12-1. 転生先にカミサマはいない(その1)
初稿:20/01/01
あけましておめでとうございます<(_ _)>
今年も宜しくお願い致します<(_ _)><(_ _)>
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。
フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。
アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。
シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。
レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。
ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。
カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。
イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。
クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。
「終わった……?」
魔素の奔流が収まり、再び静まり返った室内でシオンがポツリ、と声を発した。
フィアは慎重に辺りを見回していった。異常は特に見られない。モンスターが湧き出てくる様子もなければ、室内で魔素が渦巻いたりといった異変を示したりもしていない。それどころか、レイスやアリエスはどこか体が軽くなったようだと伝えてきた。
「魔素が……薄くなったということか?」
溢れ出た魔素がどこかへ消え、室内の魔素濃度が明らかに下がっているのでは。自分だけの勘違いではないか、とキーリへ振り向けば彼もうなずいた。
「正常な空間に比べりゃまだ高ぇことは高ぇが……この辺り一帯はずいぶんと薄くなってやがる」
「そうでしたら、外に放出されてしまったのでしょうか?」
「かもしれませんわね。でももし、先程教皇から出ていったものが全て魔素なのだとしたら……外が大変なことになってるかもしれませんわ」
「クソッタレめ、最後に面倒なこと遺しやがって……!」
ただでさえ世界は魔素で溢れてしまっているのだ。そこにあれだけの魔素が外に広がったらそれこそ街中でもモンスターが現れかねない。
この野郎、とキーリは転がっている教皇を睨みつけた。だが彼の眉がピクリと跳ね上がった。
(こいつは……!)
倒れるまで黒かった教皇の体が白く変わっていて、そしてその肉体はひどく年老いてしまっていた。ハリのあった肌はひび割れ、乾燥してシワだらけになっている。輝かんばかりだった銀色の髪は白髪となって艶は失われ、若々しかった肉体はやせ細っている。
横たわっているのはただの老人だった。その死に顔は穏やかに笑みを浮かべ、自らの一生を成し遂げた一人の人間の姿がそこにあった。
死んで力を失ったからこうなったのか。彼が語っていた話だと、元は光神も人間。この姿が光神の本来のものなのだろうか。
(何かが……)
おかしい。違和感が拭えない。それどころか何か良くない事が起きるのでは、と本能が警告をヒシヒシと伝えてくる。何か見落とし、考え落としはないか、と悩ませるが「いや」と頭を振った。ともかくも、まずは溢れ出た魔素を何とかしなければまずい。
「ともかく上に戻りましょう! シェニアさんたちと合流して、外の様子を確認してから――」
シオンの声がピタリと止まった。いや、シオンだけではない。キーリもフィアも、アリエスもレイスも全員が、まるで影を地面に縫い付けられたかのように動けなくなった。
急激にアリエスたちを襲う震え。目に見えない何かが猛烈な圧でのしかかり、押しつぶされそうになって体が勝手に沈み込む。
「……っ、はぁ、くっ……!」
呼吸がしづらい。彼女たちを途方も無い喪失感が襲い、寂しさで満たされていく。涙が自然と滲み、少しでも気を緩めれば訳も分からず頭を抱えて泣き叫んでしまいそうになる。
「大丈夫、か、みんな……!」
「へ、ヘーキですわ。これくらい、なんともありませんもの……」
それでも全員が耐えられたのは何度も似た経験をしているから。キーリの影の中も同じ様に苦しく、寂しく、孤独だった。今、彼女らを襲っていた感覚はその時のそれに酷似していた。
「どうなってやがる……?」
しかし今、彼女らはキーリの影の中にいるわけではない。特殊な世界に閉じ込められたわけでもなく、地に足のついた場所にいる。
だというのに魔素濃度は途方もないほどに濃密になっていた。空気が全て魔素に置き換わったような感覚。先程教皇から放出された魔素が全てこの室内に留まったとしてもここまではなるまい。
加えてこの圧力だ。この部屋でキーリたち以外に動くものはいないはずなのに、まるで「次元が違う」存在が直ぐ側にいるみたいに威圧感と圧迫感が強い。どうして。
「キーリ、発生源は追えないか?」
「……やってみるさ」
周囲は多少であれば魔素の濃淡がつかないほどに濃さが増していたが、なんとか見つけた濃密な線をキーリは辿っていく。対流によって入り組んでしまった複雑な経路をじっくりと探っていき、細い糸を手繰り寄せていく。
そして――
「……っ!?」
「どうした、キーリ?」
フィアの問いかけに応じず、キーリは目を見開いた。彼の目は部屋のある一角へと向けられていた。
焦げた床。未だ漂ってくる人の焦げた鼻をつく臭い。赤子の様に手足を曲げたまま硬直した遺体。そこからキーリは目が離せなかった。
「キーリ! ひょっとして――」
そう遺体だ。フィアの炎神魔法で焼かれ、黒焦げになったエルンストの死体がそこにはある。死んだはずのそれ。魔素の流れを紐解けば、そこに全てが繋がっていた。
いったい、なぜ。キーリの頬を冷たい汗が流れ落ちた時だ。
「え……?」
エルンストの体が動いた。錆びついていた機械が動き始める時のようにガタガタと震えながら曲がっていた脚が伸びていき、顔の上にあった腕が降りていく。
パラパラと、焦げた皮膚が崩れ落ちていく。真っ黒に焼けていた表皮が落ちたその下から、真新しく瑞々しい皮膚が現れていった。
手が床に伸び、上半身が起き上がった。殻を割って雛が現れるかのように光り輝く長い髪が伸びていく。闇に覆われた世界に光が差し、神々しいそれが世界を作り変えていく。
真っ白な髪の中に、漆黒の髪が伸びていく。透き通るようだった肌にも黒が指していき、大小様々な線が体の至るところに走った。
「ふぅ……」
エルンストだった何者かの口から大義そうな吐息が漏れた。頭を軽く振ると髪が軽やかに舞い、何も知らない者がその姿を見れば彼の美しさに見惚れて呼吸すら忘れただろう。だが彼がそのような優しい存在でないことは、その場にいるキーリたち全員が痛烈に感じ取っていた。
「待たせたね」
立ち上がるとその巨躯が顕わになった。二メートルほどの長身からキーリたちを見下ろして、オットマーの様な筋骨隆々というわけでもないが引き締まった体をしている。ただの人がこういった手合に見下されれば足が竦みそうだが、キーリたちにとってそれは何の威圧にもならないはずだ。
しかし彼らは圧倒されていた。前にも後ろにも進むことができず、目を逸すこともできない。
立ち込める魔素が周囲ににじみ出ていた。黒い靄が蠢き、本来魔素を見る力のないアリエス、レイス、シオンの三人にも魔素が視認できるほどだ。そして、それはより明確な圧力を五人にかけていることを意味している。
「テメェは……なんだ?」
「なんだ、とは面白いことを尋ねるね?」
かろうじて絞り出したキーリの問いを目の前の存在は笑い飛ばした。エルンストの名残を見せる糸目で弧を描き、しかしその目を見開けば教皇の様でもある。立っているだけで押し潰されそうなこの男の正体は何者か。尋ねたキーリだったが、想像はついていた。
「ついさっきまで戦っていただろう? 最後の一撃は中々に苦しかったよ。やはり彼女が見出しただけのことはある」
「てことはやっぱり――」
「そうだ。私が光神だよ。あくまで人間たちがそう呼んでいるだけの存在だがね」
光神は大きく息を吸って胸を膨らませると、呼吸が愛おしいとばかりにゆっくりと息を吐き出した。
「こうして力を取り戻したのは久々だ。何百年ぶりかな?」
「何が、起こったのですか……?」
「そう難しい話ではないよ、レイス君」
手を握ったり首を鳴らしたりと、肉体の感覚を確かめながら光神が生徒に教えるような口調で話し出した。
「光神としての私は常にエルンストの中にいたのだよ。彼は英雄たちの中でも私と相性が特に良くてね。光神としての力を取り戻すまでの最後の十年余りは、彼に協力してもらって消耗を抑えていたんだ。万全を期すために、少しでも力は残しておきたかったから」
「協力、ね……」
「本当さ。最後は少々強引さがあったことは否めないがね」
「教皇……そこに横たわっている遺体は何者だったんですか……?」
「彼も私の協力者さ。何代にも渡って尽力してくれた、他に代えがたい優秀な人物だった。私の力を受け入れ、五大神教の教皇として真実を伝え、そして魔素を集めるシステムを実際に構築してくれた。そして最期に――トリガーとなる闇神の力をその身で以て受け止めてくれた。彼という存在に出会えた私は実に幸運。彼の尽力に心から感謝を捧げよう」
つまりは、教皇という人間は自身を心から光神に捧げていたということなのだろう。シオンは穏やかな死に顔を見せている教皇を見遣った。
光神本人に体を貸し、光神の思いを現実で具現化する。時に教皇として、時に光神とし陽に影に動き、世界をかき回す。光神本人の御心のままに。
彼のカリスマが光神によるものなのか、それとも教皇という人間自身が持ち得たものなのかは分からないが、何にせよ彼がいることで光神の願いはここまで成就された。
(そして……エルンストさん……)
十分にシオンも理解が及んでいないが、エルンストの中に光神の本体がいたということか。そんなことが可能なのかは不明だが、本体をエルンスト、その写し身が教皇だと理解すれば良いのだろうか。そして、光神の口ぶりからして恐らくエルンストは半ば強制的に乗っ取られた。
「……ちっ、なら俺らは今まで、それこそテメェの『影』を相手にしてたってわけかよ」
「感謝するよ、キーリ君。君こそが最後のトリガーだったからね。君がその身に宿した力を使ってくれたおかげで私は本当の意味で力を得られた」
「……なに?」
「これまで話しただろう? 私は闇神たる彼女を救いたいんだ」
「ああ、そう言ってたな。だからテメェは人間を滅ぼそうなんざホラを吹いてんだろ?」
「ホラ、のつもりはないけどね。まあ、それは良いんだ。どうせもうすぐ明らかになるから。
人間が滅べば世界に溢れる悪意は減って仕事が楽にはなると思うよ。けれどね、私は――僕は、彼女を闇神という軛から解き放ちたいんだ」
「なに?」
「人間がおらずとも、世界は闇神の存在を求め続ける。魔素を循環させるというシステムの一部としてね。なら――」
光神から放たれていた光が増した。
始めは白と形容されるにふさわしい色彩を帯びていた輝き。そこに黒が混じった。
「黒い、光……」
光が黒いという矛盾。だがシオンは放たれる光をそう形容するしか術を知らない。
それはキーリたち全員を蝕んでいく。白き光がキーリの肌を焼き、黒き光はフィアたち他の全員の心を締め付ける。本来であれば相反する性質を持つそれを光神が操っている。
何故か。
「ならば――私が闇神になるしかないだろう?」
お読み頂きありがとうございました<(_ _)><(_ _)>




