7-4. ロンバルディウム(その4)
初稿:19/10/26
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:闇神ユキの加護を持つ細腕豪腕剣士。英雄絶対殺すマン。
フィア:レディストリニア王国女王。仕事中の癒やしはシオンに似せたぬいぐるみ抱っこ。
アリエス:筋肉イズジャスティスな貴族。マッチョマン大好き。
シオン:パーティのリーダー兼マスコット。頭の中は百科事典
レイス:フィアに長年仕えるメイド。キーリからフィアのコラ抱き枕の存在を教わり毎晩満たされてる。
ギース:口悪ヤンキー。戦いの後の商売のタネを考え中。
カレン:矢のスペシャリスト。料理を教えてくれる人募集中。
イーシュ:魔法の才能があっても知識がなくて持ち腐れ。防御力はピカイチ。
ごぽり、と床が泡立つ。壁に取り付けられたブラケットが発する青白い光に照らされて刹那だけ黒い泡が白く輝いた。そしてその影が巨大な繭状に肥大化し、パン、と小さな音を立てて破裂する。
するとそこからアリエスたちが投げ出された。キーリやフィアは平然とし、アリエスたちも神々や精霊たちの加護のおかげか、あるいは闇神魔法に慣れたからか多少の調子の悪さこそ伺えるが平気そうだ。しかし不慣れなシェニアやオットマーといった面々は気分が悪そうに息を吐き、滴り落ちそうな脂汗を拭うだけで精一杯だった。
「大丈夫か?」
「……心配は不要である。やや目が回っただけであるからな」
「それよりもここはどこらへんかしら?」
教え子に無様な姿は見せられない、とオットマーが強がりながら立ち上がり、シェニアもふらつくのを何とか堪えて場所を尋ねた。
「大神殿の中じゃああるんだが……ワリィ、具体的な場所までは分かんねぇ」
「侵入自体は成功したわけですわよね?」
「さすがに建物は間違わねぇよ。魔素濃度を考えてもここがラスボスの根城だってのは確実だろうさ」
「ラスボスってのが何なのかは良く分かんないけど……これが貴方の言ってた魔素の濃さってものね。貴方みたいに見えはしないけど、ここまでくればさすがに感覚で分かるわ」
外も相当なものだったが、大神殿の中はそれとは全くの別世界だった。魔素の存在について普段は感じることができないシェニアやオットマーといった面々でも十分に感じることのできる粘り気と気持ちの悪い淀み。本当にここが人の生きる世界だろうかと疑いたくもなる。
いや、人が生きる世界では最早無いのだろう。だからこそ街の人々は人間としての尊厳を奪われ、人を襲うだけのモンスターと化した。ここではそれが標準。シェニアたちこそがここでは異物なのだ。
「本当は一気に教皇がいるだろう最深部まで進んじまおうと思ったんだけどな。さすがに無理だったわ。魔素流れは淀んでるわ、濃すぎて全然先が見えないわでさっぱり前に進めなかったよ」
「おそらくは……ここは地下二階、大礼拝堂があるフロアでしょう」
クルエが眼を細めながら天井や壁を見回しそう言った。
「分かんのか?」
「自信はありませんけどね。昔、魔の森へ派遣される前にここに立ち寄ったことがありまして、大礼拝堂で盛大に旅の加護を祈って頂いたんですよ。遠い昔のことなのでおぼろげなんですが、その時に歩いた場所と似ています」
「キーリ、ユキがいる場所は分かるか?」
「ああ。なんとなくだけどな。まだずっと地下の方っぽいな」
「ならばそちらを目指してみるか……クルエ先生、地下へ進む場所は分かりますか?」
「いえ、流石にそこまでは……私が来た時は地上からの階段しかなくて、それもこのフロアで行き止まりでしたから。あ、でも……」
「心当たりがあるのですかな?」
「ええ。地上からは出迎えの司祭の方々に案内して頂いたのですが、教皇を始めとした高位の神官や教皇国の英雄たちはええっと……」おぼろげな記憶を何とか取り戻そうとクルエは頭に手を当てて唸った。「……そう、確か、大礼拝堂の裏手側から出てきていました。確証はないですが、ひょっとしたらその辺りに階段があるかもしれません」
「ならばそちらに向かってみましょう」
とりあえずの方針をフィアが決め、一行は歩き始めた。
地下故に地上の光は入ってくることはなく、壁のブラケット照明が青白く彼らを照らし出す。本来ならばいるはずの教会関係者の姿は何処にもなく、静まり返った通路を踏みしめる靴の音だけが響いて、それがやけに耳に残る。
そんな状況が落ち着かないからか、ギースが鼻を鳴らして疑問を口にした。
「ちっ、なんだって地下なんかに神殿を広げてったんだ? ジメジメして辛気臭ぇ方向によ。迷宮じゃねぇんだからどうせならたけぇ方に伸ばしとけってんだよ。普段は高いとこから見下ろすのが好きな連中のくせに」
「確かにそうですよね」半ばボヤキにも等しい疑問にシオンもうなずいた。「地下より地上の方が建設費も安くなるでしょうし、信徒向けにも都合がいいはずだし……」
「私もそう思った。っていうか、初めて見るまでてっきりすっごい高い塔があるのかと思ってたくらい」
「確かにそうよね……まして光神を主神として祀ってるなら、なおさら陽の光が当たる地上の方に建物を広げていった方が教義にも合致するでしょうに」
「なんでも」戦闘を歩いていたクルエが前を向いたまま説明する。「歴代の教皇が常々主張し続けてきたそうです。『神は天にはおらず、地の底から我らを照らし続けている』と。その意向を受けてずっと何十年、ともすれば百年単位で時間を掛けて地下へ地下へと拡張したのだとか」
「詳しいな」
「当時、みなさんと同じ疑問を持ちましてね。仲の良かった神官がいたのでこっそり尋ねてみたんですよ」
「しかしそうなると――」
アリエスは改めて天井から壁、床と眺めていく。天井は高く、床は磨き上げられ照明の光がよく反射している。この一角を建設するだけでも相当な時間と費用がかかったことだろう。
「やはり歴代の教皇たちは光神の存在を認識していたのでしょうね。でなければ地下に広げようだなんて発想、生まれませんわ」
「……いや、それもどうだろうな」
アリエスの考えにキーリが異議を唱えた。
「違いますの?」
「確かにユキや他の神たちの力を削いだ頃は、光神もどっかで眠ってたんだろうさ。けどアイツは百年前には目覚めて教会を操ってるはずだ。ひょっとしたら代々の教皇も、今代のあの野郎みてぇに光神自身が姿を変えて君臨してたのかもな」
「だがキーリの言うとおりだとしたら『地の底にて我らを照らしている』という口伝は何を?」
「さあな」
「ちっ、分かんねぇのかよ」
「あのイカレポンチ野郎の考えなんざ理解できてたまるか。とはいえ、思い当たることもなくはねぇんだけど――」
話していた全員の足が一斉に止まった。
「……感じたか、レイス?」
「はい。考えてみればここは迷宮よりモンスターが生まれやすい環境。ここまで遭遇していないことこそが奇跡に近いものかと」
円陣となって、どこから襲われても良いように全方位で警戒する。剣を構えて腰を落とし、攻撃の時を待つ。
そして――
「――上だっ!!」
ギースが反射的に叫んだ。
キーリたちがほぼ同時に見上げれば、天井の暗がりからぬるりと顔を出す不気味な生物がいた。
固体である壁からまるで泥のような動きで這い出す。一つ眼のそれが次々と姿を見せ、無数の瞳がキーリたちを見下ろしたかと思うと、一斉に落下して襲いかかってくる。
「フィアっ!!」
数が多い。キーリの声に反応してフィアは炎神魔法で一斉に焼き払おうとした。
しかし――
「風精霊王の叫び!」
フィアが放つよりも早く、竜巻が駆け抜けた。風の渦が一斉にモンスターたちを飲み込んでいく。竜巻自体は極々小さなものであるが、その威力は破格。吸い込まれたモンスターが次々に切り刻まれ、そして一瞬遅れて凄まじい熱量を持った火炎が破片を焼き尽くした。やがて灰となったそれらがキラキラと輝きだし、魔素へと還っていく。
「……え?」
「この程度の敵なら私でもまだまだいけるわね」
振り返る。シェニアが自ら作り出した炎で手遊びをしていた。涼しい顔をして感触を確認するように次々と魔法を作り出しては消していく。
「今のはシェニアさんが?」
「そ。キーリくんとシオンくんと作り上げた理論、自分で実証したのはまだだったなぁって思って。ずっと実戦で試してみたかったのよね。正直ぶっつけ本番だったけど、思いのほか上手くいくものね。良かったわ」
キーリの元の世界の科学的な知見を元にシェニアとシオンで練り上げた魔法科学融合理論。理論そのものは公開されているしキーリやシオンこそ日常的に使用しているが、科学的素養が重要となるために他の誰も使用できていない。
職業柄シェニアは迷宮に潜るわけにもいかない。そのため提唱者の一人であるにもかかわらず実戦での使用ができていなかった。その事にずいぶんと不満を溜めていたのだが、それが解消されたようでなんとも朗らかな笑みを浮かべていた。
「……いつから詠唱してたんですか?」
「詠唱なんてしてないわよ?」
「はい?」
「なんで詠唱なんて面倒くさいことしなきゃなんないのよ?」
さも当たり前の様に首を傾げた。
もちろん無詠唱でも魔法は放たれるのだが、だいたい効果は限られるものである。
それなのに一撃でモンスターを一蹴する威力。フィアたちは、クルエやオットマーを除いて全員ポカンとした。
「……さすがは元Aランク冒険者」
「現役当時、魔法の腕では右に並ぶ者なし、と言われていたらしいのである」
天才魔法使い、シェニア・ダリアナ・シリルフェニア。現役を退いてすでに二十年程になるが、その実力に衰えなし。
唖然とすると共に、彼女が仲間であることを初めて心の底から頼もしいと思ったのだった。
お読み頂きありがとうございました。
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