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8-6. 英雄は地の底で命を削る(その6)

初稿:19/11/20


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。

フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。

アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。

シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。

レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。

ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。

カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。

イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。

クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。

フラン:元英雄で教皇の下で色々動いている。自分本位で他人を精神的にいたぶるのが好き。

エレン:元英雄。フランの双子の妹で、元々養成学校時代にはキーリたちの同級生だった。







 戦場の調べはすでに遥か遠くとなっていた。

 音が微かに聞こえるばかりで、追手の気配もない。もう十分に安全な場所へとやってきていたがキーリたちは誰一人として後ろを振り向かなかった。それが、危険を買って出てまで自分たちを送り出してくれた仲間への信頼の証だった。


「ユキの場所まであとどれくらいですのっ!?」

「感覚だともうすぐ近くだ! ちょうどもう一フロア下くらいだろうさ!」


 アリエスの問いかけに、自身の感覚を頼りにキーリが応える。濃い魔素のせいで曖昧だが、少なくとも階下のもう近くにいることは明らか。ならば下へ、と階段らしきものを探しながら走ってきたが、アリエスやレイスの眼にそれらしい場所は見当たらなかった。


「どこだっ……!?」

「ちっ、しゃらくせぇ!!」


 言うが早いか、キーリが剣を床に突き立てた。深々と刺さり、磨き上げられた床にヒビが走る。そのヒビを埋めるように黒い影が隙間に入り込んでいき、そこに丸い注ぎ口のようなものが出来上がる。


「シオン! 圧かけた水を流し込めっ!!」

「は、はいっ!」


 水神魔法と風神魔法を駆使してシオンが言われるがままに注ぎ口に高圧の水を流し込む。パンパンに注ぎ込んだ影を操って完全に密封すると、キーリは両拳を重ねて振り上げた。


「総員、対ショック姿勢、ってなっ!!」

「――……! 全員跳んでくださいっ!!」


 キーリが何をしようとしているか瞬時に理解したシオンが叫んだ。反射的にフィアたちが跳び上がり、一瞬遅れてキーリの拳が影を叩き潰した。

 瞬間、轟音が轟いた。足元にあったはずの高価な石造りの床が瞬く間に砕け散り、破片の雨となって階下に降り注いでいく。破片が1フロア下の部屋で雨音を立てる中、キーリが降り立ち、やや遅れて呆れたフィア、憤るアリエス、苦笑いのシオンと続いて最後にレイス、イーシュが着地していった。


「ちょっと、キーリ! こんな事するなら先に一声掛けて欲しかったですわ!」

「わりぃわりぃ」微塵も悪いと思っていない口調でキーリはアリエスをいなしていく。「あれこれ説明しなくてもアリエスたちなら何とかなんだろって思ってな」

「……ずるい言い方ですわ、もう」


 方便か本当に信頼されているのか。アリエスは判別がつかず、怒っていいやら喜んでいいやらで口元を奇妙にモゴモゴと歪ませたのだった。


「――それで、ここは……?」


 シオンが部屋を見回し、つぶやく。

 キーリたちが降り立ったのはやや大きめの部屋であった。王城にある小規模な会議室程度の広さで、部屋の真ん中辺りで鉄格子で二分されている。その鉄格子を挟んでキーリたちと反対側には、豪奢で可憐な装飾が至るところに施されたベッドがあった。


「たぶん、ここがユキが拘束されていた部屋だな」


 キーリがベッドの上に視線を送る。キーリとフィアが感じるユキの存在から、それは間違いないだろう。しかし肝心のユキはベッドにいない。

 鉄格子はベッド側の方から無残に破壊されていた。床には恐ろしいまでに緻密な魔法陣が描かれていて、だが今は効力を失っているようで光は放っておらず黒い線だけがその存在を主張している。シオンがついいつもの癖で魔法陣を解析しようとするが、視点を走らせるだけで莫大な解析式が頭に浮かび上がっていき、思わずめまいを覚えた。


「なんて計算された構成式……! すごい、ここをこんな風に組み立てるなんて……」

「さすがは闇神を封じ込めるためのもの、ということなのでしょうね」

「イマイチ凄さが分かんねぇ……」


 それぞれが感想を漏らす中、キーリは鉄格子に近づくと指先をその残骸に這わせた。ピリッとした電流にも似た感触が体を走り、もたらされる不快さに顔を歪ませた。


「鉄格子にもずいぶんな魔法が込められてたみてーだ」

「確か、魔法陣を解析してると言っていたんだったな?」

「ああ。呑気なことをのたまってやがるって思ってたんだが、うまいこといったらしいな。曲がりなりにも神様ってとこか。魔法に関してはやっぱアイツすげぇわ」


 珍しくキーリが感嘆してユキを褒める。が、その本人は一体何処に行ったのか。

 改めて彼女の居場所を探ろうとキーリが意識を集中させようとした。

 だが、突然彼はハッとして背後を振り返った。


「――やれやれ。探さねばならん私の身にもなってほしいものだな」


 振り向いた先にいたのは眼鏡をかけたカソック姿の男だった。スラリとした長身で糸目のその顔を認め、キーリは彼が何者かにすぐに気づいた。


「エルンスト・セードルフ……!」


 結局どれだけ探しても居場所が分からなかった最後の英雄であり、そしてアンジェと並んで強烈にキーリの記憶に残る男。

 蘇る、記憶。キーリの前に立ち塞がった血まみれのルディとエルの隙間から見た、鬼人族を殺すことに満面の愉悦を浮かべていた顔。それがまざまざと脳裏に浮かび、キーリの全身からどす黒い影が滲み出ていく。


「おい、テメェ! ユキをどこにやったんだよ!?」


 イーシュが武器を構えながら怒鳴りつけるが、エルンストは落ち着いた様子で眼鏡のズレを直した。


「そう結論を急くな。まさか私もこの魔法陣を突破するとは思っていなかったのだよ。やはり彼女は聡い御方だ。敬服に値する」

「つまり、貴方もユキの居場所は知らないのだな?」

「そのとおりだよ、スフィリアース陛下。とはいえ、まだこの大神殿内にはいらっしゃるようではあるがね」


 ため息を一つつき、エルンストは踵を返してキーリたちに背を向けた。あからさまに見せたその隙に敢えて乗って、レイスが無言で攻めかかろうと地面を蹴った。

 しかしその眼前に雷鎚が落ちた。


「レイスっ!」

「っ……問題ありません」


 魔素に満ちた空気を斬り裂いて激しく床を穿つ。白閃を周囲に撒き散らし、放射熱がレイスの皮膚を軽く炙る。本能的に立ち止まったためにダメージは免れたが、直撃していたらどうなっていたか。感情に乏しい彼女の口元がきつく真一文字に結ばれた。


「落ち着いたかね?」


 そしてその一撃は、破裂寸前であったキーリの激情を抑え込むにも十分な威力を持っていた。今の光神魔法を防ぎきる自信はあるが、それでも一瞬で魔法を構築して放たれた威力は破格。瞳を焼く閃光と耳をつんざく轟音、それに続く刹那の静寂がキーリの沸騰しそうな頭を冷やすだけの時間を与えてくれていた。


「付いてきたまえ」

「……なに?」

「付いてこい、と言っている。地上からここまでの障害を乗り越えてきたのだ。君等にも敬意を払い、教皇様が御自らの間に招待したいとおっしゃられている。もっとも、まさか天井をぶち破ってくるとは想像していなかったがね。女王様ももう少し上品な方だと思っていたが、まあ別にとがめる気もないから安心したまえ」


 そう告げるとエルンストは再び前を向き、返事も待たずに部屋を出ていった。キーリたちは困惑するも、互いに頷き合うと黙って彼の後ろに付いていくことにした。


(ユキの居場所は気にはなるが……)


 歩きながらキーリは居所を探してみるが、彼女の「残り香」が、濃厚な魔素と入り混じりどうにも判然としない。だがユキのことだから、大神殿内にいるのならそのうちひょっこりと顔を見せるだろうとエルンストの方を優先することにした。

 部屋を出てすぐに長く広い螺旋状の階段を降りていく。魔素の濃度はさらに濃さを増し、このまま行けば魔素が流れる地脈そのものにまでたどり着くのではなかろうか。そんなことをキーリは考えてしまう。と同時に、キーリのみならずフィアたちはまるで迷宮の最深部へ向かう時のような感覚を覚えていた。

 この先を踏破すれば、終わる。緊張と不安と期待が入り混じり、自然とそれぞれの心臓が早鐘を打っていた。

 無言のまま階段を降りきり、最深部へとキーリたちは到着した。そこもまた天井が遥か彼方に高く、巨大な白い柱が規則正しくそびえ立っている。上空は暗く光が届かない。足元の石は黒曜石のように深い黒で、磨かれた表面の光沢が照明の光を少しだけ反射していた。


「――ここだ」


 エルンストが立ち止まる。キーリたちは正面の扉を見上げた。

 教皇がいるという間にふさわしい、重厚で精微な意匠が刻まれた立派な扉だ。思わず圧倒されそうな存在感を放っている。


「おかえりなさいませ、エルンスト様」

「客人を連れてきた。教皇様へお目通りしたい」


 扉の両脇に控えていた、顔がそっくりな双子の姉妹に話しかけると、姉妹は鏡合わせのように同じタイミングで恭しく頭を垂れた。

 息の合った動作で扉の取っ手に手をかけ、引き開いていく。ギィィ……と音を立て、少しずつ顕になっていく室内の姿に全員が息を飲んだ。

 エルンストに続いて部屋に脚を踏み入れる。そこは、明確に外とは「空気」が違っていた。

 静寂にして清浄。空気は澄み切っているのに息苦しい。もはや魔素しか存在していないかのように濃密で、しかし空気は軽く、対象的に動かす体は重い。奇妙な感覚だった。

 全身でそれに抗いながらフィアは足元からずっと正面に向かって頭を挙げた。扉から伸びるカーペットは血のような赤。両端を地面に埋め込まれた白い照明が照らし、その強烈な直進性のせいでまるで白い柱のように天井に向かって伸びている。


(これが……光神の住まう場所……)


 フィアは空気に飲み込まれてしまわないよう腹に力を込め、その先にある一際明るい場所を睨みつけた。




お読み頂きありがとうございました。

おかげさまで300話にまで到達しました。(正確にはあらすじなどが入っているので300話ではないかもですが……(;´∀`))

どうぞ、引き続きお付き合い頂ければ幸いです<(_ _)><(_ _)>

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