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8-2. 英雄は地の底で命を削る(その2)

初稿:19/11/06


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。

フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。

アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。

シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。

レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。

ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。

カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。

イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。

クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。

フラン:元英雄で教皇の下で色々動いている。自分本位で他人を精神的にいたぶるのが好き。

エレン:元英雄。フランの双子の妹で、元々養成学校時代にはキーリたちの同級生だった。



「久しいな、スフィリアース……!」

「あ、兄上っ!?」


 眼前に行方不明になっているはずの前王、ユーフィリニアの顔があった。

 動揺が彼女を襲い、そこを容赦なくユーフィリニアの剣が突いていく。彼女の技量からすれば決して防げないものではなかったが、心の乱れのせいか浅く彼女の腕を斬り裂いた。


「フィアっ!」


 フィアの異変に気づいたイーシュが飛び出す。二人の戦いに割って入ろうとして、しかしそこにもう一人が割り込んでイーシュの剣を弾く。


「くそっ……、……!?」


 イーシュの瞳に映る顔。つい最近まで側にいたはずなのに懐かしさがこみ上げ、それ以上に悲しみと寂寥感が胸の奥で一瞬で溢れかえった。


「マリファータさん……!?」

「……」


 胸の奥が千々にかき乱される。バラバラだった破片がさらにバラバラになり、しかし幾つかのピースが繋がり合う。過る知らない景色。頭の中で鮮烈に駆け巡り、だが欠片のどれもがモザイクがかっていて良く思い出せない。それがもどかしい。


「マリファータさんっ! どうしてこんなところに……!!」


 イーシュの問いかけに答えない。表情を微かに歪ませながら無言でイーシュを攻撃し続ける。

 その時、風の矢と氷の矢が二人の間を引き裂いた。


「イーシュくんから離れてっ!!」

「亡霊はさっさと消え去りなさいなっ!!」


 カレンが矢を連射しながらイーシュの前に割り込み、アリエスがマリファータの顔をした人物に斬りかかる。

 マリファータに見えるその人はアリエスの刺突を受け流すと、そのまま攻撃を止めて距離をとった。それを受けて、アリエスは軽く息を吐いて気を落ち着け、フィアの方を見た。

 彼女の方も戦闘は一旦止まっていた。襲撃者は奇襲が失敗したと判断したか、フィアや助けに入ったレイスたちとも距離をとって、剣を片手にマリファータの顔をした人物の隣に並んだ。


「マリファータさん……! どうしてこんなところに……! 故郷に戻るためにスフォンを出たんじゃなかったのかよっ!?」

「……」

「そうだろっ!! そのはずだろっ! なあ、みんなっ! そうなんだよなっ!?」


 振り返りながらイーシュはカレンたちに向かって悲痛に叫んだ。だが、アリエスたちはマリファータたちを睨むばかりでイーシュを見ようとはしなかった。


「どうしてマリファータさんがここに……? 王都にいるはずですよねっ!?」

「そのはずですわ……少なくとも私はそう聞いてますわ」


 まさか、知らぬ間に彼女を奪還された? だが最後に見た彼女は衰弱しきっており、ここまで元気に動き回れる状態ではなかった。ならば彼女はいったい何者か?


「何か言ってやったらどうだ? 随分と困惑しているようだぞ?」

「……」


 そしてマリファータの隣の男である。アリエスは彼を睨めつけ、こめかみを流れる汗を手の甲で拭い去った。そして視線をずらしてフィアの後ろ姿を見つめた。

 偽王・ユーフィリニア。フィアの父であるユスティニアヌスを殺し、全ての罪をフィアに押し付けた最低最悪の国王。彼女が王城へ帰還した時に行方不明となり、ついぞ今までどこにいるか分からず終いであったがまさかこんな場所にいたとは。


「でもなんで二人が……」

「教皇国が匿っていた。そういう事としか考えられませんわね……」


 しかし、だとしてもマリファータの方が説明がつかない。偽物かともアリエスは思ったが、どう見てもマリファータその人である。それはアリエスだけでなく、シオンやレイスなども同じであるようで、一様に困惑の色が広がっていた。


「さて、スフィリアース。どうだ? 息災だったか?」

「……」

「最後の肉親が城におらずして寂しかっただろう? 殺したいほどに憎い相手の姿が何処にもおらず苦渋に塗れた毎日だっただろう? だが安心しろ。ここで俺がお前を殺して再び王位につく。そうしてお前は仇討ちを果たせなかった無能として永久に歴史に刻まれるが良い」


 ユーフィリニアがニタニタと笑って妹を煽る。フィアの表情までは窺えないが、彼女の後ろに控えていたレイスの手が震えていた。


「やれやれ、だんまりか。

 まあ、良い。たとえ生きて帰れたとしても、もうお前の席は無いのだからな?」

「なんですって?」

「何故この女が俺の隣にいるか、気にならなかったか? この女はこの俺の新しい妻となる。俺の子を孕み、王国の歴史を脈々と受け継いでいってもらうのだ」

「……マリファータさん、冗談だよな? アンタ、そんな人間じゃないだろ? 何か弱みを握られてるだけ、だよな? じゃなきゃこんな男と……」


 思い出せないでいるはずのイーシュの青い感情。それは変わらず、しかし彼の中で寂しさとそれを上回る悲しさが湧き上がってきていた。


「本気で……そう思ってるんじゃないよな? なあ、マリファータさん」

「……」

「マリファータさん!」

「無駄だ。しょせん、王たる俺とたかだか平民であるお前とは持っているものが違う。だからこそ――」


 ユーフィリニアがマリファータの顎を掴み、強引に自分の方を向かせる。ニヤリと笑ってイーシュとフィアを一瞥。そして口づけようと顔を近づけていき――


「もういい」


 フィアの口からそんな言葉が吐き出された。

 ユーフィリニアは動きを止め、怒りに満ちているであろうフィアの様子を横目で窺った。

 しかしそこにあったのは怒りなどではなく、ひどく冷めた彼女の眼差しであった。


「もういい。茶番はそこまでにしておけ」

「茶番だと?」

「ああ。お前は兄でもなければマリファータも別人だろう?」


 確信をもった口ぶりでそう告げ、アリエスたちがハッとして振り返った。


「え……でも確かに顔も体格も……」

「そんなん、変装や魔法でどうとでもなるもんだ」キーリが腰に手を当てて呆れてみせた。「確かに奇襲受けてパッと見た時は本人に見えたけどな。イーシュも言ってたろ? 『そんな人間じゃない』って。本質的に(・・・・)全然別人だ。だろ、フィア?」

「ああ。兄は確かに最低な人間だが、剣を持って敵の前にわざわざ身を晒すようなことはしない。たとえどんなに腕に覚えがあろうと。あるとすれば、それは『そうすることで得られる』利益がある時に過ぎない。たとえば、戦うことで支持を得る、相手を貶めるとか、な」

「もし二人が変装だとすれば――」クルエが眉間に深くしわを寄せた。「貴女たちは変装が得意なフランとエレン。違いますか?」


 クルエがそう看破してみせる。するとユーフィリニアの姿をしていた男の口元が大きく歪んだ。そして肩を震わせたかと思うと、甲高い声で笑い出した。


「ちぇー、そっかそっか。さすがは憎くても兄妹ってところかな。結構会心の出来だったんだけど、残念だなー。そっちの頭悪そうなお兄さんはいい感じに疑心暗鬼になってくれたのにね」

「頭悪そうなって……ひょっとして俺?」

「当たり前でしょう?」

「テメェ以外に誰がいるってんだよ」


 何故か味方からも罵倒されてイーシュはショボンと眉尻を下げた。


「しかし……性格の悪さは相変わらずですね、フラン」

「えー、そんなことないと思うよ?」

「君の場合は本気でそう思っているところが手に負えないんですよ」


 そう言ってクルエはマリファータ――の格好をしたエレンを、そして苦虫を噛み潰したような顔をしてユーフィリニアに扮したフランを見た。


「ユーフィリニア前王とマリファータ・シャイナ。ここまで露骨に人の心を揺さぶろうとするということは、変装する相手を決めたのも、そもそも変装して僕たちの前に現れようと決めたのもフラン、貴女でしょう?」

「ふふん、さっすがはクルエ。よく分かるね?」

「分かりますよ」

「おい、テメェ」


 舌打ちをしながら、ギースが嫌悪を露わにしてぶっきらぼうに話しかけた。


「さっきからくっちゃべってねぇで、詫びの一つでも入れてとっととそこをどきやがれ。俺ぁテメェと違って暇じゃあねぇんだよ。あと、いい加減その格好でその喋り方止めやがれ。気持ちワリぃ」

「ああ、ゴメンゴメン。けどボクもエレンも退くわけにはいかないんだよねぇ。エルンストがうっさいからさ。だっけどぉ……そうだね。変装だけは変えてあげよっかな? た・と・え・ばぁ、こんなのとかはどう?」


 フランが自身の服を掴み、一気に引き破る。

 そしてそこに現れたのは山賊の様な髭に、太い眉。肩幅の広い筋肉質な体型で、ギロという視線をギースに向けてみせた。

 獄中で死んだはずのギュスターヴ――ギースの育ての親の顔をしたフランがそこにいた。


「……テメェ」

「はっはっ! そう怒んなって、ギースよぉ」


 声色までそっくり真似て、宥めるような言葉でギースの神経を逆撫でしていく。それが相手の意図したことだと分かっていながらも堪えようの無い程に怒りがこみ上げていく。


「ギースくん……」

「……わぁってる。ンな声出すんじゃねぇ」


 それでもカレンが手を握ったことで、既のところで感情の爆発を抑えることができた。


「あらら? ざーんねん。ならこんなのはどうかな?」

「お、母さん……!?」


 続いて現れたのはカレンの母、アヤ・ウェンスター。そしてマリファータの格好をしていたエレンの服を脱がすとユーフェが現れた。幼い顔で彼らを見上げ、彼女の喉元に、アヤの顔をしたフランがナイフを突き立てる。

 血糊が噴き出し、無表情のエレンの顔が赤く染まる。対してアヤの仮面をつけたフランが嬉々として笑い声を上げていく。


「っ……!」

「あっははっ! どうだい、自分の親が殺人鬼になる姿ってのは!? なかなかに趣があるでしょ!?」

「そんなわけあるか」


 背後から飛び出したキーリがフランに斬りかかる。彼女の後頭部目掛けて叩きつけられた剣が、しかしそれよりも早く掲げた右腕から伸びる剣がぶつかりあって甲高い音を立てた。


「ちっ!」

「そういえば君はそんな芸当も出来たんだっけね。今のはちょっと危なかったよ」


 フランとエレンの双方から光神魔法が飛んでくる。逃げようもなく挟み込む形で飛来したそれを、だがキーリは左右に展開した影に吸収させることで難なく逃れた。さらにエレンが追い打ちを仕掛けてくるも、それが届く前に素早く飛び退き元の位置まで戻っていく。


「まったくもう、せっかちだね」

「くっそつまんねぇ劇を見せられる観客の気持ちにもなって欲しいもんだな」

「せっかくなんだし、良かったら見るだけじゃなくって参加してみてよ?」

「あいにくだがこっちは急いでるんでね。大道芸は道端でやってやがれ、クソが」

「キーリくん、みなさん」


 悪態をつくキーリをクルエが手招きして呼び寄せる。


「ンだよ? 今からアイツをボコるんだから邪魔しねぇでくれよ」

「その怒りは後にとっておいてください。

 ――僕が彼女たちを食い止めますから、みなさんは先へ進んでください」




お読み頂きありがとうございました。

引き続きお付き合いくださいませ<(_ _)><(_ _)>

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