6-6. 眠りしは北の地(その6)
初稿:19/09/25
<<<登場人物紹介>>>
キーリ:闇神の力を操る剣士。影の中は夏でも涼しいからそこで寝てる。
フィア:レディストリニア王国女王。暑いので寝る時は基本裸。
アリエス:筋肉ラヴァーな貴族。筋肉もやはり若い方が好み。
シオン:パーティのマスコット。ムキムキの肉体にちょっと憧れあり。
レイス:フィアを愛してやまないメイド頭。主人に近づく者は……
ギース:ガラの悪いヤンキー。さっさとスラム街でのんびり生活したい。
カレン:食毒を意図せず作るスペシャリスト。弟分に早く幸せになってほしい。
イーシュ:鳥頭。彼に幸せはやってくるのか。
「てっきりユキ様がご帰還されたのだとばかり思ったのだけれど」
アリエスにまたがったまま、吐息が掛かるほどの距離にいた蒼い髪色の女性は残念そうにつぶやいた。アリエスは倒れた状態でしばし呆然とその女性を見上げていたが、自身と彼女の体勢に気づくと顔を赤くした。
「ちょ、ちょっとどどどどいて頂けませんことっ!?」
そう言ってアリエスは女性の肩を押し返そうとした。だが彼女が触れた途端、自身の腕が体の中にズブズブと入り込んでいき、氷水の中に突っ込んだかのようにキンとした感触がした。驚いてその手を引っ込めるが、その女性はそんなことには頓着せずにクンクン、とまるで犬のように鼻を鳴らし匂いを嗅いでいく。
「けど確かにユキ様の匂いがするんだけど……ねぇ、貴女? ひょっとして――ユキ様とご懇意だったりするのかしら?」
気配が、凍りついた。そんな気がした。いや、気のせいではない。アリエスを取り囲む全てがピキピキと音を立てて凍りついていき、氷のドームが出来上がっていく。その発生源は紛れもなく目の前の女性であり、間違いなく自分に対して敵意を向けている。
アリエスには分かった。これが――嫉妬であると。
「ちょ、ちょっとお待ちくださいな! ユキとは――」
「――呼び捨て? たかが人間が?」
あ、失敗した。アリエスは己の過失を悟った。
冷ややかな視線に比例して一層気温が急降下。剣呑な目つきに変わった蒼い女性の全身が青みがかったものに変化していく。
そして。
「ユキ様を侮辱したその罪、永久の牢獄の中で懺悔なさい――」
いよいよアリエスの全身を氷の牢獄が包み込んでいく。手足が氷に覆われ、下から上へと固まっていった。最後に止めとばかりに、鋭く尖った氷の杭がアリエスに向かって打ち込まれ――
「すまねぇが――」
「仲間を害するのは止めて頂けるだろうか?」
しかしアリエスの前に現れた影の中に杭が消え、同時に真っ赤な炎がアリエスを包んで氷を溶かしていく。
アリエスと女性の前に立ちふさがるキーリとフィア。さらに遅れてギースたち他のメンバーも姿を見せる。女性はキーリたちを一瞬睨んだが、直後に――げんこつがその頭に落ちた。
「~~……!」
「全く、何してくれてるのよ、この子はっ!!
……すみません、ウンディーネがとんだご無礼を致しました」
蒼い女性――ウンディーネの背後から現れた色白の女性。髪もサラサラとした白味がかった色合いで、ゆったりとした浅黄色のドレス姿の彼女はウンディーネを怒鳴りつけると、深々とアリエスたちにお辞儀し、謝罪した。
「本当にユキ様の事となるとウンディーネは見境がなくって……お怪我はありませんか、アリエス?」
「え、ええ……ところでどうしてワタクシの名を?」
「ふふ。私たちは風。世界のどこにでも精霊たちがいて、彼女たちを通して世界中を見ることができるのです。ですからもちろん他の方々のことも存じ上げております」
そう言うとギースが不愉快そうに舌打ちした。
「つまり覗き見が趣味ってことか」
「ちょっと、ギースくん! 失礼だよ!」
「いいのですよ、カレン。確かに人の子からすれば愉快なものではないでしょうから」
女性はギースの発言にも気を悪くした様子はなく、穏やかに微笑んでいる。表面的には人の良い女性の様だが、纏う雰囲気は明らかに人のそれとは異なる。彼女の髪は常に風になびいてふわりとし、ウンディーネと呼ばれた女性と違って浮いていた。
その姿に、幾分緊張しながらシオンが尋ねた。
「すみません、もしかして……貴女が風神様なのですか?」
「いいえ」女性は眼を伏せて首を振った。「風神様は未だお眠りになられております」
「では貴女は……?」
「申し遅れました。私はシルフェニア。お休みになられている風神様に変わりまして、今は私がそのお役目を代行しております」
つまりは、彼女が風の精霊王。正直なところ、ほぼ全員が会えることに半信半疑であったがこうして目の前にすると緊張が走った。
モンスターなどとは違った強い存在感があり、人とは明らかに違う。特に風に関して強い適性をもつカレンは、正面の女性の周囲にざわめく精霊の存在を感じ取れ、思わず自分の胸元に手を置いた。
「そして先程ご無礼を働いたこの子が水の精霊を束ねるウンディーネ。お気付きの通り、ユキ様にたいそう懐いていまして……」
「……アンタだって同じのクセに」
ぶすっとして口を尖らせるウンディーネ。彼女はジトーっとした視線を未だ向けていたが、その頭をシルフェニアはガシッと掴んだ。そしてギリギリと万力の様に指で締め付けていく。
「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいっっっっっっ!!」
「水神様の代行をする立場なのだからもう少し冷静に行動しなさいと諭しているのですが……この有様でお恥ずかしい限りです」
「……精霊様も大変ッスね」
まるでしつけをする人間の母親の様である。イーシュがしみじみと感想を漏らし、全員が揃って首を縦に振った。
「私が最も古きより存在していますから、これもお役目です」
「そうですか。
お二人のことは分かりました。それでここは……」
フィアたちは自身の周囲を見回した。
全体として黒っぽく、しかし暗くはない。はっきりと周囲が視認できるほどには明るく、だが壁らしき果てはどこにもない。足元はしっかりと踏みしめることができ、立っている体にも異常らしきものは感じられなかった。
「地の奥底、と申し上げましょうか……神々がお休みになられている、人の手の届かない寝所。魔素のみで作られた特殊な空間と申し上げればご理解頂けるでしょうか?」
説明を聞き、フィアは王家の迷宮、その最深部のような場所かと当たりをつけた。
「さて、ついでですので地神の代行も紹介致しましょう。
グノーメ」
「もう……いる……」
足元から途切れ途切れで声が響いた。多少低いが若い女性のような声だ。そちらへシオンは振り向いたが、誰もいない。しかしシルフェニアは「あら」と地面を見て口に手を当てた。
「ごめんなさい、もういたのね」
「いつだって……地神様の傍に、いるから……」
「貴方たちに姿は見えないでしょうけど、地面の下にいるのが地神様の代行を務めるグノーメ」
「楽しみ……にしてる……よ」
何を、とシオンは聞き返した。が、グノーメは応えず黙ったきりだった。
「後は……元気なようね、イグニス」
フィアに向かってシルフェニアがそう話しかけると、彼女の胸元から炎が噴き出した。それはグルグルと細長い形となってフィアの周囲を周っていく。言葉は発しないが、イグニスがどう思っているかがなんとなく分かり、フィアはフフッと笑った。
「はい、いつも元気で私を助けて頂いてます。シルフェニア様ともお会いできて嬉しい、と」
「イグニスが特定の人間に肩入れするのは珍しいことだわ。炎神様の力を宿しているとはいえ、相当に気に入られてるのね」
イグニスの気持ちを代弁したフィアにシルフェニアもまた微笑む。
そして最後に彼女はキーリへとその微笑みを向けた。
「貴方が闇神様――ユキ様の代行者ね」
「……」
「なるほど、ユキ様に近い感覚だわ。おそらくは……ユキ様と一度、一つに混ざりあったのね」
「ホント、すごくユキ様の匂いがする。なんて羨ましい……」
ウンディーネが指をくわえて物欲しそうにキーリを見つめる。だがそれはアリエスに向けたものとは違い、どこかうずうずしている様でもあった。
炎の形をしたイグニスの体が揺らいだ。グノーメのいる地面が小さく震える。それぞれの属性に適性を持ったアリエスやシオンたちは、彼らが喜んでいるのだと直感で理解した。
シルフェニアがキーリに向かって手を伸ばした。ユキの存在を感じられる彼をもっと間近で感じようというのだろう。
しかし――キーリは一歩下がってそれを避けた。
「全員がそろったのなら話は早ぇ。光神が何をしようとしてるのかは全員分かってんだろ? なら早いとこ、眠ってるアンタらの上司を起こすのを手伝ってくれ」
「ええ、分かってるわ。あの御方が……全てを壊してしまおうとしていることは。風神様やユキ様が長い眠りにつくことになったのも、そのせいですから」
その言葉に全員が目を剥いた。
道中にキーリから聞いた話では、神々が眠りについたのは何十年、ひょっとすると百年以上前の話だ。
その時から光神が世界を壊そうとしていたとは。はるか昔から世界が危うい薄氷の上でかろうじて成り立っていたと知り、慄きにフィアは唾を飲み込んだ。
「でもそんなに急ぐことはないじゃない? せめて貴方に触れるくらいの時間はあるでしょう? だから、ね?」
だがシルフェニアにとってはそれがあまり重要なことではないかのようだった。まるで祖母が孫に甘える様な口っぷりでもう一度手を伸ばし、ウンディーネも心情を表すようにポコポコと体の水を沸騰させ、我慢できないとキーリに飛びかかっていった。
しかし。
「っ……!」
カレンの目の前でシルフェニアの腕が黒い剣に斬り払われた。
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