12-4. 転生先にカミサマはいない(その4)
初稿:20/01/04
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。
フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。
アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。
シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。
レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。
ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。
カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。
イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。
クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。
時は少し遡る。
キーリの姿が変わっていく姿をシオンは厳しい面持ちで見つめていたが、ふと我に返ると足元の影を睨みつけた。
(この中に――)
一人で潜るのか。そう思うとシオンは怖気づきそうになった。影の中の過酷さはよく知っている。果たして、自分一人で耐えられるか不安ばかりが過る。
まして、潜って光神と魔素溜まりの繋がりを見つけて、その後どうやって破壊すれば良いのか。話が途切れてしまったが、おそらく何かしらシオンなりに接続方法を想像すればそれが現実として具現化してくるのでそれを壊してしまえばいいということか。
(たぶん……)
シオンが想像し、イメージを確たるものにする力に長けているからこそキーリも期待しているのだろうと思う。キーリの世界で用いられていた「カガク」を魔法に応用できる理解力と想像力。影の中はきっと存在の安定感に乏しい世界。強い想像力で、光神に向けられた魔素の流れを無理矢理に捻じ曲げてしまえばいいのだろうか。
その理解が正しいとして、そんなことが、自分に可能なのだろうか。
「考えてても仕方ない、か……」
やるしかない。見た目の変わってしまったキーリからシオンに向かって伸びる影。泥沼の様であり、入れば二度と戻ってこれない深淵の縁に立っているかのような心地だが、戦い始めたキーリたちを一瞥してシオンは大きく息を吸い込んだ。
そして影の中へとダイヴした。
(う……)
途端に息苦しさに襲われた。それは呼吸ができないのではなく、呼吸の仕方を忘れさせてしまうほどに襲い来る寂寥感が為すものだ。胸の奥にポッカリと穴が空いて、そこから過去の喜びも思い出も、ポジティブな感情が全て抜け落ちて、変わって失望や喪失感といった負の要素が途方も無い勢いで流れ込んでくるかのようだった。
(大丈夫、大丈夫……)
これは自分の感情ではない。シオンが落ち着いて、胸に空いた孔に蓋をするようなイメージをすると、結構喪失感が和らいだ気がした。
軽く安堵の息を吐き出し、シオンは魔素の浅瀬を泳ぎ始めた。薄ぼんやりとした様々なものが漂っていて、その中には輪郭が怪しいものがある。グネグネとねじれ、変形し、現れては消える。それとは別に輪郭が明確で形がしっかりしているものがあるが、それは外から持ち込んだものだろうか。
そうして泳いでいる時、まるで死んだように眠るイーシュの姿を見つけた。全く動かないその姿に一瞬息を呑むが、無事に治療が完了して危機を脱したことは回復魔法を掛けたシオンがよく知っている。シオンは首を振って、捜し物を求めて再び泳ぎ始めた。
(どこだ、どこに……)
光神と魔素の海との繋がり。この闇の中で一際輝くものなのだろうか。それとも闇神としても存在しているから、闇に溶け込むようにして接続しているのか。
後者ならば見つけるのは骨が折れそうだ。できれば前者であってほしい。そう願いながら泳ぎ続け、やがてシオンは暗闇の中において明らかに光り輝く小さな一点を認めた。
随分と遠くで見つけたかと思ったのだが、シオンが近づこうと考えた途端、まるでその体が瞬間移動した様に、気づけばシオンは光の奔流の目の前にいた。
目がくらむばかりのまばゆさ。白い光の柱が足元よりも遥か下方から、無限の彼方までまっすぐに伸びていた。
触れればシオンという存在が瞬く間に白く塗り潰されて消えてしまいそうなまでに圧倒的で、神々しさを感じるのに逆に恐ろしい。畏怖というにはあまりに暴力的な恐ろしさを感じ、シオンは息を飲んだ。
それでも彼はゴクリ、と一度喉を鳴らした。そうして恐る恐る光の奔流の中へと指先を伸ばしていき、先端が触れた。
シオンの中で、何かの記憶が溢れた。様々な一瞬を切り取った光景が途方もなく莫大な量で一気にシオンの頭の中を駆け巡る。かと思えば、シオンの体は白い魔素の奔流から大きく弾き飛ばされていた。
意識を取り戻したシオンは体勢を整え、少し離れてしまった白い柱を見つめた。心臓はまるで全力疾走をし続けた後の様。汗が一気に吹き出た額を拭い、気を落ち着けると頭の中に叩き込まれた何かの景色を改めて思い出した。
(今のは……)
おそらく――光神の記憶。それも、まだ人間だった頃の。
山の中や川辺だったり、或いはどこかの村の中だったり。景色はどれも少しずつ違っていてどれ一つとして全く同じものはなかった様に思うけれど、シオンは気づいた。
どの景色にも、同じ少女がいた。
髪は黒くて愛らしくて、でも愛想はない。決して絶世の美女というわけではなく、けれども不思議な魅力がある少女だった。
(あの人がきっと……ユキさんなんだ……)
それは光神の記憶、というよりも記録。色んな角度、色んな向きの彼女の姿がシオンを――つまりは光神を見つめていた。
景色を切り取った写真は縁がボロボロに虫に食われていて、それなのに彼女の姿が写っている場所は全くのキレイなままだ。それだけで光神がどれだけ彼女を大切に思っていたのかが分かる。
間違いない。此処こそが、光神と魔素の海を繋ぐ場所。ここを破壊すれば、目的は達せられる。
しかし果たして、どうやってこれを破壊すれば良いというのか。流れが何かに覆われているわけでもなく、ただ空間を一方向に流れているだけ。破壊する方法に見当もつかない。
(……いや、破壊はしなくたって良いんだ)
大切なのは、光神と魔素の海を切り離すこと。魔素の海から光神に流れ込む莫大なエネルギーさえ遮ってしまえば事は足りる。
思えば、ここでは具現化する。シオンは地神魔法の要領で分厚い壁を想像した。すると目の前に数十センチに及ぶ石の板が現れ、実際に出現したことに驚きながらもそれを魔素の流れの中に差し込んでいった。
だがその流れの中に入った瞬間に石は割れ、砕け散っていく。それと同時に斥力が働き、シオンの体が再び大きく弾かれた。
(う、くっ……ダメ、だ……この程度の素材じゃ受け止めきれない)
もっと、もっと頑丈なものを。シオンの頭の中で、キーリから教わった化学結合がイメージされていく。
原子同士の結合を強化し、分子同士の結合を魔素で補強。現実に存在しなくても構わない。この世界ならば信じる力が強いほどに実現する。
流れる魔素のエネルギーを流用。架空の素材を強固に補強する魔法陣を即興で描く。
魔素が噴き出す特異点を想像したら、足元遥か下にあったはずの特異点が目の前に出現した。素材をパイプ状に変形させ、湧き出し口からの流れを整流化。とてつもない直進性を保つそれを、ほんの僅かずつ傾けていく。
傾いたパイプに当たった魔素でパイプが破損する。だがそれよりも早くシオンはパイプを補強し、湧き出し口から徐々に光神へ向かって伸ばしていった。
それに伴いシオンがすべき演算量も増大。魔法陣は複雑さを増していき、扱う魔素は到底シオンの限界を越え、頭がはち切れんばかりの頭痛が襲い始める。
(もうちょっと……もうちょっと……)
後少し伸ばせば、魔素の向きは光神から離れて魔素供給が途絶えるはず。シオンは歯を食いしばる。
頑丈さを求めれば脆さは増す。もう一本パイプを伸ばせば、というところで魔素の奔流に耐えきれず崩れていく。それでもシオンは諦めず、完全に崩れきる前に上から補強を重ねていく。
だがそれも限界。度重なる取って付けたような補強は崩壊を先送りするだけ。
(いやだ、いやだ……)
なんとしても、やり遂げるんだ。激しい頭痛で血管が焼き切れ、鼻血が止めどなく流れ出す。
それでもシオンは崩壊するパイプを必死で握りしめた。ひび割れ、溢れ出そうとしていた光が一時的に両手のひらで覆われ、隠れる。
瞬間、シオンは声にならない悲鳴を上げた。
心が蝕まれていくのが分かった。「黒」としか表現しようのないどす黒いものがシオンの胸の内を侵食していく。
それこそが純粋なる悪。世の悪意を煮詰めて濾して煮詰めて濾して、と繰り返して最後に残ったもの。シオンが触れた途端に光は黒い泥に変わり、指先から黒く染め上げようとしてくる。
「う、う、う……――」
心が砕けそうになる。気が狂いそうになる。けれども、シオンは決して手を離そうとしなかった。
諦めない。反対に「楽になってしまえ」と何かが囁く。だが、それに屈することだけはしたくなかった。
屈してしまえば、これまでの自分を否定してしまうような気がした。屈していたら今の自分はない。養成学校を途中で止めて、実家の手伝いをしてなんとなく一日を過ごしていただけになっていただろう。
諦めなかったから、あの時、養成学校で諦めなかったから、卒業してからもキーリやフィアたちに追いつくことを諦めなかったからここまで来られた。新たな知識を常に得て、できることを探し続け、今となっては確かに自分はキーリたちと肩を並べられていると胸を張れた。
だから、今回も諦めない。
「ま……がれぇぇぇぇっっっっ――!!」
シオンが思い切り叫んだ。手で覆っていた光の溢れる量が減っていく。ひび割れが修復されていく。
そしてついに最後のパイプが完成した――瞬間、パイプが一気に砕け散った。
「あ……――」
それはシオンの限界だったのか。それとも、パイプが出来上がったことで気が抜けたのかもしれない。いずれにせよ、ここまで作り上げてきたパイプがシオンの目の前で砕け散った。
パイプに走った亀裂から再び途方も無い光量の光が溢れ出す。濁った白がシオンを同じ色に染めていく。白が黒に変色し、それを何とか手で抑え込もうとするがシオンの小さな手に収めることはできそうもなかった。
(――!?)
その時、白い手が伸びてきた。柔らかくも冷たいその手がシオンの手に重なると、溢れ出ていた光が見る見る間に収まっていく。瞬く間にパイプが修復されていき、シオンは驚き後ろを振り返った。
「まったく……ここまで無茶をするなんてね。ちょっと前に比べて随分と成長したこと」
黒く変化していっているブロンドの髪を掻き上げるユキがそこにいた。どこか呆れた様に、けれども成長を祝う母親の様に優しい眼差しをシオンへ向けていた。
「ユキさ――」
「ま、神々の加護をもらったとはいえ、単なる人間にしては頑張ったんじゃない?」
だから後は任せなさい。ユキがシオンに微笑んだ。
その途端、シオンの意識は一気にどこか遠くへと弾き飛ばされていったのだった。
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