8-7. 英雄は地の底で命を削る(その7)
初稿:19/11/23
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。
フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。
アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。
シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。
レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。
ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。
カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。
イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。
クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。
フラン:元英雄で教皇の下で色々動いている。自分本位で他人を精神的にいたぶるのが好き。
エレン:元英雄。フランの双子の妹で、元々養成学校時代にはキーリたちの同級生だった。
「教皇様。スフィリアース陛下たちをお連れ致しました」
「ああ、ありがとう、エルンスト。彼女の様子はどうだったかな?」
「駆けつけた時はすでに脱出された後でした。これから探しに向かいます」
「いや、行かなくて大丈夫だよ」
四方から明るい照明に照らされた座。天蓋から降りたベールにシルエットだけを晒しながら教皇は首を振った。
「神殿内でかくれんぼをしているだけだからね。せっかくだし、後で私が迎えに行こう」
「かしこまりました」
「けれど――」教皇の腕が伸び、傍らにあったグラスの中身を飲み干した。「まだ早い。後でゆっくりと探すには、まずお客人たちに満足して頂く必要があるようだ。
エルンスト」
「はい」
「後少しだけ、陛下たちのお相手をお願いできるかな?」
「――承知致しました」
エルンストが振り返り、糸目が微かに開かれた。薄く開いたまぶたの奥で鈍色に瞳が輝く。
キーリたちは反射的に身構えた。同時に襲いかかってくるプレッシャー。仁王立ちになったエルンストの両腕には、いつの間にか一対の双剣が握り込まれ、刀身から鮮烈な白光を放っていた。
「気をつけろ、みんな……」
「分かっております。この方は……他の英雄の方々とは違います」
「へっ! どんな野郎が相手だろうが、ここまで来て尻込みするかよ!」
イーシュが威勢よく啖呵を切って両剣を握り込み前衛に進み出る。全員がいつでも攻撃に対処できるように体勢を整え、逆に攻撃の機会を伺っていた。
――のだが。
「イーシュっ!!」
「……っ!?」
「悪くない反応だ」
気がつけばイーシュの目の前には、剣を振り上げようとしているエルンストがいた。
即座に反応を見せるイーシュを冷静な口調で称えながらも、エルンストの斬撃は鋭い。白閃が走り、イーシュの防御の隙間を縫って的確に斬りつけていく。
「くあっ……!」
「む、やや浅かったか」
確かにエルンストはイーシュの脇を貫いたつもりであった。が、イーシュに突き刺す直前に、切っ先に微かな感触を覚えていた。それと同時に最後の踏み込みの際に踏ん張りが弱かった様にも思う。
「――なるほど、とっさにしては良い判断だ」
イーシュと自身の切っ先の隙間に潜り込むように張られた氷の壁。それに足元に撒き散らかされた水。エルンストは刹那だけシオンに視線を向けて、鼻を鳴らした。
「ならば――」
「させるかよっ!!」
追撃の姿勢を見せるエルンストの背後からキーリの影が覆い被さった。自身を飲み込まんとするそれに向かって高速で剣を振るう。一撃一撃にも光神魔法が込められたそれはキーリの闇神魔法を斬り裂き、淡い輝きに覆われた全身を見せつけた。
その足元から現れるメイド。キーリが作り出した影のすぐ側で身を潜めていたレイスが、今度はエルンストのがら空きになった足元を斬り裂かんとナイフを繰り出す。そんな彼女と呼吸を合わせたアリエスもまたエルンストの背後に回り込んでエストックを高速で突き出した。
「素晴らしい」
感情が感じられない感嘆だけを口にして、エルンストもまた両手の剣を高速で振るっていく。両サイドからの攻撃を二、三撃受け切ると、その間に滑らかな動きで数歩動き、レイスとアリエス二人を正面に誘導した。
戦いやすい体勢を作り出したエルンストのハンドスピードがさらに正確さを増す。両手で異なる動きをさせながら確実にレイスとアリエスの攻撃をさばいていく。
そこに。
「……っ!?」
「剣技だけでは流石に辛いのでね」
いつの間にか展開されていた光の矢がレイスとアリエス目掛けて降り注いだ。二人は素早く後方へと避難するも、無数の矢たちが床に突き刺さりながら次々と飛来し追いかけていく。
「舐めるなっ!」
そこにフィアが放った赤白く輝く業火がエルンストに迫る。高速で蛇がとぐろを巻くように旋回し、先端が生物の口のように大きく広がった。エルンストは焼き焦げてしまいそうな熱を感じつつ、軽くステップを踏みフィアの放った炎をかわした。
しかしその炎は着弾の直前に向きを急激に変え、避けたエルンストを追いかけてくる。後方にステップを繰り返して全てかわしていくが、初めてその表情に変化が現れていた。
「これは……少々厄介か」
それでも落ち着き払ったままつぶやいていたエルンストだったが、背後に何かの存在を感じ取りハッとして振り返る。
そこには大剣を振り被っているキーリがいた。気取られぬよう影の中に身を潜めていたキーリは、エルンストの背後に姿を現すと両腕で固く握られた大剣を全力で振るった。
「くぉ……!」
「余裕ぶっかましてんじゃねぇよ」
エルンストが初めて全力で守勢に回った。両方の剣をクロスさせてキーリの剣を受け止めようとし、そしてそれは間に合った。
しかしキーリの並外れた膂力がエルンストを弾き飛ばした。防御など関係ないとばかりに振り抜かれた一撃はエルンストの体を強かに打ち付け、ボールを撃ち飛ばしたかのように吹き飛ばしていった。
キーリの一撃に飛ばされたエルンストが教皇がいる座のすぐ真横を通り過ぎていき、背後にある柱の一本に激突して埃が舞い上がっていく。背後からの風にベールが揺れされるが教皇はピクリとも動かない。表情は窺えないが、眠っているかのように反応を示さなかった。
「ちっ……」
教皇に突っ込んでくれたら面白かったのに。キーリは狙いが少しずれたことに舌打ちした。
「イーシュさん、大丈夫ですかっ!?」
シオンが駆け寄りイーシュの脇に手を当てて回復魔法を掛けていく。その前に立ち塞がってキーリ、フィア、アリエスの三人で壁を作る。
「いっつつ……大丈夫は大丈夫だけどよ、アイツ、やべぇぞ。動かねぇと思ってたら、気づいたら目の前にいやがって……」
「それもたぶん光神魔法だと思います」シオンが治療しながら説明する。「少し離れたところにいたから気づけたんだと思いますけど、イーシュさんの前にあの人がいた時も、まだ元々の場所に姿が見えたんです。光神魔法は教会が独占している部分も多いので自信はないですけど、確か、自分の姿をごまかすみたいな魔法があった気がします」
「マジかよ……んなのどうやって対処しろってんだ……」
「頑張って受け止めてもらうしかありませんわね」
「うへぇ……ま、仕方ねぇか。それが俺の役割だからな」
治療が終わったイーシュがグルグルと腕を回して痛みが無いことを確認し、再び前衛へと戻ってくる。
「とんでもないのは魔法だけじゃありませんわよ」
「同感です。アリエス様との連撃を、あの男は表情変えずに捌き切りました。さらにはその状態のまま無詠唱で魔法を構築・制御しています」
「認めるのは悔しいですけれども……正直、純粋な技術では勝てそうにありませんわ」
「英雄の名は伊達ではない、ということか……」
フィアたちが睨む先で、光で作られたシルエットが浮かび上がる。足元の光によって徐々にその姿が露わになり、埃で汚れたエルンストがハッキリと見えてくる。
剣で防いだとはいえ、キーリの膂力で叩きつけられておきながら動きに微かな淀みもない。唯一ヒビの入った眼鏡がダメージの証として残っているが、無表情で何事もなかったような足取りでゆっくりと戦場へと戻ってくるその姿に不気味さを禁じ得ない。
「クソッタレめ。涼しい顔しやがって。テメェはターミネーターかっつうの」
「ターミネーターが何なのか良く分からないが、とんでもなく彼が頑丈なのは理解した」
「体力、速力、技術、魔法。それに加えて防御力と耐久力ですの? ホント、英雄たちってのは神々に寵愛されてますわね」
「アリエスに同意だ。けど、私は絶対に愛されるのはゴメンだな」
「……念の為ですけど、今は僕ら全員、神様たちの恩恵を受けている立場ですからね?」
「しまった、そうだったな。後で返品を申し出ておこう」
冷や汗を流しながらも軽口を叩き合うことは忘れない。神々に返品できるかどうかは、今のこの場を、そして教皇の企みを阻止できるか、それに懸かっている。
「キーリ。あの男の動き出しに、お前なら反応できるか?」
「完全に無理、とは言わねぇ。けどやっぱどうしても一瞬遅れちまうな」
「……初動を捉えるのが難しいのであれば、守勢に回れば不利かと存じます。なので――ここは私が動きを押さえます――!」
一歩一歩踏みしめながら迫ってくるエルンストに向かって、今度はレイスが先行して仕掛けた。身を低くして攻撃に備えながら、与えられた風の加護で瞬く間に最高速へ。そこにシオンによって風の抵抗を軽減する補助魔法が加わり、レイスの体は一瞬でエルンストの懐に潜り込んだ。
「――シッ!!」
無防備なままのエルンストへとナイフを一閃。冷徹な瞳で彼の首元へ刃が吸い込まれていく。
しかし。
「……っ!?」
エルンストの剣がレイスの腕を叩いた。新調した高価な手甲と、シオンによって予めこれでもかと補助魔法を付与されていたが、エルンストの振るった剣は手甲を斬り裂き表皮まで達する。重傷までは至らなかったが、弾かれたせいで刃はエルンストの首元深くまで届かず浅く皮膚を斬り裂くに留まっていた。
「今のは危なかったな」
微塵もそう思っていない口調で告げ、次の瞬間にはレイスの背後に回り込み剣の柄を彼女の首元に叩きつけた。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きお付き合い宜しくお願い致します<(_ _)><(_ _)>




