8-11. 英雄は地の底で命を削る(その11)
初稿:19/12/07
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。
フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。
アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。
シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。
レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。
ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。
カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。
イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。
クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。
フラン:元英雄で教皇の下で色々動いている。自分本位で他人を精神的にいたぶるのが好き。
エレン:元英雄。フランの双子の妹で、元々養成学校時代にはキーリたちの同級生だった。
「エレン、フラン」
男性とも女性ともつかない中性的な声に呼ばれて振り返ると、幼いエレンとフランの顔が一気にほころんだ。
「きょーこーさまーっ!!」
舌っ足らずな発音で呼び返すと、まるで鏡合わせのように揃った動きで双子は駆け寄っていって、そして教皇の白い服に向かって抱きついた。
「ははっ、元気にしてたかい?」
「うん、元気にしてたよっ!! それよりね、あのね、凄いことがあったんだよっ!」
「そーなの! ねーねー聞いて聞いて! この間ね――」
「いいね、ぜひ聞かせてもらおうかな? だけど、どうだろう? お茶とケーキと一緒に私とお話するのはいいアイデアだと思わないかい?」
「! うん、そうするっ!」
「ね、ね? ケーキってこの間食べさせてくれたやつ? あのあまーくて、すっごくおいしい食べ物?」
「そうだよ。さ、それじゃ行こうか」
教皇は二人の頭を優しく撫でると左右両方に手を差し伸べ、双子は嬉しそうにその手を小さな自分の手で握る。
フランは右に、エレンは左に。間に教皇を挟んで、三人は仲の良い親子のように神殿の中へと入っていく。
エレンとフランは捨て子であった。らしい。らしいというのは二人共自らに起こった処遇を知らないからである。
物心ついた時には教会で生活しており、教皇とその身の回りを世話する人たちと共に過ごしていた。だから教皇は彼女ら二人にとって父であり母でもあった。そして教皇にとっても二人は長女であり次女であった。
エレンはフランであり、フランはエレン。二人はいつだって一緒で、いつだって同じ。顔も、声も、背丈も、着ている服だって。何ら変わりはない。
なのに。
「あ……」
エレンの手が離れる。教皇から離れ、フランから離れ、置いてけぼりになる。
手を伸ばしても届かない。二人は気づかないかのようにおしゃべりをしながら進んでいく。エレンだけが遠く置いていかれていく。
フランが振り返る。気づいてもらった。エレンは破顔するが、しかしフランの反応は違っていた。
幼い顔が醜悪に歪む。いつのまにかフランは成長し、大人になり、虚栄心と優越感にドブ漬けになった瞳でエレンを見下していた。
エレンの胸が強く掴まれた気がした。悲しかった。
いつからだろう? こんなにも、自分とフランが離れていってしまったのは。同じ人間だと思っていたのに。二人で一人だと思っていたのに。
どうしてボクを置いてくの? どうしてボクを見下すの? どうしてボクを馬鹿にするの? その問いに解はなく、エレンを悩ませ、蝕み続ける。
どうして、どうして、どうして――
双子が故に、深くその問いかけは彼女の胸の内に楔を打ち込み続けていた。
そして――彼女の瞳に暗闇が灯った。
「ぎゃあああああああああっっっっっ!!」
フランの悲鳴にエレンは自失した。呆然と泣き叫ぶ彼女を見ているしかなく、自身の腕の痛みさえも忘れてしまっていた。
「――汚いわね」
アンジェが血と粘液のついた杖の石突を振るう。床に擦り付けて汚れを落とすと、喚き散らすフランへゆっくりと近づいていった。
それを見てエレンは我に返った。姉を、助けなければ。気づけば脚は床を蹴り、アンジェの目の前からフランを抱き上げて距離をとった。
「どうして、こんな……?」
姉が負けた? エレンにはそれが信じられない。確かにアンジェは強いけれども、さっきまでいい勝負をしていた。少なくとも、フランがこんなにも傷つく姿をエレンはこれまで見たことがなかった。
フランは強いのだ。エレンにとって、それは絶対の理でもあった。同じ双子でも全然違う。自分は要領が悪くて姉の脚を引っ張ってばかり。だから自分に怒鳴り散らし、自分は見下されるのだ。そしてそれは仕方がないことなのだ。
(本当に――)
仕方ないのか? 自分は罵倒され続けなければならないのか? 自分を見下していた彼女は――こんなにも弱っているのに?
「痛い、痛い、痛い、痛い、痛い――」
(っ、……今は)
余計なことを考えるな。エレンは頭を振った。まずはフランの治療を。止血をして回復魔法を掛ければなんとかなるか。しかしアンジェたちはすぐに追ってくる。取り急ぎの対応でなんとかしなければ。
「ちょっと我慢してて、フラン。今、血を止めてあげるから――」
「くそがぁぁっ!! 早くしろよぉぉぉっっっ!!」
横になったまま激痛でフランが叫び、無事だった右目に憎悪が宿る。治療をしているエレンの横っ面を強かに殴りつけ、口汚く罵り続けた。
「痛いんだよぉっ! 早く治せよ、ノロマぁっ! お前のせいなんだから早くしろよっ!」
「え……?」
「お前が避けやがったから私まで巻き込まれたんだよっ! あの雑魚どもの相手くらいで避けてんじゃねぇよ、クズがぁっ!! 私の邪魔しやがったくせにとぼけたツラしてんじゃねぇよ!」
それでエレンは察して振り返った。彼女らを追って近寄ってきているカレンたちを見つめた。
先程のカレンの攻撃は、決してエレンを目的にしたものではなかったのだ。だからカレンは「自分たちの勝ち」と言い切ったのだ。自身へ迫る危機を避けるのに精一杯だったエレンの顔から血の気が引いた。
「クソがクソがクソが……! もういい……! お前をぶん殴るのは後だ。さっさと治せ。私は……あのクソババァをぶっ殺してズタズタに引き裂いて目ン玉同じ様に引きずり出してやらなきゃならないんだからさぁ……だから早く見えるように元に戻せよぉっ!!」
「……ゴメン、フラン。さすがにこの場でそこまでは出来ないよ。それどころか――」
「ゴタゴタ言わなくっていい」
痛みか、憤怒か。エレンが目を伏せてフランから視線を逸らし、気づけばフランの腕がエレンの喉を握りしめていた。
「私が治せって言ったら治せ。それくらいしかエレンの価値は無いんだから」
「で、でも……」
「誰のおかげで『英雄』なんて呼ばれてチヤホヤされてると思ってるんだよ? 私のおかげだろ? 私が頑張ったから、同じ顔のお前だって『教皇様のお気に入り』になれてんの。それくらい分かってるだろ?」
「分かってる、分かってるけど……無理だよ」
「……ちっ、もういい」
フランはエレンから手を離した。ゴホ、ゴホッと膝を突いて咳き込むエレンだったが、その頭をフランは踏みつけた。脚で何度も何度も踏みつけ、うめき声を上げるエレンの顔目掛けて、拭った目元の血をベチャと振りかけた。
「ザコたち相手に苦戦するお前に期待しただけ無駄だったよ。私が全部ぶっ壊してやる。あの聖女もどきも、邪魔してくれた腰抜けとあのガキどももみんなぶっ壊してやる。エレン、お前とお前の人形も覚悟しておけよ」
「人、形……?」
はじめは意味が分からず、しかしそれがゲリーのことを指していると気づくとエレンの体が震えた。そして、何かしらの衝動に押し出されてフランの足元にしがみつき、すがりついた。
「やめ、止めてよ、フラン。お願いだからそんなこと止めて。ボクは別に良いけど、ゲリーは――」
「嫌だね」
エレンの横っ面を蹴り飛ばす。転がった彼女を一瞥して舌打ちをし、自身の左目に自分で回復魔法を掛けていく。
「前々からお前たち気持ち悪いんだよ。人形ゴッコばっかりやって教皇様の役の一つに立ってないし」
「そんなこと……」
「そうなんだよ。ていうか、エレンに価値なんてないんだよ。穀潰し? 無能? いや、邪魔までしてくれるんだし、もっと悪いか。そんな人間を教会内に置いとく意味なんてないよね? ああ、そっか。教皇様の側には私がいるんだし、エレンなんて最初っからいらないんだっけ?」
痛みが麻痺してきたのか、それとも痛みに伴う脳内麻薬が気分を高揚させるのか。フランはクツクツと喉を鳴らして笑いながらアンジェリカたちに眼を向けた。エレンはもう視界に入っていなかった。
「うん、お前が私の双子の妹だってだけで気に入らないし、教皇様にも必要とされてないなら……うん、決めた。あのお人形と一緒に殺してやるよ。そうすれば私だって足を引っ張られなくて済むし、ああ、我ながらナイスアイデアだね、そうしよう。
だから――グズはおとなしく隅っこで小さく丸まって待ってろ」
何も言わないエレンを見ることさえせずに吐き捨て、フランは近づいてくるアンジェたちに向き直る。そして口元を不格好に歪めながら大仰な身振りで出迎えた。
「やぁやぁ。今度はこちらを待ってもらって悪かったね」
「別に構わないわ。アンタがとんでもないクズだって分かっただけでも有意義な時間だったしね」
「? ああ、後ろのグズに対してのことを言ってるのかな? だってだよ? この私の邪魔ばっかりしてくれるような無能、どんだけ罵ったって足りないくらいだと思わない? 存在だけで害悪だよ害悪」
「――もう喋らないでください」カレンが嫌悪を表情と声に乗せた。「英雄ともてはやされたかもしれませんけど、貴女は人間とは思えません。聞いてるだけでこっちの方が頭おかしくなりそう」
「誰に向かって命令してんだよ、ゴミが。お前みたいな人間以下の生物が、私に偉そうに講釈垂れてんじゃ――」
背中から軽い衝撃。不自然にフランの声が止まった。それが何故か。誰もが理解できずにいた。
口から逆流する血液。息を吸おうとして、そのやり方を忘れた。高揚が薄れ、意識がぼやける中で彼女は胸元を見下ろした。
何かが突き出ていた。背中から胸に掛けて飛び出したその先端にある血まみれの物。それが自分の心臓だということに至るには、彼女の脳は必要な物を失いすぎていた。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きお付き合い宜しくお願い致します<(_ _)><(_ _)>




