7-2. ロンバルディウム(その2)
初稿:19/10/19
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:闇神ユキの加護を持つ細腕豪腕剣士。英雄絶対殺すマン。
フィア:レディストリニア王国女王。仕事中の癒やしはシオンに似せたぬいぐるみ抱っこ。
アリエス:筋肉イズジャスティスな貴族。マッチョマン大好き。
シオン:パーティのリーダー兼マスコット。頭の中は百科事典
レイス:フィアに長年仕えるメイド。キーリからフィアのコラ抱き枕の存在を教わり毎晩満たされてる。
ギース:口悪ヤンキー。戦いの後の商売のタネを考え中。
カレン:矢のスペシャリスト。料理を教えてくれる人募集中。
イーシュ:魔法の才能があっても知識がなくて持ち腐れ。防御力はピカイチ。
教皇国・皇都ロンバルディウム
大神殿・上層階
「フラン」
お気に入りのゴスロリ服を着て楽しそうに通路を歩いていたフランは、背後から声を掛けられてクリっとした瞳をそちらに向けた。
彼女が振り向いた先にいたのはエルンスト。信仰の深さを示すようにかっちりとしたカソック姿で、銀縁の眼鏡の奥から糸目を覗かせている。
「教皇様のところへ向かうのか?」
「うん、そう! さっきお仕事が終わったからさ、教皇様に報告して褒めてもらおうと思って」
「そうか」
ニコニコと、まさに弾むような足取りでフランは歩く。エルンストは無表情でそんなご機嫌の彼女に並ぶと「止めておけ」と告げた。
「つい先程、教皇様はお休みになられた。もう少し後にするがいい」
「えーっ! そんなぁ! 教皇様に頭ナデナデしてもらうために頑張って終わらせたのにぃっ!!」
「諦めろ。今は教皇様にとって大事な時。ひいては我々にとっても慎重に行動せねばならん時でもある」
「ぶー! 分かってるってば。あ、でもちょっと教皇様の寝顔なんか見てみたいかも? 普段あの人殆ど寝ないし、すこーしくらいなら――」
「フラン」
「分かってるって。冗談だよ冗談。ホントにもう、エルンストは冗談が通じないんだからさっ!」
ヘラヘラと笑いながらフランは隣の細身の長躯を見上げ、その視線に気づいたエルンストが感情のない瞳を向け、「なんだ?」と尋ねた。
「べっつに。ただエルンストが本当に変わったな―って思っただけ。前はペラペラペラペラとボクらと同じくらい喋りまくってたし、冗談だってエルンストの方がよっぽど言ってたのにさ」
「そうか。そういえばそうだったな」
「喋り方もすっかりお固くなっちゃってさ! そりゃ教皇様の代理としてやり取りするんならそっちの方がやりやすいってのは分かるけど、今のエルンストってつまんない」
初めて彼と行動を共にした時は色々と楽しかった。くだらないいたずらをお互いに仕掛け合ったりもしたし、手を組んで仲間たちをにいたずらしたり。戦いの中でも信頼できたし、元々あった彼の情に篤そうな雰囲気に反してドライな部分が覗く瞬間がフランにとって魅力的だったりもした。
だが今はどうか。
ある時、フッと消えてしばらく見なくなったかと思ったら何事もなかったかのような顔をして戻ってきて。けれども、彼はすっかり変わってしまっていた。
もちろんエルンストはエルンストであるし、彼にしか使えなかった魔法や技術も使えた。だからそっくりな別人というわけではないのだが、今みたいに面白くもない「クソ真面目な」回答しか帰ってこず、すっかり敬虔な信者というのが相応しい、つまらない人間になってしまった。
「つまらない、か……それで結構だ。教皇様のお役に立てるのであれば一向に構わないな」
「そういうところだよ。ま、エルンストがどう変わろうがボクには関係ないし? あ、そうだ? 今度さ、また一緒に――」
つまらなさそうに口を尖らせていたフランだったが、話をコロッと変えて隣を歩いていたエルンストを何かに誘おうとした。
が、隣にいたはずの彼はおらず、曲がり角の方へと一人歩き始めていた。
「あ、ちょっとぉ!!」
「まもなく教皇様がお招きになられた客人たちが大量にやってくる。フランはエレンと一緒に出迎える準備を進めていろ。いいな?」
一方的にそう言い残し、エルンストは何処かへと去っていった。
フランはその後姿を見つめていたが、やがて――
「……ちっ」
醜悪に顔を歪め、舌打ちと共に彼がいなくなった場所に向かって唾を吐き捨てた。
それでも苛立ちは収まらないようで、彼女は歩きながらも時折壁を殴りつけていく。その度に壁の表面が剥がれ落ちてパラパラと床に散らばるのだがそんなものに見向きもしない。
「あーもう! ムカつくムカつくムカつくっ!!」
いったい自分が何に腹を立てているのか。フランもそれが分からないがとにかく腹が立つものは立つのだ。
はた迷惑なまでに怒りを周囲の物にぶつけながら、彼女はとある扉を叩き破るかのような勢いで開けた。
「エレンっ! そろそろアイツらが来るってさ! だから準備しろだって!」
部屋にいるはずの双子の妹に向かって命令口調で呼びかける。が、返事はない。代わってシン、とした静寂が彼女に返答してくる。
「エレンっ!!」
だが彼女は知っている。部屋の奥でエレンはいつもと変わらず「人形遊び」をしているのだ。
大きな明り取り窓から光が差し込む奥の部屋へとズンズンと歩いていく。そして、全ての調度品が白の単一色で揃えられた、ある種奇妙な空間の中に彼女はいた。
「はい、アーンして? ほら、もうちょっと、もうちょっとだけお口を開けてくれるとボクも嬉しいな?」
大きなキングサイズベッドに向かってエレンはスプーンを差し出す。スプーンには微かに湯気の昇るスープがすくわれ、エレンはベッドの上にいるやせ細った男性に飲ませようとする。だが、男性の口はわずかに動くもののスプーンを差し込むには少し狭かった。
「キミに飲んでもらいたくってさ、頑張って作ったんだよ? そりゃあキミの口に合うかは分かんないけど……美味しくても美味しくなくっても正直な感想を聞かせて欲しいんだ。ね? お願い――ゲリー」
少しだけ悲しそうな表情でゲリーにお願いする。と、ゲリーの口が先程より少し開いて、頭がスプーンの方へと動いていく。そうしてスプーンをくわえ、喉が微かに動いた。
それだけでエレンは一気に破顔した。頬が紅潮し、この期を逃してなるものか、とばかりにいそいそと手元のスープ皿にスプーンを突っ込み――
――皿が飛んだ。
「あ……」
中身が床にぶちまけられ、スープのみならず介助用のテーブルに並んでいた他の料理もまとめて散らばっていた。
エレンはそれを見つめて悲しそうに眉尻を下げると、ゲリーに向かって「ごめんね?」と謝る。そして散らばった心のこもった手料理だった物を掃除しようとかがんだ。
そのぶちまけられた料理を、黒いローファーが踏みつけた。
「フラン……」
「ふん、相変わらず気持ち悪いことやってるのね。いったい何時から私の妹は人形遊びが好きになったのかしら?」
「……いつも言ってるでしょ? ゲリーは人形なんかじゃないって」
目に浮かぶ怯えと震えそうな声を何とか押し止め、エレンは姉を見上げた。だがそんな彼女の本心を見透かしたかのようにフランは鼻を鳴らして尊大に見下ろした。
「人形じゃない!? 驚いたわ。いつの間にか妹は冗談が随分とお上手になったことで? どこをどう見たらそれが人間に見えるのかしらね?」
「止めてよ……そんな物みたいな言い方しないでよ」
「最初っから『物』だって言ってるの。自分で動きもしない。食事もしない。ただ一日ベッドの上で何もないところを眺めてるか寝てるだけ。それのどこが人形じゃないって言える?」
「ちゃんとご飯も食べて、時々動いてるよ。……ホンのちょっとだけど、ちゃんとボクにも微笑んでくれるんだよ?」
「気持ち悪い」フランは吐き捨てた。「だいたい、そんな人間のどこが良いのやら……聖痕だって教皇様が取っちゃったんだし、価値なんてないじゃない。ゼロよ、ゼロ!」
「ゼロなんかじゃないっ! そんなことも分からないんだったらどっか行ってよ!」
エレンは思わず口ごたえした。普段はフランに逆らうことなどなく、罵られようが曖昧な笑みを浮かべてやり過ごすのだがこの日ばかりは違った。ゲリーのことをバカにされて我慢できなかったのだ。
しかしそれがフランの逆鱗に触れてしまったらしかった。
口ごたえして彼女がハッとした瞬間にはフランの拳がエレンの頬を捉えていて、痛い、と思った瞬間には強かに壁に体を打ちつけていた。
「エレンのくせに歯向かうなんていい度胸じゃないっ! いつからそんなに偉くなったの!?」
ヒステリックに叫び、フランがキッとベッドの上のゲリーに視線を落とした。
ゲリーは焦点の合わない瞳でフランを見上げていた。それだけで何も言わない。だが、フランには彼が自分を非難している様に見えた。
それが妙に癪に障った。フランは手を掲げ、光の矢を作り出す。
――こいつがいるから、イライラする。
一方的にそう結論づけて、彼女はゲリーに向かって手を振り下ろそうとした。
「ダメっ!! 止めて、フランっ!!」
「どきなさいっ!」
「やだ! どかないっ!!」
「どけっつってんだろうがっ!!」
両手を広げてゲリーをかばうエレン。フランが醜く顔を歪めて怒鳴りつけるが、それでもエレンは動こうとせずに口をへの字に曲げてフランを睨んだ。
「……ちっ」
口を歪めながらフランは舌打ちした。光の矢は消え去り、代わって犠牲になったのはベッド脇にあったチェストだった。力任せに拳を横に払うと、破砕音とともに無残にも砕け散った。
「ホンットアンタ見てるとイライラするっ! とにかく! 私は深部に行くからっ! エルンストに嫌味言われたくなかったらさっさと来なさいっ! いいっ!?」
言い終えるとまた舌打ちをして、それでも腹の虫が収まらないのか、そこらにある家具類を手当たり次第に破壊しながらフランは部屋を出ていった。
ゲリーの前に立ちふさがっていたエレンはその様子をジッと無言で見送っていたが、やがて姉が出ていったけたたましいドアの音が静まると「ふぅ……」と大きく息を吐いてベッドに座り込んだ。
「……ごめんね、うるさくて。でもああ見えてフランだって優しいんだよ?」
ゲリーの前髪を掻き上げながらエレンは、はて、姉が最後に優しかったのは何時だっただろうか、と思い、記憶を辿りながらそれが思い出せないほどに果ての記憶であることにため息をついた。
そして床に散らばった食事だったものを見下ろし、悲しくなるがそれももう一度ついたため息でごまかす。
「床は神官の人に片付けてもらうから、ちょっと我慢してて。
仕事が終わったらまた料理作ってあげるから、それまでいい子で待っててね?」
それじゃまた後で。まるで母親が息子にそうするようにエレンはゲリーに手を振り、コート掛けからマントを引ったくって部屋を飛び出した。
廊下を険しい顔で駆けながら、ふと表情が緩む。全てが、全ての仕事が終わったら、今度は何を作ってあげようか。
「……美味しそうに食べてくれる、かな?」
ゲリーは物を言わない。精神を壊され、全ての意思を放棄してただ生かされているだけだ。けれども、そんなことはエレンにとってさほど重要ではなかった。
彼が直ぐ側に居てくれる。それこそが最も重要であり、最も重視されるべきことなのだ。だからフランが言ったことなんて気にする必要はない。
「うん……気にしない、気にしない」
そう言い聞かせる。と、彼女の頭に頭痛が走った。
軽く顔をしかめ、しかしエレンは微笑みを意識して浮かべて、過りそうな陰鬱な気分を何処かへと吹き飛ばして地下へと向かっていったのだった。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きお付き合いくださいませ<(_ _)><(_ _)>




