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12-3. 転生先にカミサマはいない(その3)

初稿:20/01/03


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。

フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。

アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。

シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。

レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。

ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。

カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。

イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。

クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。




 そんな三人に背を向け、シオンはキーリに突き刺さった剣を何とか引き抜こうとしていた。物質化される程に高濃度の魔素で形成されたそれを握るだけでもシオンの手に激痛が走り、顔が歪む。しかし、光と正反対の属性そのものであるキーリを襲う痛みはシオンが感じるそれの比ではないはずだ。


(早く……早く助けないと……!)


 だがどれだけ力を込めたところで剣はピクリともしない。まるで剣そのものがキーリと癒着し一体となってしまったかのようだ。

 どうすれば、と焦りばかりが募る中、掠れた声が届いた。


「シ、オン……」

「もう少し、もう少しだけ待っててください、キーリさん……! 今、抜きますから……!」

「抜かなくて、いい……代わりに剣を……根本からぶった切ってくれ」


 キーリに言われ、しかしシオンは困惑した。普通の武器で折れたり切れたりできるはずもなく、魔法でさえ通じるはずもない。たとえフィアが切ろうとしたところでシオンがやったのと同じ結果になるだろう。


「魔素も……分子だぜ、シオン」

「そうかっ……! 結合さえ切ってしまえば……!」


 シオンは剣を両手で強く握った。光が手のひらに食い込み、血が流れる。その痛みに耐えて歯を食いしばり、強固な分子同士の結合を切り離していくイメージを頭の中で描いていく。

 次第に光が収まっていく。が、所詮シオンは人間。光神が作り出した――元はキーリだが――を破壊するには魔素が絶対的に足りない。

 シオンが歯噛みし、何とか魔素を絞り出そうとした時、彼の手にキーリの手が重なった。するとそこから魔素がシオンへと流れ込み、一気に切断速度が加速していく。

 代償としてシオンの心根に、暗い澱みが覆いかぶさらんとしてくるが、それに耐え、やがてキーリに突き刺さった剣が根本から折れた。


「やった……!」

「サン、キュ……シオン」


 血を吐き、白煙が傷口から上がっていたが、キーリはシオンに向かって軽く口端を吊り上げた。そして傷口に自らの指先を食い込ませていった。


「いっ……!」

「き、キーリさんっ!?」

「ちょ……待ってな……って……!」


 暴挙とも思えるキーリの行動。シオンは目を白黒させるが、見つめる先で白かった剣が再び黒く塗り潰されていく。そうして剣全体が黒く染まりきると、刺さった剣を引き抜き、ようやくキーリは(はりつけ)にされた壁から解放された。


「ちっくしょ……あんにゃろう、やってくれやがって……!!」

「……大丈夫、ですよね?」

「大丈夫なわけがあるかよ、クソッタレめ」


 解き放たれた途端に悪態を吐くキーリに、シオンはホッと胸を撫で下ろした。傷口がみるみる内に閉じていき、吐き出された血も全て消滅して、見た限り元の状態へ戻っている。

 ならば、とシオンは視線をアリエスたちの方へと向けた。血を撒き散らし、それでも果敢に戦い続ける彼女たちの少しでも手助けを、と戦闘の様子を観察し始めたシオンだったが、その肩にキーリが手を掛けた。


「シオン、頼みがある」

「頼み、ですか?」

「ああ。さっきはマジで死にそうな目にあったがな、おかげで分かったことがある。クソ野郎はまだ、闇神に成り切れちゃいない」


 確信を持ったキーリの言葉。シオンは目を見張り、髪から突き出た耳が完全にキーリへと向いた。


「なにか手を思いついたんですね」

「ああ」


 キーリはうなずくと、シオンの耳元に口を寄せた。


「まず、間違いなく今の野郎は闇神であることにゃ間違いなさそうだ。忌々しい話なんだが、ユキと俺は身体的にも精神的にも、そして魔力・魔素の流れ的にも繋がってるのは知ってるな?」

「ええ、キーリさんは闇神の御子ですし、前にもそう教えてもらいました」

「だから俺はアイツとは離れてても意思の疎通ができるし、意識しなくてもアイツは俺の考えが何となく読める。

 けど、さっき光神に腹貫かれた時にはユキじゃなくて光神の思念が伝わってきた」

 シオンは眼を見張った。


「闇神の御子であるキーリさんと光神が繋がった。つまり、それこそ光神が闇神でもある証拠だというわけですね?

 あれ? でも確かユキさんの場合、意図しないとキーリさんには意思は伝わらないんじゃ……」

「そうだ。ユキの場合は、な。だが光神の場合はまだそこまで制御できてない、いわば不安定な状況なはずだ。おまけにさっき、微かだが――ユキとも繋がりを感じ取った」

「それってどういう……?」

「闇神の力を手に入れたんだかなんだか知らねぇが、目の前のクソ野郎はまだ、力の一部しかユキから奪えてねぇってことだよ」


 いわば闇神としての力をユキと光神で二分している状態。しかもまだ光神は世界を流れる魔素の海にパイプを突き刺しただけで固定できてない。であれば、まだその力を奪い返すことだってできるはずだ。


「キーリさんが言わんとする事は概ね理解できました。

 それで、僕は何をすればいいですか?」

「『影』に潜って、奴と魔素の繋がりをぶった切ってくれ」


 キーリの依頼を聞き、シオンは耳を疑った。聞き間違いかと思いキョトンとした眼を向けてみるが、間違いではないとキーリはもう一度「頼む」と繰り返した。


「ぼ、僕がですか!? む、無理ですよ!!」

「結構な無理を言ってるのは承知だが、他に手が思いつかねぇんだ。影の中で動くのは相当きついだろうが、シオンならできる」

「キーリさん自身が影に潜る方がいいんじゃないですか? 僕よりもそっちの方が絶対うまくいく気が――」

「そうしたいのは山々なんだけどな、それは無理なんだ」

「どうして?」

「俺の意図も野郎にバレる可能性が高いんでな」


 制御できていないとはいえ、キーリと光神の間には確かに繋がりがある。特に影の中は激しい魔素流れに飛び込むようなものだ。意図せずキーリの狙いが光神に筒抜けになる可能性は高い。


「なら今の僕らの会話もバレてるんじゃ……」

「いや、影の外にいる状態なら俺が強く意識すれば野郎にゃ伝わらねぇはず。薄ぼんやりと何か企んでる、くらいは感じてるだろうが」


 耳を澄まさなくとも戦いの激しさが聞こえてくる。ためらっている時間はない。


「闇神を兼ねた、とは言っても元々奴は光神だ。たぶん影の中じゃとびっきり異質な状態で魔素の海と繋がってるはず。この神殿に魔素が集まるよう細工されてることを考えれば、すぐ見つかるはずだ」

「分かりました。それで、どう――」

「んじゃ頼んだぜっ!!」

「あ、キーリさんっ!」


 シオンが更に話そうとしたが、それよりも早くキーリは動き出した。再び黒き剣を握りしめ、戦いの場へ戻っていく。


「どうやって魔素の繋がりを切ればいいんですかっ!?」

「思い描くんだ!」キーリは振り向き、叫んだ。「パイプでもなんでも具体的にイメージすりゃなんとかなる!」

「どういうことです!?」

「魔法使う時と一緒だよ! 頼んだ――っ!!」


 光神に弾き飛ばされたフィアをキーリが受け止め、再びシオンから光神へと視線を移して気持ちを整える。


「よう、エセ神様。さっきはよくもやってくれたな」

「礼には及ばないよ。よく抜け出せたね?」

「テメェと違って優秀な仲間ばっかりなんでな」

「羨ましい限りだね。それで、私を倒す算段でもついたかい?」

「さて、どうだろう――なっ!」


 抱きとめたフィアを下ろすとキーリは自身の意識を、より世界の奥深くへと埋没させた。

 魂が魔素の流れの中に沈んでいく。精神が世界とリンクする。闇神がそうするように、世界へアクセスし、世界の奥底を流れる魔素の海に意識を揺蕩え、世界のエネルギーを引き出す。


(もっと……もっとだ……)


 深く、深く。膨大な思念に揉まれ、殴られ、締め付けられる。人間としては到底耐えきれない負荷が掛かり、目や鼻から黒い血が流れ落ちていく。しかし構わずキーリはアクセスを続けた。


(どうせ――)


 今回で全てが終わる。ならばもう、後のことなど考えなくていい。ヤツを、光神を倒せさえすればそれで終い(オーバー)

 その結果――たとえ帰ってこれなくなろうとも。


(縁起でもねぇ、が……)


 まるで走馬灯のように思い出が瞬く間に脳裏を駆け抜ける。スフォンの街の人たちに今はもう別れてしまった養成学校の仲間たち。パーティから離れて生きるシンやフェル。ここまで一緒に駆け抜けたカレン、ギース、レイス、シオン。ルディとエル。手を取ってやれなかったアリエス。そして――


(……悪ぃ)


 フィアを横目に謝罪。キーリは更に深くへと潜っていく。

 わずかに残っていたキーリの白髪部分が一瞬で深く濡れたような黒に染まる。白目が真紅に、鳶色の瞳が漆黒へ。背から全てを吸い込みそうな程に闇深い翼が出現し、禍々しい黒い渦がキーリの周囲で沸き起こっていった。

 醸し出す雰囲気は光神が纏うものと同じ。だが、キーリの後ろにいるフィア、アリエス、レイスの三人は体が随分と軽くなっていくのを感じていた。

 吐息がキーリの口からこぼれ天を仰ぐ。目がゆっくり開かれていき、流し目でフィアたちを見つめ笑った。


「悪い、待たせたな」

「キー……リ……なのか?」

「他に誰がいんだよ」


 意識が、暗い奥底へ吸い込まれていきそう。だがキーリは努めていつもどおり皮肉っぽく笑う。その笑顔に、無意識にアリエスたちも肩の力が抜けていった。


「なるほど、励起レベルを制御して彼女らに届く魔素の圧力を減じたか。器用だね」

「才能がない分、魔法を使うために制御だけはむちゃくちゃ練習したからな。これくらい朝飯前なんだよ」

「とはいえ、抗うには今のままでは厳しい。だからこそ存在を彼女――闇神寄りにしたというわけ、か。それが君の奥の手というわけだね」

「そういうことだ。これならテメェとももちっとマシに戦えんだろ」

「期待しよう。もっとも、闇神(彼女)からの魔力供給もない今、どれだけ保つかな。

 しかし……良いのかね?」

「何のことだ?」

「いや、無粋なことを聞いた」光神はクク、と小さく笑った。「せめてもの礼儀だ――全力で叩き潰そう」

「やれるもんなら――やってみろ」


 光神の体から光と闇の触手が、まるで意思を持った生き物の様に有機的に形を変えながら迫った。キーリに対しては光の触手が、フィアたちには闇の触手が襲いかかる。それをキーリは腕を振るって払いのけた。

 光と闇が激しく反応して破裂音が鳴る。ビリビリと空気が震え、光が一瞬明滅した後に溢れ出した影の中に吸収されていく。腕からは白煙が立ち上っているものの、キーリのダメージは軽い。

 フィアたちの方もまた問題なく避けきっていた。三方に別れて光神目掛けて走る。各々の頼れる属性の魔法を身にまとわせ、床を蹴る脚には力強さが戻っていた。

 光神は小さく口元を緩めると、フィアたちの攻撃を受け止めた。直後に一瞬で莫大な数の黒い雷を出現させる。紫電が弾け、同時にキーリの前に光のベールを展開。キーリを牽制しつつ接近した彼女ら目掛けて光神は雷の鉄槌を降り下ろそうとした。


「……!」


 だがその光のベールを突き破ってキーリが現れた。黒い影がライフルのように旋回してベールを貫き、キーリは拳を叩きつける。

 周囲の魔素を吸い込みながら振るわれた拳が光神の頬を捉えた。めり込んだ拳が光神の体を大きく後ろへと弾き飛ばし、そこに火炎と竜巻と氷雪が畳み掛けていく。爆炎と爆風が激しく巻き起こり、やがてその中から光神が姿を見せる。

 泰然として近づいてくる光神。しかしよくよく見れば口元から小さな血が流れ、腕にも小さな傷があった。それに光神自身も気づくと少し驚いた様子を見せた。そして口元を拭ってキーリたちの姿を見つめ、小さく微笑んでみせると、何の素振りもなく傷が塞がっていった。


「見事。だが、もう少し火力が必要だね」

「そうかな?」フィアが剣を振り、光神へ切っ先を向ける。「小さな傷でも積み重ねていけば蟻だって象を倒せるという話を私は聞いたことがあるが、今の状況は非常に似ていると思っている」

「試してみるのがいいさ」

「ではそうさせてもらおう」


 光神とにらみ合うキーリたち。四人が揃った今、再び敵に向かって進むだけだ。


「――行くぞ」


 静かにフィアが告げる。それを合図に、キーリたちは走り出した。


(頼むぞ、シオン――)


 影に潜ったシオンが無事に戻ってくるまで。せめてそれまでの時間稼ぎを。

 シオンならばきっと成し遂げてくれる。キーリはそう信じ、走りながら強く拳を握りしめたのだった。





お読み頂きありがとうございました<(_ _)><(_ _)>

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