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8-4. 英雄は地の底で命を削る(その4)

初稿:19/11/13


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。

フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。

アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。

シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。

レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。

ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。

カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。

イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。

クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。

フラン:元英雄で教皇の下で色々動いている。自分本位で他人を精神的にいたぶるのが好き。

エレン:元英雄。フランの双子の妹で、元々養成学校時代にはキーリたちの同級生だった。





 膨大な光量の閃光が着弾した。稲光の様に一瞬で、しかしそれが莫大な威力を持っていたことはキーリたちと騎士団、両者の間に立ち込める白煙と爆音が示していた。

 左右の壁や柱が崩れ、瓦礫の山が出来上がる。一体今度は何が。突撃しかけていた脚を止め、様子を窺っていたところに凛とした声とカツンという錫杖を突く澄んだ音が響いた。


「――ったく、随分と好き勝手してくれたわね」

「ガハハっ! やはり離れていたとはいえ、こうも荒らされるとお主でも腹が立つようだのう」

「当たり前でしょ。悪いけど独占欲は人並みには強いのよ、私は」


 やや憤慨した女性の声に豪快な男性の低い笑い声。舞った埃と煙が収まり、現れた四人の姿を見てキーリたちは驚きに眼を見開いた。


「アンジェリカ・ワグナードマン……!」

「それにゴードンとセリウス・アークヴェルツェ!! どうしてここに!?」

「どうも皆様。ご無沙汰しております」

「ガハハ、坊主ども! 久しいのう!!」


 現れたのが教会の聖女たち。それを認めてキーリの眼差しがさらに厳しいものに変わり、厄介な敵が増えたな、と唇を噛み締めた。

 しかしながらそんなキーリたちの敵意などどこ吹く風か。セリウスは柔和な表情で一礼し、ゴードンはいつぞやの時と同じ様にその強面を崩して、バンバンと強烈な力でキーリやイーシュたちの肩を叩いていく。自分たちの敵意など微塵も気にしないその様子に毒気が抜かれていくのを感じ、武器を降ろさざるを得なかった。


「やあ、兄ちゃんたち! 久しぶり!」


 そうした中で一人キーリたちに見覚えがない女性が手を上げて近づいてきた。耳が隠れる程度のショートボブで鮮やかな金色の髪。快活で人懐っこい笑みを浮かべて馴れ馴れしく声を掛けてくるものの、彼女の存在が記憶にないために戸惑うばかりだ。


「え、ええっと……申し訳ありませんけど、どちら様でしたでしょう?」

「えー! 姉ちゃん忘れちまったの!?」

「め、面目ないですわ……」

「ひょっとして……キーリ兄ちゃんとかフィア姉ちゃんも? レイスの姉ちゃんは? イーシュ兄ちゃんは……まあ分かるとして、シオンの兄ちゃんもかよ?」


 女性が尋ねると、キーリとフィアは気まずそうに頬を掻き、イーシュは一人首を捻ってシオンは目を逸らした。


「誠に申し訳ありません。お会いしたような記憶はあるのですが……お恥ずかしいながらお名前を伺って宜しいでしょうか?」

「レイス姉ちゃんもかよっ!? ったくさぁ、しかたねぇなぁ……」


 ほらよ、と女性は整えられた髪を乱暴に掻き乱し、ニィっと歯を見せていたずらっぽく笑った。

 その姿を険しい視線で覗き込みながらキーリたちは首を捻る。が、視線が女性の頭上に向かったところで脳裏に電流が走った。

 頭のてっぺんからピンと伸びるアホ毛。鉤爪のようにカクンと折れ曲がったくせ毛が在りし日の記憶を刺激。そして再び顔へと視線を戻したところでキーリは眼を見開いた。


「ひょ、ひょっとしてお前……アト、アトベルザかっ!!」

「はああぁぁっっ!?」

「そうだよっ! ったくさぁ、思い出すの、ちょっと遅すぎねぇ?」

「いえ……流石に今の貴女から思い出すのは無理がありすぎますわよ……」


 出会って毎日の様に一緒に過ごしたのが、養成学校の学生の頃。アトはまだ男の子のような出で立ちで悪ガキどもの先頭に立ち、いたずらをしては村人たちに叱られ、愛されていた。キーリたちもその被害に合ったものである。

 セリウスたちに勧誘されて教会の騎士団に入団したはずだったが――


「はー、あのアトが……」

「立派になったもんだ」

「成長しましたねぇ……」


 ここが戦場であることを忘れ、親戚のおじさんおばさんの様に感心したため息しか出ない。その視線が何処か面映いようで、アトははにかんで頭を掻いた。

 美人に成長したがまだあどけなさも残るその容姿にキーリも相好を崩した。が、すぐに影でできた剣を握りしめると彼女から眼を離して上司であろう女性を睨んだ。


「しかし、アトがテメェらと一緒に行動してるなんて思ってなかったぜ」剣先を彼女、そしてアトと順に向けていく。「けど、邪魔するなら容赦なくテメェら全員叩き潰してやるよ。それで良いならかかってきやがれ」

「勘違いしないでくれる?」


 銀糸の様なきれいな髪を掻き上げ、アンジェは鼻を鳴らした。眼には侮蔑の色も混じっているが、かといって敵意も見られない。むしろキーリたちの向こうで戦っているフランたちを見る眼差しにこそ苛立ちが見て取れた。


「今、アンタたちに用はないの。私は、大好きな場所を滅茶苦茶にしてくれたクソ野郎からこの教会を取り戻したいだけ。

 それをいつにしようかとしばらく町に潜んで機を窺ってたのよ。そこにアンタたちが殴り込んでくれたからいい機会だと思ったんだけどね、いいわ、その役目はアンタたちに譲ってあげる」

「……つまり、何が言いてぇんだよ?」

「はっはっは! つまりぃ、だ」ゴードンがキーリとフィアの頭をガシッと脇で挟み込んだ。「アンジェの嬢ちゃんは、ここは自分たちに任せて、坊主たちは教皇どもをぶん殴ってこいって言ってるわけさ」


 噛み砕いてゴードンから説明されて意味が脳に染み込んでいき、キーリはバッとアンジェを見た。アンジェは教会の聖女である。そんな彼女からのまさかの申し出に、シオンも信じられないような視線を向ける。


「え、えっと……良いんですか? アンジェリカさんは教会側の人間じゃあ……」

「はぁ……もう一度言ってあげるわ。勘違いしないでくれる?」腕を組み、ため息をアンジェはついた。「私は確かに教会に所属する人間。光神様を信仰しているわ。生まれ育った場所でもあるし、教育を施してくれた教会に感謝もしてる。けれど今の教会を好ましいとも思ってないし、教会は禿げた爺ぃ共が金貨を神よりもありがたそうに崇めて好き勝手していい場所じゃないの。まして今の光神を騙る(・・)教皇(狂人)が世界を滅ぼすだのなんだのほざいてるのを耳にするだけで気持ちが悪いのよ」

「アンジェリカ……」


 アリエスたちから向けられる視線をまっすぐに受け止めながらそう吐き捨て、アンジェは錫杖を床に打ち鳴らし宣言した。


「だから私は今の(・・)教会を破壊し、再生する。そのために戻ってきたの。教会の所属かどうかなんてどうだっていいの。

 本当はアンタたちを無視して教皇のところに行っても良かったんだけど、セリウスとゴードンが助けようなんて行って勝手に動くから――」

「何言ってんだよ? アンジェ姉ちゃんが一番張り切って魔法ぶっ放したくせに」

「……魔素が濃すぎてちょっと威力を間違えただけよ」


 アトからクスクス笑われながら指摘され、アンジェは力のない反論してキーリたちからぷいっと顔を背けた。すでに三十代も後半に差し掛かろうという年頃だが、その若々しい容姿は変わらず、そういった幼い仕草も似合うのだから恐ろしい。実際、キーリたちの後ろでイーシュは顔を赤らめてアリエスに引っ叩かれていた。


「なんというツンデレ……って言って良いのか?」

「その『つんでれ』とやらが何を言ってるのか分からんが……本当に宜しいのですか?」

「しつこいわね。良いって言ってるで――」

「――相手は本物(・・)の光神ですよ?」


 フィアの問いを受け、視線が一斉にアンジェに向かっていく。セリウスは彼女の後ろでアルカイックスマイルを浮かべて口を閉ざし、ゴードンも腕を組んで何も言わない。アトベルザはこの場では騎士らしく直立し、まっすぐにアンジェの方を見つめていた。

 果たして、刹那の沈黙の後にアンジェリカは口元を緩めた。


「そんなの関係ないわ。本物の光神? 何よ、それ?」小馬鹿にするようにアンジェは鼻を鳴らした。「ここには神様なんていないわ。いるのは神を僭称する狂った存在だけよ」

「しかし――」

「神は信仰されて初めて神となるのよ」


 アンジェは全員を見回しながらハッキリと言った。


「なるほどのぅ……そりゃそうかもしれんな」

「信仰されない神なんて神じゃないわ。人々に見放された神様なんて、単なる人よりちょっとすごいことができるだけの大道芸人に過ぎないのよ」

「まあそりゃそうか。けどそれだと、教会の教えそのものが崩れちまってテメェの望む再生ができなくなんじゃねぇのか?」

「崇める対象なんてなんだっていいのよ」


 教会を立て直そうとする者が信仰の対象となる光神を否定する。その矛盾をキーリが指摘するがアンジェは事もなさげにさらりとそんな風に言ってのけた。


「教会の敬虔な司教でも、理想とする光神の姿でも、道端に転がってる石っころだってなんだっていい。それでその人が『明日も生きていける』と思えるのなら、ね」

「そんなもんかね……?」

「そんなもんよ。だって、人々を心から支えるのが宗教なんだもの」


 フフッとアンジェが笑う。何か吹っ切れたようなその笑みにシオンたちは見とれた。キーリも反応に悩みながら頭をボリボリと掻きむしるも、気持ちを吐き出すように肺から大きく息を吐き出した。


「分かった。ならテメェらをここは信じてやる。だからちゃんと足止めしてくれよ?」

「ああ。アンジェリカ様がお決めになったのならば、最後までこの身を賭して遂行してみせよう」

「テメェは相変わらずブレねぇな、セリウス……

 その代わり、そっちも勘違いしてくれんなよ? 光神のクソをぶちのめしたら――」

「ええ、分かってる。これで帳消しだなんて思ってもないし、そもそも帳消しにしようだなんて思ってもないわ。だから思う存分、後でアナタの復讐にだって付き合ってあげるわ。当然、殺されてあげる気もないけど」


 キーリは頷いた。クルエを除き英雄たちの中で最も縁があり、そして最も恨みの強い人物。許してやれようはずもない。が、それはまだこの時じゃないと自分に言い聞かせて気を鎮める。

 そこに爆風が吹き荒れた。キーリたちの前に積もっていた瓦礫の山が爆散し、白煙の奥に精霊の騎士団たちの影が浮かび上がる。


「ついでだわ。後ろでじゃれ合ってる馬鹿双子とアンタたちの仲間の面倒も見てあげる」

「それは助かる。すまないがよろしく頼む」

「礼を言われるようなものじゃないわ。自分たちのケツを自分で拭うってだけだもの」

「アンジェリカ様、あまりお下品な言葉は謹んでください」


 顔をしかめてセリウスに嗜められ、アンジェはもまた盛大にしかめっ面をした。その様を見て、アリエスたちから完全に警戒心が消えた。

 ここは彼女らに任せて自分たちのことに集中する。アリエスとフィアは揃って背後で戦い続けるギースたちに視線をやり、すぐに正面に戻した。


「さて、と。それじゃあ――」アンジェの頭上におびただしい光の矢が生まれた。「とっとと行ってきなさいっ!!」





お読み頂きありがとうございました。

引き続きお付き合いくださいませ<(_ _)><(_ _)>

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