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11-2. 終焉へと続く道(その2)

初稿:19/12/30


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。

フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。

アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。

シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。

レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。

ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。

カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。

イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。

クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。







「……エレン」


 割れたレンズの奥で、クルエの瞳に映るエレンが穏やかに笑っていた。クルエはそっと側に膝を突き、彼女の首元に手を当てる。分かっていたことだが、もう一度たりとも脈を打つことはなかった。


「エレン、貴女は――」


 その場所を望んでいたのですね。ポツリ、とクルエは声を震わせた。

 心臓を貫かれたエレンの口元が真っ赤に染まっている。だがその死に顔に苦しげな様子も悲しげな様子もなく、緩やかに唇が弧を描いていた。その彼女の右手は同じく息絶えたゲリーの背に回され、左手は彼の右手を固く握りしめている。

 そしてゲリーもまた同じ。養成学校時代の面影は全く無くなった彼の姿だが、痩せ細ったその顔に、おそらく昔はそうだったのだろうと思われる柔らかで優しげな微笑みが浮かんでいた。


「ちっ……倒したってのに、全っ然やりきれねぇな」

「うん……

 エレン……ううん、ティスラは認めてもらいたかったのかな、ゲリーくんに」

「……知るかよ、ンなこと」


 感情が、落ち着かない。ギースは唇を噛み締めながら視線をさまよわせると、背を向けて息を詰まらせた。


「おそらくは」エレンの口元の血を拭い取ったクルエが立ち上がる。「ゲリー君に、というよりも誰かに自分の事を認めてほしかったのだと思います。本当は姉であるフランに褒めてもらいたかったのでしょうが……

 ゲリー君を求めたのはその代償行為でしょうね。少なくとも最初は」

「馬鹿なのよ、所詮」


 傷ついた手足に自分で回復魔法を掛けながらアンジェが吐き捨てるように言った。長い髪を後ろに流し、乱れた前髪の奥からエレンに近づき感情の見えない眼差しを向ける。


「誰かに認めてもらったって……意味がないのよ。どんなに誰かに褒めてもらったって、認められたって満たされることなんてないのに。

 結局のところ、自分を満たしてくれるのは自分しかいないの。自分で認められたなら、他の誰に何をされたって気にならないわ。なのに評価を他人に委ねて、それで狂って、挙げ句に誰かをかばって死ぬなんて、馬鹿の極みだわ」

「アンジェリカ……」

「ちょっと、いくらなんでもその言い方は――!」


 小馬鹿にしたように鼻を鳴らしてそっぽを向いたアンジェ。その態度にカレンは我慢ならず食ってかかろうとした。しかしその腕をギースが掴んだ。

 離して、とカレンはギースを睨んだ。だが彼はアンジェの方を黙って顎でしゃくるような仕草を見せ、何も言うな、とばかりに首を横に振った。


「本当に……馬鹿よね」


 カレンの耳に、そんなつぶやきと鼻をすする音が聞こえた。瞬間、カレンは察した。アンジェのその後ろ姿を見つめ、カレンはそれ以上何も言うことができなかった。


「アンジェ姉ちゃーん!!」


 しんみりとしたやるせない雰囲気が漂っていたが、そこにアトベルザの明るい声が反響した。アンジェがゴシゴシと目元を拭い、一度大きく息を吐き出して振り向けば、暗がりからアトを始めとしてゴードンとセリウスの姿がうっすらと見えてきていた。


「アンジェリカ様、お怪我はいかがですか? 大事は無いかとは存じますが」

「大したことないわ。擦り傷程度よ。だから治療は要らないわ。勝手に自分で治す」


 手を差し出しかけたセリウスを制し、それよりも、と彼らが来た方に視線を移した。


「連中を殺したりしてないでしょうね?」

「当然でございます」


 心の底から当たり前だとばかりにセリウスは胸を張った。ご覧あれ、と彼が腕を広げて指し示せば、膨大な瓦礫類に混ざってシルバーナイツたちが方々に転がっていた。

 そんな彼らの様子とは裏腹にアトたちに目立った傷はない。埃で汚れていたり、少々の擦り傷程度。疲労の色は見えるがそれだけだ。


「流石ですね、ゴードン」

「ああ! オレみたいな半人前でもほとんど無傷なんてありえねーもん。ホントにゴードンのおっちゃん様様だよ!」

「がははは! ワシがいる限りあの程度のひよっこたち、児戯に過ぎんわい!」


 ほぼ無傷での制圧。その最大の立役者は紛れもなく「金剛」の名を授けられたゴードンだ。シルバーナイツの攻撃のほとんどを無力化したその力は英雄の名にふさわしいものだった。

 クルエやアトから称えられてまんざらでもない様子で、ゴードンは豪快な笑い声を響かせていたが、そこに駆け寄ってくる足音が混ざってきた。


「オットマー先生! それとシェニアさん!」

「カレン? それにギースやクルエも。それと……」


 長いドレスのスカートをはためかせながらやってきたのは、大礼拝堂で足止めをしていたシェニアたちだ。アトたち同様、彼女らにも目立った負傷はなく元気そうだった。

 はじめは無事だったカレンたちに笑みを浮かべ、そしてシェニアの視線が一緒にいたアンジェたちに向くと脚を止めて警戒を露わにした。


「大丈夫。アンジェリカたちは味方ですよ」


 だがクルエが笑って事情を説明する。シェニアとオットマーはアンジェの顔を一瞥し、彼女から本当に敵対の意思が感じられないことから構えを解いた。そして側で横たわっているエレンとゲリーを眼にして、表情を曇らせ眼を閉じる。オットマーと共にしばし黙祷を捧げ、着ていた外套をオットマーが彼女らの体にそっと掛けた。


「僅かな期間とはいえ……こういう形で教え子たちと再会するのは辛いものですな。たとえ、敵であったとしても」

「そうね……できれば二人とも連れて帰ってあげたいけど――」

「感傷は全て終わった後で十分よ。今は無駄な感情は捨てた方が身のため」

「ええ、そうね」


 冷たく聞こえるように言い放つアンジェだが、彼女の心情を察している面々は言葉どおりには受け取らなかった。彼女に同意してうなずき、表情を引き締める。オットマーとギースで、エレンとゲリーの手が離れないよう気をつけながらその体を抱え上げて壁際に静かに寝かせた。


「――じゃあ、行こっか」

「ああ。さっさとキーリたちを追いかけっぞ」

「キーリ兄ちゃんたちだったら、実はもう教皇様をぶっ倒してたりしてるんじゃねぇかなぁ」

「がはは! だとしたらワシらも楽できていいがな。しかし――」

「そう美味しい話があるはずもない、か」


 キーリたちが相手をしているのは神。それも、五大神教で主神とされている存在だ。キーリたちの実力は理解しているが、苦戦は免れないはず。

 ならば一刻も早く合流しなければ。全員が同じ気持ちを抱き、先へと進もうと体を向けた。

 その時だった。


「――え」


 壁際に寝かせたエレンの体が青白く光を放ち始めた。暗がりの中で目立つ淡い、しかし強い光。それはエレンだけでなくゲリーからも、そして離れた場所で転がるフランの死体からも光を発していた。

 瓦礫の山に眼を向ければ、気絶しているシルバーナイツの面々もまた同じく光っている。それは幻想的で美しく、しかし不気味な光だ。


「な、何だよこれっ!?」

「……アンジェリカ様」

「私にも分かんないわ。けど……」


 胸騒ぎがする。足元を険しい表情で睨みながらアンジェがポツリとつぶやく。それは他のメンバーも同じで、全員に冷たい汗が流れた。

 そしてさらに。


「今度は何だっ!?」


 激しい縦揺れが襲ってくる。頭上からパラパラと壁が剥がれ落ちて落下し、立っているのも難しいほどの振動だ。いつまでも続いていきそうな地震に心臓が掴まれ、鼓動が激しくなる。だが揺れは一分ほど続いたところで程なく収まりを見せた。


「……何だったのかしら」

「下の方で何かあったのかもしれません。もしかするとキーリ君たちに――」


 険しい顔つきのまま辺りを見回してクルエが不安を口にしかけた時、ゾッとするような感覚が全員の背中を這い回った。

 それはおぞましい感覚だ。心臓が見えざる手に直接掴まれたようで、臓腑の奥にポッカリと孔が空き、そこへ自身の内にあるものが全て吸い込まれていくようだった。逆に孔からあらゆる負の感情――憎悪や不安、絶望といった黒い感情が溢れ出て泥の様にまとわりつき自分を書き換えられていく。そんな気持ちの悪い戦慄。

 それに近い感覚をカレンとギースは知っていた。以前に、キーリの作り出した影の中に入った時に似たような感情を覚えた。そして、今回のそれはその時よりもずっと強い。


「……急ぐぞ」

「うん……すごくまずい事が起きようとしてる気がする」


 抱いた不安が、果たして今感じた感覚によるものなのか、それとも教皇の元にたどり着いたキーリたちを案じてのものなのか、カレンには判別できなかった。

 今できることは、一刻も早く彼らと合流すること。そうすればきっと、この不安も解消できるはず。

 衝動に押されるままにカレンが走り出しギースが続く。そして同じ様に得も知れぬ不安に苛まれながらシェニアたちも急ぎ彼女らを追いかけていったのだった。






お読み頂きありがとうございました。

引き続きお付き合い宜しくお願い致します<(_ _)><(_ _)>

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