8-9. 英雄は地の底で命を削る(その9)
初稿:19/11/30
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。
フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。
アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。
シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。
レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。
ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。
カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。
イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。
クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。
フラン:元英雄で教皇の下で色々動いている。自分本位で他人を精神的にいたぶるのが好き。
エレン:元英雄。フランの双子の妹で、元々養成学校時代にはキーリたちの同級生だった。
アンジェ、それにギースたちの戦いは激しさを増していた。
「ほらほらほらほらぁっ!! 耄碌してんじゃないのぉっ!? いい歳して聖女なんて恥ずかしいんだからさぁ! とっととくたばっちまえよクソババァ!!」
「騒がしいガキね。センスのかけらも無い煽り文句にますます磨きが掛かったんじゃない?」
フランの罵声を聞き流し、アンジェの魔法が次々と放たれていく。一つ一つが必殺の威力をもったそれらをフランもまた醜悪な笑みのまま相殺し、或いはかわしていく。そして彼女もまたアンジェに負けず劣らずの魔法の嵐で反撃していた。
光神魔法のみならず、その他の属性魔法を織り交ぜて地面や背後からもアンジェに襲いかかる。対するアンジェは光神魔法や魔素そのもので強化した聖杖でそれらを叩き落とし、互いに譲らない。
英雄同士にふさわしい戦い。否、そのような上等なものではなく、ただただひたすらに暴力が双方に降り注いでいた。しかしながらそのどれもが確かなダメージを与えるに至らない。
「ひれ伏しなさい」
飛来する魔法を叩き落とし、かいくぐりながら接近。アンジェの杖がフランの頬をかすめる。対してフランもまた凄まじい速度でナイフを繰り出し、アンジェの衣服を浅く斬り裂いていく。
超至近距離での接近戦。杖よりも小回りの効くナイフの方が有利に思えるが、それを覆すだけのアンジェの速度があった。
杖のみならずそれを利用した上下方向からの打撃。加えて細腕・細脚にそぐわない威力の肉弾戦。そこらのモンスターなど一撃で潰されてしまう程のそれを、しかしフランもまた受け止め反撃を繰り出す。
わずかに二人の距離が開く。未だ近接戦の距離ながら、その間隙に二人同時に展開した魔法が埋め尽くし、それでも当たらない。幾度も繰り返されたその展開。その度に外れた魔法が流れ弾となって、ギースたちの戦いのアクセントとなっていた。
「うわわっ!!」
「ちくしょうがっ! こっちの邪魔ばっかしてんじゃねぇっ!!」
カレンとギースから悲鳴や抗議が上がるが、そんなものが二人に届くはずもなく、届いたとして考慮などするはずもない。したがってギースたちはエレンがいる正面と背後の両方に警戒しつつ戦わざるを得なかった。
「――」
「ちっ……!」
ギースのナイフとエレンの剣がぶつかり合い、しかし力負けして弾き飛ばされる。空中でクルリと回転して着地。しかしエレンが追撃に追いかけてくることはなく、今度はクルエの相手を始めた。
「クソッタレ……!」
「大丈夫?」
「こっちの心配よりテメェの心配してろ」
矢を連発しながら声を掛けたカレンにぶっきらぼうに応じる。二人の視線の先では激しく魔法が飛び交い、耳をつんざくような音が次々と届いてくる。
クルエは背中の翼を巧みに利用して、空中から遠近織り交ぜた攻撃を繰り出している。そこにカレンの矢が飛び交う魔法の隙間を縫って飛んでいくのだが、それらをエレンは無感情にただ黙って回避し、反撃を続けていた。
「英雄なんざクソだと思ってたけどな、とんでもねぇクソッタレだってのは認めざるを得ねぇな」
「うん、それは思う。でも、なんだろ……」
攻撃の手を止めないままギースのぼやきに返事をし、しかしカレンは何か違和感を覚えていた。
エレンは強い。英雄にふさわしいと心から思う。けれども、どうにも本気で戦っているように思えなかった。
こちらの攻撃は全て通らないしエレンからの反撃もある。しかし倒そうとしていないようにも思えた。実際、エレンから離れたギースに追撃はないし、矢を放っているカレンもほとんど攻撃は受けていない。むしろアンジェたちからの流れ弾の方が多いくらいだ。
クルエも英雄の一人であり、カレンたちの方にまで手が回らないということなのかもしれない。しかしそのクルエに対してでも、どちらかと言えば回避の方に重みを置いているように彼女には見えた。
(単なる時間稼ぎ、なのかな……?)
だとしても何か腑に落ちない。そう思いながら、なんとか一矢でも命中させようとカレンはエレンの動きを読むために観察を続けていたが、ふとあることに気づいた。
「フランを見てる……?」
クルエとカレンの動きを見ながら、時々彼女は姉の方に視線を遣っていた。アンジェたちの戦いは依然苛烈さを継続していて、とても近づきたいとは思わない。
姉を心配しているのだろうか。カレンがエレンの視線を追っていると、その時彼女の魔法が一発、アンジェたちの方へと飛んでいった。
それはアンジェの足元に着弾し、ダメージは入っていないものの、彼女の眉が苛立たしげに動いたのが見えた。
「ちょっと、エレン! 邪魔しないでくれるかな!?」
「……ゴメン」
「ほんっとグズなんだから、さっ!!」
流れ弾に見えるその攻撃で、攻守が逆転しフランが攻へ回ったのだが、彼女から返ってきたのは罵声。それに対してエレンは魔法の炸裂音にかき消されるような小さな声で謝罪を口にした。
(ひょっとして……)
フランの方のサポートもしているのか。自分たち三人の相手をしながら。今のもクルエへの攻撃を外したようにも一見思えるが、それにしてはアンジェの妨害タイミングとして適切だったように思う。
(それにしても――)
フランに向けたエレンの瞳にはどうにも怯えが入り混じっているように見える。それは、カレンの弟が自分に叱られる時のそれに似ていた。いや、それ以上にフランの顔色を伺っているような気がする。
(仲が良くないのかな……)
「いやぁ、エレンはやっぱり手強いですね」
「クルエ先生」
エレンとのぶつかり合いが一段落し、距離を取ったクルエがカレンの隣に着地し、苦笑した。いつの間にか白衣を脱ぎ去っていて、オットマーには及ばないものの、一介の薬学教員にしてはあまりに不釣り合いな鍛えられた肉体を見せている。
三人は並んでエレンを見つめる。彼女はクルエを追いかけるでもなく、武器を片手にカレンたちを待ち受けていた。
「実は僕もそれなりに昔の力を取り戻せてると思ってたんですが、こうもあしらわれ続けるとちょっと自信を無くしてしまいそうです」
「ンだよ、威勢がよかったのは最初だけってか?」
「いえいえ。負けるつもりはありませんよ。なんとか攻略の糸口を見つけ出してみせます」
「クルエ先生。昔、一緒に旅をしていた時って、エレンはどのくらい強かったんですか?」
「それは、英雄たちの中で、ということでしょうか?」
うなずいたカレンに、クルエは自身やギースへ回復魔法をかけながら小さく唸った。
「そうですね……各々で得意な部分があるのでなんとも答えづらいですが、単純な戦闘能力――敵を殲滅するという意味ではアンジェリカやエルンストが一、二を争うでしょう。防御に関してはイシュタルが図抜けてましたし、トリッキーで厄介だという意味ではフランですかね。エレンは何でも卒なくこなしてましたし、フランのフォローに回ることも多かったですので実際の戦闘で目立つことが少なかったんです」
「そうなんですか」
「ですが僕が思うに、一番才能があったのはエレン――彼女でしょう」
その回答に、カレンとギースはクルエの顔を見上げた。先程口にしたように倒すための糸口を探しているのだろう。クルエの表情から苦笑は消え、真剣な眼差しがエレンを捉えたまま離れていない。
「双子揃って奔放に見えましたが、彼女はどうも姉の顔色を気にしているところがあるようで、いたずらでもなんでもいつもフランに振り回されていた印象があります。フランがしたくない役割はエレンに押し付け、そのおかげでフランも自由に振る舞えてましたからね。
だから彼女はいつでもフランより後ろにいました。自発的に何かをしようとせず、戦いでもフランより前で活躍しようなどという気は無かったようですよ」
改めてカレンはエレンの顔を観察する。エレンはチラチラとフランたちの方に視線を送っている。攻めてくる気配はない。相変わらず感情は乏しく、うっすらとだけ笑みを浮かべているように見えるが、話を聞いた今となっては気弱さをその表情でごまかそうとしているのではないかとカレンは思った。
「旅の途中で、二人きりになった時に一度聞いたことがあります。たまには前で戦ってみたいと思いませんか、と」
「……答えはなんでした?」
「確か、『フランに叱られたくないからこのままでいい』と」
「……」
クルエはポーチから自身謹製の魔力回復薬を口に放り込むと、エレンに近づいていく。戦いを再開するつもりなのだろう。
「フランはおそらく、英雄たちの中で一番プライドが高いです。同時に、教皇――光神から可愛がられていました。エレンは双子の妹ですからね。そんな彼女の性格を一番理解していたから、目立たない役割を選んだのでしょう」
それはきっと真実なのだろう。クルエが口にする推測を、遠巻きに見るエレンの態度が如実に物語っている。
けれど、カレンは理解できない。カレンにも兄と弟がいるが、みな仲が良い。お互いに好き勝手に言い合い、喧嘩し、それでもかけがえのない存在だと思える。だから、姉妹でそんなにも明確な力関係が出来上がってしまうことがよく分からなかった。
「――へっ、要は度胸のねぇ臆病者ってことだろ」
ギースがクルエより前に進み出る。ナイフをクルクルと回し、最後に上へ放り上げるとそのまま逆手でつかみ取る。
「そんなヤツに良いようにあしらわれてんのは癪だけどな、まあ認めざるを得ねぇ。エレンは強い。けど、そんなに姉ちゃんに叱られたくねぇんだったら、やりようはある」
「ギース君……」
「クルエ先生よ。アンタだってホントは分かってんだろ? どうすりゃいいか、は」
「……そう、ですね」
クルエはため息をついた。彼の表情が、その手段を望んでいないことを如実に物語っている。無論、それはギースとて同じだ。どうせなら技術と体力で片をつけたい。だが、卑怯だろうがなんだろうが重要なのは勝つことだ。自分はそうやってスラムで生き抜いてきたし、これからもそうだろう。であればためらう必要はない。
そうしていると、さすがにエレンも待っていられなくなったのか、彼らの方へ歩き始めた。その様子を厳しい面持ちでカレンは見つめた。
「……何をするの? 私はどうすればいい?」
「カレンは今まで通り、離れたとこから矢をぶっ放してくれりゃいい。それで隙ができりゃ後は――」
「――僕たちがなんとかしますから」
そう言ってギースとクルエの二人は地面を蹴った。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きお付き合い宜しくお願い致します<(_ _)><(_ _)>




