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8-8. 英雄は地の底で命を削る(その8)

初稿:19/11/27


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。

フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。

アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。

シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。

レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。

ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。

カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。

イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。

クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。

フラン:元英雄で教皇の下で色々動いている。自分本位で他人を精神的にいたぶるのが好き。

エレン:元英雄。フランの双子の妹で、元々養成学校時代にはキーリたちの同級生だった。





「がっ……!」

「レイスっ!!」


 床に叩きつけられるレイス。だがフィアたちの視線が一瞬彼女に向き、再びエルンストのいた場所へ戻った時には彼の姿は無かった。


「……シオンっ!!」

「っ!?」


 いち早くエルンストの居場所に気づき、キーリが叫ぶ。

 エルンストはシオンの背後に立っていた。すでに剣を振り上げており、シオンが振り返ったその時にはもう振り下ろされていた。

 死を、直感した。


「ぬっ……?」

「あっぶねぇっ!!」


 しかし死は訪れない。シオンとエルンストの間には両剣を交差させたイーシュが割って入り、振り下ろされた剣を受け止めていた。


「イーシュさんっ!」

「へへっ、言ったろ? 俺はお前らの盾だって……なっ!!」

「むっ!」


 受け止めたエルンストの剣をイーシュが力強く押し返す。エルンストの体が軽く宙に浮いて退いたところに、イーシュが一歩踏み出してその間を埋める。


「うおおおらあああぁぁぁぁぁっっっ!!」


 両剣に光と炎をまとわせ斬りかかる。これまでの鍛錬で身につけたものを惜しみなく繰り出し、エルンストに迫った。

 だがすぐにエルンストもそれに応じ、その全てを受け止めていく。そして彼以上の速度で剣を繰り出し、すぐさま攻守を逆転させた。

 が、その隙にアリエスが背後を突く。刺突を激しく繰り返し、エルンストの反撃を許さない。

 さらにそこにフィアが迫ってくるのをエルンストの冷たい瞳が捉えた。片手ずつでイーシュとアリエスの攻撃を何とか捌いていた彼だったが、大きく後ろに跳躍してフィアの灼熱の一撃をかろうじてかわした。だが彼のカソックの裾が大きく斬り裂かれ、切れ端が一瞬で黒灰と変わった。


「さすがに三人は――」

「――俺を忘れてんじゃねぇよ」


 逃げたその先。回り込んでいたキーリが黒く光る剣を手に待ち受けていた。

 エルンストは即座に手のひらをキーリに向けてかざした。光神魔法が放たれ、キーリを飲み込んでいく。まばゆい光が立ち込め、辺りの明暗差にフィアたちの瞳を焼いた。

 その光の壁に十字に亀裂が入る。黒く鋭い線が光の中に刻まれ、キーリがそこを突き破って現れた。


「らぁぁぁっっ!」

「くっ……!」


 光に焼かれてキーリの全身から白煙がくすぶっていた。それでもキーリは雄叫びを上げ、手にした影の剣を光り輝くエルンストの剣に叩きつける。二つの剣がぶつかり合い、しかしキーリの剣がエルンストの剣にめり込み、そのまま斬り裂いていった。

 切っ先がエルンストの胸元を浅く傷つける。エルンストが退き、キーリの脚がさらに踏み込む。不利を感じ取ったか、エルンストがさらに光神魔法で弾幕を張っていき、それらが突進してくるキーリを傷つけていく。だがキーリは止まらない。

 現状、数の差から近接戦は無謀。エルンストは距離を置くことを選択した。

 だが。


「……っ、脚が……!」


 彼の脚が盛り上がった石に捉えられていた。シオンが密かに仕掛けていた地神魔法。そこに加えてその上にアリエスの作り上げた氷が補強し、がっちりと拘束する。

 英雄を捕まえておくには脆弱。足元に発生した光から矢が出てあっさりとそれを破壊するが、最高峰の実力者同士の戦いにおいてそれは致命的。


「がっ……!」


 折れた剣の先から光が伸びて剣状となり、キーリの攻撃を受けようとする。しかしそれよりも先に、キーリの攻撃がエルンストの体を斬り裂いた。

 右肩から左脇に掛けて黒い線が走る。エルンストの細い目が開かれ、口から血と苦悶が漏れる。そこにさらに、後方からナイフが飛来し、脚に突き刺さる。

 激痛に顔を歪ませてエルンストが振り返った。その視線の先では、初撃で倒されたレイスが起き上がり、ナイフを投擲した姿勢で彼を鋭く見据えていた。

 レイスの視界の片隅には、敬愛すべき主人が動いていた。赤髪をなびかせ、滑るようにしてエルンストの死角へ入り込んでいく。


「取った……!」


 レイスはまもなくの決着を確信した。普段はあまり動かない表情が僅かに動く。

 そんな彼女の耳に、コポリ、と微かな音がした。そんな気がした。振り返ってみるが、何もなかった。

 レイスが怪訝に眉をひそめるのを他所に、フィアは剣を振り上げた。エルンストの背側を斬り裂き、彼の全身が炎で包まれていく。

 そして。


「――あの世で、罪を数えてろ」


 燃え盛る業火に飛び込んだ、キーリの黒い剣がエルンストの心臓を貫いた。

 切っ先が背中から飛び出し、キーリの腕に肉を、命を絡め取るその感触が、まるで直に触れているかのごとくまざまざと伝わってくる。

 これで、ようやく。五感の全てが引き伸ばされ、時の流れがゆっくりとなったように感じられる中でキーリは長かった時を思う。楽しかった日々が終わりを突然告げ、人生の大部分を占めた憎悪。エルンストの心臓を斬り裂くとともに、キーリの中でもそういった感情が切り取られ、昇華していく。

 どうだ、復讐される気分は。奪いそこねた命から命を奪われる気分は如何ほどか。キーリは炎に炙られながらエルンストの顔を見上げた。


「……」


 しかしエルンストが表情を変えることはほとんど無かった。苦痛にこそ微かに歪んでいるが、感情のこもらない瞳のままキーリを見下ろしているだけだった。

 その口元が、弧を描いた。楽しげに、緩んだ。


「……全て、は……光神様の、御心のままに――」


 何かをしでかす。そう直感したキーリが反射的にエルンストを蹴り飛ばした。

 剣が引き抜かれ、血を撒き散らしながら大きく吹き飛んでいく。薄暗い部屋が鮮やかな炎の赤によって彩られ、その体が転がる。

 そしてエルンストは瞬く間に炎に包まれた。炎の奥から覗くのは黒い彼のシルエットのみ。


「はぁ、はぁ、はぁ……!!」


 ごく短時間に力を出したキーリの呼吸が乱れ、それでも意識は集中し、エルンストから眼を離さない。敵の体が燃え尽きるその時まで何が起きるか分からない。間際に垣間見たエルンストの笑み。それが、決して油断してはならぬと警鐘を鳴らし続けていた。

 だがそんなキーリの考えを他所に、時間だけが流れる。エルンストが起き上がることはなく、全員が注目し続ける中で炎だけが揺らめいていた。

 やがて炎が消え去る。それは単に燃え尽きたからに過ぎない。カソック姿で銀縁の眼鏡をしていたエルンストだったが、消えた炎の後には、赤子のように奇妙に手足を折り曲げた黒い遺体が残っていただけだった。


「……終わっ……た……?」


 そうつぶやいたのは誰だったか。

 静寂。無音。何も起こらない。


「本当に……終わりましたの?」

「……」

「……どうやらそのようだ」


 最後の英雄を討ち取った。いつまで経っても変わらない状況にそれを確信し、それぞれが大きく息を吐き出した。

 キーリもまた徐々にこみ上げてくる達成感に浸っていた。最後の最後まで所在不明だったエルンストをここに来て討ち果たし、積年の恨みを晴らした。

 まだ全てが終わったわけではない。最後の大物が残っている。それでも、彼の目の前でルディとエルを殺したその張本人を殺害できたことは、彼の中に一つの区切りと満足を与えていた。

 そしてそれはフィアにもよく理解できていた。彼がどれほどの思いを懐いていたかは、この場にいる誰よりも識っていると自負がある。だからこそ、今の一時だけはその余韻に浸らせてあげたいと、集中を解いた彼に代わってフィアは教皇へと向き直った。

 その時、彼女の足元で影が揺らめいた。まるで水面をアメンボが滑った様に、或いは降り出した小雨が水面を叩いた時の様に。

 異変に気づいたのはレイスだった。


「お嬢様っ!!」

「え?」


 影から一本の何かが突き出す。鋭い切っ先が彼女に向かい、しかしその出来事が足元であるが故にフィアは全く理解できていなかった。



 真っ赤な鮮血が、飛び散った。








お読み頂きありがとうございました。

引き続きお付き合い宜しくお願い致します<(_ _)><(_ _)>

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