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11-4. 終焉へと続く道(その4)

初稿:19/12/31


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。

フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。

アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。

シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。

レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。

ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。

カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。

イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。

クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。





「っ……!」


 まるで、今日の夕飯を決めるように。或いは明日の予定を思い立ったかのように。あまりにも軽い調子で教皇の口からこぼれ出たため、フィアたちは一瞬、深刻な話ではないように思えてしまった。


「人間は悪意を増幅し、撒き散らして世界を蝕んでる。これは本当に恐ろしいことだよ。でも裏を返せば、人間さえ死んでしまえば、後は延々とモンスターと迷宮を作り出して、モンスター同士で食物連鎖を作り出せば魔素は循環していく。世界は安定を取り戻すし、私も仕事が減る。なにより、彼女がもう悪意に苛まれることもなくなる」

「そんなもの、認められるはずがありません」


 レイスの突き出した刃が脇を抉る。肉を斬り裂き、血が滴って、それでも教皇は痛みを感じていないかのように表情を変えない。


「人間は恐ろしく賢いけれど、だけど時にひどく愚かだよ。真実を知らず、世界の仕組みも知ろうとせず、教えても耳を閉ざして自らの過ちを認めない。根拠のない迷信に踊らされ、無垢な人に犠牲を強いる。

 世界はいつだって誰かにとっての理不尽で構成されている。その理不尽を受け入れず、意味もなく誰かに押し付け、それでもなお世界に怒りと妬みと憎悪を撒き散らして世界を汚染するんだ。

 彼らが捨てた『ゴミ』をきれいにしてくれる誰かがいるだなんて想像もしないし、理解しても逆に『もっと汚してもいいんだ』とばかりにもっとゴミのような感情を振りまく。そんな存在に、価値なんてあるのかい?」

「さあな。だが少なくともテメェにその価値を決める資格はねぇよ」

「いわゆる『神』でもかい?」

「自分たちの価値を決めるのは他人じゃありません! いつだって――いつだって僕たち自身が決めてみせます!」

「かもしれないね。けれど、今となってはもう君たち人間に決定権はないよ」


 そう言って教皇はチラリと高い天井を見上げて笑った。


「終わりだよ」

「終わりじゃありませんわっ!」


 アリエスのエストックが突き出され、教皇がそれをさばく。溢れた光が刃となって押し寄せるが、フィアの業火がそれを飲み込み、炎で遮りきれなかった攻撃はアリエスとシオンの作り出した壁に防がれた。

 その背後から炎を迸らせたフィアが飛びかかっていく。


「貴方が人間を滅ぼすというのであれば、だったらそれに抗うまで。たとえみっともなくても」

「テメェが人間をいらねぇってンなら、人間だってテメェなんか必要としねぇよ。世界をどうこうできるカミサマもどきなんざいらねぇ」キーリが、吼えた。「ただ俺たちは――自分たちの足で歩いてくだけなんだよ!!」


 上からフィアが斬りかかり、それを教皇が受け止めたところで更に影の中から抜け出たキーリが鋭く踏み込んでいった。影の黒剣が光の白剣とぶつかり合って、刹那の均衡をもたらす。

 だが、二つの剣が交わった場所が黒に侵食されていった。黒の剣が白の剣の刃にめり込んでいき、白刃が斬り飛ばされる。分断された白の刃が宙に舞い、クルクルと回転しながら粒子となって消えていった。

 教皇の血を周囲に撒き散らしながら。


「――お終いだ、光神」


 キーリが懐に潜り込んだ。至近距離でキーリと教皇の視線が交差する。キーリは彼を鋭く睨みつけ、教皇は笑みを崩さない。

 ズブリ、と黒い剣が貫いた。傷口から影が魔素を吸い上げ、教皇の持つエネルギーを奪い去っていく。血がボトボトと垂れ落ち、口元が真っ赤に染まっていく。


「魔素は俺が頂く。テメェの怒りも憎しみも全て俺が受け取ってやるから――潔く散れ」


 剣を基点として影が溢れ出す。影は教皇から放たれる光を全て吸収し尽くし、黒い靄が教皇の肉体を外から、そして内から食らっていった。

 白が黒に塗りつぶされていく。発せられる光神としての光は見る見る内に弱くなっていき、教皇の肉体そのものが黒ずんでいった。

 やがて教皇の全身が絵の具で塗りつぶされたように黒く染まった。キーリが剣を引き抜くと、教皇の体がゆっくりと後ろへと倒れていった。


「――…か……するよ」


 その間際、教皇の口元が一際大きな弧を描いた。かすれるような声でつぶやき、だが何を何をつぶやいたのか聞き取ることはできなかった。

 問いただす間もなく教皇が仰向けに倒れ伏す。そして動かない。体から流れる血液は止まり、しかしだからといって傷が回復するでもなく、まるで精巧な人形が倒れているみたいに苦しみも痛がりもせず静かに倒れていた。


「……やりましたの?」

「手応えはあったけどな……」


 だが果たしてどうなのか。これまで散々裏で手を回し、様々な策を打っていた教皇である。まだ何か、手を隠しているのではないか。倒れたままピクリとも動かないその姿をじっと見つめる。

 表情は穏和そのもの。仮面を顔に貼り付けているのではないかと思えるほどに最後まで表情は変わらず、恨みや憎しみの一つも浮かんでいなかった。

 恐る恐るシオンが近づき、教皇の体に触れる。心臓は動いていない。鼓動もなければ呼吸音もない。人間としてみれば、間違いなく死んでいる。

 本当に光神に、人間と同じ死の概念が適用できるかはシオンにだって分からないが、ともかくも彼はフィアたちに向かって首を横に振った。

 直後、シオンの腕が勢いよくキーリに引っ張られた。


「うわっ!?」


 突然のことにシオンは受け身も取れずに強かに右半身を床に打ち付けた。「いたたた……」と痛む腕を擦りながら、キーリに抗議しようと顔を上げ口を尖らせる。

 だがその声が喉から先へ進むことが無かった。シオンは口を半開きのまま、ただ呆然と目の前の光景を見上げた。

 倒れたままだった教皇の体。そこからまるで噴水のように黒い何かが吹き出していた。飛び出した黒いそれは際限なく吹き上げ、暗い天井を突き抜けて空へと向かっていく。やがてそれが収まると、今度は激しい揺れが彼らを襲い始めた。


「キーリ……!」

「油断すんなよ、みんな……!」


 まだ、本番はこれかららしい。強がって笑ってみせるも、キーリの額から汗が吹き出るのを止められない。立つのも困難なほどの揺れに膝を突き、教皇から溢れ出る純粋な魔素の流れをキーリは唇を噛んで見送る。キーリであっても、どういうわけかこの魔素の流れを止めることも変えることもできない。


(何が起きてやがる……!?)


 分かっているのは、途方も無い事が起きようとしていることだけ。早鐘を心臓が打ち、その痛みに対してキーリは強く爪を立てているしかできなかった。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 人々は唐突に暗くなった空を見上げ、思わず足を止めた。

 覗いていた太陽はいつの間にか薄雲に覆われ、その下には真っ黒な靄がどこからともなく次々と流れてきている。単なる雲や靄ではありえない程に黒く、まるでそれは空に影が投影されたみたいだった。

 人々に降り注ぐはずの光を全て奪い尽くし、永遠に閉ざされた夜の世界のごとく街が暗がりに包まれていく。

 あまりに異様な光景。誰もが呆然と立ち尽くした。昼に星々も瞬かない夜空を見上げ、慄く。見ているだけで底知れぬ不安に心胆が震え、臓腑に不気味な恐怖が流れ込む。


「神よ……」


 誰かがひざまずき神へと祈る。それに触発されて他にも幾人かが同じ様に膝を突いた。

 彼と彼女らが祈るのは神への助けか。それとも怒りを鎮めてもらおうというのか。いずれにせよ、それは意味のない祈りだ。願いを聞き届ける「神」など、始めからいないのだから。

 だからといって人々ができることなどない。街では慌てて明かりが灯っていくが、世界を照らすにはあまりにも乏しい光である。微かに近くにいる人の顔を視認できるような、月明かりにも劣る光度しかないなかで人々は身を寄せ合うしかできない。


「ユーフェちゃん……」


 スフォンの街でも状況は同じ。シオンの妹であるシリは急に暗くなった外を不審に思って店から出て、得体の知れない恐怖に囚われた。なんとなく守らなければ、と思ったのだろう。彼女は同じく外に出てきたユーフェを抱き寄せるとギュッと力を込めた。


(お兄ちゃん……)


 兄は、兄たちは大丈夫なのだろうか。怪我をしてたりしないだろうか。賢いけれど弱っちいと妹ながらに思っていた兄。なんだかんだといつだって無事に戻ってきていて、シリ自身もあまり心配していなかったが、こんなことが起きると一気に不安になる。


(大丈夫、大丈夫……きっとみんなが何とかしてくれる……みんなだって無事に戻ってくるよ、ね……?)


 なんとも他人任せだと彼女自身も思う。だが、祈るしかできない。

 大丈夫、大丈夫と何度も自分で自分に言い聞かせる。そうしていないと這い寄る不安に押しつぶされてしまいそうだった。

 そんな彼女の背に小さな手が添えられた。


「大丈夫」


 視線を落とすと、ユーフェがいつもと変わらぬ眠たげな眼差しをシリへ向けていた。表情の変化はいつもどおり乏しく、肉付きが良くなってきたとはいえ未だ小さな体。だが、彼女はもう一度はっきりと「大丈夫」と口にした。


「みんな、きちんと帰ってくるよ」


 その言葉はシリが内心でつぶやいたものと似ていたが、どこか確信めいた響きを伴っていた。だからか、シリも自然とその言葉に心が落ち着いていくのを感じていた。

 思えば、ユースター家に来た時から不思議な子だった。ピコピコと動く耳や尻尾はとても愛らしいが、十にも満たないのにどこか達観した雰囲気を持っている。

 慌てず動じず、かといって世の中に諦めているわけでもない。口数は少ないが、何かあった時に彼女のその小ぶりな口から出てくる言葉には力がある。

 どうにも彼女には未来が見えているのではないか。ただ厳然たる「事実」を口にしているのではないか。だからこそ、いつだって年上のシリをも安心させてくれるのかもしれない。


「……うん、そうだね」


 だったら今回も彼女を信じよう。シリはぎゅっとユーフェを強く抱きしめると、彼女は少し苦しそうに腕の中で身動ぎしたが、されるがままに任せて、シリの頭をそっと撫でる。

 ユーフェは黒い空を見上げた。雲よりも密度の濃そうな黒い靄が不気味にうねり、ユーフェたち人間の心をくじこうと威圧してくる。

 けれど。


(負け、ない……から)


 だからお姉ちゃんたちも勝って。届くはずがないと分かっているが、せめてものエールになれば。ユーフェはフィアたちへ願いを祈ると、いつもどおり夜のお店の準備を進める「母」の手伝いに奥へと戻っていったのだった。





お読み頂きありがとうございました。

引き続きお付き合い宜しくお願い致します<(_ _)><(_ _)>

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