11-3. 終焉へと続く道(その3)
初稿:19/12/30
本日2話目の投稿になりますので、お読み飛ばしなきようお気をつけください。
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。
フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。
アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。
シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。
レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。
ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。
カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。
イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。
クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。
カレンたちが戦いを繰り広げている頃、キーリたちの戦いも激しさを増していた。
「しっ!」
鋭く息を吐きレイスが踏み込む。風神の加護によって切れ味を増した一撃。それを教皇が受け流し、しかし彼女の扱える全魔素を注いで強化した攻撃は教皇の手の甲を浅く傷つけた。
鮮血が舞い、だがそれもすぐに癒えて元に戻る。一見すると攻撃が通っていないようでもあるが、少なくとも非力な彼女でも持てる力を注げばわずかでもダメージが通ることは行幸だった。
あくまでレイスの役割は牽制。防御に教皇の手数を使わせた隙にアリエスが背後から迫っていた。
「ブリザード・ラビリンス!」
第一級風水神魔法が、加護によってさらに強化されて教皇に襲いかかる。鋭い氷の刃があらゆる方向から迫り、加えてアリエス本人からの刺突が嵐となって貫かんとしていく。
教皇の顔色が一瞬変わった。エストックの先端が教皇の胸に触れた瞬間、その体が影の中に一瞬で消える。それを見たキーリはフィアに向かって叫んだ。
「跳べっ!!」
迷いなくフィアが飛び退けば、そこから黒い針状の影が無数に襲いかかる。それをキーリが大剣を振るって破壊し、もう一方の手で黒剣を作り出すと影の中に突き立てた。
影の門を影の力でこじ開ける。ポッカリと空いた虚無とも思える空間。そこを目掛けてフィアは炎神魔法を叩き込む。
本来無形のはずの影が不格好に膨らんだ。影の一点がひび割れ、そこからまるで火山が噴火したかの如く莫大な熱量を伴って炎が吹き上がる。渦を巻きながら舞い上がった火炎の中で黒いシルエットが浮かび上がり、その炎を割って教皇が姿を見せた。
「中々の攻撃だね」
衣服の端を焦がしながらそう褒め称えると教皇が腕を払う。すると彼にまとわりついていた炎が一瞬で消え去り、変わって真っ白な光が瞬く間に辺り一面を染め上げた。
教皇を中心とした球状の空間。その表面から熱線がフィアたちへと発射された。それと同時に上空に太い白柱が伸びると、頭上から無数の雷鎚が降り注いでいく。
紫電を迸らせながら雷鎚が床を次々と穿つ。轟音が響き渡り、フィアたちは後退を余儀なくされるが断続的な雷鎚は押し寄せ迫ってくる。
「こっちへ!」
シオンが三人を呼び寄せるとドーム状の壁を作り上げた。その内側に圧縮した空気の層を作り上げ、さらに石壁と空気の間に真空状態を作成して絶縁を施す。
衝撃が壁を壊していく。だが破壊された部分はすぐに修復し貫通を許さない。シオンは頭の中が焼ききれそうな感覚を覚えながら必死に堪えた。
「届いていない……? 面白い。どういった仕掛けか興味深いね」
手応えのなさに首を捻りながら教皇は上空から見下ろした。その顔には称賛と敬意が浮かんでいる。
「いつまで余裕ぶっこいてやがんだ、テメェは?」
そんな教皇の背後からキーリの声が届く。黒い影が空中に出現し、そこから影でコーティングされた大剣を握るキーリが飛び出した。頭頂部目掛けて振り下ろされ、教皇は光の壁を展開し受け止める。
白い光と黒い影。圧倒的なコントラストが互いを侵食しようと拮抗する。
「余裕などないよ。人の身では君らと戦うことだけで精一杯さ」
「人間が世界を壊そうとしてんのか。もちっとお笑いのセンスを身に着けて出直してこいよ」
地上から影が教皇へと伸びる。教皇の周りに展開された光の壁に遮られながらも侵入を試み続け、やがて黒に侵食された壁の一角が破壊された。
そこから入り込んだ影が教皇の脚に絡みつく。地面から抜け出した影は教皇をそこに引きずり込もうと引っ張っていく。
「人間のつもりなら、仲良く地面を這いつくばろうぜ?」
光の壁に焼かれながらその上に着地したキーリは、もう一度大剣を振り上げた。細腕の上で筋肉が盛り上がり、全力で壁目掛けて叩きつけた。
パリン、と割れる音が響く。もろくなっていた壁はキーリの一撃に耐えきれず砕け散り、中にいた教皇を強かに剣が打ち据え、影に引っ張られるのと相まって凄まじい勢いで床へと激突した。
大の字になって倒れる教皇。しかしながら彼はすぐに何事も無かったかのように薄く笑みを浮かべて起き上がり、キーリ、そして石壁を解いたシオンたちを見て口角を上げた。
「今のはちょっと痛かったよ」
そう言いながら体にできた傷を撫でていく。これまでであればそれで傷は塞がるはずだった。だが今回は出血が中々止まらない。
教皇の顔に怪訝が浮かぶ。
「残念だけどな、テメェに流れる魔素は止めさせてもらったぜ」
着地したキーリが鼻を鳴らして笑った。
教皇がダメージを瞬時に回復できるのも、圧倒的な攻撃力・防御力を誇るのも全ては彼に流れ込む莫大な魔素が要因だ。一部とはいえ、その流れを止めてしまえば身体の修復に使える魔素は限られてくる。
「なるほど、先程脚を掴んだ時か。さすがに専門家には及ばないようだね」
闇神の専売特許である魔素を光神である教皇が自在に扱える理由は不明だが、魔素の扱いについては闇神であるユキと、ユキと深い繋がりがあるキーリには敵わない。
「傷の治りどころか体がいささか重くなった気がするんだが……逆に吸い取っているんだね?」
「そういうことだ――よっ!!」
キーリが教皇に向かうと同時に教皇の足元から影が溢れ出る。再び教皇は光を周囲にまとい、迫りくる触手のような影を蹴散らしながら距離を取ろうとするが、そこにフィアたち三人も攻撃に加わって後退を許さない。
キーリとの間で影と光が交わり、影を侵食していく。本来の力である光はさすがにキーリに対して優位。光神として力を駆使してキーリとの距離を稼ごうとするが、フィアたちに対しては接近を許してしまった。
迫る刃に炎神、水神の魔法の数々。しばらく拮抗した状態が続くが、徐々に光神の体に傷が増え始めていった。
それでも教皇の様子に焦りなどは見られない。ハッタリなのか、それとも何か隠し玉があるのか。警戒しつつも四人は攻勢を緩めず、シオンもまた背後を取られないよう注意を払いながら何があっても対応できるよう注意深く教皇の様子を窺っていた。
「――話の続きをしようか」
そんな最中、笑みを崩さないまま唐突に教皇が口を開いた。
「こちらの気を散らそうとしても無駄ですわっ!!」
「いやいや、そんなつもりはないよ。ただ単に大好きなひとり語りがしたくなっただけでね。それに君も話の続きが気になると言ってただろう?」
アリエスの刺突が教皇の頬をかすめ、フィアの斬撃が右腕を深く斬り裂く。血飛沫が舞い、傷が増えていっているのに教皇の仕草は変わらないままだ。
「さて、どこまで話したかな……? ああ、そうだ。確か人の身でいると、気休めになるという話だったね」
攻防を繰り広げ、傷が増えていく中でもまるで痛みを感じないかの様に滔々と教皇は語る。自らに起きた変化を。
ユキに変わって世界を保つ。役割を肩代わりしてみてその過酷さを実感した光神だったが、ユキが復活した時のためにできることをしようと彼は動き出した。
光神の身としてはできないが人の身であればできること。思案し、彼は世界を巡る悪意を減らすことにたどり着いた。そのために、と入り込んでいったのが、当時から存在していた五大神教だった。
「いやはや、なんとも恥ずかしくて、同時に悲しかったよ。何もしていない自分は崇められて、身を粉にして世界を守ってきた彼女が悪神として貶められているのを聞くのは本当に辛かった。だからこそまず、彼女の功績をきちんと伝えなければと思ったんだ」
だが一人の人間としてどんなに声高に叫ぼうとも人々には届かない。五大神教に限らず当時の宗教観では闇神は悪であり、光神は善。それはすでに人々の間には固定観念として深く根付いており、教会の末端で叫んだところで聞く耳は持ってもらえず、信者としてふさわしくないとして追放されそうになる始末。
故に彼は考えた。自らが、教会のトップになれば良いではないかと。
彼はすぐにその考えを実行に移す。それはすなわち――当時の教皇の殺害。
「そんな気安く……人一人を殺したんですの!?」
「彼はまさに反闇神の思想に凝り固まっていてね。真実を世に広めるには害悪だと判断したまでさ」
「だからって……!!」
光神たる彼にとってそれは非常に容易い仕事だった。あっさりと教皇を殺すと、光神たる本体を教皇に移し、見た目は同じ、しかし中身は異なる新たな教皇として君臨した。
「『ガワ』だけ取り繕ったって、中身がまるきり別人じゃあ周りは騙せねぇだろ」
「もちろんそこは慎重にやったさ。疑われない程度に少しずつ思想を変えて、周りに自分のシンパを作っていってね」
何年掛かろうが構わなかった。基本的な教義はそのままに、経典に記載された闇神のことを『悪』という表現から時間を掛けて少しずつ柔らかい表現に変えていく。同時に世界中で布教活動も進め、数ある宗教の一つでしか無かった五大神教は、いつしか世界中にまたがる最大の宗教となっていた。
宿る肉体を定期的に若返らせ、何世代も重ねて周囲を変えていく。そうした地道な努力は実を結び、信者以外の人たちの間でも闇神に対する認識が変化していく。明確な「恐怖の対象」から「良く分からない存在」に薄められていく。
本当に求めていたものでは無かったがひとまずの結果は出た。だが、もう一方の努力はいつまで経っても結実しなかった。
「何をしても光神たる身に流れ込む悪意の量は減らなかったよ。信者に教育を施し、各地に教会を建てて教えを説き、苦しむ人々に寄り添おうとしても一向に悪意は消えることは無かったんだ」
あちらで悪意が薄れればこちらで濃度を増す。悪意を増やすことは簡単なのに減らすことは非常に困難。挙げ句、教会内でも腐敗が生じ始めた。
金で免罪を買い、弱き人々に寄り添うはずの教会の人間が権力者と結びつき弱者を貪る。ただの司祭がどこぞの貴族のように振る舞い、市井の人たちを虐げていく。欲に飲み込まれた人間は教会の上層で増えていき、どれだけ教皇が厳しく処罰しても跡を絶たず、人々の間で悪意は膨れ上がっていく。
彼は悩んだ。このままでは彼女に合わせる顔がない。やがて復活する彼女には穏やかに過ごしてほしいのに。闇神としての役目を忘れて、全うできなかった生を全うしてほしいのに。
――僕と、僕の側で生きてほしいのに
悩む。苦しむ。理想と現実の間で。昼も夜も悩み続け、いくつの夜を越えただろう。言葉では現しきれないほどの煩悶と絶望に光神たる彼がさらされ、そうして苦しみ続けた果てに彼は一つの答えにたどり着いた。
「――神でありながら天啓だと思ったよ。全ては簡単なことだったんだ。あまりにシンプルな答えに笑ってしまったね」
「では聞かせてほしい。貴方が至ったというその答えを」
フィアの斬撃が、受け止めた教皇の腕に食い込む。血が吹き出て、白い衣服を濡らす。それでも彼の顔が苦痛に歪むことはなく、穏やかな笑みを湛えていた。
「悪意が世界に溢れてしまう。なら、大本をどうにかしてしまえば良いんだよ」
「大本、だと?」
「そう。つまりは――人間が消えてしまえば、全て解決する」
お読み頂きありがとうございました。
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