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9-2. お別れ(その2)

初稿:19/12/18


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。

フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。

アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。

シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。

レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。

ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。

カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。

イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。

クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。





「イーシュ?」

「へへ……これで、ちょっとくらい……借りは返せた、よな?」

「借り?」


 果たして、そんなものがあっただろうか? むしろ、自分の方こそイーシュに借りばかりを作ってしまって返せていない気がする。怪訝に眉間にシワを寄せながら、フィアは苦しげに呼吸をするイーシュを見返した。


「こないだは……悪かったな。お前を……ゲホッ、殺しちまわなく、て……本当に良かっ……た」

「イーシュ……! まさかお前……マリファータに操られていた時のことを――」


 覚えているのか。問われて、イーシュは「へへ……」とバツが悪そうに笑った。


「なんとなく、だけどな……

 夢なら良かった……んだけど、へへ、やっぱ本当に俺、やらかしちまったんだな……マジで……あん時は悪かった……ゴホッ!」


 ひどくイーシュが咳き込むと真っ赤な血の塊が吐き出される。イーシュの顔色が青白くなり、ひゅーと呼吸がかすれる。


「分かってる……! 分かってるから……! だからもうしゃべるなっ!」

「最後まで……喋らせろってばよ……

 ずっと……お前に謝りたいって……思ってたんだけどさ……アレだろ? キーリの野郎が何かし……たんだろ? 誰も……その時のことに触れないし……何も無かったみたいにしてっからさ……だから夢かなって、思ってたけどさ……そんな都合がいい話は無かったよな。

 だからさ……なかなか謝るタイミングが……つかめなかったけど、最後に謝れて……ホッとしたぜ……」


 ふぅ、と満足気にイーシュは息を吐き出した。それはまるで、成すべきことを成し遂げてしまって、もう心残りはない、そんな様子に見えた。


「バカがっ! 最後とか言うなっ!」

「へへ……そんなに怒るなってばさ……

 なあ、みんな」

「……なんだ」

「俺は……お前ら全員の『盾』になれた、かな……?」


 喉が、引きつった。筋肉が硬直して声が出ない。

 ここで答えれば、忍び寄ってくる未来を肯定しているようにフィアは思えた。しかし答えなければ後悔するかもしれない。

 逡巡。やがて、フィアは喉に力を込めて力強く彼の問いに返事をした。


「……ああ! お前が……お前がいてくれたから私は今、ここにいるんだ……! お前が守ってくれてたから……みんな、みんな無事にここまでたどり着けたんだ……!」

「そっか……」


 イーシュが微笑んだ。手をフィアに向かって伸ばし、その手をフィアは両手でしっかりと掴んだ。手が、冷たかった。


「なら……良かっ……た……」


 イーシュの手から、力が抜け落ちた。だらりと握られていない方の手が床に垂れ、握ったフィアの手からもイーシュのそれが抜け落ちそうになる。


「イーシュ……? おい、イーシュ!

 アリエス、シオンっ!」

「出血は少なくなりましたけど回復魔法の効きが悪くて……このままじゃ危険です……!」

「バカイーシュ! 勝手に逝くなんて……許しませんわよ!」


 加護を得て強化されたはずなのに、どういうわけか回復魔法の効果が薄く中々傷が塞がらない。シオンが魔法による治療を継続し、アリエスは人工呼吸を続けてなんとか命を繋ぎ止めようとする。

 その時、イーシュの体が影の中へと沈み始めた。


「キーリっ!?」

「『影』の中でイーシュを保護するっ! 相当ヤベェって状況は分かってる……『影』の中なら戻るまで保ってくれるはずだ……」


 ユーフィリニアのモンスターと戦いながらキーリが答えた。

 元々、キーリの影の中は食料の保管などにも使っていて、影の中では劣化が遅い。特殊な空間のせいか状態の変化が乏しく、であるならば深刻な状態のイーシュでも何とか地上に戻るまで保ってくれるのではないか。そう判断しての行動だが彼自身にも確証はなく、説明する声色にも願望が強く滲み出ていた。


「あのバカなら……大丈夫だ……! バカ野郎からしぶとさとったら何にもなんねぇだろ」

「そう、ですわね……」アリエスは悲痛だった顔を叩いて立ち上がった。「なら、早く地上に戻るしましょう」

「敵を倒して、ですね」


 シオンも目元を拭って敵を見据える。

 キーリは一度モンスターと切り結んだ後に彼らの側に着地。三人が戦線に復帰して余裕が生まれたため、一度影の中のイーシュの状態を伺うと、相変わらず鼓動は弱いが取り込んだ時と状態は変わっていない。感覚でしかないが、このままならもうしばらくは問題なく今の状態を維持できるだろう。それを伝えると、フィアたちも安堵したように大きく息を吐いた。

 だが、キーリには疑問だった。


(なんで、イーシュから闇神の力を感じるんだ……?)


 ユキと共に居たから、というのも理由の一つではあるだろう。しかしそれにしては影の中から感じられるそれが強すぎる。傷の治りが悪いのも、闇神の力によるダメージの特徴だ。であれば、ユーフィリニアの攻撃には闇神の力が宿っていることになる。キーリがそうするように影の中を移動したりしているのも闇神の力であることは間違いない。

 だが、どうやってその力を手に入れたのだ。教皇は光神であり、闇神の力を操ることはできないはずだ。今のこの世の中で闇神の力を使えるのは二人。神本人であるユキと、その力を授かっているキーリだけ。他にいるはずがない。たとえ、迷宮核を使ったにしても。


(まさかユキが……?)


 たとえば彼女が武器を作った、或いはユーフィリニアをモンスター化させたとすれば話の整合はつく。だがああ見えて、彼女は人間をからかうことはあっても、その生命を弄ぶようなことはしない。闇神としての役割を果たすことには忠実なのだ。

 ならば光神が彼女に力を貸させることを強制した? 今のところキーリに思いつくのはそれくらいしかないが、果たして、あのユキをそんな脅迫できるようなネタがあるとも思えなかった。


(……考えんのは後だ)


 まず、目の前の敵を片付ける。そして光神をぶっ殺す。

 為すべきこと。目の前にある仕事を一つ一つを片付けていけば、人間たどり着くべきところにたどり着ける。


「キーリ」

「フィア。お前はこいつをどうしたい?」顎でしゃくる仕草でユーフィリニアを指す。「こんなんになっちまったが、お前の兄でもある。能力も十分に分かったし、俺が片付けちまっても構いはしねぇんだが――」

「――私にやらしてくれ」


 逡巡なくフィアは答えた。一旦仕舞った剣を再び鞘から抜き出し、一振りしてユーフィリニアに切っ先を突きつけた。


「私は憎い」フィアは言った。「父を殺した兄王が。エリーレ(旧友)を殺した兄が。背中を預けるイーシュ(仲間)を傷つけた――この男が」

「スフィィィリアァァスゥゥ……!」

「だが、キーリ。こんな男でも私の兄だ。れっきとした血の繋がった、幼い頃には同じ場所で同じ空気を吸って同じ両親に育てられた家族なんだ。

 姿も状況もこんなにも分かれてしまったが……きっとちょっとだけ生き方がすれ違っただけなんだろう。ひょっとしたら、お前の隣にいたのは私でなく兄で、ああしてモンスターに成り果てていたのが私だったのかもしれない」

「フィアさん……」


 両者を分けたのはなんだったのか。性別か、生まれたタイミングか、教育か。或いは生まれ持った性質なのかもしれない。正解はどれか一つではないかもしれないし、逆にどれも間違いなのかもしれない。フィアに分かるはずなどなかった。

 たった一つ確かなことは、彼は兄であり彼女は妹であった(・・・)。それだけだ。


「だから私は――この場で断ち切る。他ならぬ妹である私が、レディストリニア王家に絡みついた遺恨を終わりにする。それが……兄を救えなかった不出来な妹としてできる、最後の仕事だから」


 向けた切っ先から白い炎が舞い上がる。

 それは彼女が城から持ち出した宝剣。長い王家の歴史の中、後継問題で度々使用されて最も血を吸った忌むべき、そして最も頑丈で魔素の通りがよい剣だ。だからフィアが本気で炎をまとわせても刃に微かな歪みも生じない。

 忌むべき歴史を持ちながらも彼女が持ち出したのはただ単に頑丈で魔法の使用に耐えうるものだったからに過ぎない。しかしこうして兄と向かい合えば、この剣を手にしたのは必然だったのではないかさえ思えてくる。


「……『イ』きますよ、兄上」


 キーリたちが下がる。フィアの言葉に反応するようにユーフィリニアの口から怨嗟が途絶え、血に濡れた瞳がギョロリと彼女を途絶えた。

 影の中に半身を沈めたまま動かない。フィアも脇構えの体勢で静止。シン、と静まり返った。

 動き始めたのはユーフィリニアの方からだった。全身を影に沈め、フィアの視界から姿を消す。

 それを受けてフィアは目を閉じた。切っ先から炎が伸び、床に付くほどに剣が長くなる。ピリピリとした緊張が感覚を鋭敏にしていき、フィアの意識から雑念と雑音が取り除かれていった。

 そして。


「……っ!」


 フィアの左後方から黒い何かが突き出された。同時に彼女の体が右に動く。

 鋭く尖った先端がフィアの衣服を貫き、しかし体には届かない。それが天井に向かって伸び切った時、彼女の瞳は突き出したユーフィリニアの腕を捉えていた。


「はあああぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


 剣の先が腕の根本に突き刺さった。そこから溢れ出すように白炎が影の中を燃やしていく。


「■■■■■■■■っっっっっっっ!!」


 表現し得ない程に耳障りな悲鳴が響いた。フィアが剣を引き抜くと共にユーフィリニアの異形の体が影から引き出され、宙へと投げ出された。

 白炎がまとわりつき、黒い体を白く燃やしていく。絶えずユーフィリニアの口から悲鳴が上り続け、室内に反響する。

 フィアは無言で堕ちてくる兄を見上げた。剣を強く握りしめ、眉間にしわを寄せ、喉をきつく締めて溢れそうになる感情を臓腑の奥へとしまい込む。

 彼女は、地面を蹴った。


「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!」


 刃全体を灼熱が覆っていく。剣を振り上げ、悲鳴に似た雄叫びを叫びながら兄の懐へと飛び込んでいく。

 昔、幼い時に抱き上げてくれた兄の姿はない。醜い魔物と化した彼の姿がフィアの瞳の中で大きくなっていく。血の涙を流し続けるユーフィリニアの瞳にも、フィアの姿が映っているのが刹那の時間で分かった。

 剣が振り下ろされる。異形の体が斬り裂かれ、断面から上がった炎が彼を包み込んでいく。体が灰と化していき、やがて顔の近くまで炎が迫ったその刹那。


「っ、……!」


 ユーフィリニアは笑っていた。穏やかに、優しい眼差しで妹を見つめていた。


「お兄、ちゃ……!」


 その微笑みが炎に包まれる。全てが燃やし尽くされ、何も残らない。

 着地したフィアの頭上から灰の雨がゆっくりと降り注ぐ。残心を解いた彼女は剣を鞘に収め、炎が消えた虚空を見上げた。


「兄上……」


 瞳からつぅ、と涙が溢れた。それを拭うことをせず、フィアは目を閉じて涙の温もりを感じとった。さようなら。ただ一言、それだけを胸の内だけでつぶやいた。





お読み頂きありがとうございました。

引き続きお付き合い宜しくお願い致します<(_ _)><(_ _)>

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