腕が幽鬼の様にユキへと伸びていく。虚となって一際暗くなった両目が、悲しげに黒く光っていた。

 崩壊が止まっていた世界が再び崩れ始める。泥の海が今度は光神を中心に広がっていく。悪意に全てを沈めようと泥が床を、壁を這っていく。空気さえ腐ったように濁り、腐臭を嗅いでいるだけで息が苦しい。アリエスたちの呼吸が荒くなっていく。


「■■■■……――」

「あ、あ……」

「光神……いえ、■■■……」


 もう何百年ぶりだろうか。ユキは光神を、昔の名前で呼んだ。しかし光神だった(・・・)その人が反応することは無かった。


「――いらっしゃい」ユキは慈愛に満ちた笑みを光神へ向けた。「貴方のその想い――私が受け止めてあげる」


 その言葉を皮切りに、泥の海が一気に泡立った。黒い泥々とした柱が何本も立ち上り、神殿の壁に、天井に突き刺さっていく。まるで建物の梁のように縦に横に、と伸びたその柱から血のような泥が絶えず流れ落ち始めて壁を作り上げた。

 不気味な不気味な赤。これが世界の終わりか。その中でフィアはひどく落ち着いた様子で取り囲む泥を眺め、キーリの横で光神の成れの果てを見つめた。




お読み頂きありがとうございました<(_ _)><(_ _)>

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― 新着の感想 ―
[一言] 随分簡単にでろでろになっちゃいますね。自己の認識・他者の認識で姿が変わる系の神様なんでしょうか
[一言] >>自身への包容を餌にして 見逃さなかった俺がいます
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