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8-1. 英雄は地の底で命を削る(その1)

初稿:19/11/02


<<<登場人物紹介>>>

キーリ:主人公。英雄殺しに人生を賭ける。

フィア:レディストリニア王国女王。翻弄される人生を乗り越えた。

アリエス:帝国貴族。パーティの万能剣士。

シオン:パーティのリーダーを拝命。後方から仲間を支援する。

レイス:フィアに仕えるメイド。いつだって冷静沈着。

ギース:パーティの斥候役。口は悪いが根は仲間思い。

カレン:矢のスペシャリスト。キーリと同じ転生者。

イーシュ:パーティの盾役。その防御を突破するのは英雄でも困難。

クルエ:元英雄。キーリたちを優しく導く。

フラン:元英雄で教皇の下で色々動いている。自分本位で他人を精神的にいたぶるのが好き。

エレン:元英雄。フランの双子の妹で、元々養成学校時代にはキーリたちの同級生だった。







 主祭壇の裏手階段に飛び込んだキーリたちはひたすらに階段を降り続けていく。

 途中のフロアを全てすっ飛ばし、とにかく下へ下へ。それだけを目指す。


「キーリ、ユキの気配は分かるか?」

「ぼんやりとならな。けど詳しくはさっぱりだ。くそっ、魔素の濃淡はメチャクチャだし、流れは速ぇし、おまけにモンスターどもの気配があちこちにあり過ぎて絡まった糸を解してる気分だよ」


 ぼやきながら螺旋状に回る階下をキーリは見下ろした。どこまで行っても同じ景色が続き、終わりが見えない。すでに自分たちは袋小路に陥ってるんじゃないか。知らぬ内に光神魔法の効果内に入り込んでしまって、同じ場所を進み続けているんじゃないか。魔素に関して右に出る者は、たとえ神であってもいないだろうと自負しているキーリはもちろんそんなはずは無いことを知っている。しかし凡庸な脳みそは、そんな毒にしかならない思考を自然と繰り出してきて、それを振り払うように軽く二、三度頭を振った。


「……今度は橋、ですの?」


 螺旋階段が不意に終わり、通路が左に折れる。その先は二人が何とか並んで歩ける程度の細い道だ。左手側には壁があるが、通路そのものは両端に手すりがあるだけ。特に彼らから向かって右側は広く深い空間があり、階下の方から仄かに照明らしい光が届いていた。


「……橋っつうよりはキャットウォークって感じだな」

「キャットウォーク?」

「建物の高い所用の足場のことだよ。言われてみれば確かにキーリくんの言うとおりかも」

「進むのに支障のない強度のものなのか?」

「老朽化してなきゃな。照明がねぇから、夜目が効かねぇなら足元は十分注意しといた方がいいだろうよ」

「分かった。ギース、レイス。付近に気配は?」

「……少なくとも人間はいねぇな」

「私も同意です。モンスターの気配も感じられません」


 なら、とフィアは小さな火球を作り出して照明代わりに足元を照らし出す。金属と木が組み合わさった構造がハッキリと見え、歩くのに支障がない程度に明るくなった。


「ぼんやりとでもこっちで方向は合っているんだな?」

「……」

「キーリ?」

「……合ってるよ。とにかく、とっとと行くぞ」


 キーリはハッとして顔を背けると、何処かそっけない態度で先にキャットウォークへと足を踏み入れる。フィアはその態度に首を捻るが、彼女以外は気づいてはいないようだった。


「どうしたんですの、キーリは?」


 それでもアリエスは感づいたようで、フィアの耳元に近づいて尋ねるが彼女が分かるはずもない。ならば、と二人はキーリに追いつくと彼を挟み込むようにして顔を近づけた。


「どうした、キーリ? 何か気に触ることをしたか?」

「あ? ああ……くそっ、態度に出ちまってたか?」

「少しだけですけどもね。で、どうしましたの?」

「別に大したことじゃねぇよ」キーリは頭をガリガリと掻いた。「空気が気持ち(わり)ぃだけだ」

「敵の本拠地なんですし、そりゃあ最初っから空気は――」


 言いかけてアリエスは気づいた。皇都にやってきてからずっと魔素濃度の濃さによる奇妙な空気感を感じていたが、それが少し変わっていることに。


「純粋に魔素が濃いだけならむしろ俺にとっちゃ楽なんだけどな。例えんなら、光と闇がぐちゃぐちゃに混ざってるみたいな状態になって気持ち悪いんだよ」

「……言わんとすることはなんとなく分かりますけれど」

「でも言われてみれば、確かにどこか清浄さを感じると言うか……浄化されているような感覚だな」

「だからモンスターの気配が無いって二人が言ってたんですのね」


 キーリは頷いた。そして振り返り全員の様子を伺う。

 彼らに疲労の色は見られず、なんとなくだが幾分表情が楽になっているように見える。キーリの気分的な要素が強いのかもしれないが、実際に顔色が良いと言うことは仲間たちにとっては上層部よりもここの光神の要素が強い空気感の方がやはり体には合うのだろう。

 翻って自分という人間は。動きに支障が出るようなものでもないが、神経にチクチクと触る感じはなんとも落ち着かない。妙にイライラしてくるし、ここに来て仲間たちとの「本質的な」存在の違いを指摘されているような気がして滅入ってしまいそうだ。


(やっぱり……)


 自分はもう、違うのだ。キーリは胸の辺りを押さえ、疼きにも似た鼓動を覚える。それをため息でごまかした。


「――しっかし、すげぇ高さだよなぁ」


 キーリの視線の先でイーシュが手すりから身を乗り出して下を覗き込んだ。一体どれだけ足元が深いのか、この場所からは良く分からない。アリエスが最初、「橋」と呼んだが、なるほど、足元に広がるこの高さはもう谷と呼んでも差し支えないだろう。


「どんだけの金と時間かけて作ったんだか……」

「なんだってこんな地下にこんな大きな空間を作ったんだろうね……」

「知りたくも無いですわね……他に、もっと大切な使い道があったでしょうに」

「あんまり身を乗り出すと危ないですよ、イーシュさん」

「そこまで俺だってバカじゃないって」


 シオンの心配にイーシュが笑いながら振り返り、しかしながら全員から返ってきたのは訝しげな視線である。そんなに信用ないかねぇ、と口をイーシュは尖らせ、ちょっと休憩とばかりに背中から手すりに体を預けた。


「……へ?」


 パキ、と音が響いた。

 手入れがされていなかったか、イーシュが体重を手すりにかけた途端、僅かな抵抗を残して手すりは折れ、体が空中に投げ出された。


「おわああああああああっっっっっっ!?」

「イーシュくんっ!?」


 突然の事態に何が起こったか分からず、為す術もなくイーシュは頭から真っ逆さまに落下していく。キーリやフィアが手を伸ばすも、その手は空を虚しく切り、イーシュが小さくなっていく。

 そこに白衣が舞った。クルエはためらいなくその身を空中へ投げ出すと、自身も真っ直ぐにイーシュの後を追う。眼鏡の奥の眼差しは決して焦っておらず、彼の背中にある翼を大きく広げると同時に落ち着いて魔法を発動させ、イーシュの体を風で支えて速度を軽減。その内にイーシュに追いつくと、彼を抱きかかえて静かに地面に着地した。


「ふぅ……怪我はありませんか、イーシュくん?」

「お、おう……まあ、大丈夫ッスよ」


 まだ心ここにあらずなイーシュが何とか無事を伝えると、クルエは小さく微笑んで彼を地面に下ろす。と、頭上からキーリやフィアたちが次々と魔法で落下を制御しながら降りてきて、無事なイーシュを確認すると、それぞれ呆れるやら安心するやら微妙に異なる十色な反応を迎えたのだった。


「まったく……何やってるんですのよ」

「いやあ、だってさ。いきなり柵が壊れるとか思ってもねーし!」

「それはそうかもしれませんけども……だからって、ねぇ?」

「イーシュくんだって加護もらって、落下速度軽減くらいの魔法は使えるようになってるでしょ? なのにクルエ先生に助けてもらっちゃって」

「いや、その……うん、ワリィ」

「まあまあ。それくらいで。彼も無事だった事ですし」

「無事に地上へ生還した後に、イーシュ様には心配の埋め合わせを頂くこととしまして――」


 レイスの容赦ない付け足しにイーシュの顔が強ばるが、彼女はそれを無視して遥か頭上の、降りてきた場所を見上げた。


「こうして私たちも降りてきたわけですが、如何致しましょうか? 上へ戻りますか?」

「……いえ」シオンは頭を振った。「このまま進みましょう。上からはどうなっているのかが分かりませんでしたが、下がこんな風に普通の床であるならわざわざ上に戻る必要はないと思います。僕たちの目的は、基本的に地下へ地下へ進んでいくことでしたから、いずれここにたどり着いていたでしょうし」

「分かった。それで、どっちに行けばユキに会えそうだ、キーリ?」

「えーっとだな、ちょっち待ってくれ。今、アイツの居場所を探って――」


 キーリが目を閉じて、ユキの気配を集中して探ろうとした。

 しかしその瞬間、ギースとレイス、そして一瞬遅れてキーリとカレンが弾かれた様にして頭上を見上げた。

 遥かに高い天井は光を吸収して黒だけをキーリたちへ降らせる。だがその視界の中に白い無数の点が現れた。


「――っ、避けろっ!!」


 ギースが叫び、全員がその場を退いた直後、強力な光の矢が降り注いだ。光神魔法らしいそれは着弾の直後から煌々とした輝きを放ち、破裂音と爆風と共に周囲に振りまく。粉塵が舞い上がり視界を奪われた中、自身に迫る気配をフィアは感じ取った。

 剣を抜く。同時に剣に炎がまとわりつき、発生した気流が粉塵を吹き飛ばしていく。

 彼女の剣が何かと交差して、金属音を奏でた。キンと甲高い音がすぐ目の前で弾け、その奥にいる何者かの顔をフィアは睨んだ。

 心臓が掴まれたかのような感覚に襲われた。


「久しいな、スフィリアース……!」

「あ、兄上っ!?」


 眼前に行方不明になっているはずの前王、ユーフィリニアの顔があった。





お読み頂きありがとうございました。

引き続きお付き合いくださいませ<(_ _)><(_ _)>

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