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9-6 迷宮探索試験にて(その6)

 第32話です。

 宜しくお願いします。


<<主要登場人物>>

 キーリ:本作主人公。スフォン冒険者養成学校一回生。成績も良く、運動系の能力は非常に高い。欠点は魔法の才能が絶望的にないこととイケメンを台無しにする目つきの悪さ。転生前は大学生で、独自の魔法理論を構築している。

 フィア:赤い髪が特徴で、キーリのクラスメイト。ショタコンで可愛い男の子に悶える癖がある。キーリに剣の指導を施す程達者だが魔法もそれなりに使いこなす。勉強はできるが机に座っているのが苦手。

 シオン:冒険者養成学校一回生で、魔法科所属。実家はスフォンの平民街で食堂を経営しており、日々母親のお手伝いをする頑張りやさん。

 レイス:メイド服+眼鏡の無表情少女。フィアに全てを捧げるフィアの為のメイドさん。キーリ達の同級生でもある。

 ケビン、カイル:キーリたちの同級生で魔法科所属。シオンを虐めていた。

 ユーミル:キーリが幼い時によく遊んでいた鬼人族の女の子。英雄たちの襲撃によって絶命した。




 それからキーリ達は黙々と帰路を歩いた。

 行きよりも心持ち足取りは速い。余計な会話は無く足音と、時折レイスが罠に注意を促す声だけが通路に反響しては消えていく。

 帰りの行程は順調だった。モンスターは殆ど現れず、現れてもダークスネークやコボルトが単体で現れる程度。当然キーリやフィアの敵では無く、先頭を進むレイス一人でも余裕で対処できる相手だった。

 クルエから託された時と同じように、途中で出会った冒険者や他のパーティには通知書と共にシェニアの指示を伝えていく。冒険者達は異変を感じていたのか素直にシェニアの指示を受け入れて、生徒たちの中にはゴネたりするものもいたが皆シェニアのサイン入りの通知書を読むと諦めて戻っていった。

 そうして最深部を出てから約二時間。迷宮の長さから考えると入り口には比較的近い。恐らくこのまま後三十分も進み続ければ出口が見えてくる。そこまで到達した時、帰りの道中は殆ど喋らなかったキーリが静かに口を開いた。


「フィア、レイス……気づいてるか?」

「何となく、な」

「前方と後方の両方に人の気配が致します。後方は私達と同程度の速度、前方はかなりゆっくりした速度で進んでいます」


 三人の会話にシオンは顔を強張らせた。


「……校長先生が言っていた、ゲリーさん達でしょうか?」

「さあな。まだそれは分かんねぇ。単純に俺らが前に行く連中に追いついただけかもな」

「ですが……余り好意的では無いのは確かですね。お嬢様、キーリ様。シオン様を真ん中にお願い致します」

「了解」

「シオンも結界の準備を頼む。だが発動はせずに構成だけで維持をお願いしたいのだが、出来るか?」

「難しい注文ですけど……少しくらいなら出来ると思います」


 四人は体勢を戦闘時のものに切り替える。進む速度を落とし、前方との距離を取ろうとする。すると前方を進む気配も速度を落としたのが分かる。対して後方は進行速度を変える様子が無い。


「こりゃクロだな」

「ああ……まずは後方から私達を強襲して前方に追い立てたところで挟み撃ち、という算段だろう。迷宮の中であれば襲撃しても目撃者は少なく、まして私達は最後尾付近でのスタートだ。後から来たパーティに邪魔されることもない。

 レイス、前方の人数はだいたい分かるか?」

「少々お待ち下さい」


 レイスだけが前方へ走っていく。明かりを消し、気配を極限まで消して前方に居るであろうパーティに近づいていく。そんなレイスの気配は鋭い感覚を持つキーリでさえ余程注意を払わなければ気づかない程度だ。今回の試験に参加しているパーティにレイスの存在に気づける程に探知に優れた生徒はいないだろう。

 程なくしてレイスが戻ってくる。


「どうだった?」

「十名ほどかと思われます。恐らく二つのパーティが合流しているのと、生徒ではなく冒険者らしき方の姿も見受けられました」

「てことは後ろも似たようなもんか」

「合計で二十人……」

「どうする? 強行突破するか?」


 絶句するシオンの横でキーリはフィアに判断を仰いだ。フィアは顎に手を当てて思案する。


「それも出来なくはないだろう。だが、それではこちらにもダメージが大きすぎる。

 それに……仮に襲われたとしても相手は同級生だ。できればこちらから攻撃する事は避けたい」


 フィアとキーリ。戦闘力に秀でた二人であれば何とか出来る可能性は高い。モンスターが相手であれば片っ端から殲滅していけば問題ない。が、シオンとレイスを守りながら対人戦闘は難しい。

 モンスターみたいに連携もなくただ突っ込んでくる相手であればいいが人の強みは連携だ。パーティの弱い部分から狙ってくるだろうし、守りながらでは隙もできる。また、本格的に戦闘力の乏しい仲間を守りながらのノウハウもまだ二人は持っていない。

 加えて人間、特に同じ屋根の下で学ぶ同級生を殺すわけにはいかないし、下手に障害が残るような怪我をさせるのも可能ならばフィアは避けたかった。


「襲撃者を相手にか? 気持ちは分からんでも無いがお優しい事だな」


 そんなフィアの心情を推察し、理解を示しはするものの、キーリは軽く皮肉を口にした。

 自分達を害そうとするものは皆、敵だ。情けなど掛ける余地などないし、一度明確に敵対したならば徹底的に潰す。余計な隙は仲間を傷つけるだけだ、とキーリは主張した。

 苛烈な考えを垣間見せたキーリに、フィアは「分かっている」と頷いてみせた。


「私とて敵に掛ける容赦など持ちあわせていないさ。同窓を相手にするのは確かに心苦しい。しかし、もし本気で彼らが剣を抜いて攻撃してくるのであれば、本来ならば私たちにちょっかいを掛けようなどと思わないほどにトラウマを植え付けてやるところだ。

 だが相手がゲリーたちだとすれば、そうした後が少々厄介だと思ってな」

「あいつらが貴族だって事か……確かにそりゃ面倒そうだなぁ……」


 襲撃のタイミングを待っているのが推察通りゲリーたちであれば、彼らの中には当然貴族の子弟もいるだろう。であれば余計に話は面倒になってくる。

 非がどんなに彼らにあろうとも、彼らがその気になれば黒を白に変える事くらいはできてしまう。ギルドの憲章を盾にしても、本気になった彼らの前には余り役に立たないのは、本来完全中立のはずの養成学校の実状を見ても明らかだった。


「向こうが吹っかけた喧嘩でも、下手に再起不能とかにしちまったら権力でこっちが再起不能か。となると、相当手加減して殴らねーとダメだな。それでシオン達を守りながら戦闘、と。ちょっち難易度が高いな」

「私も基本受けに徹して反撃は魔法か体術だな。剣で斬ればうっかり致命傷にしてしまいかねん」

「俺らも貴族とか、もちっとマシな後ろ盾が居たら良かったんだけどな」

「……言うな。詮なき事だ」

「私達の身を案じてくださっているのであればお気になさらなくても問題ありません」


 レイスが懐からナイフを取り出しながら静かに眼を伏せた。


「お嬢様の脚を引っ張らぬよう私も日々鍛錬を行っております。あの様な、人の上に立つべき身分の風上にも置けない愚か者どもに遅れを取るほど弱くはございませんので」

「ぼ、僕だって攻撃魔法は使えませんけど、何とかしてみせます!」


 レイスに続いてシオンも意気込んでみせた。だが人間相手というのはやはり不安が勝つのだろう。拳を握って、気丈に振る舞ってはみせてはいるが声は震えていた。

 フィアは頭を振った。


「そう言ってくれるのはありがたいが……」

「いや、シオンはダメだ」


 シオンを傷つけずにどう婉曲に断ろうかと考えを巡らせていたフィアの隣で、キーリはハッキリと否定した。

 シオンとて色好い返事が返ってくるとは思っていなかったが、ここまでハッキリ拒まれるとは想像しておらず、呆然とした口からは「え……」と悲しげな声が漏れた。


「キーリ」

「ここはハッキリ言うところだぜ、フィア。シオンじゃ乱戦になった時に真っ先に狙われて退場しちまう。ここはシオンの居場所じゃねーよ」

「い、いやです! 僕だけ安全な場所に逃げるなんて出来ません! せっかく……せっかく僕だって皆の役に立てるって思ったのに……」


 涙を滲ませシオンは俯いた。

 非情な現実を突き付けられた気分だった。役立たずだと言われ続け、せっかくこの迷宮で認めてもらえたというのに肝心な時に役に立たない。

 シオンとて理解している。こういう時に最低限身を守る術を持っていない自分の居場所は無い、と。そんな自分が居ても彼らの脚を引っ張るだけ。だが分かっていても、辛い。やっぱり自分は役立たずだ、と悔しさに下唇を噛み締めた。

 そんなシオンの頭にふわりと乗せられる手のひら。何度となく経験したその大きな手が誰の者かはすぐ分かった。シオンは顔を上げようとして――


「ふんっ!」

「いたたたたたたたたたたたっ!?」


 ギリギリとキーリの怪力で頭が締め上げられた。全くの予想外の痛みに、さっきまでのネガティブな感情が一気に何処かへ吹き飛んでいった。


「痛いですってキーリさん痛い痛い痛い痛いっ!」

「まだ全部言い終わってねーのに勝手に自己完結してんじゃねーっつーの。そもそも両側から敵が来てんのに安全な場所なんてあるわけねーだろが」


 先日アリエスに食らわせたようにシオンに鋼鉄の爪(アイアン・クロー)をお見舞いすると、頭を擦る彼の頭をいつものように乱雑に撫でた。


「……そんなに俺を睨むなよ、フィア」

「別に睨んでなどいない。視線で人を殺せますようにと炎神に願ってるんだ」

「余計に酷くね? ってンな事言ってる暇ねぇな。

 シオンにはやってもらいてぇ事があるんだよ。いや、シオンにしか出来ねーことだ」


 シオンはハッとして顔を上げた。そして涙を拭って決意を込めた眼差しでキーリを見つめた。


「……教えて下さい。僕に出来る事なら何でもします」

「うしっ、良い返事だ。んなら――」


 キーリは上を指差した。釣られて全員が見上げるが、そこには何の変哲もない天井があるだけだ。


「天井がどうしたんです、か……って、まさか?」


 キーリが意図せんことにシオンが真っ先に気づき、額から冷や汗が流れ落ちる。遅れてレイスも気づいて「そういう事ですか」と独りごちた。


「さっきシェニアが言ってたろ? 天井をぶち抜いて降りてきたって。シオンにはそれの逆をやってもらう」

「む、無理ですって! アレは校長だから出来たことで、僕にはそんな事……」

「じゃあ諦めるか?」


 あっさりとキーリにそう言われてシオンは口を閉じた。何でもやる、と口にしたばっかりですぐに無理だと自分の力を否定する。

 それじゃいつまで経っても役立たずだ、とシオンは自分の顔を軽く叩いた。


「……いえ、やります。やってみせます。穴を開けて、外に出て助けを呼んでくればいいって事ですよね?」

「ああ。幸いにもこの迷宮は地下に出来るタイプで、ここは地下一階部分だ。流石に最下層まで掘り進めるのは相当効率よく制御しねぇと魔力が持たねぇし難易度が高過ぎるとは思うけどよ、一階層くらいならシオンなら出来るだろ」

「そういう事か……私にもようやく理解できたよ。

 ならば――レイス。脚が速いお前はシオンと一緒に外に出て、信頼できる人――そうだな、オットマー先生かクルエ先生、二人共居なければアリエスを呼んできて欲しい」


 フィアはレイスに要望を伝え、しかしレイスは主のその言葉に難色を示した。

 眉間に微かにシワを寄せ、平坦な声に悲しげな響きを乗せてフィアに尋ね返した。


「……それはご命令でしょうか?」

「命令じゃないさ。だが、拒むのであれば命令せざるを得ないな」

「ちっ、連中しびれを切らしたみたいだぞ。前の方の連中、いよいよ引き返してコッチに近づいてきやがる」


 気配が急速に近づいてくる。それはキーリだけでなくレイスにも察することが出来た。言い争う時間は無い。

 レイスは恭しくフィアに頭を下げた。


「……承知致しました。すぐに助けを呼び、お嬢様の元に戻って参ります」

「ああ、任せたぞ」


 フィアが頷いて応える。それを見届けるとキーリは、シオンを肩車して持ち上げる。その時、キーリがシオンに小声で囁いた。


「シオン、土と土の間に空気の隙間を作っていく事をイメージしながら穴を広げていくんだ。そうすりゃ多分速い」

「……分かりました」


 シオンが天井に手をつけ地神魔法を詠唱する。天井の一部が変形していき、あっという間に人一人が通れる程の穴が出来上がる。キーリに言われた通りにしたことで思った以上に早く穴が出来上がってシオンは驚き、だがパラパラと穴から崩れた土砂が落ち始めた事でその制御の難しさに顔をしかめた。

 穴を押し固め、崩壊を押し留めながらキーリに押されて体を小さな穴に滑りこませる。足場の部分を削り、完全にシオンの姿が穴の中に消えたのをキーリは見届けると、続いてレイスの体を抱えた。


「お嬢様以外に触れられるのは不快ですね」

「こんな時くらい我慢しろよ」

「そうですね。我慢致します。その代わり――」レイスは穴に手を掛けながら真剣な眼差しでキーリに懇願した。「お嬢様をお守りください。傷一つつけたら許しません」

「……中々に難しい要求だな。痕が残らない傷なら一つや二つは許してくれねぇか?」

「ならば軽傷であれば許しましょう。それ以外であれば代償を頂きます」

「恐ろしい主人愛だな。だが承った。だから安心して行って来い」


 最後に軽口を交わし、レイスの姿も穴の中に入り込むと仕上げにキーリ自身が大量の魔力を消費して穴を塞いでいく。

 そうしてキーリとフィアの二人が残った。


「……ワリィな。俺の事情にお前を巻き込んで」


 キーリは二人きりになるとバツが悪そうにフィアへの謝罪を口にした。

 ゲリーの策謀であるなら、彼が用があるのはキーリのはずでフィアには関係の無い話で、完全なとばっちりである。

 謝罪されたフィアだったが「何を言ってるんだ、コイツは?」とばかりに胡乱げな視線をキーリにぶつける。


「仲間の事情は私の事情でも有る。気にする必要はない」

「だがな……」

「それに、ゲリーがお前に絡んでくるのは完全な逆恨みではないか。それなのにお前を責めるというのは筋違いというものだろう」

「でもテメェのケツはテメェで拭うのが冒険者としても当たり前だろ?」

「もっと綺麗な言い方はできないのか……まあ確かにキーリの言う通りだろうが、だからといって仲間に頼るのがダメだという事もあるまい。

 それに――キーリには借りがあるしな」

「借り? なんかあったか?」


 はて、そんなものがあっただろうか、とキーリは記憶を探るが思い当たるフシはない。首をひねるキーリに、フィアは小さく含み笑いをしながらも答えは口にしなかった。


「――と、ようやくお出ましのようだな」


 正面から、魔道具の明かりが視認できた。続いて後方からも足音が近づいてくる。

 キーリとフィアは互いに自分の背中を預けた。

 両サイドから人の姿が顕になる。人数はほぼ想定通り。話したことがある人物は居ないが何人かは見知った顔が居る。クラスメートだったか。しかし殆どは知らない人間だった。それを確認し、キーリは良かった、と内心で胸を撫で下ろした。


「よう、大将。ずいぶんな人数でお出ましのようだが何か用か?」


 キーリが口火を切る。ゲリーの姿は見えないが、何処かにいるだろうと思って居るものとして話しかけると、「ふん」と鼻で笑う声が後方から聞こえてきた。

 集まりの中心が裂け、間から見知ったずんぐりむっくりの体が姿を現した。ブヨブヨに太っているのは相変わらずだが、心持ち痩せたように見え、腫れぼったい瞼の奥から覗く双眸は何処かいつものゲリーと違うように思えた。


「相変わらず不快な態度だな。わざわざ僕が来てやったんだ。平民なら跪いて出迎えるのが本当だろう」

「そりゃ悪いな。あいにくとご貴族様とは縁が無い生活だったんで、尊大な相手に対する礼儀を習わなかったんだよ」


 ゲリーを皮肉りながらキーリは「それで」と取り囲む全員を睨め回した。


「俺はお前とはこんな所で逢引する趣味はねぇんだけど、アレか? 一対一だと敵わねぇから集団でリンチしようって腹づもりか? 貴族ってのはメンツが大事だって聞いたことあるけど、とうとうそれもかなぐり捨てたか?」

「その通りだよ」


 何とか少数同士の戦いに持ち込もうとキーリが挑発するが、ゲリーはあっさりと肯定した。キーリはしかめっ面を浮かべた。


「僕は今、とても惨めな気分だ。約束されていたはずの主席の座もあの憎たらしい帝国貴族に奪われ、他の貴族たちには影で笑われる始末だ。これがどんな気持ちになるか、お前に分かるか?」

「さあな。俺はお前みたいに立派な人生送ってねーからな。お貴族様に笑われる事なんてまずねーから分かんねーよ」

「ふん、そうだな。分かるはずがない。僕がどんなに寂しくったって平民なんかに分かるわけ無い。貴族は孤独なものだからな」

「だから取り巻きを作るわけか」

「……ああ、まったく。嫌になる」ゲリーは虚ろな眼で虚空を見上げた。「どんなに金を積んでもまともな奴は僕の周りには集まってこない。どれだけ僕が立派と説明したって近寄ってこない。僕に近寄ってくるのは、僕を金蔓か何かとしか思ってないような忠誠心の欠片もない無能な者たちだけ。馬鹿ばかりだ。つくづく毎日が嫌になってくる」

「そりゃお前の日頃の行いのせいだろ」

「うるさいっ! 下賤なお前に何が分かるっ!!」ゲリーは突然激昂した。「僕は特別なんだ。光神様に選ばれたんだ。だから光神魔法だって使えるし、いつかは伯爵の地位を継いでこの国を動かしていく人間なんだ。そう僕は選ばれた人間なんだ。誰もが僕の前にかしずいて称えるべきなんだ。誰もが僕の言いなりで全ては僕の思い通りになるべきで……」

「おい、フィア……」

「ああ、様子がおかしいな」


 ブツブツと俯いて呪詛を履き続けるゲリーの眼は赤く充血し、頭を抱えて時折言葉が不明瞭になっている。会話は成立するものの明らかに正気ではなく、薄暗い迷宮の中にあって一層不気味だ。


「……そうだ、全てお前に関わってから僕の人生は変わってしまったんだお前が僕を陥れたんだそうだ、だとしたらお前さえ、お前さえ居なければ……」

「俺への恨みつらみを吐き続けるのは構わねぇけどよ、いつもの取り巻きの一人はどうしたよ?」


 集まったメンツを確認すると、いつもゲリーと一緒にいる二人の少年のうち小柄で気弱そうな方の姿が見当たらない。もう一人、短髪の勝ち気そうな少年はいつもと同じようにゲリーのすぐ後ろに居るのだが、いつもならゲリーにおもねってキーリを貶める発言の一つでもしてくるのに今は何処かボーッとしてただ傍に居るだけだ。

 よくよく見れば、他の連中も何処か覇気が無い。のっぺらぼうの様に無表情で、そこには人としてあるはずの感情がごっそりと抜け落ちている。そんな風にキーリは感じた。


「……?」

「おいおい、そりゃ人の上に立つ人間にしちゃ薄情ってやつじゃねぇか? ほら、お前の横幅の半分くらいしか無くておどおどしてるくせに気の強そうなフリしてる、髪が長めの奴が居ただろ?」


 キーリが話しかけるとゲリーは恨み言を止めて胡乱げな視線を向けてきた。そのまま宙を見上げていたが少しして思い至ったらしく「ああ……」と漏らした。


「……ティスラの事か。ふん、あんな腰抜けなど必要ないからな。付いてくると言い張っていたがこちらからお断りだ」

「そうかい」

「それよりもお前だ。何をさておいてもお前の事だ。僕はお前が嫌いだ。嫌いで憎い。お前が居なければ全てが上手くいっていたのにお前が邪魔をしたせいで全部が狂ってしまったんだ。お前さえ居なければ、僕はまだ僕で居られたのにお前が僕を殺すんだ。だから――お前はここで消エルンダ」


 ゲリーの瞳が赤く染まった。二人にはそう見えた。それはまるでモンスターが示す攻撃色の様で、不気味さにフィアは少しだけ身を震わせた。


「だから俺のせいじゃねぇって……つっても聞く耳はもってねぇよな」


 ゲリーが両手を広げる。それを合図として取り巻き達が一斉に剣を構え、キーリとフィアの神経が張り詰めていく。


「さあ。泣き叫べ。僕に許しを乞え。今までの所業を懺悔しろ」


 不細工に笑ったゲリーの眼が妖しく光った。

 その時、ゲリーを除く全員の首筋に小さな魔法陣が浮かび上がった。淡い緑色に光り、同時に魔法陣が刻まれている相手の眼も同じように薄く同じ色に光り始める。


「何だ、ありゃ……」

「死ねよ、アルカナァッッ!!」


 キーリの呟きに答えは無く、代わりにゲリーの叫びと同時に一団が両側から襲いかかっていく。


「分かってるな、キーリっ!!」

「分かってるって! 骨の一本や二本くらいは大目に見ろよっ!!」

「手足ならば許可してやる!」


 それと時を同じくしてキーリ達も地面を蹴った。

 二人はそれぞれが逆に向かって走り、彼我戦力比一対十以上の絶望的な戦いを挑む。

 だが、二人にとって敵の量などたかが数でしか無い。


「ひゅっ!」


 軽く息を吐きながら腰のナイフをキーリは引き抜くと一気に敵の中に突っ込んでいく。

 素早く、低く。その動きに敵は反応できない。先頭の少年の脇を抜け、ゲリーまで最短距離をキーリは進む。

 だがすぐにとある少年が立ちはだかる。立ちはだかる、というよりもただ偶然そこにいただけ。目の前にいた同じ普通科の、名前も知らない少年()がキーリ目掛けて真剣を振り下ろす。その眼には相手を殺すかもしれないという戸惑いも、敵を殺してやるという敵意も無い。ただ目の前に誰かが来たから剣を振り下ろしたという意志の無い剣だ。

 キーリのナイフがその剣とぶつかる。キィンと反響し、剣をナイフで受け流す。あっさりと少年はバランスを崩し、キーリの眼の前にはがら空きの腹部。初心者用の安価な真鍮性の脇鎧がそこにはあるが、キーリは構わず拳をそこ目掛けて叩きつけた。


「まず一人っ!」


 手加減しているとはいえ豪腕。打撃力の代わりに弾き飛ばす事に重きを置いたそれは後ろの数人を巻き込んで倒れていく。そいつらには目もくれず、後ろからの斬撃を直感だけで屈んで避けるとお返しとばかりに蹴りをお見舞いする。顎から鼻下に掛けてを蹴り上げられた普通科の生徒が鼻血を散らしながら倒れていった。

 その時、急速に高まる魔素をキーリは感じ取った。

 前線の剣戟組とはやや離れた後方。ゲリーを守る様に配置された魔法使い達の手に魔素が集まっていく。


「――、――」


 距離があり、間に合わない。

 そう判断したキーリはすぐに魔素の構成を解析、使われるであろう魔法を瞬時に判断して相殺魔法(カウンターマジック)を詠唱。有り余る魔力を可能な限り右手に集めていく。

 飛来する火球。だがキーリはそれを避けるでもなく逆に前へと脚を踏み出した。

 第四級魔法相当と思われる人の頭大のそれに向かって右手を突き出す。魔素も酸素も失った火球は即座に魔素へと還っていった。

 だが火球の隣から放たれた不可視の刃がキーリの頬を斬り裂いた。線状の傷口からタラリと真っ赤な血が垂れ、連続してそれらがキーリに襲いかかる。

 しかしキーリは気にしない。幾つもの浅い傷が作られるがその程度ではキーリの突撃力を押し留めるだけの制圧力足り得ない。

 一撃で意識を奪う。魔法の雨をかいくぐって接近したキーリはそう企図して拳を奮う。そしてその拳は確かに魔法使いたちの頭部を撃ちぬき、殴られた魔法使いたちが次々とその場に崩れ落ちていった。


(あと、何人だ――)


 油断なく視線を動かしながら、倒した敵の勘定をしたキーリ。だが振り返った彼の目の前には一筋の光線が迫ってきていた。



 2017/5/7 改稿


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