8-10. 英雄は地の底で命を削る(その10)
初稿:19/12/04
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。
フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。
アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。
シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。
レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。
ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。
カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。
イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。
クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。
フラン:元英雄で教皇の下で色々動いている。自分本位で他人を精神的にいたぶるのが好き。
エレン:元英雄。フランの双子の妹で、元々養成学校時代にはキーリたちの同級生だった。
二人が並んでエレンに駆け寄っていく。リズミカルに足音を刻む。そこにエレンの足音も加わった。
「分かってんだろうな、クルエ先生!」
「ええ! 僕は左に。ギース君は右側へ!」
エレンの周りに火炎が舞い上がる。そこに風神魔法が合体し、火炎の渦が形成された。灼熱のそれが放たれると、二人は手はず通り左右へと別れていった。
エレンから見てギースが左側から攻撃を再開する。牽制としてナイフを振るって風神魔法を放ちながら接近し、低い姿勢から斬りかかる。エレンがそれを同じくナイフで受け止め、さらに袖の中に隠していたボウガンを放った。
至近距離からの攻撃であったがギースは即座に反応。カキン、と音を立てて毒の塗られた金属製の矢をナイフで弾き飛ばした。
そこにできた隙。エレンは魔法を放とうとした。
「……!」
だが展開していた光神魔法が放たれることは無かった。魔法陣の幾何学模様がクルクルと彼女の周囲で回り続けるだけ。そしてそれが分かっていたからこそギースは避けようともせず、なおもエレンから離れない。
「どうしたよ? お得意の光神サマの魔法を撃ってみろよ?」
ギースが挑発し、エレンの表情が険しくなる。
彼女の瞳に映るのはギースの姿。しかしその背後には、アンジェと戦うフランもまた常に映り続けていた。
「僕も忘れないでくださいよ?」
ギースと反対側からはクルエが迫る。エレンは立ち位置を変えて射線からフランを外そうとするが、ギースもまた位置取りを間違えない。そこにカレンからも矢が飛んできたため、已む無くエレンは魔法を矢とクルエに振り分けた。
矢が光神魔法と相殺され消滅。クルエもステップで魔法を避け、かわししなに彼の方から風神魔法が放たれた。
先程までも繰り返されていた攻撃。ギースに背を向けたままだったが、エレンは涼しい顔をして避けきる。だが、とんできた声にその顔が急激に曇った。
「バカエレンっ!! こっちの邪魔しないでって言ってるでしょうがっ!!」
「ご、ごめんっ!」
「クズはクズらしく、同じクズの相手ぐらいしてみろよっ!!」
先程よりもさらに強い口調でフランに怒鳴られ、反射的に身を竦ませた。一瞬動きが鈍り、そこにカレンの矢が頬をかすめた。ギースの斬撃が首の薄皮を浅く裂き、新たに放ったクルエの風神魔法に腕が巻き込まれ、ズタズタに切り刻まれていく。
「……っ、このぉっ!!」
激痛にエレンは顔を歪ませた。それでも強引に腕を引き抜くと、血まみれの腕で周囲に魔法を乱発していく。
「いっ……!」
「くぅっ……」
エレンの初めての本気の攻撃。これまでとは桁違いの魔法の数にギースもクルエもかわしきれない。多少は回避し魔法で相殺したものの、無数とも思える攻撃の嵐は二人を強かに傷つけていった。
「調子に乗らないでよっ!!」
「舐めんじゃねぇっ!!」
叫びながらエレンがギースに迫る。もらった加護のおかげで大ダメージこそ免れたが、ギースの体のあちこちから煙が上り、火傷や切り傷の痕がいくつもあった。
それでもギースもまた歯を食いしばる。突如として全身を苛み始めた痛みを無視し、気力で体を動かしてエレンのナイフを、そして隠し持っていたブーツの仕込み針を受け流していった。
「僕も負けてられませんねっ!!」
クルエが割れた眼鏡を放り投げ、エレンの足元に滑り込む。エレンの脚が払われバランスを崩すも、そのまま空中に浮かび上がると再度莫大な魔法を発現させていった。
先のとっさの一撃と違い、今度は十分に練り上げた魔法。威力は比べ物にならない。
(ボクだって――!)
蔑んだフランの瞳がエレンの脳裏に浮かぶ。自分だってやればできるんだ。フランには負けてない。エレンの瞳に憎しみが宿り始め、眼下のギースたちを睨みつけた。
「させないっ!!」
しかしカレンの矢がエレンを妨げた。横顔を風神魔法の矢が強かに叩き、魔法が発動する前に大きくバランスを崩した。着地の後も次々と風神魔法と水神魔法の矢が飛来し、エレンに攻撃を許さない。
さすがにこれ以上三人をまとめて凌ぐのはきつい。そう判断したエレンの眼が、離れた場所にいるカレンを捉えた。
まずは彼女から。ずっと放置してきたが、いつも肝心なところで邪魔をしてくれる。
(……目障りだね)
離れた場所から妨害を続けるカレンに煩わしさを覚え、彼女をターゲットに定めた。
三度魔法を発現。威力を落として数を重視し、ギースとクルエに向かってあらゆる種類の魔法の雨を降らせていく。そうしてできた隙を突いて、エレンはカレン・ウェンスターへと襲いかかった。
それを認めたカレンが矢継ぎ早に魔法で拵えた矢を放つ。素早く移動しながらも正確に照準を定め、並の相手ならば付け入る隙のない密度と威力で迎え撃った。
だが、相手は並どころか頂きに立つ者。エレンはその全てを叩き落とし肉薄。足元を払うかのような攻撃を飛び上がって避けると、その両腕を振り被った。
カレンの瞳にエレンが映る。その姿を、彼女は逸らすことなく睨めつけ、奥歯を噛み締めた。
「私だって――」
光る弦を引き絞り、これまで以上に輝く矢が現れる。彼女が扱える渾身の魔素を叩き込んだその先端が、近づいてくるエレンの瞳を青白く塗り潰していく。
誘い込まれた。それにエレンはようやく気づく。たいした攻撃力ではないとカレンを侮っていたが、それは間違いだった。
「誰かを守れるんだからっ!!」
カレンの指が矢羽から離れる。瞬間、凄まじいまでの突風が吹き荒れ、激しく彼女の髪をなびかせた。まるで大砲のような発射音を轟かせ、旋回しながら敵を貫かんと空気を斬り裂き進んでいく。
この一撃は、まずい。エレンは直感で悟った。
(避けろぉぉぉぉぉぉっ――!)
防御や相殺は、如何に英雄・エレンといえどこの極短時間では不可。導き出した回答は、風神魔法による補助をしての回避行動。
魔法の構成を攻撃から回避へ強制変更。矢を中心にして吹き荒ぶ風を利用し、かつ、全身を強引に捻り少しでも接触部分を減らす。
矢の射線から外れた。だが暴力的な風は彼女の腕を巻き込み、再びエレンの腕を捻じり切ろうとしてくる。
「――ぁぁぁっっ!!」
エレンは悲鳴を上げた。永遠にも思える時の中、巻き込んだ腕を基点にエレンそのものを風が引きずり込もうとしてくる。
それでもエレンは耐えきった。腕は血に塗れ、肉がはみ出し、骨は折れて不格好に変形している。が、犠牲は腕の一本で済んだ。着地したエレンの額から脂汗が滴り落ちて血に混じり、しかし彼女は顔を上げた。
その先でカレンも膝を突いていた。呼吸を荒げて肩で息をしている。それだけの力を込めた、渾身の一撃であった。
だがそれも避けきった。ダメージは負ったが、致命傷ではない。これでようやく、戦いの一つが決着する。そうすれば後は、クルエたちを順々に片付けていけばいい。
仕事の終わりへの道順が見えてきて、エレンの顔がホッと緩む。カレンを殺し、クルエを殺し、ギースを殺す。そしてフランがアンジェリカを殺せば仕事は終わりだ。アンジェリカを倒すのは少し厄介だろうけれど、自分とフランが協力――否、少し自分が手伝えば、きっとすぐに終わらせることができる。
そうすれば――ゲリーのところへ帰ることができる。こんな仕事終わらせて、大切な人のところに戻れる。エレンは、自身が思い描いた道筋に、一切の障害を描かなかった。
だが。
「――私達の、勝ちだよ」
「……え?」
カレンが指差す。エレンは意味が分からなかった。
「ぎゃあああああああああっっっっっ!!」
それでもすぐさま耳をつんざいた悲鳴に、彼女はその意味を理解せざるを得なかった。
悲鳴が誰が上げているものか。エレンにはすぐに分かった。だが分かりたく無かった。それでも彼女は恐る恐るカレンが指した方へと振り返る。
そこには――左目からおびただしい血を流しながらのたうち回っているフランがいた。
エレンの背に戦慄が走ったのであった。
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引き続きお付き合い宜しくお願い致します<(_ _)><(_ _)>




