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6-10. 眠りしは北の地(その10)

初稿:19/10/09


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:闇神の力を操る剣士。影の中は夏でも涼しいからそこで寝てる。

フィア:レディストリニア王国女王。暑いので寝る時は基本裸。

アリエス:筋肉ラヴァーな貴族。筋肉もやはり若い方が好み。

シオン:パーティのマスコット。ムキムキの肉体にちょっと憧れあり。

レイス:フィアを愛してやまないメイド頭。主人に近づく者は……

ギース:ガラの悪いヤンキー。さっさとスラム街でのんびり生活したい。

カレン:食毒を意図せず作るスペシャリスト。弟分に早く幸せになってほしい。

イーシュ:鳥頭。彼に幸せはやってくるのか。




「うおおおぉぉぉぉぉぉらぁぁぁぁっっっっ!!」


 迫りくる巨大な拳めがけてイーシュは自身の剣をぶつけた。

 熱せられた剣と泥に含まれる水分が接し、ジュウ、と音を立てる。拳の中に剣がめり込んでいき、だがその刃が拳を斬り裂ききる前に別の拳が襲いかかった。


「危ないっ!!」


 シオンが割って入り、両手を前に突き出した。手のひらから蒼い光が発せられ、地と水の混合魔法の壁によってゴーレムの拳を逸らしていく。

 だが逸らしたとはいえ威力に耐えきれず、壊れた壁が今度は攻撃となって二人に襲いかかった。


「うっ、しまっ……!」


 奪われる視界。歯噛みしたシオンの体をゴーレムは掴み上げた。そのままシオンの体を壁へと叩きつけ拘束。衝撃が内蔵を押しつぶし、シオンの口から吐瀉物が絞り出された。


「こんにゃろうっ! シオンを離せっつうんだよっ!!」


   シオンを掴んだ腕をイーシュの双剣が斬り裂く。切り離された腕は力を失ってシオンを解放した。それを認めて「へっ!」と笑ったイーシュだったが、自身の背後に迫るもう一体のゴーレムに気づくのが遅れた。


「ぁっ……!!」

「げほっ、ごほっ……イーシュさんっ!」


 殴り飛ばされ、土壁を破壊して瓦礫にイーシュが埋もれていく。シオンは自身の痛む体にムチを打ち、倒れたまま血を吐き出しているイーシュに回復魔法を掛けた。


「っぇほ……っつぅ、助かるぜ、シオン」

「いえ、こちらこそありがとうございました」


 ズン、と地響きが伝わってくる。二体のゴーレムたちはゆっくりとした動作でシオンたちへと近づいてくる。が、駆け寄ってきてまで二人を攻撃する様子はない。そうしている間にも回復魔法が完了し、イーシュの顔色も良くなっていった。


「……体の調子はどうですか?」

「おう、バッチシ! ……って言いたいところなんだけどな。ちょっときついのがホントのとこだよ。

 それより、アイツら最初よりも段々と強くなってる気がしてんだけど、どうよ?」

「はい、僕も同じこと考えていました」


 この場所に来て最初の攻撃を受けた時、派手ではあったもののイーシュはほとんどダメージを受けていなかった。敵が二体に増えても問題なく立ち回れていたし、敵を倒せてこそいなかったがどちらかといえば優位に進められていた。

 だというのに今しがたイーシュが受けた攻撃。間違いなくイーシュは相当なダメージを受けていたし、当初は問題なくゴーレムの攻撃を受け流せていたシオンの魔法も通じなくなってきていた。

 そして。


「……」

「どした、シオン?」

「あ、いえ。なんでもないです」


 そう言いつつもシオンは自分の魔法に違和感を覚えていた。なんとなく、回復魔法の効きが悪い、そんな気がする。


(敵が強くなってるんじゃなくて……僕らが弱くなってる?)


 だが、どうして。

 シオンがその問いの答えに至る前に、ゴーレムたちがその拳を振り下ろした。


(考えるのは後……じゃなくてっ!)


 相談を切り上げ、二人は異なる方向に走り出した。直後に轟音と礫が四方に降り注ぎ、モクモクと土煙が舞い上がっていく。


(考えるんだ……今は、敵を倒す方法を……!)


 攻撃がまともにできない自分ができることは考えること。思考を止めるな。そうやって自分はここまで冒険者としてやってきたのだ。


(最初の一体の時……首元を攻撃すればゴーレムは倒れた)


 一般的なゴーレムの倒し方は、上半身を跡形もなく破壊するか、あるいは胸元にある「核」を破壊することだ。おそらくはその時のイーシュの攻撃も浅くではあるが核を傷つけたのだろう。だから回復が遅かった。キーリの様に一撃でゴーレムを破砕できる程の攻撃力は二人にはない。だったら今度こそ核を壊してしまうしかない。


「イーシュさん、胸元です! 普通のゴーレムと同じ様に胸にある核を狙ってくださいっ!!」

「分かったっ!!」


 イーシュが応じ、ゴーレムの拳を受け流すとその隙に胸元を攻撃しようとする。が、ゴーレムは二体ともイーシュの方に向かっており、イーシュが攻撃対象としていなかったもう一体が妨害してくる。そのせいで思うように行動ができない。

 それでも何とかイーシュは跳躍してゴーレムの胸元を傷つけた。炎を剣にまとわせて泥の中に切っ先が食い込んでいく。一瞬、ゴーレムは動きを止めるが、すぐにまた動き始めた。


「ちっ……ちょっと浅かった……!」


 しかし方針が有効であることはイーシュにも理解できた。ならば、とイーシュは自身を励ますように口元を緩め、防戦に努めながらも虎視眈々と次の機会を伺った。

 シオンもまた自分の考えが間違っていなかった確証を得られ、「よしっ!」と拳を握りしめる。後は、なんとかして自分が一体でもゴーレムを引き付け、イーシュによって各個撃破にもっていければ勝利が見えてくる。そうすればいい、はずだ。


(そうすればここを脱出できる――)


 そのはずだ。

 だが倒せたとして――


(本当に……これで終わってくれる?)


 二体を倒しても今度は三体。三体を倒したら次は四体、五体、六体……延々と戦いは続くのではないか。終わりがないのではないか。力尽きるまで永久に――この世界に囚われ続けるのではないか。


「シオンっ!?」

「っ……!?」


 すぐ横で叫んだイーシュの声でシオンはハッと我に返った。ゴーレムを挟んで対局にいたはずのイーシュが直ぐ側にいて、当然ゴーレムも二体ともすぐ目の前にいた。

 立ち尽くしていたシオンはその姿に反応できなかった。ゴーレムがすぐそこにいる。それは認識していても、理解が及んでいなかった。


「何やってんだよっ!!」


 その横っ面をイーシュに殴られ、シオンは地面に転がった。強かに体を打ちつけ、痛みにうめきながら目を開けた。

 彼の頭上を、何かが通過した。

 ひしゃげる音、そしてぶつかる音。シオンが振り向き、そこで何が起きたのかを知った。

 壁際でイーシュが動かなくなっていた。ぐったりと壁にもたれ、眼や口は半開きのままだ。

 シオンは青ざめた。


「イーシュさぁんっっっ!!」


 シオンの叫び声でイーシュの体がピクリと動いた。意識を取り戻したようで、彼は軽く頭を振ると壁を支えにしながら立ち上がった。


「へへ……そんな声出すなって、シオン。こんくらい、屁でもねぇ。シオンの方こそ怪我ないか?」

「僕の事より――」

「お前が無事な事が大事なんだよ」


 駆け寄るシオンを遮って告げ、イーシュは剣を握る。頭から流れた血が地面を濡らし、剥がれた爪からも滴り落ちる。それでもイーシュは双剣を構えた。


「俺はお前たち仲間の盾なんだ。盾ってのは、自分を犠牲にしても奥にいる奴を守るもんだ。盾が無事でも守るべき奴が傷ついたら意味がないんだぜ、シオン」

「で、でも……」

「お前は俺が何としても守ってやる。だからシオン。お前はコイツらをパァッとぶっ倒す方法を考えてくれよ」


 イーシュは傷だらけの顔を向け、ニッと笑った。


「頼りにしてるぜ、我らがリーダー……よっ!!」


 シオンを置いて駆け出すイーシュ。相手の射程内に入り込むと腕を振り回すゴーレムたちの攻撃を避け、受け流し、一人で立ち回っていく。ゴーレムの一体がシオンの方に向かおうとすると、すかさずそちらに攻撃をしかけて決してシオンへと向かわせない。

 一見した限りでは、イーシュの立ち回りは成立しているかのように見える。しかし彼の得意な防戦だからこそ踏み留まれているのであって、しかも怪我の影響か反応に遅れが見え隠れしていた。


(僕のせいだ……)


 自分がぼぅっとしていたからこの事態を招いた。取り返しのつかない失態。シオンはうつむき下唇を噛んで体を震わせた。

 視界がにじむ。その事に気づき、すると彼はすぐに冒険者らしからぬ華奢な拳を壁へと叩きつけた。


「……泣いてる場合じゃない」


 しっかりしろ、自分。リーダーなんだろ? なら、自分で自分の失態は挽回してみるんだ。目元を乱暴に拭い、シオンは二体のゴーレムを睨みつけた。そして大きく息を吸い込む。


(ちょっと前にカッコつけて、自分で言ったばっかりじゃないか……)


 諦めなければ道はできる。生きている限り、チャンスはあるんだ。

 各国首脳の前で言ってのけたセリフ。別にハッタリでもなんでもなく、あの時は本気でそう思った。なら今回だって同じじゃないか。


(倒しても倒してもゴーレムがでてくるなら……倒し続けてしまえばいいんだから……!)


 何度だって何体だって倒し続ける。そうすればいつかきっと道は開ける。だが、シオン一人ではそれは不可能だ。


(僕が……攻撃魔法が使えたら)


 そうしたらみんなの戦いにもっと貢献できるのに。そう思った回数は数え切れない。攻撃魔法の練習も暇さえあればやってみた。その成果もあって、ごく初級の簡単な魔法であれば使えるようにはなったが、それでさえ未だ制御が覚束ない。なんにせよ、現状では使えないという表現が適切であった。


(だから……代わりに頭使えよ、僕……!)


 攻撃魔法じゃなくっても、攻撃に使うことはできる。単なる妨害に留まらない、直接的にゴーレムを攻撃できる方法があるはずだ。


(よく見ろ、よく見るんだ……何か攻略のヒントがあるはずなんだ……!)


 つぶさにゴーレムとイーシュの戦いを観察する。岩のように硬い拳がイーシュをかすめ、かと思えばすぐに形を変えて押しつぶそうと手のひらを広げる。泥の体は巧みに姿を変え、イーシュの死角に手を伸ばして背後から叩きつぶそうとしてくる。図体のでかさを活かした攻撃力もそうだが、その変幻自在さが最も驚異であった。

 せめて、せめてその自由な変化を制限できれば――


(変、化……?)


 ああもゴーレムが自由に体を変化させられるのは何故か。シオンは引っかかりを覚えた。

 普通のゴーレムは岩石の様に硬いものであり、その硬さは体のどこでも変わらない。今対峙している敵のように体の一部分だけを硬くしたり柔らかくしたりなどできないし、身体を変形などさせられようもない。

 ではその違いは何処から来ているのか。普通のゴーレムとの違いは何か。構成物質? 魔素の含有量? ゴーレム足らしめている魔法式の違いか?


「――ぉぉぉらあああぁぁぁぁぁっっっっ!」


 自身に迫ったゴーレムの腕をイーシュが弾き飛ばした。その拍子に泥が飛び散り、シオンの足元にも張り付く。シオンはそこに手を差し込んですくい上げた。


「――そうか……水だっ……!」


 シオンは即座にひらめいた。通常のゴーレムとの違いを生み出している要素。それが水。

 土の粒子同士を引きつける媒体となる水を自在に操り、それによって硬さや形を変化させていた。通常ならば切り離されるほどに変形させても、強化された水の吸着力によって本体からの離脱を抑えてまた同じ個体として体積を変えずに活動ができる。そう気づいたシオンは、その事自体が弱点となることにもまた気づく。


(難しいけどやってやれないことはない……! でも……)


 このゴーレムを倒す手段は思いついた。従来の魔法理論では不可能でも、キーリやシェニアと共同で構築した理論ならそれが実現可能であることも確信がある。

 落ち着いて行使できる環境であるならば。

 荒れ狂うゴーレムの豪腕の中に身を晒し、失敗すれば致命傷を負いかねない。そんな状況で複雑な魔法理論を行使できるか。純粋な魔法論よりも、その点が非常に難しい。


(やれるのか……僕なんかに……)


 弱気の虫が顔を覗かせる。喉がカラカラに乾き、心臓が痛いくらいに早鐘を打つ。緊張に呼吸が乱れ、失敗した時の恐怖が恐ろしいまでの現実感をもって頭の中を過った。


「やるんだ……」


 一歩を踏み出す。震える脚を叩き、シオンは覚悟を決めた。が、本能が警告しているのか飛び込めるだけの力が脚に入らない。


(行くんだっ……!)


 行かなければ後悔する。シオンは地面を蹴った。だが力が十分入らない脚では中途半端だった。

 近づいていくゴーレムとの距離。だが頭の中で思い描いていたイメージと異なる。このままだと――タイミングが合わない。


(ダメだ……! 失敗した……!)


 ゴーレムによって自身が打ち砕かれるものへとイメージが置き換わっていく。それでもシオンは諦めない。何とか抗おうと刹那の時の中でもがいた。

 その時――背中が押された気がした。


(よく……踏み出し……た、ね……)


 体が加速していく。拳をイーシュめがけて振り上げたゴーレム。それとの距離が一瞬で小さくなった。

 そして。


「……ぐ、ぅぅう……!!」

「シオンっ!?」


 間に合った。




お読み頂きありがとうございました。

引き続きお付き合いくださいませ<(_ _)><(_ _)>

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