6-8. 眠りしは北の地(その8)
初稿:19/10/02
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:闇神の力を操る剣士。影の中は夏でも涼しいからそこで寝てる。
フィア:レディストリニア王国女王。暑いので寝る時は基本裸。
アリエス:筋肉ラヴァーな貴族。筋肉もやはり若い方が好み。
シオン:パーティのマスコット。ムキムキの肉体にちょっと憧れあり。
レイス:フィアを愛してやまないメイド頭。主人に近づく者は……
ギース:ガラの悪いヤンキー。さっさとスラム街でのんびり生活したい。
カレン:食毒を意図せず作るスペシャリスト。弟分に早く幸せになってほしい。
イーシュ:鳥頭。彼に幸せはやってくるのか。
「う……」
クラクラする頭を押さえてシオンは起き上がった。まばたきの先にあったのはどこかの天井。迷宮内のそれに似ている気もするし、逆に全く違うものにも見える。
はて、ここは何処だっただろうか、と思考が流れていき、そこではたと先ほどまでの状況が蘇ってきた。
「そうだ、みんなはっ!?」
シオンは慌てて周囲を見回した。だが何かに吹き飛ばされる直前まで一緒だったはずの仲間たちの姿がない。不安と戦慄が胸に去来し、シオンのこめかみを冷たい汗が流れ落ちていった。
「う……あ、あれ……?」
彼の耳に微かにそんな声が届く。とても小さな声だったが狼人族特有の優れた聴覚は確かにその声を拾い、振り向けばさっきまでいなかったはずのところにイーシュが倒れていた。
「イーシュさんっ!」
「あてて……あ? シオンか。良かった、無事だったんだな……ってお前一人なのか?」
シオン同様に頭を押さえながら立ち上がり、周囲を見るも新たに誰かが現れる気配はない。シン、と静まり返った不思議な空間が広がるばかりだ。
「どうやら僕らだけ……みたいですね」
「キーリたちの後ろを歩いてたと思ったんだけどな……いったい何がどうなってんのやら……」
「僕も同じです。気がついたらここで倒れてて――」
話しながら二人は同時に奇妙な視線を感じた。バッと勢いよく振り向き、しかしどこにも何もない。気のせいか。いや、二人揃って気のせいなんてことはないはず。ではどこで。目線だけでそんな会話を交わし、何気なく視線を落とした。
そこに――眼があった。
「っ……!」
デコボコとした触感の地面から、整った形の眼だけが二人を見上げていた。ジッと観察するようにただ見つめている。不気味なその視線から逃れるように、二人は距離を取った。
「な、なんだぁコイツ……!?」
「分かりませんけど……特に何かしてくる様子はない――!?」
再び視線を感じ、シオンは振り向いた。すると暗がりの中に一対の眼が現れた。
いや、一組だけではなかった。二つ、三つ、四つ……次から次へと眼がどこからともなく現れ、二人を見つめている。
そして顕わになったのは、シオンの膝くらいの高さしかない小さな人型の集団だった。
「の、ノーム?」
どこかの図書館で見た地精霊の姿がシオンの頭に過る。記憶の中のそれと眼前の小人たちの姿は酷似している。しかし描かれていたその図書ではいたずらっぽい、もっと人懐こい表情をしていた。
だが今はどうか。ノームたちはじっと何かを見定めるように二人を睨めつけている。そこに友好的な気配は微塵も感じられなかった。
イーシュは無言で剣を抜いた。
「どうやら俺たち嫌われてるみたいだぜ?」
「少なくても、何か尋ねて期待した反応は返ってこないでしょうね」
「キーリの野郎のせいって事でいいよな? 美人のお姉さんをぶった斬りやがったから怒ってんだよ」
「ノームは地精霊だから関係ないでしょうけど、今はそういう事にしておきましょうか」
とりあえずの濡れ衣をキーリに被せ、相手の様子を伺っているとノームたちが動き始めた。
小さな体を弾ませて積み重なっていく。それは見る見るうちにイーシュたちよりも遥かに大きくなっていき、やがてノームたちの体がドロドロと溶け始めた。黒い泥となり、固まっていき、やがて――巨大なゴーレムが現れた。
「……おいおい、マジかよ」
ただのゴーレムであればいい。その程度の敵、何度だって戦っているし今やイーシュ一人でも勝てる相手だ。だが今、目の前にいるのは地精霊でできたゴーレム。姿形は同じでもレベルが違う。目と鼻の先で対峙している二人は、ハッキリとそれを感じ取っていた。
そして、敵が動いた。
ズン、とゆったりとした動作で地響きを一度轟かせ──
直後、加速した。
「速いっ!?」
気がつけば眼前にゴーレムが迫っていた。日頃から迷宮内で素早さが特徴のモンスターとも対峙していて慣れているはず。だが二人共、目の前にいるゴーレムの動きに十分な反応ができなかった。
泥の腕が振り上がる。やや遅れて認識が追いつき、二人が急ぎ後ろに飛び退く。直後に腕が地面に突き刺さり、泥が四方へ飛び散っていった。
「速ぇ……! けどこの程度なら――」
「イーシュさんっ!!」
シオンの叫び声にハッと気づく。自分のすぐ横に、すでにゴーレムがいた。
巨大な腕が横薙ぎに振るわれる。固まった拳がイーシュを強かに捉えた。地面と平行に弾き飛ばして土の壁に体がめり込み、土埃を撒き散らした。
「大丈夫ですかっ! イーシュさん、イーシュさん!!」
焦りがシオンを襲う。叫んでもイーシュから反応はなく、土煙のせいで姿も見えない。
重症かもしれない。早く、治療をしなければ。回復魔法を頭の中で詠唱しながらシオンはイーシュの元へ向かおうとした。が、その脚が動かない。
「これは……!?」
気づけば、シオンの脚が泥沼の中にはまっていた。それは自分が敵モンスターを足止めする際に使う魔法と似ていて、脱出しようともがけばもがくほどにズブズブと沈んでいく。
「くそぉっ……早くっ……!?」
影がシオンの小さな体を覆い尽くした。
泥のゴーレムが遥かに高いところから彼を見下ろしていた。黒い顔の中で、一対の瞳が白く輝く。そして頭上にあった両腕が、シオンめがけて全力で振り下ろされていった。
「……っ!」
眼を閉じ、来る未来を覚悟した。だが彼の耳に届いたのは衝突音と一人の雄叫び。
「おおおおおおおおおおおっっっっっっっっ!!」
「イーシュさんっ!」
二本の剣を交差させ、シオンの前に立ってゴーレムの腕をイーシュが受け止めた。踏ん張ったイーシュの脚が後ろに滑り、しかし一歩分以上の侵攻を許さない。
「ぉぉぉぉぉおおおおおおおおらあああああぁぁぁっっっっ!!」
裂帛の声が上がり、イーシュの握る剣が輝き始める。やがてそれは赤い炎をまとい、周囲を明るく照らしていく。
そしてゴーレムの拳を斬り裂いた。
「……■■■――!」
「ほぉら、もういっちょぉぉぉぉっっ!!」
イーシュが跳んだ。炎をまとった赤い剣をゴーレムの腕に叩きつけ、斬り裂く。確かな剣技で以て振るわれた剣は、またたく間に泥の腕を細かく斬り刻み、やがてその首をも斬り裂いた。
音を立ててゴーレムが倒れていく。その振動を感じながらシオンは呆然とし、イーシュは「へへっ」とガキ大将の様に鼻を擦った。
「どーよ、シオン? 俺だってやりゃできんだぜ?」
「凄いです、イーシュさん……! って、だ、大丈夫なんですかっ!?」
「大丈夫って、何が?」
「何がじゃないですよっ! ゴーレムに殴られて壁に叩きつけられたのに……」
「ああ、あれ? いや、確かにすっげー痛かったんだけどさ。けど『シオンがやべぇっ!?』って思って跳んでみたら意外と痛みはねーし体も軽いし、『こりゃひょっとするといけんじゃね?』って」
「……イーシュさんもついにキーリさんみたいに人間離れしてきましたね」
「あんなヤツと一緒にすんじゃね―っての!」
「でも怪我がなくて良かったです」胸を撫で下ろしつつ、イーシュの持つ剣に視線を落とした。「それにしても、いつの間に炎神魔法使えるようになったんですか?」
「ん? コイツか? んー、いや、別に炎神魔法を使ったつもりはねぇんだけどさ、あのゴーレムって泥みたいだったじゃんか? 水っぽいやつだから火だったら効くんだろうなって。で、フィアがよく剣に炎まとわせてぶった斬ってっから俺も真似できねぇかなぁって思ったらできた」
「火はどちらかと言えば水に弱いとは思うんですけど……」
何ともあっけらかんと話すイーシュ。魔法については一角の人物であるシオンにはそれが決して簡単なことではないとよく知っている。フィアだからこそ容易くできているのであって、普通の冒険者が思いつきでできるようなことではない。
(感覚だけでやってのけるなんてそんな……いや、でも馬鹿と天才は紙一重って言うし……)
中々に失礼なことを考えていたシオンだったが、イーシュはそれを知る由もなく、剣を鞘に納めてキョロキョロと見回した。
「しっかしアイツら何処行ったんだろうな?」
「こうやって戦っても、近くにいる様子もありませんし……もしこれが精霊王の仕業だとしたら、どこか違うところで同じ様に戦ってる可能性が高いかなって思います」
「アイツらの事だからボコられてるってこたねぇだろうけどな。
うしっ! んじゃ俺らは俺らで帰り道を探しに――」
――行こう。そう口にしかけ、だが彼らの背後で二つの大きな影が立ち上がった。
「あ……?」
先程倒したゴーレムと同じく、泥を滴らせながら二人を見下ろす。それも、左右両方から挟み込むような形で。
「……こいつぁやべぇ、かな?」
まだまだこれからが本番だ。決してゴーレムが口を開くことはなく、しかしそう語りかけるかのようにシオンたちを見下ろす二対の瞳が細められたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きお付き合いくださいませ<(_ _)><(_ _)>




