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9-1. お別れ(その1)

初稿:19/12/14


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。

フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。

アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。

シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。

レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。

ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。

カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。

イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。

クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。








 ポタリ、ポタリ。雫が水面を打ち鳴らす音を聞きながら、フィアはそっと眼を開けた。

 直前に聞いた肉を斬り裂く音。来るだろう衝撃に備えて身構え、目を閉じてしまったが痛みはいつまで経っても彼女に襲いかかってこなかった。

 何故。浮かんだ疑問は、眼を開けたことですぐに明らかになった。


「イーシュ……?」


 眼に入ったのは決して大きな、とは呼べない背中だ。だが後ろ姿を見ただけで誰のものであるか分かるくらいに見慣れた背中である。

 そうか、イーシュが助けてくれたのか。フィアはそう思った。パーティで一番防御に優れたイーシュである。とっさの攻撃も見事に防いでくれたのだろう。


(全く、たいした奴だ)


 感嘆と称賛の言葉しか浮かばない。

 しかし、先程から響くポタポタという音は何だろうか。キーリたちの表情が愕然としている様に見えるが、何故だろうか。


 ――どうして、こんなにも血の匂いが強いのだろうか。


 フィアは視線を落とした。すぐ目の前にあったのは黒光りする剣の切っ先であった。先端から真っ赤な血がぬらりと光って流れ落ちていく。根本に向かって視線を動かせば、その剣はイーシュの背中から生えていた。それで、彼女は全てをようやく理解した。


「イーシュっ!!」

「……よう、フィア。無事――」


 フィアと地面から生えた剣の間に割って入り、胸の辺りを突き刺されたままイーシュはフィアを振り返り、ニヤと笑った。

 その口元から血が溢れ出す。ゴフ、と苦しそうに咳き込んで、赤い飛沫がフィアの顔に掛かった。


「クソがぁっ!!」


 その罵りは攻撃をしてきた敵に向けてか、それとも気づけなかった自身についてか。キーリが両手を影の中に叩きつけると、影の中から伸びた腕がビクンと震えた。それと同時に腕から生えていた黒い剣が砕け散り、破片が影の中に溶け込んでいった。

 体を支えていた剣が消えてイーシュが崩れ落ちる。衝撃に打たれたままのフィアは動けず、代わりに駆け寄ったアリエスとシオンが彼を受け止めた。


「へ、へへ……ちょーっと無茶し過ぎちまったみたいだな」

「口を閉じてなさいっ! シオンっ!」

「やってますっ!! けど、出血が多い……っ!!」


 アリエスが尋ねるよりも早くシオンが回復魔法を胸元に当て始めたが、出血は止まる様相を見せない。瞬く間にシオンとアリエスの手が真赤に染まっていった。


「くそっくそっくそっ!! アリエス、シオン! 敵は俺が相手してるから二人はイーシュを頼む!」

「分かりましたわっ!

 フィアっ!!」

「……」

「フィアっ!!」

「お嬢様っ!!」


 アリエスとレイスの怒声。それにビクンと体を震わせてフィアはようやく我に返った。

 改めてイーシュの傷ついた姿を見てギリ、と歯を食いしばり、しかし湧き上がる感情を抑えて彼女はイーシュの側にひざまずいた。


「すまないっ! 私は何をすれば良いっ!?」

「出血を抑えてくださいっ! 出血が多すぎて傷が塞がりません!」


 フィアは言われるがままに、記憶の奥からほとんど使うことのない止血方法の知識を引っ張り出し、無心で処置を進めた。一旦麻痺していた嗅覚が戻ってきて、再び血の匂いがフィアの感情を刺激しどうにも泣き叫びたい衝動に襲われる。しかしそれは無駄である、と為すべきことへ意識を集中させた。

 イーシュの治療に当たる彼女らを横目に、キーリは意識を集中させて敵の位置を探っていた。必死に叫ぶアリエスたちの声を意識から遮断し、やがて彼は影の剣を握り締めて強かに床を蹴った。


「そこだっ!!」


 治療に当たるフィアたちの横をすり抜けて背後へ。瞬きの瞬間にそちらに達すると影の剣を全力で突き刺した。

 ズブリ、と手応えを感じた。逃げようという抵抗を感じるが、キーリが素早く影から剣を引き抜くと、巨大な何かが一緒に引き抜かれた。

 剣が地面から抜けた拍子にそいつも剣から抜け、弧を描いて飛んでいく。空中で奇妙な動きを見せ、そしてしっかりと両脚(・・)で着地するとブルリと体を震わせた。

 ぬめりとした質感の肌。四肢はあるがそのやけに細長い手足と胴体のサイズがアンバランス。人間であれば頭があるはずの場所には何もなく、ゆっくりと上半身をもたげていくと胸の辺りにある顔が明らかになっていく。

 そこにあった顔を見て、フィアとキーリは言葉を失った。


「ス……フィリアー……ス……」

「兄上……っ!?」


 異形のモンスターの胸に浮かび上がっていた顔は偽王・ユーフィリニアその人であった。苦しげにうめき声を上げながらフィアの名を呼び続ける。両目からは絶えず赤い涙を流し、怨嗟を彼女に投げかけ続けていた。

 その顔の周囲の肉が盛り上がる。浮かび上がるのは同じく苦しげにうめく人間の顔だ。その眼たちはフィア――ではなくすぐ側にあるユーフィリニアに向かっていて、ユーフィリニアがフィアにそうするように、恨めしいげな声をユーフィリニアにぶつけていた。


「許すまじ……許すまじ……」

「お前のせいで……我が家は焼かれたのだ……」

「この恨み……決して許さぬ……」

「彼らはね、ユーフィリニア前国王の元取り巻きたちだよ」


 ベールの降りた台座の奥から、教皇の楽しげな声色が届いた。


「元々権力のある人間にばかり尻尾を振っていて、手頃な弱者を虐げて苦しむのを眺めたり、重税を課して椅子にふんぞり返ってるのが好きだったり、なんて素敵な趣味をしていたみたいでね。君が即位して前国王が失脚した時に慌ててウチの領地に逃げ込んできたからちょっと捕まえてみたんだ。

 そういう人間は嫌いだけど、それはそれで中々に興味深いものがあってね、適度に観察してたんだけれど、いい加減私もその浅ましさを見るに堪えなくなってきてね。さて、どう処分してやろうかと思ったところに、ちょうど前国王も私を頼ってくれたんだ。

 中々に滑稽だったよ。どうやら彼は本気で私がなんとかしてくれると思っていたようでね。扱いやすくはあったけど、もうちょっと利口だと思っていたんだけれどね。どうやら買い被り過ぎてたみたいだ。現状を招いたのが自分だと気づこうともしないで君への恨み言ばかりを吐いてばかりだったからね。

 どうせだから、少し余った迷宮核の欠片でも埋め込んでみたんだ。そうしたら思いもしない変化をしてね。うまく飼い慣らすこともできたし、せっかくだから君にぶつけてみようと思ってこの場に招待したんだよ」

「貴様はっ……!!」

「この方が君もためらわなくて楽じゃないかい?」


 フィアの拳が怒りに震えた。

 確かに憎い相手ではある。殺してやりたいほどの憎悪を抱いたこともある。だがフィアは兄を殺すのではなく、罪を償ってほしかっただけなのだ。その結果は変わらないかもしれないが、法に則って罰を与えるのと私情に任せて殺すのは違うし、一国の王としても一人の人間としても後者であるべきではないとフィアは固く信じている。

 まして、このような兄の姿など見たくはなかった。人としての尊厳を奪われ、自我を失い、殺されるための獣としてのみ生きることを許される。如何に罪人と言えど、そんな死に方など彼女は望んでいなかった。

 異形のモンスターと化したユーフィリニアが真っ赤な瞳でフィアを睨めつけ、影の中に沈んでいく。姿が完全に消え去り、フィアはハッとして足元に視線を落とした。

 ユーフィリニアがフィアを恨んでいるならば、彼は間違いなく彼女を狙ってくる。ならばここにいたら――

 急いで飛び退こうとフィアはしたが、それよりも早くキーリの剣がまたしても地面を穿った。


「ぎゃあああああっっっ!!」

「見え見えなんだよ、ったく」


 再び影の中から引きずり出され、人間としてはやたらと甲高い悲鳴を上げる。人体構造を無視した関節の動きでモンスターは鋭く尖った黒い切っ先を振り回した。

 体に突き刺さったキーリの剣だったが、モンスターの体が滑り落ちていく。グズグズと身体自体が崩れて剣が体から抜け出すとその身体が再生した。しかしダメージは通っているようで、驚異的な跳躍力でキーリの側から逃げていく。それでも距離を取りながらも攻撃の姿勢は崩しておらず、影の中に半身を沈ませながらフィアとキーリの様子を窺っていた。


「フィア」

「……分かっている」


 このままでは落ち着いて治療もできない。安全を確保するため、フィアはその場を離れようと立ち上がった。

 その脚を、腕が掴んだ。






お読み頂きありがとうございました。

引き続きお付き合い宜しくお願い致します<(_ _)><(_ _)>

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