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6-5. 眠りしは北の地(その5)

初稿:19/09/21


<<<登場人物紹介>>>


キーリ:闇神の力を操る剣士。影の中は夏でも涼しいからそこで寝てる。

フィア:レディストリニア王国女王。暑いので寝る時は基本裸。

アリエス:筋肉ラヴァーな貴族。筋肉もやはり若い方が好み。

シオン:パーティのマスコット。ムキムキの肉体にちょっと憧れあり。

レイス:フィアを愛してやまないメイド頭。主人に近づく者は……

ギース:ガラの悪いヤンキー。さっさとスラム街でのんびり生活したい。

カレン:食毒を意図せず作るスペシャリスト。弟分に早く幸せになってほしい。

イーシュ:鳥頭。彼に幸せはやってくるのか。






 その後も一悶着二悶着はあったにせよ、フィアやエドヴィカネルの言葉添えもあって話としてはその場で概ねまとまった。

 フィアを含め、ユキと親交が深かった者――この表現にはギースが盛大に顔をしかめたが――はキーリの主張通り魔の森へ、そして各国は教皇国へ派遣できる強者を招集し、精鋭での討伐軍を編成することで合意した。キーリたちが魔の森を奥へ奥へと突き進んでいる今頃、各国では必死で戦力や武器をかき集めているだろう。


「間違いなく連中――カミサマ共はそこにいるよ」

「間違いなく、ね……イマイチ信じられねぇな」

「まぁここで疑っても仕方ありませんわ」歩きながらギースをアリエスがたしなめた。「どのみち光神を除く神様たちがどこにいるかなんて、彼女以外に知りようがありませんもの」

「しかし……どうしてユキ様を始めとした神々は、キーリ様の故郷でお休みになられているのでしょう?」


 レイスが後方の警戒に当たりながら尋ねる。


「確かにそうだよな」

「というか、神様が光神とユキさん以外みんな眠ってるっていうのも驚きなんだけど」


 神が実在するこの世界で、よくもその状態でここまで無事にやってこれたものだ。呆れと驚きの入り混じった様子のカレンに、ギースが鼻を鳴らした。


「つまり、神なんざ居ても居なくても変わんねぇってことなんだろ」

「……五大神教の人間が聞いたら怒り狂いそうな言い方だな。否定はできないが」

「実際のトコ、どうなんだよ? なぁ、キーリ?」

「俺も知らねぇって――あ? なんだよ、ユキ。え? ああ、そういう事か」


 この件に関して最早歩く辞書と化しているキーリがややうんざりした様子を見せるが、そこにユキから交信が入ってきた。どうやらキーリやフィアを通じてギースたちの会話は彼女にも筒抜けらしい。


「ユキさん? なんて言ってる?」

「世界を維持するための役割は、それぞれの神の眷属が担ってんだとさ」

「眷属というと……精霊たちの事か?」

「そ。で、ユキがなんで鬼人族の村ンとこで眠ってたかは本人も分からんだとよ。ま、単なる偶然だろうさ。それか、眠った後に鬼人族たちが村を作ったってトコか。どっちかってーと後者だろうがな」

「なんでだよ?」

「そりゃ誰も近寄らねぇからだよ」

「あ、そうか」シオンがひらめいたように手を軽く叩いた。「こんな強力なモンスターばっかりの魔の森の奥に里が作られたのって……」

「眠ってるったって神は神(クソはクソ)だ。モンスターは近くまで寄って来はしねぇし、人間も滅多な事じゃ寄り付かねぇ。迫害されてきた鬼人族にとっちゃ絶好の場所だったんだろうさ」

「……つくづく人族の業を思い知らされる話だ」

「昔の推測の話に、みんなが感傷する必要はねぇさ。

 ――っと、どうやら楽しい楽しいハイキングは終わりのようだぜ?」


 雰囲気がやや暗いものになりかけたところでキーリの様子が変わった。再びモンスターが現れたのか、と全員が一斉に身構えたが敵の気配はない。

 ならば何が起きたのか、と正面を見れば深々とどこまでも続きそうだった木々の葉が途切れていた。

 キーリは軽く走っていき、一足先に森から出ていく。そして仲間たちの方を振り返ると大きく腰を折った。


「ようこそ、鬼人族の村へ。何もない場所ではありますが、少しばかりの骨休めになるようもてなさせて頂きます」


 そう言ってウインクし、アリエスたちは危険な旅が一旦終わりを迎えたことを知って安堵のため息を吐いたのだった。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 森を抜けた一行は空気が大きく変わったことを感じ取っていた。

 魔の森の中は雰囲気が禍々しく、魔素濃度が高いせいで空気でさえヌメヌメとして気持ち悪い感触が常につきまとっていた。だが森を出た瞬間、なんとなく魔素の濃さは感じられるものの、淀んでいるような気配はなく、どことなく清涼な感覚があった。


 それは、この場所ではモンスターの襲撃はありえない、と感じさせるには十分であり、全員が警戒を解いて、左右の景色を眺めながらキーリの跡を追いかけていた。


「……本当に何もねぇんだな」


 景色といっても木々が伐採されてただただ開拓された地面が辺り一面に広がっているだけだ。何かがあったのだろう痕跡が微かに残っているが、それも良く目を凝らせば分かる程度。ここがかつては人里であったなどとは誰も想像できない。

 ポツリと漏らしたギースの感想に、キーリは喉を鳴らして笑った。


「そりゃそうだ。全部焼けちまってそんまんまだからな」

「話だけは聞いてたけど……ひどいね」

「……さっきも言ったろ? みんなが感傷する必要はねぇって。俺だってもういい加減何も感じねぇんだし、ここならのんびり暮らせそうだとくらいに気楽にしてくれりゃいいさ」


 屈託なさそうにキーリは笑ってみせるが、それは嘘だ、とカレンは思った。

 かつてここはキーリが、そして彼の家族が住んでいたのだ。彼らの復讐を誓って森を抜け、養成学校に入学して冒険者にまでなったのだ。忘れられるはずがない。


(私だって同じように転生したはずなんだけど……)


 どうしてこうも彼と自分は違ってしまったのだろう。カレンがキーリの母親を奪い、新しい両親は英雄たちに奪われた。幸せな家族と過ごしてきたカレンに対し、キーリは当たり前に与えられるはずのそれさえあっけなく失ってしまった。

 これも神のいたずらという奴か。いや、文字通り神の無慈悲な所業の結果なのだ。時が経ったとはいえ、許せるはずもないだろう。


「キーリ」


 心中は彼女も同じ。カレンの視線の先で、フィアがキーリの隣に並び、肩を叩いていた。


「私に隠せると思ったか?」

「……」

「表面上は隠せているつもりだろうが、私にはだだ漏れだ。さっきからお前の方から『濁り』の様な感情が流れ込んできている」


 キーリの肩に乗ったフィアの腕。それが小刻みに震え、彼女の喉からは掠れた声が絞り出されていた。


「話は聞いていたからお前が……どれほどの悲しみと憎しみを抱いているか分かっているつもりだった。だが、こうしてお前の心を感じてみて分かった……私の想像など到底足りないくらいだと」

「……辛さなんて比べるもんじゃねぇよ。それにお前だって相当辛い思いしただろうが」

「そうだな、比べるものじゃないのだろう……」鼻をフィアはすすった。「だがお前の抱えているものを伝えてくれれば共感できるし、そうしたい。お前に寄り添いたいのだ。それは私だけでなく、みんなだってそうだろう」


 赤く充血した瞳でフィアは振り返り、キーリも少しだけ首を回した。

 全員がキーリを見つめていた。フィアだけでなくカレンやシオン、アリエスも若干眼が赤くなっている。他のメンバーも気恥ずかしそうに多少顔を逸らしてたりはするものの、気持ちはキーリにも届いていた。

 キーリは息を吸った。顔を灰色の空に向け、降り始めた温かい雨に濡れた目元を拭う。苦しかった息が、声を出すのさえ全力を出さなければならなかった喉が、呼吸が楽になる。締め付けられていた心臓が、少しだけ緩んだ。そんな気がした。


「ありがとな。けど……ワリィけど、それはもうちょっち後だ。まずはあの光神クソッタレをぶちのめさなきゃならねぇからな」

「そうか……そう、だな……」

「だけど……面白くもねぇ話だけど、全部が終わったら聞いてくれるか?」


 もう一度キーリは目元を拭い、いつもと変わらない皮肉っぽい笑みを向ける。そんな彼に向かってフィアたちもそれぞれ笑ったり鼻を鳴らしたりしながら、けれど再び歩き出した彼の傍らで同じ様に歩き続けたのだった。




 やがて短い木立の間を抜けてキーリたちが到着したのは、村の中心だった場所から少し離れたところだった。すっかり荒れてしまった小道を通り、傾いた木の枝の下をくぐった先には再び枯れ草ばかりが残る広場があった。

 そして、そこには不揃いな石が何列も何列も連なっていた。一つ一つに名前が彫られ、それが墓標であるとフィアはすぐに理解した。


「ちょっち待っててくれ」


 キーリは彼女たちにそう告げると一人墓の前でしゃがみこんだ。両手を合わせ、黙って一心に何かを語りかける。フィアたちが知る祈りの作法とは違うが、それがきっとこの場所での正しい作法なのだろうと彼女は思った。


「……みんな?」


 だから彼の後ろで全員が同じ様に手を合わせた。地面に片膝を突き、キーリと同じ様に墓に向かって手を合わせる。その姿を見てキーリは少し恥ずかしそうに頭を掻きつつ、胸の内で感謝を述べながらルディとエルに語りかけた。


(二人とも……頼れる仲間に、俺は恵まれたよ)


 これも二人が自分を育ててくれたから。二人が自分を守り抜いてくれたから。だから、ありがとう。

 すると彼の周りで柔らかく風が吹いた。それがきっと、彼らの返事なのだろう。そう信じてキーリは墓に優しく微笑み立ち上がった。


「もういいのか?」

「ああ。あんまりのんびりもできねぇからな。ありがとよ、みんな」

「良いんですわ。ワタクシたちがそうしたかっただけですもの」


 アリエスがそう言って、墓に向かって「またいつか来ますわ」と話しかける。そして「それで」と小さく頭を振った。


「残りの神々が眠りになられてるという祠はどちらですの?」

「あっちだ」キーリはここに来た方向を指差した。「途中の里山に横穴があったろ? いるとしたらそこしか考えられねぇ」

「なら早速行ってみよう」


 来た道を戻っていき、途中でくぐった枝の下をもう一度くぐる。五分ほど歩いたところで法面に空いた黒い穴にたどり着き、キーリは立ち止まった。


「ここが神々が眠る場所ですか……」

「単なる穴にしか見えなくね?」

「ですが、なにやら普通とは違ったものを感じます」


 漂ってくるヒヤリとした空気。キーリほどでは無いにしろ魔素の流れを感じる事ができるフィアは確かな魔素濃度の高さを感じ、しかし迷宮などとはまた少し違った空気感があるとも思った。やや屈まなければならない程度の高さしかない洞穴に脚を踏み入れれば、それは一層強く感じられた。が、それもすぐに終わる。


(あの時は随分と長く感じられたもんだったが――)


 キーリは思い出した。動かなくなったユーミルをキーリは背負い、必死で逃げた。あの時は途方もなく長く感じられたが、今となっては一分にも満たないくらいだった。十年を超える歳月がひどくあっという間にキーリには思え、傷を負った背中が少しうずいた気がした。


「……何もありませんわよ?」


 狭い洞穴を抜けた先にあったのは単なる空間だった。ヒヤリとした空気感こそ多少強くなったものの、特に何かあるわけでもない。一箇所、何かが置かれていたかのような小さな窪みがあるがそれだけだ。


「でも……なにか風が喜んでるみたい」

「不思議な感じはありますね」

「ンで、こっからどうすんだ?」

「……ちょっとこっちに集まってくれるか?」


 キーリの指示に従って一箇所に集まると、キーリを含めた全員を影が取り囲んだ。


「『闇神の影』を通じてカミサマ連中の場所にアクセスする。つーか、向こうから寄ってくるのを待つ」

「……上手くいきますの?」

「知らん。けど、ま、囚われの闇神サマを信じるしかねぇな。――んじゃ全員、気をしっかり持ってろよ?」


 そう言うと、頭上までを影が完全に覆い隠した。途端にキーリ、フィアを除いた全員が苦しげにうめき出す。

 心をドロリとした何かで撫でられているような感覚が襲う。胸の奥底で何かが抜け落ちた様で、さらにそこに得体のしれないモノたちが一斉になだれ込んでこようとする。これに触れてはダメだ、とアリエスは根源的な恐怖を感じ取り、それに必死で抗った。

 その時――閉じたはずの目蓋の裏に光の様なものが見えた。ただの光ではなく、薄い青だったり緑だったりと、様々な色を帯びている。

 それを意識した途端、彼女は何かにぶつかった様な衝撃を受け、強制的に弾き出された。

 尻を強かに打ち付け星が走る。さらに腹の上に伸し掛かる圧力。


「あら――てっきりユキ様がご帰還されたのだとばかり思ったのだけれど」


 転がったアリエスの目の前。そこには青みがかった髪の女性が自身にまたがって見下ろしていたのだった。







お読み頂きありがとうございました。

引き続きお付き合いくださいませ<(_ _)><(_ _)>

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