8-5. 英雄は地の底で命を削る(その5)
初稿:19/11/16
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。
フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。
アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。
シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。
レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。
ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。
カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。
イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。
クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。
フラン:元英雄で教皇の下で色々動いている。自分本位で他人を精神的にいたぶるのが好き。
エレン:元英雄。フランの双子の妹で、元々養成学校時代にはキーリたちの同級生だった。
アンジェが腕を振った。それと同時に数え切れないほどの魔法が騎士団目掛けて高速で飛んでいく。残っていた瓦礫を無いも同然に破壊し、騎士団たちの元へ着弾した。
濃密な白煙が満ちていき、そこから煙をたなびかせた騎士たちが上空へ飛び出す。その足元をキーリたちが駆け抜けようとした。
当然騎士団たちは一斉にキーリたちを止めようと魔法を放ち、上空から襲いかかろうとする。が、約束した以上それをアンジェが許すはずもない。強烈な威力を持つ光神魔法を涼し気な顔で絶え間なく放ち続け、騎士団たちを釘付けにする。
キーリたちが騎士団の足下を通り過ぎ、暗がりの中へと溶け込んでいく。やがて騎士団たちもキーリたちを追いかけるを諦めたのか、赤い冷血な瞳をアンジェたちへと向けた。
「ゴードン、セリウス、アトベルザ。彼らは三人で相手しなさい」
「御意」
「痛めつけてもいいけど、彼らも馬鹿に操られてるだけだし、かわいそうだから殺すのはダメよ。解放したら私の配下として働いてもらうんだから。良いわね?」
「うへぇ、マジか……」
「泣き言は受け付けないわ。私の部下だったら、これくらいやってみせなさい」
厳しい注文にアトは眉尻を下げるも、アンジェは聞く耳をもたない。
「いいさ。コイツら何かにつけてオレを馬鹿にしてくれてたからさ。仕返しの一つくらいしたって許されるよな?」
「教義にもあります。『弱者には施しを、苦しむものには助けの手を、そして傲慢な者が傅いた時には踏みにじってやりなさい』と」
「すげぇな、そんな教義初めて聞いたぜ!」
「当然です。アンジェリカ様の語録ですから」
「……マジか」
「はっはっは! 優しいことだ。だが承知した。確かに何も知らずに死ぬのは忍びないだろうからの。
して、お主はどうするのだ?」
「決まってるじゃない」
アンジェはゴードンたちに背を向けて、もう一方の戦いの場を睨んだ。激しく魔法が入り乱れ、絶え間なく武器同士がぶつかり合う音が響いている。
そこに、流れ弾のような光神魔法が一発、闇を斬り裂いてアンジェに迫った。
彼女は手を挙げた。玉を投げるような仕草で腕を振ると、彼女からも光弾が飛んでいき、寸分違わず迫っていた魔法に命中。乾いた破裂音と共に四散させると、続いてさらに大きな光弾を浮かび上がらせた。
「――神は天にはあらず」
白い魔法陣が魔素に満ちた世界に描き出される。複雑怪奇な構成式が瞬く間に空間に描き出された。
そして巨大な光柱が世界を満たした。
散らかった閃光が全てを白く染め、これまでにない轟音が世界を揺らす。貫かれ白熱した壁が破裂し、砕けた頭上のガラスが雨となって降り注いでいく。その中に混じって、ギースもまた落下してきた。
「……っ、テメェ! いきなり何考えてやがるっ!?」
何とか着地し、全身煤けた状態でギースがアンジェに噛み付いた。が、彼女は涼しい顔だ。
「あら、こんな場所にいるんだからあれくらい避けて当然じゃなくて? それに合図としてわざわざ詠唱までしてあげたんだから感謝してほしいわ」
「ンだとぉ?」
「まーまー」
爆発に紛れてやってきたカレンも合流し、いきり立つギースを宥める。今にも本当に噛みつかんばかりのギースとアンジェの間に強引に割って入って仲裁すると、そこに翼を広げたクルエも戻ってきてアンジェを認めると小さく口元を綻ばせた。
「アンジェリカ」
「久しぶりね、クルエ」
「ええ。貴女も息災のようで何よりです」
クルエが手を差し出すと、アンジェは一瞬迷いながらも軽く彼の手を握ってすぐに離した。そっけなくも見えるが、握手に応じてくれたことで少なくとも隔意は無いことを察して笑みを深める。その様子を見ていたカレンも頬を緩めたが、すぐに真剣な表情に変えてアンジェに改めて尋ねる。
「なんとなく聞こえてたけど、助けてくれるってことで良いんですよね?」
「助けるとは言ってないわ。ただ調子に乗って私の居場所をぶっ壊してくれたそこの長耳族のガキを懲らしめてやるってだけ」
「それでもいいよ。結果的に同じなんだし」
フフッと笑うと、カレンは爆煙が立ち込める魔法の着弾方向をジッと見つめた。カレンからしたらとんでもない威力の魔法だ。けれど、きっと――
「――邪魔するなんてひっどいなぁ」
軽い調子で、けれども何処か棘のある声が響いた。煙の中からやや煤けたメイド服のフランが姿を現す。左眼だけを見開いて睨みつけるその姿に傷跡らしきものはなく、カレンの予想通りの状態だった。
「久しぶりね、エレン、それにフランも」
「久しぶり。てか、生きてたんだ?
聞いたよ? 教皇様に歯向かって死にそうな状態で逃げ出したんだって? それでよく戻ってこれたね? ボクだったら恥ずかしくてとてもとても帰ってこれないよ?」
やれやれと大仰な仕草で肩を竦めてみせ、アンジェを挑発する。しかしアンジェは表情を変えることなく長い髪を掻き上げるだけだ。
「そうね。正直、逃げ出した直後は本気で死のうかと思ったわ」
「あはは。そのまま死んじゃえば良かったのに」
「けれど――今となれば、そんな結果で良かったと思えるわ」
フッとアンジェの表情が緩む。それを見たフランの口元がへの字に歪んだ。
「負け惜しみかい? 聖女様、ああ、『元』か。とてもそんな立派な立派な配役をされてた人間とは思えないね」
「なんとでも言えばいいわ。どうせ何年生きようがフランの頭じゃ理解できないでしょうし」
チラリとアンジェの視線がエレンの方に向かい、「エレンなら、分かるかもしれないわね」とつぶやくと、フランの表情から余裕が消えてさらに苛立ちが増していった。
「……気に入らないなぁ。昔っからボクを下に見てるようなその眼。大っ嫌いだよ」
「そう、それは良かったわ。私もフランのこと、好きじゃなかったもの」
もっとも、今はもっと嫌いになったけれどね。銀糸の髪を指先で後ろに流すと、世間話はお終いと言わんばかりに彼女は杖の石突でトントン、と床を鳴らした。
「クルエ」
「ええ、分かっています。フランの相手はお任せします」
「ちょっと待てよ。あの野郎の相手は――」
ここまでフランの相手をしていたギースが異議を唱えようとするが、クルエとカレンの両方から肩を掴まれて首を横に振られてギリ、と奥歯を強く噛みしめた。
舌打ちをし、転がっていた近くの小さな瓦礫を思いっきり蹴飛ばす。納得はいかないが、自分の力ではまだフランに及ばない。それを彼自身理解していたため、悔しさを押し殺してもう一度舌打ちをした。
「そう腐るもんじゃないわ。二対一とはいえ、フラン相手に対等に戦えてたのだから自信を持ちなさい」
「うるせぇな」
「私たちはエレンに注力しましょう。きっと――」
何かを言いかけて、しかしクルエは言いよどみそのまま続きを飲み込んだ。頭を振り、怪訝な顔を浮かべるカレンとギースに微笑んでごまかし、アンジェの肩を叩いてエレンの方へと向かっていく。
「貴女なら心配ないでしょうが、もし危ないと感じたら、迷わず介入しますのでそのつもりでいてください」
「余計な心配よ。無いと思うけど、兆が一にでもそんな状況になったら感謝くらいはしてあげる」
クルエとは互いに背を向けたままそんな会話を交わし、アンジェはフランに不遜な眼差しを向けた。
それと同じくして指先を向け、軽く曲げて挑発してみせる。
「さあかかってきなさい。自分が世界の中心だと思いこんでる蛙に、私自ら教育してあげるわ」
フランの視線が剣呑なものに変わる。左眼をさらに大きく見開き、いよいよ仮初の笑みさえも剥がれ落ちて、殺意を露わにした。
「クソババァが。いい加減お前の顔を見飽きてきた。
――殺してやる」
「――やれるもんならやってみなさい」
お互いの周囲で膨大な魔素が励起し、莫大な魔法の数々が浮かび上がった。
「――死ね」
フランの端的なセリフに端を発し、双方の魔法がぶつかり合う。鮮やかな光が世界を彩り、そして、その彩りが治まるよりも早く、アンジェとフランの二人はお互いの武器をぶつけ合っていたのだった。
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