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10-1. 教皇(その1)

初稿:19/12/21


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。

フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。

アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。

シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。

レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。

ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。

カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。

イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。

クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。





「――フィア」


 少し間を置いてキーリが声をかける。彼女は一度大きく息を吐き出すと目元をゴシゴシと擦った。


「兄貴を、見送れたか?」

「ん……大丈夫だ。問題ない」


 少し赤くなった眼で振り向き、キーリをはじめ、心配そうな視線を向けるアリエスとシオンに微笑みを返した。


「そう……なら良かったですわ」

「これで残るは――」


 キーリは部屋の中心を睨みつける。フィアたちも同じ方向を向き、薄暗い部屋の中で煌々と輝くその場所に指を突きつけた。


「いよいよテメェ一人だ、教皇――いや、光神。覚悟出来てねぇとは言わせねぇぞ」

「――いやはや、なんとも見事だったよ」


 彼自身を守る者はいない。エルンストは焼け焦げた遺体を晒し、ユーフィリニアは灰燼に帰した。それでも光神に焦る様子は見えなかった。鷹揚に両手を広げ、打ち鳴らして拍手を送ってくる。


(観念した……? いや、まさかな……)


 キーリたちの存在そのものを取るに足らないと思っているのか。きっと後者であろうとキーリは思う。神と人間。存在そのものが並べて比較することさえできない差だ。だが、人間にも意地がある。


「人間を見くびるのも良いけどよ、調子こいてっと足元すくわれることだってあるんだぜ?」

「見くびる? はは、まさか。むしろ私は畏怖の念さえ抱いているよ」

「畏怖? 曲がりなりにも神と称される御方のセリフとは思えませんわね」

「いやいや、冗談や酔狂でなく私は本気で言っているんだ」


 コトリ、と音を立て手に持っていたグラスがサイドテーブルに置かれた。中に入っていた赤いワインらしい飲み物は空になっている。

 ベールの隙間に手が差し込まれ、光がまばゆく漏れていく。銀糸の長い髪が現れ、そして教皇――光神がキーリたちの前に姿を見せた。

 穏やかに微笑み、優しげな瞳でキーリたちを見下ろす。人としての姿を保っているが、光神という名にふさわしくベールから出てきたその姿は柔らかい光を発していて神々しい。


「これが――」


 光神。初めて生で見るシオンは思わず息を飲んだ。

 男とも女とも取れる中性的な容姿。見つめられるだけで吸い込まれそうな瞳。もし、彼が敵でなかったならば、ひょっとしたら自然と跪いてしまっていたかもしれない。

 彼を見るのが初めてではないフィアたちでも似たような状態であった。

 こうして面と向かって向き合うと分かる。まごうことなく、存在が違う。住まう世界が違う。屈して頭を垂れたい衝動に駆られそうだが、そうするわけにはいかない。


「人間は実に素晴らしい存在だよ。単純な能力だけであれば獣にも劣り、本来ならば食われるだけのはず。しかし武器を生み、精霊の、そして神々の力を利用する術を生み出し、自らを鍛え、単なる獣を凌駕する存在へと駆け上がっていった。その学習力、成長力……実に素晴らしい。私は本気でそう思うよ。

 同時に、人というのは脆い」

「脆い?」


 どこか淋しげに眼を伏せて教皇は頷いた。


「人間が身に備えた知性。獣人であれ人族であれ長耳族であれ、それが人という種を著しく躍進させた原動力であることに変わりはない。

 しかし同時に心は疑心を生み、成功者を妬み、弱者を蔑み、虐げることに快を覚える。死者は生者を引きずり下ろし、闘争と殺戮の歴史を刻み続けた」


 それは世界が変わっても変わらない普遍の真理。この世界でもそう。そして、キーリがいた世界でも同じ。フィアの脳裏には、短い生涯を閉じたエーベルの姿と、初めて自らの手で殺めたシュールレの姿が浮かんだ。


「成長を続け、しかしそれに反して心は脆いまま。他者を容易に傷つけ、怨嗟を叫び、悪意を撒き散らす。故に――私は恐ろしい」

「だから人間を滅ぼそうと言うのですの? そんなの――認められるはずがありませんわ」

「――君らは、こんな昔話を知ってるかな?」


 感情の読めない笑みを再び浮かべて、唐突に教皇は話を転換した。


「年寄りの悪いクセだぜ? 昔語りがしてぇんなら自分の信者相手にしてくれよ」

「時間稼ぎならお断りですわ」

「まあそう言わないでくれ。多少だが君らにも関係のある話でもあるからね」

「……どういうことだ?」

「それは聞いてからのお楽しみにしてほしいね。時間は掛かるかもしれないが、休憩にはもってこいだと思うよ? ここまで来るのに多少は体力も魔力も使ったはずだ。私を叩きのめそうというのならば、万全を期した方が良いのではないかね?」

「……」

「それに、イーシュ君と言ったかな? 君の仲間もひどく傷ついただろう。闇神魔法を使って悪化を抑えたようだが、もうちょっと良い方法があるのではないかい?」

「テメェがやったんだろうがっ! よくもそんなことを口に――」

「待って、キーリ」噛みつかんばかりのキーリをアリエスが制止した。「イーシュを治す方法があるとでも仰っしゃりたげな物言いですわね?」

「大した話ではないよ。彼の治りが遅かっただろう? 彼の体に残った魔素を抜いてしまえば、回復魔法も有効に効くはずだ」

「……ンなこたぁ知ってる」

「だが戦いながらやってる暇はなかった。ならば、今であればじっくり治療できるはずだよ。もっとも、今すぐに私と戦おうというのであればその時間を与えるつもりはないがね」


 さあ、どうだろう? そう言って教皇は光で人数分の椅子を作り出して腰を下ろし、選択を迫った。

 イーシュのことを考えれば、一刻も早く治療にあたりたいというのがキーリたちの本音だ。だがここで目の前の男を信用しても良いものか。

 何か裏があるのでは、と教皇の様子を伺うも彼の仕草、雰囲気は一向に変化がない。

 どうするか、と逡巡を見せたところでシオンがキーリに声を掛けた。


「時間をもらいましょう」

「シオン。けど……」

「助けられるならイーシュさんを助けたいです。怪しいことは怪しいですけど……イーシュさんを治療できるチャンスがあるなら僕は逃したくないです」

「分かった、そうしよう。キーリ、イーシュを頼む」


 フィアが決断を下した。キーリは教皇の様子を窺いながら、慎重にイーシュの体を影から取り出した。


「素直で結構」

「うるせぇ。それよりつまんねぇ話だったら、途中でテメェの口かっさばいてやるからな」


 イーシュの体から慎重に魔素を抜き取ると同時にシオンが回復魔法を掛けていく。その間に他のメンバーは回復薬を口に含んで静かに椅子に座った。

 その様子に教皇は楽しげに微笑み、そして懐かしい眼差しを虚空に向けて語りだした。


「むかーしむかし……あるところに一人の少年と、一人の少女が住んでいました――」





 それはありきたりな話。今より文明が発達しておらず、魔法技術の黎明期。そして今よりもずっと神々や精霊と人間の距離が遠くて、故に神秘と奇跡が身近であった時代。

 名もなき村に住む平凡な少年は平凡な生活を送っていた。日が昇ると共に起きて畑を耕し、日が沈むと家に帰る。僅かな明かりを使ってボロボロの本を読み、その日の分と決めた油が尽きると眠る。そうしてまた日が昇ると同じように一日を繰り返す。そんな少年であり、それは極々ありふれた生活でもあった。

 そしてその村には一人の少女がいた。その地域にしては珍しく黒髪が艶やかで、幼い頃から美人で評判だった。歳が近いせいもあり、少年と少女はよく一緒に遊んで、勉強して、成長していく。

 共にあるのが当たり前。二人はそれを疑っていなかったし、周りもやがては一緒になるだろうと思っていた。

 成長した少年は彼女に対して静かな恋心を抱いていく。いや、恋心というよりも肉親に抱くものの方が近しいかもしれない。少年の隣に少女はいて、少女の隣に少年がいる。想いを口にはしないものの、青年となっても自然と共に過ごすことが多かった。


「それが変わり始めたのは、少年が青年になろうかという頃合いだったかな――」


 ある年、彼らが住まう村を含む一帯は試練に襲われていた。

 風水害に火山の噴火。相次ぐ天災に加え、異常発生したモンスターの襲撃。力の及ばぬ事象に人々は畏怖し、神々に祈った。それでも人々を襲う災害は続き、追い詰められるにしたがって、穏やかだった彼らは次第に争うようになっていく。

 そうした中で。


「少女は――殺された」


 言うなれば、人身御供。こうも災害が続くのは神への祈りが足りないからだ、自分たちへ怒りを向けているのだ、と誰かが言いだした。

 荒廃する世界で、藁にもすがる思いだった人々の中にその考えは広まっていく。そして、神々に怒りを鎮めてもらうため、代表して祈りを捧げる者として少女が選ばれた。

 少女には不思議な魅力があったから選ばれた。

 ある日に起こした小さな奇跡。それはとても些細な奇跡ではあり、現代では奇跡ではなくれっきとした理屈を以て語られるかもしれないけれども、少女の持つ魅力や雰囲気も相まって彼女が特別だと周囲に認識されるには十分な偶然(奇跡)であった。

 少女は何も言わなかった。

 抵抗もせず、熱狂する人々になされるがままに担ぎ上げられ、祭壇へ連れて行かれる。その時に見た、全てを受け入れるような眼差しが少年には印象的だった。

 彼女は祈った。そして――何も起こらなかった。

 モンスターはさらに跋扈し、人々を苦しめる。抗いたくても抗えない。彼らに襲いかかった理不尽はやがて、理不尽そのままに彼女に向けられた。

 罵声、暴力。彼女の家が比較的裕福だったのもあるだろう。理不尽がさらなる理不尽を呼びこみ、無数の悪意が彼女を襲った。

 彼女は抵抗しなかった。発狂する人々になされるがままに打ち倒され、それでもなお全てを受け入れるような瞳が少年の奥底に張り付いて離れなかった。

 少年は抗った。少女を守るために、大切な人を守るために人々の悪意に立ち向かった。だが敵うはずもない。数多の暴力にさらされ、意識を失った少年が起き上がって見たのは、無残にも撲殺された少女の亡骸だった。


「少年は嘆いた。少女を失ってなお、神に祈り、そして少年も奇跡を起こした」


 神が地上に降り立ち、少年に告げた。自らに代わる新たな神が必要だと。だから自分に変わる新たな神としてこの少女を連れて行こうと思うが構わないだろうか、と。

 少年は頷いた。少女が生きてくれるのならば、自分の側にいなくたって構わなかった。まして神ともなればきっと幸せな未来が続いていくのだと少年は信じ、その神に少女の遺体を渡した。


「――そうして少女は世界という鎖に繋がれ、新たな神となりました。新しい――闇神として」

「っ……! その少女ってもしかして――」


 教皇は微笑み、しかしアリエスが口にした問いに答えず続きの物語を話していく。






お読み頂きありがとうございました。

引き続きお付き合い宜しくお願い致します<(_ _)><(_ _)>

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