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11-1. 終焉へと続く道(その1)

初稿:19/12/29


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。

フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。

アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。

シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。

レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。

ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。

カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。

イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。

クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。






「くっ、う……はぁ、はぁ、はぁ……!」


 エレンは肩で大きく息をしながら膝を突いた。

 彼女は頭部を始め全身に傷を負っていた。ポタポタとあちこちから血が流れ落ちて床を赤く濡らしていく。装備の殆どがボロボロに壊れ、破れ、満身創痍。それでも彼女の瞳では赤と白の入り混じった聖痕が煌々と輝いて心は折れていない。


「……さすがね、エレン。ここまで私が苦戦するとは思ってなかったわ」


 エレンを見下ろしながら、心から感嘆してそう言うアンジェもまたひどくダメージを負っていた。

 白い衣装は煤け、斬り裂かれた。銀色の髪は赤い血で汚れている。火傷のダメージがきれいだった手足に刻まれ、エレン同様満身創痍と表現して差し支えない。

 そしてそれは他のメンバーも同じ。クルエも、ギースも、そしてカレンも至るところに傷を負い、体力も魔素もかなり消耗してしまっていた。


「予想は外れて無かったわ。エレン……本気になった貴方は英雄の中で誰よりも強い。悔しいけれど、私一人だったら太刀打ちできなかったでしょう」


 自らに絶対の自信を持つアンジェリカ。その彼女の口から出たのは最大限の称賛だった。

 エレン一人に対して、英雄二人に神々の加護を受けた者二人。四人を相手にしてここまで戦い抜いた事実がアンジェの言葉の正しさを証明していた。


「ふふっ……ボク一人じゃないよ。フランと一緒。二人で戦ってるんだ。だから負けることなんてないよ」

「エレン」クルエが血の滲んだ腕を抑えながら呼んだ。「もう終わりにしましょう。決着は着いた。それは貴女だって分かってるでしょう?」

「何言ってるのか分かんないよ、クルエ」


 よろめきながらエレンは立ち上がった。左目を見開き、左の口端を吊り上げて、フランがするような仕草で笑った。


「相変わらず余裕ぶっちゃってさ。臆病者のくせに見苦しいよ? 怖いんなら怖いって言いなよ? 私だってエレンだってまだまだ余裕で戦えるんだからね?」

「……何が、君をそうまでして戦わせるんですか?」

「そうだよ! 教皇が……光神が世界を壊しちゃったら、エレンたちだってどうなるか――」

「そんなの……どうだって良いんだ」


 エレンが小さく笑った。彼女の周りにまた白と赤の入り混じった光の渦が立ち込め、膨大な光神魔法と炎神魔法が展開されていく。


「世界がどうなろうと、構わない。ううん、世界なんて壊れちゃえばいい」

「光神様に褒めてもらえればそれで良いんだよ? だって、光神様が壊せって言ったら、きっとそれは正しいことなんだもん。別に世界が壊れたからって私は困んないし?」

「別に贅沢な暮らしがしたいわけじゃないし、世界がどうなろうとボクらは生きていけるから。他の人間がどうなろうと……それはきっと自業自得なんだよ」

「……狂ってやがんな。テメェが何言ってんのか全く理解できねぇよ」

「違うよ。ボクらが狂ってるんじゃないよ、ギースくん。世界が狂ってるんだよ」

「はあ?」

「私たちが世界を捨てたんじゃないの」

「最初に世界が(・・・)ボクらを捨てたんだよ」

「何言って――」


 怪訝に首を傾げたギースがなおも問い正そうとするも、それも魔法によって妨げられた。

 灼熱と全てを白く染める光の奔流が再び襲いくる。ギースは舌打ちをしてその場を飛び退いた。


「クソッタレがっ! まともに話も通じねぇ!」

「狂人と会話しようなんて試みる事自体が間違ってるのよ」


 アンジェの光神魔法がエレンのいた場所を薙ぎ払い、風の矢が次々と押し寄せる。それを援護としてギースとクルエが接近し、エレンに攻撃を畳みかける。自身に迫る危機を、エレンは光神魔法で相殺し、炎神魔法で飲み込んでいく。それと同時に近接戦でもギースたちを受け止め、巧みに動き回り、ナイフを、炎の剣を振り回していく。

 続く膠着状態。四人の攻撃をしのぎ、攻めに転じようともがく。


「……っ、う……」


 それでも一度傾いた情勢は覆らない。お互い様とはいえ、体力も魔素も消耗は一人で戦うエレンの方が激しい。技術に体力がついていかず、カレンの放った矢に反応が遅れ、エレンの肩が貫かれた。

 そこにクルエの風神魔法が彼女を飲み込んだ。全身を切り刻まれ、吹き飛ばされて壁に激突。再びエレンが膝を突き、咳き込んだ際に口からは赤い血飛沫が吐き出された。


「ま、だ……まだ……!」


 ダメージは深刻。だがエレンはまるで亡霊の様に立ち上がる。瞳の炎神の聖痕と、さらにその下に重なった光神の聖痕が一層輝きを増した。彼女の周囲を立ち上る励起された魔素が不規則に明滅した。

 こんなところで負けるわけにはいかない。負ければ、また馬鹿にされるだけだ。教■様が姉ばかり贔屓するのは、自分がフランほど役に立ててないからだ。

 それに。


(頑張ったら褒めてくれる、よね?)


 自身と共に存在するはずの姉に呼びかける。しかしフランから返答はない。血が足りないせいか、目が回って思考が上滑りする中、もう一度呼びかけてみるがやはり返答はない。

 どうしたのかな、と痛みに苛まれながら姉を心配し、けれども戦わなくっちゃ、と考え直す。

 自分を見てもらうんだ。自分を褒めてもらうんだ。フ■ンに馬鹿にされないようにしなくちゃ。■■様に、今度こそ■■■と一緒に手を取ってもらうんだ。

 ――そして、■■■に、頑張ったねって言ってもらうんだ。


(……あれ? 誰に――)


 褒めてもらうんだっけ。思い出そうとするが、記憶が段々と白く塗りつぶされていく。■■様だっただろうか。姉である■■■だっただろうか。それとも、自分たちを捨てた愛しい(憎き)両親だっただろうか。いや、そもそも自分は何のためにこんな痛くてきつくて苦しい思いをしてるんだっただろうか。

 色んなものが頭の中でかき混ぜられていく。脳が熱く、沸騰していく。


(まぁいいや……)


 世界が滅んでしまえば、そんなこと考えなくっていい。だって、そうなった時には自分は■■■と二人でゆっくりのんびりと暮らすのだから。だから、自分を傷つける連中――眼の前の人たちを殺してしまえば自分の仕事は終わりだ。ちょっと早いけれど、■■様に許してもらって、■■■を連れて誰もいない静かな場所に引っ越ししてしまおう。


(そういえば■■■って――)


 誰だっけ。そんな疑問が白い思考の空白の中でただ一つ残った時、彼女の視線の先から微かに彼女を呼ぶ声が聞こえた。


「ティ……スラ……? どこ、どこにいるんだ……? ぼ、ぼぼ、僕を……おおお、置いて行かないで……一人に……しない……で……」


 眼が覚めた。届く声が誰のものか。それに気づいた瞬間、霞がかっていた頭が一気にクリアになった気がした。


「ゲリー! 来ちゃ……ダメだ……!」


 ボクは、ここだ。ここにいる。

 だから、助けてよ。そう叫びたいのを我慢してエレンは叫んだ。

 ここは危ない。彼は、戦う人間じゃない。自分が守りたい、大切な人だ。エレンは必死に叫び、しかし彼女の思惑とは裏腹にゲリーは覚束ない足を止め、エレンの前に立っているカレンたちを指差した。


「お、お、お前ら! え、え、ティスラをい、イジ、イジメてるのか……!」

「おいおい、嘘だろ……?」

「げ、ゲリーくん!? ホントにゲリーくんなの!? なんでこんなところに……!?」


 現れたゲリーにカレンたちは目を疑い、戸惑う。ずっと昔、養成学校以来行方不明になった彼がどうして。

 困惑するカレンたちを他所に、ゲリーの周りで魔素が急激に励起されていく。


「ティスラ……! お、お前ら……え、ティスラをイジメるなぁぁぁぁぁぁ!!」


 学生時代と同じ様に癇癪を起こして地団駄を踏む。そして次々と魔法陣が浮かび上がると、魔法がカレンたちに襲いかかった。


「おわっ!」

「ちょ、ちょっと待って! 私たちは――!」

「ティスラから離れろよぉぉぉぉぉぉぉっっ!」


 炎神魔法に風神魔法、それに光神魔法と様々な魔法が放たれていく。魔法の構成は甘い。にも関わらずその威力は破格。さらに連射速度も高い。

 そこに、立ち直ったエレンからの攻撃が加わる。

 手数が倍以上になり、カレンたちは已む無く一旦後退せざるを得ない。


「くそがっ! そういや昔っから人の話聞く耳持たねぇやろうだったなっ!!」

「ゲリー君! やめなさいっ!! 僕たちの話を──」

「うるさぁい!! ティスラはぼ、ぼ、僕が守ってやらなきゃダメなんだァァァァっっ!」


 風が灼熱を纏い、吹き荒れる。ジリジリとこのままではダメージが蓄積されていく。なんとかして止めなければ。カレンはそう思うが、反撃する踏ん切りがつかない。


「止めてっ! 話を聞いてっ!!」

「無駄よっ! っ……! エレンは私とクルエで相手するから貴女たち二人でアイツを何とかしなさいっ!」

「で、でも……!」

「つべこべ言ってる暇があったら動きなさいっ!!」


 杖で尻を強かに叩かれ、カレンとギースは苦渋の表情でゲリーを引き離しに掛かった。エレンとゲリーの間に割り込み、ギースが唇を噛み締めながらゲリーに向かって襲いかかる。カレンも眉間に苦悩の跡を見せながら風の矢を番え、放っていった。


「う――わぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

「うそっ!?」


 だが攻撃はゲリーに届かない。ゲリーの周りにドーム状の光の壁が現れ、風の矢の軌道が捻じ曲げられる。近寄っていたギースの体には不思議な圧がのしかかり、後ろに吹き飛ばされて床を転がった。

 ギースはすぐに姿勢を立て直し、素早くゲリーの背後に回り込んでいく。しかしある一定の距離に近づくとやはり猛烈な風によって体が巻き上げられ吹き飛ばされいくのだった。


「くそっ! 近づけやしねぇ!!」

「でも止めなきゃっ……! じゃないと、じゃないと……!」


 その様子を視界の隅で捉えながらエレンは泣き笑いを浮かべた。

 ゲリーが来てくれた。そのことが何よりも力になる。嬉しくて嬉しくて、けれども恐ろしかった。彼を失うかもしれないのが恐ろしかった。

 どうしてゲリーにこんな力が残っているのか。光神の聖痕は当人である光神――教皇によって奪い取られて、もう魔法の才は残っていないはずなのに。それは疑問ではあるが、それよりも早くゲリーを遠ざけなければとエレンは必死にアンジェたちに抗った。


「ゲリー! 早く逃げてっ!!」


 傷ついた体をむち打ち、降り注ぐアンジェの魔法を相殺し、煩悶に顔を歪めるクルエの攻撃を捌き続ける。何とかゲリーの元にたどり着きたいと、ただただもがき続ける。ゲリーを守りたいと泣きながら魔法を構成し続ける。

 だがそんなエレンの思いとは裏腹に、ゲリーは少しずつ彼女の方へと近づいていく。カレンの攻撃を弾き返し、ギースを遠ざける。

 やがて。


「ぼ、ぼ、僕が……ティスラ、を……守る、ん、だぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」


 集まった魔素が一斉に膨らみ上がる。絶叫するゲリーを中心に猛烈な嵐が吹き荒れ、凄まじい勢いで付近のあらゆるものを吹き飛ばした。何者をも寄せ付けず、ギースのみならず離れていたカレンやアンジェ、クルエまでもがその圧力に負けて体が浮いた。


「ティスラぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」

「ゲェリィィぃぃぃぃっっっ!!!」


 ゲリーの呼び声に呼応するようにエレンから放たれる魔法の威力も速度も上がっていく。かわす隙間も無い程に敷き詰められた魔法がカレンを、ギースを傷つけていく。

 傷つき、膝をつくカレンたち。その隙にエレンは追加で攻撃――ではなく、彼女らに背を向けてゲリーの方へと走っていく。

 頭から血を流し、口から血の塊を吐き出し、脚をもつれさせながらエレンは駆ける。霞む視界の中でゲリーを見つめ、両目に涙を浮かべながら嬉しそうに笑った。

 手を伸ばした。二人の手が重なり、互いが互いを庇うように抱きしめ合う。


「ティ、スラ、ティスラ……! どこ、に、行ったかと思っ……たぞ……!」

「うん、うん……ごめんね、ゲリー!」


 良かった、間に合った。安堵すると共に、ゲリーの抱擁を受けてエレンは思い出した。


(おお、そうだ……ボクは……)


 教皇様でもなく、フランでもない。今は、他の誰でもないゲリーに褒めてもらいたかったんだ。

 強く、抱きしめる。ずっと、応えてくれなかったゲリーの温もりを感じる。それだけで全てが満たされたような気がした。

 教皇に手を取ってもらえなかった寂しさも。フランに馬鹿にされた惨めさも。英雄でありながら英雄になり得なかった満たされなさも。何もかもがどうでも良くなる。

 エレンはゲリーに唇を重ねた。一方通行の、初めての愛情。でも、それでも構わない。それでも――


(あ……)


 背に回されたゲリーの腕が強くなった。より引き寄せられる。そう感じ、溜まった熱い涙が頬を伝った。



 そして二人の心臓を、光の矢が貫いた。




お読み頂きありがとうございました。

引き続きお付き合い宜しくお願い致します<(_ _)><(_ _)>

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