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6-9. 眠りしは北の地(その9)

初稿:19/10/05


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:闇神の力を操る剣士。影の中は夏でも涼しいからそこで寝てる。

フィア:レディストリニア王国女王。暑いので寝る時は基本裸。

アリエス:筋肉ラヴァーな貴族。筋肉もやはり若い方が好み。

シオン:パーティのマスコット。ムキムキの肉体にちょっと憧れあり。

レイス:フィアを愛してやまないメイド頭。主人に近づく者は……

ギース:ガラの悪いヤンキー。さっさとスラム街でのんびり生活したい。

カレン:食毒を意図せず作るスペシャリスト。弟分に早く幸せになってほしい。

イーシュ:鳥頭。彼に幸せはやってくるのか。




 キラキラと氷の結晶が光を反射して美しい顔を見せる。眼がチカチカとする程に絶え間なく輝き、そういった景色が好きな人物であれば感嘆の声を上げていつまでも眺めていたいと考えるだろう。

 だが今のアリエスたちにそんな余裕はなかった。

 細雪のように舞っていた結晶が一気に牙を向く。無数の弾丸となり、全身を蜂の巣にせんとばかりに襲いかかってくるそれを、アリエスは氷の壁を作り出すことで防いでいく。

 一つ一つの威力こそ高くはないが、おびただしい数の結晶がガリガリと氷壁を削っていく。その音がアリエスの神経をすり減らしていく。しかし厄介なのは、その結晶が自在に操られているということだ。


「っ、このっ……!」


 壁を回り込むようにして侵入してきた結晶を、アリエスとレイスは後方に跳ぶことで回避した。だが結晶群は術者の意思をくんで彼女らを追いかけていく。


「……っ!」

鉄壁の氷ハード・シールド・オブ・アイシクル!!」


 レイスは氷の天井を蹴り飛ばし、反動で方向を転換。アリエスは再び分厚い氷を作り出して攻撃を防ぐ。

 天井から真っ逆さまに落下していくレイス。彼女は空中で姿勢を変えると、手に持ったコンバットナイフを地面に突き刺した。そしてその反動を利用して地面と平行方向に回避する。

 メイド服のスカートを翻した直後、ナイフが突き刺さった場所に無数の塊が着弾する。けたたましい音を立てて地面を穿ち、小さなクレーターを次々と作り出していく。だがそれもすぐに消え、元の整った地面へとまたたく間に修復されていった。


「レイス、大丈夫ですの?」

「はい、問題ありません」

「ならいいですわ。しかし……とんでもない相手に好かれてしまったものですわね」

「それはこっちのセリフよ」


 結晶だったものが集合していく。それらは何人もの小さな精霊を形作り、クスクスと楽しげな笑い声を上げて反響する。そしてその奥から、カツカツと足音をさせて長身細身の美女が二人の前へと進み出た。

 ウンディーネは腰に手を当てて仁王立ちになると、唇を尖らせた。


「まったく……前々から知ってはいたけど、なんで人間なんかがユキ様のお側にいるのよ」

「気に食いませんか?」

「当っっっったり前じゃないっ!!」


 クワッ、とウンディーネは眼をひん剥いた。


「ユキ様の傍には私がいたかったのにっ!! ずっとずっとずーっっっと、神になられてからあれこれお世話させて頂いたユキ様は私のものなのよっ!! あんな仕事ばっかり押し付けてくる上司なんかじゃなくて、ユキ様の代行者になりたかったわよ!」

「……ウンディーネは水神様の代行者なのですわよね?」

「あんなわがままクソッタレ上司、こっちからお断りしたかったわよっ!!」


 部下から散々な言われようである。さっきから神や精霊に対するイメージ崩壊が止まらない。自身も貴族として多くの配下を束ねる立場であるアリエスは、部下には任せられない仕事も多い。当然、任せられる仕事は徹底的に部下へ投げるしかなく、それを知る彼女は水神への同情を禁じえない。

 と、思ったのだが。


「だいたいあのバァカ女神は普段から仕事しろってのよ。暇さえあれば、いえ、暇なんてなくても私に仕事押し付けてユキ様ユキ様とベタベタベタベタしやがって……確かにユキ様は可愛くて可愛くてずっとギュギュッとして抱き枕にしたくて匂いクンクン嗅ぎたくて嗅ぎたくて仕方ないって点は激しく同意だけど――」


 どうやらどっちもどっちらしかった。アリエスは懐いた水神への同情を心の中で蹴り飛ばした。


「私だって私だってユキ様を抱っこして全身をこの水で包み込んであげたいのに……我慢して、付かず離れずがお好きなユキ様の前では澄ましたクールな女を演じてたのに……」

「そのお気持ち、非常にご理解申し上げます」


 良く分からない世界である、と半ば理解を放棄したアリエス。彼女に反して、お嬢様ベッタリのメイドには感じ入るところがあったらしく、溢れ出る何かを堪えるように顔を伏せた。


「貴女には私の気持ちなんて分からないわっ……!」

「いいえ、少なくとも愛してやまないというそのお気持ちは理解できるつもりでございます。私にも愛しい愛しい仕える主人がおります……その方がとある殿方と二人で歩いている時は……ナイフで滅多刺しにしてやりたくなったことも一度や二度ではありません」


 どうやら中々に危機的な状況だったらしい。レイスの言う「殿方」が誰であるかをよく知っているアリエスは冷や汗を流した。


「そう……貴方も辛かったのね」


 ウンディーネはそっと指先で目元を拭った。


「はい、ですのでウンディーネ様も――」

「でもそれとこれとは話は別なのよっ!!」


 猛吹雪がアリエスたちに吹きつけ、再び視界が白く閉ざされていく。


「ウンディーネっ!!」

「私たちはここから離れられない。ならユキ様を助けに行く人間が必要なのは理解してるわ。であれば、貴女たちがユキ様のお傍に控えるに相応しい人間か、テストしてあげるっ!!」

「……本音は?」

「私だってユキ様との時間を共有したかったのに……それを人間なんかに先越されたなんてやっぱり悔しいのよっ!!」

「八つ当たりっ!?」

「そうよっ!! 何が悪いの!?」

「しかも開き直りましたわ!」

「本気でユキ様の隣に立ちたいのであれば……私にその資格を見せてご覧なさいっ!!」


 白いカーテンの後ろにウンディーネの姿が消えていく。変わって精霊たちがその中に次々と浮かび上がってきた。


「まったく……あの女の何処が良いのか、やはり精霊の考える事は理解できませんわ」

「私はお気持ちがよく理解できましたが」

「貴女は特殊なんですわよ」


 ぼやきながらもアリエスはエストックを強く握りしめ、再び戦闘態勢を取った。


「ですけれど……確かに神を倒そうというのに、精霊ごとき(・・・)に四苦八苦しているようでは情けない限りですわね」

「そうですね。私も早くお嬢様の元に戻りたくなってきました」

「なら――さっさとあのヒステリー精霊の躾をしてしまいますわよっ!!」


 囁くような精霊たちの笑い声が止む。代わって空中に水が現れ、自在にその形を変化させやがて鋭い切っ先を持った杭が大量に浮かんだ。

 それが二人に高速で迫ってくる。


「ユキ様の隣は渡さないわよっ!!」

「その重い愛をなんとかしなさいってのぉぉぉぉっ!!」


 貫こうとしてくる攻撃を交わし、二人は白いヴェールの中めがけて走り出す。

 無事にユキを連れ戻したら、少しは彼女に優しくしてあげようと思いながら。






 イーシュとシオン、アリエスとレイス、そしてカレンとギース。氷の壁に浮かび上がった映像では、それぞれが異なる場所で精霊たちと戦っている。その様子をキーリとフィアは見つめていた。

 地精霊、水精霊、風精霊を相手に各々が必死に戦い、抗っている。だが分が悪いのは二人の眼にも明らかだった。始めは拮抗していたが徐々に押され始め、どのペアも防戦一方になっている。


「みんな……」


 祈るような心持ちでフィアの口から漏れる。そして一度息を吸うと、眉間にシワを寄せて振り向くと、同じ表情をキーリが浮かべていた。


「これが、アンタの言う『試す』ってやつか」

「そのとおりです。光神様……いくら風神様方が力を削いだとはいえ人間を遥かに越えた存在です。あの方に立ち向かうには彼らはあまりに脆弱。私どもの力を貸し与えるにもまだ『器』が足りません」

「……だから無理矢理にでも広げようってか?」

「あまり時間がないのでしょう? 耐えきれずに壊れてしまうのであればそれまで、ということです」


 穏やかな表情のままそう告げるシルフェニアに、フィアはやはり人間とは感覚が違うのだということを感じざるを得ない。人を理解しても共感はできないと彼女は言ったが、理解しているかも怪しいと思う。


(だが、それを言ったところで仕方がない、か……)


 聖痕――神威を持たない以上、荒療治も受け入れてもらうしかない。無事に乗り越えてくれ、と祈りフィアは前を向いた。


「分かりました。それで、我々は何をすれば宜しいでしょうか?」

「こちらへ」


 シルフェニアに誘導されて二人は進んでいく。その先にあったのは四角い部屋らしい場所だった。

 四方の壁には、座のような物があり、しかし何も置かれていない。


「ここは……」

「神々がお休みになられている、まさにその場所です。ここが最も存在を近く感じられる場所でもあります」


 例えるなら、四方の座は神々のベッドの様なものか。キーリはそう理解しつつ視線でシルフェニアを促した。


「キーリ様は部屋の中心へ。スフィリアースは炎神様の座へお掛けください」

「神がお座りになられるところだが……良いのですか?」

「構いません。その方が炎神様も存在を感じ取りやすいでしょうから」


 ならばとフィアは炎神の座へ。そしてキーリは彼女と向かい合って中心へ座る。


「ではその状態で力を解放ください。強くユキ様の存在を、そして炎神様のお力を感じればそれだけ強く神々を揺り動かすことになるでしょうから」

「座を傷つけることになるかもしれないが、構わないのか?」

「問題ありません。座は『物質』ではなく精霊たちが作り上げたもの。炎神様がお座りになられても壊れない代物ですので」

「分かりました。では――」


 フィアは眼を閉じ、内に漂うイグニスの力を解放した。

 彼女の赤い髪が揺らぎ、胸元がまばゆく光る。白味がかる程に高温の炎が舞い上がっていき、部屋全体を朱に染め上げていった。さらにそこにやや黒い線が混じっていく。炎はそれを燃料とするかのように一層高く燃え上がる。


「すごい……! 人間がこれほどまでに炎神様のお力を操ることができる、とは……? いえ、これは……? ユキ様の力も混じっていらっしゃる……?」

「おい、シルフェニア」

「なんでしょう?」

「さっきお前はアイツらを試すって言ってたけどよ――お前こそ気をつけてろよ?」


 感嘆しながらも炎からユキの気配を感じ取り怪訝に首を傾げたシルフェニアに注意を促し、キーリは自身の内へと意識を集中させた。

 ぬるり、と黒いものが染み出した。それはうねりを伴って広がっていき、ボコボコと泡立つ。跳ね上がった粘性の高い液体はまるで触手のような形に変わり、やがて人の手へと形を変えた。

 助けを求めるように、それらが蠢く。無数の手を作り出しながら染み出した液体は部屋を侵食していき、やがて浮かんだ黒い手が再び飲み込まれ、代わって一層その黒さを増していった。


「これは……」


 その染みはシルフェニアの足元にも到達し、彼女は敢えて動かずに広がる沼に浸かった。

 その瞬間、シルフェニアの体が崩れ落ちた。文字通り作り物だった人の形が崩壊し、しかしすぐに離れた場所で再生する。その体は先程よりも薄く、表情は苦しげ。だというのに、彼女は歓喜に頬を赤らめていた。


「まさに……! まさにこれこそユキ様のお力……! ああ、なんと純粋な魔素なのでしょう……! これならば……これならばきっと風神様も――」

「――、――」


 その時、何かがざわめいた。シルフェニアがハッと気配のした方向を振り返り、風に乗って翔んでいく。

 彼女の姿を見てキーリたちは首を傾げた。が、直後、フィアは自身の背後で炎が一際高くそびえ上がったのを見た。

 左右に広がった炎が部屋を照らす。明るく、だが何処か柔らかく。包み込むような暖かさと力強い確かな熱が降り注ぐ。それがキーリの作り出した影の侵食を食い止め、入り混じっていく。


「…久……い……な、……の、感覚……」


 跡切れ跡切れながら声が聞こえた。音としては不明瞭。しかしフィアとキーリには確かにそれが届いた。


「貴女が……炎神様、なのですか……?」


 炎が揺らめく。それが肯定だと直感で分かった。

 さらに――


「光が……!」


 フィアが座っている場所とは異なる、残りの三つの座からも光が立ち上っていく。

 凛とした青い光。黄色がかった流れるような光。どっしりとした赤茶色の光。それぞれ異なる色合いがまばゆいばかりに世界を彩っていく。キーリたちはその鮮やかさに眼を奪われた。

 それぞれの座に光が降り注いでいく。やがて、ノイズがかったモニターのように乱れながらも神の台座上に各々の姿が現れる。

 キリッとした鋭い眼差しを向けてくる女神、風神。ふわりとした青い髪で柔らかく微笑む女神、水神。そしてつるはしの様な物を抱えて眠たげな顔つきの女神の地神。

 四体の神が今、全て眼を覚まして集ったのだった。





お読み頂きありがとうございました。

引き続きお付き合いくださいませ<(_ _)><(_ _)>

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